いばら姫 2

 次の日学校へ行っても、俺は昨日のことばかりを考えていた。


「サク、どーした、ぼーっとして?」


 隣の席のタケが、今日何度目かのその言葉を口にする。


「恋かなー」

「だからちげーよ」


 確かに、綺麗な子だったとは思うけど。――多分。

 彼女のことをきちんと見たのは、目が合ったあの一瞬だけ。あんな状況だったから、色んなことの記憶が曖昧あいまいになっている。


 あれから目覚めたギャルを問い詰めたところ、彼女は何も知らないと言い張るばかりか、お前は何を言っているんだという状態で、逆に俺がやばい人扱いで通報されそうになるという理不尽りふじんさ。

 その場を誤魔化ごまかしながら逃げてきたけど、彼女は本当に知らないという様子で、嘘をついてるようには見えなかった。


 これじゃ、マジで俺が夢か幻覚でも見てたみたいじゃないか。


 そんなことを思いながら、右手を見る。

 昨日金髪に当たった部分が、あざになっていた。むき出しになっていた腕はいばらとげで引っかき傷だらけになり、仕方がないので、今日も蒸し暑いというのに長袖のシャツを着て登校してきている。


「おやすみ……」


 ラプンツェルって、どっかで聞いたことがある気がするんだけど、何だったかな。


「なになに? 誰に言うの、それ」

「あのさ、ラプンツェルって何だっけ?」


 何故か顔を面白くしながら聞いてくるタケの言葉は無視し、俺は質問を返した。


「はっ? ああっと――」


 タケは戸惑いながらも、少し考えてから、また言葉を発する。


「映画でそんなのがあったような」

「映画か……」


 そういえばそうだったかもしれない。が、あんまりしっくりは来ない。

 その時、急に視線を感じたような気がして、俺は教室を見回した。


「どした?」

「うん……いや、なんでもない」

「お前さ、やっぱ今日変だって。マジ大丈夫か? 長袖だし」

「だから、半袖全部洗濯しちまったんだって」


 そんな話をしてる間に次の授業も始まり、結局いつものように、何となく一日は過ぎていく。


 授業が終わると、俺は挨拶もそこそこに学校を飛び出し、そのまま図書館へと向かった。

 もしかしたら、昨日と同じ場所で大和撫子やまとなでしこに会えるかもしれないと思ったからだ。あの近所に住んでいるということだってありえるし。

 夕方になってもあんまり涼しくはならなかったが、でも気持ちがたかぶっているせいか、昨日よりは気にならなかった。

 そこでふと昼間のことを思い出し、俺はポケットからスマホを取り出して、ブラウザを立ち上げる。


「ラプンツェル……原作は童話か」


 見つかったサイトを見ると、話の概要が乗っていた。『髪長姫』と訳されることもあるようで、それはあの金髪ギャルを思い起こさせる。

 昨日と同じように図書館の脇の道を通り、入り組んだ路地へと進めば、そこにはあの二人を追いかけた時の景色とは違う、俺の元々の記憶に近い光景が広がっていた。


 じゃあ、あの森の中みたいな風景は、何だったんだろう。


 頭は混乱する一方で少し迷ってはしまったが、しばらくうろうろしているうちに、昨日俺が立っていたであろう場所も見つけることが出来た。


「これって……」


 あの時ちょうど俺の背後にあったブロック塀。その一部をよく見ると、少しだけ削れている。振り返ると、そこに長い金髪を振り回す女の姿が見えたような気がして、背筋が薄ら寒くなった。


 それから他にも何かないかと近辺を探してみたものの、これといって目を引くものもない。仕方なく、俺は帰路きろへとつくことにした。

 時間があれば図書館に立ち寄って、ラプンツェルの話でも読んでみようかと思っていたんだが、もうすでに閉館時間を過ぎている。


 まだ明るい空の下、もやもやとした気持ちのまま歩いていると、また誰かに見られているような気がし、俺は周囲に目を向けた。

 ちらほらと見える歩行者や自転車に視線を移していき、やっぱり気のせいかと思いかけた頃、急に動くものがあり、目がそれを捉える。


 女の子――だと思うが、少し先にあるビルの角で、壁に寄りかかるようにして本を読んでいる。本の端からは、ツインテールの先っぽがはみ出していた。

 あれ、どう見ても顔、隠してるよな。

 俺は近くのパン屋をガラス越しにのぞくふりをしながら、ちらちらとそいつの様子をうかがう。

 やっぱ、向こうもこっちを見てる。


 どうする。流石に一気に近づいたら気づかれるか――。


 でも、近づくことを躊躇ちゅうちょする部分も、俺の中にある。昨日みたいな出来事に巻き込まれるのは御免ごめんだった。

 不審げな表情でこちらを見るパン屋の店員から目をそらした時――俺のことを見ていた女が、動く。隣に別の人物がやってきたためだった。

 横を向いていたから、顔はよく見えない。

 だけど、それは昨日だって似たようなものだ。


 ――あの大和撫子に、間違いない。


 ツインテールは彼女を、来た方向へと押し戻した。俺は慌てて走り出し、その後を追う。

 しかし、二人がいた場所にたどり着いた時には、もう姿は見えなくなっていた。

 細い路地を抜け、大きな通りに出る。

 辺りを見回しても、歩いているのは知らない人ばかりだった。

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