Spinner’s Song 3

「あんたたち!? なんなのそのカッコ!?」


 ヤツが見たのは、防毒マスクをつけた俺たちの姿だ。趣味の塗装とかでも使われるような小型のものだが、この驚き方だと、効果があるということなんだろう。


「どんなカッコしてようが、関係ないだろ」

「二人を早く返してもらいましょうか」


 声がどうしてもくぐもってしまうが、いたかたない。するりと伸びた茨たちに、店長は顔色を変えて後ずさり、カーテンに手を掛けた。


「こより! 起きなさい!」


 そしてそのまま半分ほど開け放つ。

 その先には、キングサイズというんだろうか。大きなベッドがあった。ふかふかの真っ白な布団が、まるで泡みたいに乗っかっている。

 そこに埋もれるようにして、黒いさらさらの髪の下にある小さな目が二つ、こっちをおどおどと見た。


 女の子――小学生くらいかもしれない。

 目が合うとビックリしたように顔を引っ込めたが、まさか小さな女の子がこんなところにいると思わなかったので、こっちも驚いてしまう。


「こより、見て! 悪者わるものが来たわよ! あんなにこわーいカッコして、あのトゲトゲの草で、あたしたちをいじめるの!」

「はっ、どっちがだよ!」


 あまりに理不尽りふじんすぎる言い草に、文句の一つだって言いたくなる。確かに格好はちょっとばかり怪しいかもしれないけどさ。

 和葉かずはさんも怯える女の子に戸惑い、距離を取りながらも、茨の包囲を少しずつ狭めていった。店長は緊張した面持ちで、じりじりとベッドのほうへと後退して行く。

 こいつが『千匹皮せんびきがわ』なら、恐らく変装以上の能力は持っていないだろう、というのが和葉さんの見解。あの時ぶつかった女は長身だった。この男とちょうど同じくらいだったかもしれない。


 和葉さんが視線を一瞬、こちらへと投げる。俺は頷き、意識を集中した。

 茨はさらに青々として強靭きょうじんさを増し、その数も増やしていく――イメージと現実は重なり、和葉さんの力となる。

 とん、と和葉さんの靴先が床を鳴らした。同時に茨は渦となり、店長へと襲い掛かる。ヤツは悲鳴を上げながら、まだ閉まっているカーテンへと隠れた。茨はそれを易々と切り裂き、掴まっていた体は床へと投げ出される。


 ぱっと、真っ白な羽毛が舞うのが見えた。


 ぼろぼろになったカーテンの向こう側には、店長の他に、黒い服を着た男が隠れていた。あの、電車にいた男に間違いない。その引きつったような表情に、少しだけ気分が晴れる。

 だけど――それはあっという間に曇ってしまった。

 そこにはさらに、別のものが隠されていたからだ。


 それは彫像のように見えた。真っ黒に塗り固められたような二体の、その顔。


「まなちゃん!?」

「渡部!?」


 そんな――いや、でも。

 驚愕きょうがくのあまり、頭が真っ白になる。


「パパをさらったのもこいつらなのよ!」


 動きを止めた俺たちを見てチャンスだと思ったのか、店長がまた意味不明なことを叫んだ。


「パパと会えなくなってもいいの!? こより!」


 ぱぁっと、また真っ白な羽が部屋に舞う。


「――和葉さん!?」


 その体も一瞬、羽に包まれたかのように見えた。

 和葉さんが飛び退こうとしたのはわかった。でもその足は地面に縫い付けられたかのように動かず、バランスを崩したままの形で固まっていく。


 ――足先からい上がってくる、黒い色。


 和葉さんの顔が恐怖に染まる。茨がのた打ち回った。俺は慌てて手助けをしようと意識を集中させたが、いくら試してもイメージは、形にならずにぼろぼろと崩れていってしまう。

 飛び散ったイメージのかけらは、真っ白な羽毛になってぶわっと部屋を舞い狂う。




 ――今になって考えれば、詰めが甘かったと思う。


 でもその時の俺たちには時間がなくて、とにかく必死で、立木たちき渡部わたべを手にかけた『おおがらす』を何とかしなきゃという思いで精一杯だった。

 だけどもっと冷静になれたなら、俺はともかく、和葉さんが気づかないはずはなかったんだ。


 その地下室こそが『ホレおばさん』の家で、そこの主人は『彼女』なんだってことに。


 衝撃に打ち震えながらも、何とか和葉さんを助けようと動いた俺の体は羽交はがめにされ、それ以上進めなくなってしまう。

 滅茶苦茶めちゃくちゃに暴れたが、俺の力では腕をほどけない。そのうち足も押さえつけられ、絞られるような痛みが走った。その痛みは、後ろ手に回された手首にも起こる。


 何度『いばら姫』の力を増幅しようと懸命にもがいても、同じようにイメージは砕け散り、和葉さんの元まで届きもしない。うごめく茨も、助けを求めるように開かれた瞳も、ほどなくして漆黒しっこくに染まった。


「和葉さん!」


 にじむ視界の中、叫んだ声だけが、むなしく部屋に反響する。



 そして俺は、ついに一人になった。

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