第3話 めっけ鳥

めっけ鳥 1

「マジありえないんだけど」

「俺だって」

「は? あたしのどこがありえないって!?」

「え、いや、別に……すみません」


 俺が口の中でごにょごにょ言っていると、立木たちきはふん、と鼻息も荒く、早足で歩いて行ってしまう。理不尽りふじんな世の中です。

 あれからクラスのみんなに、俺たちは付き合ってなんかないといくら説明しても、返って来るのは、またまたーとか、照れちゃってーとか、いい気になんなよ爆発しろとかそんな反応ばっかりで、俺たちが必死になればなるほど、勘違かんちがいのみぞは深まっていった。

 いざ自分がこういう立場になってみると、人って事実がどうこうよりも、自分の信じたいことを信じる生き物なんだということを痛感する。

 俺も今度からは、友人や芸能人の噂を聞いても、色んな事情があるだろうしなぁ、程度にしておこうと強く反省したりした。


 ただ、付き合ってる事実なんてものはないけれども、全く何もないのかと言われれば、そうではないのも確かだ。

 みんなに言えない秘密は共有しているわけではあるし、こうやって一緒に帰ったりしていると、誤解されても仕方ないというか、周囲からしてみれば、認めているようなもんだろう。


「まあさ、お互い思うところはあるけど、動きやすくなったといえば動きやすくなったんじゃないか?」


 俺たちが一緒に行動したところで誰も何も言わないし、放っておいてくれるというのは、ありがたい状況かもしれない。

部活も何となく面倒で、入るのを先延ばしにしていたのが、まさかこんな形で役立つとは。


「それは……そうかもね」


 立木はまだ不満げに頬を膨らませているが、とりあえずは落ち着いた模様だ。さっきはみんなの前でもツインテール立木が顔を出しかけ、ちょっと引かれてたからな。


 今日もまぶしい太陽の下でそんなやり取りをしているうちに、和葉かずはさんのマンションが見えてきた。今日はそのまま落ち着いた雰囲気のエントランスへと移動。立木が鞄からカードを取り出してリーダーにかざせば、静かに扉が開く。


 通路にもエレベーターの中にも、誰もいなかった。それに少しホッとしたものを感じながら7階まで上がり、なめらかな質感の扉の前に立ってインターフォンを鳴らす。しばらく経ってから和葉さんが出てきた。

 今日はゆるい感じのプルオーバーに、白のテーパードパンツというスタイルだ。長い髪は後ろでまとめている。


「二人ともお疲れ様。どうぞ」

「お邪魔します! ……何ニヤニヤしてんの? 気持ち悪い。閉めちゃうよ?」


 こういうのも似合うんだなぁ、とぼんやり眺めていたら、二人ともさっさと中に入ってしまった。


「あっ、ごめん。お邪魔します!」


 昨日と同じように、玄関から入ってすぐの『事務所』へと通される。

 ここって、こういう活動をするための部屋なんだろうか。それとも元々勉強部屋とか、書斎みたいな感じなのかな。童話や民話しか置かれてない書斎っていうのもあれだけど。


 家族の人に挨拶しなくてもいいのかなとか、いや、でもきっと一人暮らしなんだろうなとか、今まで気にする余裕がなかった細々こまごまとした疑問が浮かんでは来るが、中々口に出す勇気はない。

 これまた昨日と同様に二人は一旦部屋を出て行ったので、俺もその間に持ってきた服に着替えることにした。

 制服のままでいると、行動するのに不便だと思ったからだ。


「おっ、佐倉さくらも着替えてる! 用意がいいね!」


 また唐突にドアが開き、ツインテール立木が戻ってきた。だからノックぐらいしろと。

 呆れた視線を向けた肩越しに、トレイを持った和葉さんの姿も見える。

 それから飲み物を飲んだり、お菓子をつまんだりして一息ついた後、立木が反動をつけてソファーから立ち上がり、鏡の前へと立つ。

 いよいよ始まるのか。

 また何か事件に遭遇するのかと思うと、少し緊張した。


「鏡よ鏡、今、この近くで能力を使ってる『つむ』はだーれ?」


 しかし、反応はない。


「じゃあ……鏡よ鏡、今、この近くにいる『紡ぎ手』は?」


 すると、今度は鏡の表面が光り始め、フチなし眼鏡をかけた目つきの悪い男が映った。


「それは、『めっけ鳥』です」

「なーんだ、めっけちゃんか。またこの辺うろうろしてるんだ」

「知り合い?」

「ま、それなりにね。変なヤツだし、仲がいいとかじゃないけど」


 立木はそう言ってひらひらと手を振った。お前も十分変だろという言葉が一瞬脳裏のうりをよぎったが、冗談でも殺されそうだから言わない。

 しかし『紡ぎ手』同士で、普通に交流してるヤツもいるというのは意外だった。


「また少し時間が経ってから聞いてみようかな」

「もっと、範囲を広げたらどうかな?」


 鏡に背を向けた彼女に、俺が思いついたことを言うと、大げさな溜息が返って来る。


「あたしの今の力だと、このくらいが精一杯。範囲広げちゃうと、イメージとか集中がしづらくなるし、情報がどんどんあやふやになってくから。対象がはっきりしてればまだいいんだけどね。数もわかんない、居るかどうかもわかんないとなると」


