ヘンゼルとグレーテル 2

「あんたたちが、ヘンゼルとグレーテルね!」


 電車に乗り新宿しんじゅくまで移動した俺たちは、魔法の鏡の情報を頼りに、雑居ざっきょビルに挟まれた空き地のようなスペースへとたどり着いた。

 直球勝負に出た立木たちきの言葉に、鎖でぐるぐる巻きにされたみたいなデザインの服を来た大柄な男は、体を斜めにしながらゆっくりと振り返る。

 そして俺たちそれぞれを見ると、口の片端かたはしを上げた。


「そうだが、何か用か?」

「何か用か、じゃねーよ、なんだよそのキモい髪型は! 笑い方もキモいし! だからお前はモテないんだよ!」


 ただ振り向いただけなのに、今までの鬱憤うっぷんを晴らすかのようにののしられ、ひるむ男。


「お、オレは――」

「失礼ね! お兄ちゃんはね、モテないんじゃないの、孤高ここうの存在なの!」


 何か言おうとした男を押しのけ、どっかで聞いたようなセリフでフォローを始めたのは、暗がりとなった背後から現れた、ゴスロリ衣装の女だった。


「安物ゴスロリ女は黙ってろ!」


 今度はそっちに噛み付く立木。すると女の顔色が変わった。


「は? 結構高かったし! それにゴスロリじゃないですー。パンクですー」

「どうせ大したこだわりもねーんだから一緒だろ!」

「な、あんただって、ただ地味なだけじゃん!」


 ちなみに今回は着替えてくる余裕が無かったので、ツインテール立木ではない。


「見た目のことなんかどうでもいいんだよ! 和葉かずはさんをどこへやったの!?」


 いやいや、お前が言い出したんだろ。

 声に出してツッコミたいところだったが、俺は大人しく状況を見守る。


「カズハサン? 誰だよそれ。知らねーな?」

「うんうん、そんな人知らない。いきなり失礼な人たちだこと」


 二人が見合わせた顔が一瞬引きつったのを、俺は見逃さなかった。当たりだ。

 渡部わたべへと視線を向けると、ヤツも頷く。


「おとなしく『いばら姫』を渡したらどうだ?」


 そして、一歩前へと出た。かもし出す謎の威圧感が、二人を一歩下がらせる。


「だから知らねーっつってんだろ!」

「お兄ちゃん」


 声を荒げた男に近づき、ゴスロリ――じゃなくてパンク女が、小さく言った。

 どうやらこの二人は、本物の兄妹らしい。


「このくらいなら、行けるよ」


 その言葉の意味を考えている間に、渡部が俺と立木の腕を掴み、引き寄せる。


佐倉さくら。俺たち三人を頑丈な壁が囲むイメージをしろ」

「えっ? どういう――」

「早く!」


 気迫にされ、俺は言われるままイメージを始めた。

 それから少し遅れて、孤高の兄が大きく頷く。


「よし。――いくぞ」

「お菓子の家へごしょーたーい!」


 続いて妹が手を振り上げると、突如やたらとメルヘンな家が、空中からひねり出されたかのように出現した。

 そして兄妹と俺たちの間へどすんと着地したかと思うと、パンで出来た丸っこい扉がゆっくりと開き始める。

 ――中から出てきたのは、鉤爪かぎづめのついた巨大な手だった。


「うわっ」

「イメージを続けろ!」


 耳元で渡部の鋭い声がし、俺は祈るような気持ちで、頑丈な壁が幾重いくえにも俺たちを守るイメージを続ける。

 すると、にゅっと伸びて目前まで迫っていた巨大な腕は、まるで俺たちを見失ったかのように彷徨さまよい、すぐ脇を通り抜けて行った。


「くそっ、どこ行きやがった!?」

「ずるい!」


 兄妹も同じように、辺りを見回している。

 俺は初めて渡部に出会った時のことを思い出した。今、向こうからは、こっちの姿が見えてないんだ。

 デカい腕はやがて家へと戻って行き、兄妹の視線もようやくピントが合ったように俺たちを見る。

 兄貴が舌打ちをした。


「今度は外さねぇぜ!」

「待ってお兄ちゃん! 隠して!」


 気合を入れて舌なめずりをした兄貴に、妹が慌てて声をかける。


「お、おう」


 その葛藤かっとうを表すようにがたんがたんと左右に揺らぎながら、お菓子の家は消えていった。

 だが、何かが空中に残ったままになっている。


「あれって……」


 何もないように見える場所から、ぴょこんと垂れ下がってるのは――いばら


「やっぱり、あんたたちの仕業しわざじゃない!」


 立木に指を突きつけられ、兄貴の顔が引きつる。

 しかしそれは、次第にいびつな笑みの形へと変わっていった。


「言っとくが、俺たちはあいつを出したりしない」

「とろけるような美味しいお菓子に、もうすぐ記憶もぜーんぶとろけちゃうんだから。そしたらもう、あたしたちの邪魔は出来ないもんね!」


 妹も腰に手を当て、耳障みみざわりな笑い声を上げる。


