いばら姫 3

 翌日。

 色々考えてしまって寝付けなかった俺は、その日も一日をぼんやりと過ごした。

 当然授業も全く頭に入ってこず、周囲の話にも適当に相槌あいづちを打つだけで、何を話したのかもさっぱり覚えていない。

 頭の中では昨日、一昨日と起こったことがひたすら反芻はんすうし、でも結局答えは出ないという悪循環あくじゅんかんおちいっていた。


 何度目かの休み時間になった時、そういえば――と、急に思い出す。

 昨日教室で、視線を感じたような気がしたんだっけ。

 あの時は勘違いかと納得したんだが、こう妙なことが続くと、やっぱり何かあるんじゃないかという疑念がむくむくとわき立ってきて、さらに頭の中がごちゃごちゃになってしまう。

 俺は大きくため息をつき、机に突っ伏して、教室で騒いでいるクラスメイトたちを眺めた。


 タケは別の友人とどこかに行っている。俺のことは、放っておくことにしたらしい。

 ただの恋バナなら、気軽に話せたんだけどなー。話しにくいよな、こんなこと。

 もう一度ため息をつき、今度は窓の方へと顔を向ける。

 お喋りにきょうじている女子グループの後ろに、一人ぽつんと離れて座る人物。

 そこから、俺の目が動かなくなった。


 立木たちき……下の名前は確か、真奈まな、だったっけ。


 地味で目立たなくて、いつもああやって一人で本を読んでいる。それは相変わらずだったけれど、気になったのはブックチャームだ。

 ブックカバーは違う色だったが、昨日の女が持ってた本からも、ああいう小さい鏡みたいなのが垂れ下がってた。

 あの女は、ツインテール。でも今は後ろで縛っている髪を、昨日は変えていたとしたら?

 立木が本を持ち直した動きでどきりとし、俺は顔をまた反対側へと向ける。

 休み時間も終わり、教室から出ていたやつらも、続々と戻ってきていた。

 そして俺の頭の中では、さらに増えた疑問同士がバトルを繰り広げる。


 ようやく、ようやく放課後になり、遊びに誘ってくれた友人や、神妙な顔で話をしないかと言ってくる担任を振りきり、俺はさっさと帰ってしまった立木の後を追った。

 やがて彼女の姿を遠くに見つけ、ほっとはしたものの、何度も声をかけようとしては思いとどまる。


 一体、何て言ったらいいんだろうか。

 絶対そうだと思ってついて来てしまったが、それは俺の思い込みで、全くの無関係かもしれないし。

 本人はこちらに気づいてないようで、寄り道もせず、規則正しい歩調で歩き続けている。

 あたりは次第に住宅街へと変わっていった。

 とにかく、ここまで来てしまったんだから仕方がない。何度目かの角を曲がった立木の背中へと、俺も続く。

 が、彼女の姿はそこにはなかった。おかしい。確かにここを――。


佐倉さくらくん」


 背後からかかった声に、俺はゆっくりと振り返る。

 電柱の陰には、立木が。


 ――ばっちりばれてた。


「あたしに何か用?」


 思わず頭を抱えて声を上げそうになった俺に、立木は困ったような表情で、語りかけてくる。


「いや、用っていうかその――」


 ここは、何と言うべきか。悩みに悩んだ末、俺はこう口にした。


「立木さん、昨日、図書館近くの、ビルにいなかった? ――そうそう、パン屋があって、雑貨屋があって、その辺りのとこ」


 我ながらわかりにくい説明だと思いながらも、それでもつとめて穏やかに、爽やかに言う。

 変な汗出てるけど。


「……図書館? どこの?」

「あ、朝日ヶ丘あさひがおかの」

「あたし、昨日はずっと家にいたけど。――何なの?」


 そうして眉をひそめる立木。やっぱ人違いなのか? そうなのか?

 やばい。俺やばい。絶対やばい感じに見えてる。

 そう思ったら、頭がさらに真っ白になっていく。


「いや、その――ぶ、ブックチャームがその人と同じだったし。鏡の」

「え――」


 立木は口を手で覆い、一歩後ずさりした。


「こういうの、困るんだけど。尾行されたりとか。関係ない人にも迷惑かかってるみたいだし」


 まずい、話がどんどん変な方向に。


「誤解! 誤解だってば!」

「まなちゃん、もうやめよう? 可哀想だよ」


 必死さに磨きがかかる俺の背後から、静かな声が割って入った。

 聞き覚えのある、その優しげな響き。


和葉かずはさん、ダメだって!」


 一転、慌てた表情を見せる立木の視線をたどった先――。

 そこには、あの大和撫子が立っていた。

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