 うーん、余計なこと言っちゃったかもなぁ。やっぱり新入りは新入りらしく静かに見守っておくべきか。

 そんなことを思いながら、何気なく和葉さんの方を見ると、彼女はPCを凝視ぎょうししていた。


「だからそれと並行して、この辺りのニュースもチェックしているの」


 ああ、その中に『紡ぎ手』関連のものが混じってる場合もあるんだな。

 それなら俺にも出来そうだと、マネをしてスマホを見てみるが、正直、どの事件が『紡ぎ手』関連だとかは、さっぱり見当けんとうがつかない。小さな事件だったら、いちいち取り上げられはしないだろうし。

 地域の掲示板とかに情報があるかもしれないと思いついた時、軽やかな音が鳴った。SNSの通知音だ。


<財布なくなった! 返して!>


 画面を見てみると、フキダシの中に、そんな文字が浮かんでいる。

 別のクラスだが、たまに遊んだりもする前田まえだからだった。

 両手を上げたスタンプの腰あたりにゴールテープが見えるんだけど、この用途でいいんだろうか。


<スカスカの財布なんか誰も盗らねーよ>

<落としたんだろ>

<家に忘れて来たんじゃね?>

<間違えて捨てたんだろ>

<食ったに違いない>


 すると即座にやってくる容赦ない返信の数々。

 いや、こいつはよくぼんやりしてるから、確かに落としたとかはありそうだけどさ。


<ちげーの! 近くにいたおばちゃん3人もわめいてた。すられたって>

<3人? 合わせて4人? 同時に?>

<そんな凄腕すごうでのスリっていんの?>

<お前は落としただけだろ>

<そもそも持ってたのかよ>

<食ったに違いない>


「これ、怪しくないかな?」


 前田に色んな意味で同情しながらも、俺が画面を見せると、和葉さんたちは顔を見合わせた。


「超あやすぃー!」

「どこで起こった事件?」


 そこで前田に聞いてみる。駅近くのショッピングモールだと返ってきた。

 和葉さんはすぐにネットで検索をかけ、PCを立木の方へと向ける。

 彼女は目を細め、マップが映し出されている画面をじっと見た。


「ショッピングモール……こっちが銀行で、バスターミナル……」


 どうやら、イメージを固めているようだ。

 その姿を見てたら何だかこっちまで緊張してくる。邪魔をしないように息をひそめていると、しばらくして立木は大きく息をついた。


「おけおけ。じゃあ、行くよ!」


 それから壁際かべぎわの鏡の前まで戻り、いつものように語り掛け始める。


「鏡よ鏡――」


 今度は青白く波打ちながら光った鏡が、30過ぎくらいだろうか、ショートカットの女の姿を映し出した。

 シンプルなTシャツにジーンズで、大き目のウェストバッグを身に着けている。


『それは、『アメフラシ』です』


 耳当たりのいい女性の声が、『紡ぎ手』の名を告げた。


「アメフラシってどんな話だっけ?」


 浮かんだ疑問が、つい口に出る。

 アメフラシって、ウミウシみたいなうにょうにょしたやつだっけか。どんな物語だったのか、読んだかどうかすらも記憶にない。


「王女と若者が命がけのかくれんぼをする話」


 すると、立木がめんどくさそうにしながらも、答えてくれた。そのどこにアメフラシの要素があるんだ。


「若者が王女に見つからないように、アメフラシへと姿を変えるシーンがあるの」


 ぽかんとしている俺を見かねてか、和葉さんが補足をしてくれる。


「だから恐らく、姿を消して行動しているはず」


 なるほど、スリにはうってつけの能力というわけだな。

 俺も近いうちに童話全集、読み直さねば。流石にいちいち聞くのは迷惑だろうし。


「どうやって追いつめる?」


 立木に聞かれ、和葉さんは少し考えるようにしてから、俺の方を見た。


「そうね、私と、佐倉……何くんだっけ?」

「あっ、佐倉孝矢さくらたかや、です」


 そういえば、出会ってから慌しくここまで来たから、自己紹介ってしてなかったんだ。


「私は北城和葉ほうじょうかずはです。改めてよろしく」

「それ、今のタイミングですること?」


 立木に呆れたように言われ、顔を見合わせた俺たちは、思わず笑みをこぼした。

 ここに来てようやく仲間と認めてもらえたようでもあり、やたらとほっとした気分になる。


「ごめんね。ええと、まず、まなちゃんに指示を出してもらって、私とたかやくんが――」


 それから、急ピッチで作戦会議は進んでいく。

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