「お前らの目的は何だ? 何でこんなことをする?」


 俺は兄妹をにらみ付けて言った。

 世界征服――とかではなさそうだけど。


「目的? そんなのねーな。ただ、邪魔なヤツにはいなくなってもらいたいってだけさ。当然だろ?」

「そんなこと、あたしたちがさせない!」

「はっ、どう戦おうってんだ?」


 今度は立木の言葉にも、兄貴は余裕の表情を崩さない。

 ――そう、俺たちのチームでアタッカーと呼べるのは、和葉さんだけだ。

 しかし、渡部も不敵な笑みを浮かべ返し、静かに言った。


「策はあるさ」


 そして唐突に、『ヘンゼル』に向かって走り出す。

 いきなりのことにびびったのか、動けない兄貴。渡部はそのまま地を蹴る。


 それから――ドロップキックをかました。


 兄貴の体は吹き飛び、背後にあったゴミの山に突っ込む。

 悲鳴を上げる妹。唖然あぜんとする立木と俺。


 ……あ、そうか、別に能力で戦う必要もないんだ。


「やるじゃん、渡部!」

「は、初めてやった……」


 こいつはこいつですげーのかバカなのか。


「きゃっ! やめて! いたっ! ごめんなさい!」


 その隙に立木は手鏡を手に、妹に襲い掛かっていた。それは鈍器どんき殴打おうだって言わないか。


「てめーら! ふざけやがって!」


 起き上がった兄貴が、二人へと向かう。


「佐倉、何突っ立ってんだ!」

「あ――ああ」


 二人へ加勢かせいしようとした俺を見て、立木が何度も空中にあごを向けた。


「バカ! あんたにしか出来ないことがあるでしょ!」


 その先には、いまだ空中から垂れ下がっている茨の先端。さっきよりも少し長くなっているようにも見える。

 そうだ、和葉さんの力を増幅することが出来れば――。

 再び二人の方に目をやると、戻ってきた兄貴が渡部に掴みかかり、妹も立木へと反撃を始めている。

 こうなれば五分――いや、普通の喧嘩けんかなら兄貴が一番強そうに見えた。

 とにかく俺は自分の仕事をやるしかない。


「動け動け動け……」


 俺は穴があくんじゃないかという勢いで、茨を睨みつける。

 動け、動け、動いてくれ!

 だけど、茨はちょっとしか動かない。多分、今まで和葉さんが自力で動かしてたのと大差ない。

 何か違う。――イメージを変えないと。

 俺は、巨大な手が茨の先を掴み、引っ張り出すところを想像してみた。太い指は隙間をこじ開け、さらに茨が抜けやすくする。

 引っ張る、引っ張る、引っ張る――!

 それにこたえるように、茨の動きは徐々に、徐々に大きくなり、さっきと比べてかなりの部分が表へと出てきた。

 そして空中には亀裂が生まれ、剥がれた欠片かけらは淡く光りながら降り注ぎ始める。


「お兄ちゃん、あたしたちのお菓子の家が!」

「は、早く! 早く直すんだ!」

「させるかよ!」

「おとなしくしてろ、バカ兄妹!」


 揉み合う四人の声が聞こえるが、俺は茨から視線を外さず、手で引っ張るイメージをし続けた。

 茨の周辺はホログラムシートみたいに歪み、そこへ深い森の風景が揺らぎながら映る。

 大きな破片が零れ落ちた。明るい部屋の中があらわになる。


「和葉さん!」


 そこから現れたのは、紛れもなく和葉さん、その人だった。


「二人とも離れて!」


 立木と渡部は無言で後ろに跳んで距離を取り、それから俺のいる場所まで走って戻ってくる。

 その場に残されたのは、『ヘンゼルとグレーテル』の兄妹のみ。

 その周囲に、沢山のが突き刺さった。


「たかやくん、手伝って!」


 俺は頷き、もう一度気力を振り絞る。イメージしたのは、幾つもの糸車だ。

 からからと回る糸車と連動するように、が白い糸を放ち始める。

 真っ白な竜巻となった糸は、まだ満足に動けない二人を囲い込み、その姿を覆い隠した。


「おやすみ。――『ヘンゼルとグレーテル』」


 そこへ、ささやくような甘い声が降りかかる。

 和葉さんが地面へ降り立つのと同時に、積み木が崩れるような軽い音が、ビルの谷間に響き渡った。

 お菓子の家が、崩壊したんだ。


「やった……!」


 かすれた声を上げた俺の目が見たのは、地面に降り立った後、大きく揺らぐ和葉さんの体だった。


「和葉さん!」


 立木の悲痛な声に我に返り、俺も慌てて駆け寄る。


「和葉さん、しっかり!」


 抱えて起こした顔が蒼白あおじろい。目を閉じたまま、俺の呼びかけにも応えない。


「救急車だ。とにかく表通りまで出るぞ」


 渡部の声が、やけに遠くから聞こえるような気がした。

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