白雪姫 2

 俺たちが花泉公園はないずみこうえんに着いた頃には、管理者らしき人と野次馬やじうまが池の周りに集まっていた。

 さっき池に落ちた人の姿は、もう見当たらない。


「ねぇ、あの人。怪しいかも」


 立木たちきが声を上げ、俺たちを手招きした。

 そして、人だかりから少し離れた場所にうずくまっている女の人を示す。

 確かに様子が変だ。池の方を気が抜けたみたいにぼんやりと見ている。


「話を聞いてみましょうか」


 和葉かずはさんも頷き、俺たちは、その人の所へと向かってみることにした。


「すみません」


 彼女ははじかれたように顔を上げ、こっちを見る。

 その様子は、栗色の毛とつぶらな瞳も相まって、震える小動物を思わせた。


「ごめんなさい、驚かせて。何かあったんですか?」


 和葉さんの言葉にうつむき、小さな声が返ってくる。


「……友達が、池に落ちちゃったんです」

「それは、心配ですね」

「あ、でも、大したことはなかったんです。濡れちゃっただけで……」


 慌てて補足する彼女に、「よかった」と笑顔を見せてから、和葉さんは続けた。


「でも、何だか他にも心配事があるみたい」


 女の人の表情が引きつる。

 しばらく口を閉ざしていた彼女だったが、それでも胸のうちを表に出したい衝動に逆らえなかったのか、やがて言葉を選ぶようにしながら、ぼそぼそと語った。


「最近、こういうこと、よくあるから、恐くて。付き合った人とか、友達とか……」


 ――ああ、話が見えて来た気がする。

 だが彼女は、その自分の言葉に怯えるように、また黙ってしまった。


「もう少し、詳しく聞かせてもらえませんか? 何か、力になれることもあるかもしれませんし」

「どんな話でも、ちゃんと聞くから!」


 和葉さんの落ち着いた声に、立木の明るい声も加わる。

 女の人はおどおどと視線を、何度も行き来させた。もしかしたら、今までも誰かに話して、バカにされたことがあるのかもしれない。

 野次馬ががやがや言いながら解散していく中、和葉さんも立木も、どうしたらいいのかよくわからない俺も、根気強く待った。


「うん……」


 やがて、彼女は意を決したように話し始める。


 ◇


 女の人と別れ、公園を出た後、何度か鏡に問いかけて探りながら、俺たちは『鉄のハンス』の居る場所へと向かう。

 ヤツは、コンビニの中をうろうろしていた。


「これから、どうするんですか?」


 近くの建物の陰にひそみ、様子をうかがう俺たち。もうターゲットは店から出ようとしている。


「私が話をしてくるから、二人はここで待ってて」

「あっ、俺も行きます!」


 和葉さんだけを危険な目にわせるわけにはいかない。


「作戦のジャマになるから、あんたはここであたしと待機」


 しかしその熱い思いは、立木の冷たい一言により、あっさり砕かれた。

 和葉さんはコンビニから離れようとするターゲットに近づき、物腰柔らかに、何やら話し始める。

 ここからだと内容が聞き取れないので不安が募るが、始めは警戒していた男の表情も段々緩ゆるんできているのが見て取れるので、問題はなさそうだ。

 やがて話がまとまったようで、二人は一緒に移動をし始める。

 ――と同時に、振動音がした。立木のスマホだ。


「あたしたちも行こう。先回りしなきゃ」


 彼女はそれを確認し、リュックへと仕舞しまいながら言う。

 やけに重そうだが、何が入ってるんだそれ。


「どこへ?」

笹出ささいでにさ、廃工場はいこうじょうあるでしょ?」

「そうだっけ?」


 たまに通ることもある地区だが、あまり細かくは覚えていない。


「あるの! そこに行くよ。ここから近くて、人がいないから。そういう場所は、ある程度調べてあるんだ」


 まあ、人目につかないほうがいいもんな。用意周到よういしゅうとうさに、俺は感心しきりだ。

 俺たちは和葉さんたちの方をうかがいながら、その場をそっと離れる。

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