語り手の領域 2
「他に何かして欲しいことある?」
「いや……特には。そんな大したことないし」
「
姉貴が大きな声を上げる。それが少し頭に響いて、俺は顔をしかめる。
自分でも大したことじゃないと考えていることに
怪我はしばらく安静にしてれば治るみたいなんだけど、ずっと眠り続けていたのが医者には気になったらしく、念のため精密検査をするということで入院が長引いてしまった。
流石に『
「おまけに事件に巻き込まれたって……もう、みんながどんな思いしたと思ってんの!?」
姉貴はよほど腹に
「ほんと、あんたって妙な正義感ある割にどっか抜けてるしバカだし昔は可愛かったけど今は全然可愛くないし」
「……ごめん」
散々な言われようにもやもやした思いは抱えつつも、心配をかけたのは確かなので俺は素直に頭を下げる。
「とにかく、また来るから。お大事に」
「うん。……姉ちゃん」
溜め息をつき、病室から出て行こうとする後ろ姿へと、思わず呼びかけた。
「何?」
「うん……ありがと」
「素直でよろしい」
少し
姉貴の新たな面を見たようで驚きつつ、ピックが突き刺さりまくってるのは
目が覚めた時の、みんなの表情を覚えてる。
普段見せない親父や姉貴の表情もさることながら、ばあちゃんやお袋が泣いてるのを見るのは辛かった。それだけ大ごとだったんだという思いの一方で、
情報は
俺はあの後すぐ病院に運ばれたらしいんだが、手足に残る拘束の跡は
まあ、目覚めたばっかでぼんやりした頭で答えてたから、こりゃダメだと思われたのかもしれないけど。
入院を知ったタケや、和葉さんたちも改めてお見舞いに来てくれて、
真っ白な部屋の中、そんなことをぼんやりと考えながら窓の外を眺めていると、遠慮がちにドアを叩く音がした。
「どうぞ」
そう答えたものの、ドアは
しばらく眺めていると、ゆっくり重そうに
「……?」
無言でそれを見守る俺の前で、今度はドアが大きく
「あっ、こんにちは」
この前会った時よりも、二人ともずいぶん元気そうだ。――って、入院してる俺が言うことでもないか。
「こんにちは。……ほら、こより、入るよ」
仁科さんに引っ張られるようにして、こよりちゃんはおどおどと部屋に入ってくる。小さな花束も、一緒にゆらゆらと揺れた。
「こより。こんにちは、お加減いかがですか? って」
「……こんにちは」
「うん、こんにちは」
俺ももう一度挨拶を返す。それからまた沈黙。
何だかいたたまれなくなってきた頃、ぽんと背中を押され、よろけるようにして、小さな体が前に出てきた。
「……おにいちゃん、ごめんなさい」
こよりちゃんは俯きながら、小さな声で言う。そして、花束を俺へと押し付けるように差し出した。
その健気な姿に、じわりと胸があたたかくなり、俺も言葉に詰まってしまう。あの場を切り抜けるためとはいえ、かなり恐い思いをさせちゃっただろうし。
「俺の方こそ……あれ?」
花束を受け取り、ようやく俺が言葉を発した時には、彼女はもうドアの方へと小走りに向かい、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「いいんですか?」
我に返り、部屋に残ったままの仁科さんに聞くと、頷きが返ってくる。
「君の仲間と一緒に来たんだ。誰かが相手してくれてるだろ」
それなのに、俺からはあんな勢いで逃げるなんて。
その思いを見透かしたかのように、彼は控えめな笑みを見せた。
「君は特別なヒーローだから、気恥ずかしいんだよ。複雑な乙女心って奴さ」
「えっ」
そういうことを言われると、こっちの方が恥ずかしくなってしまう。その反応が面白かったのか、今度は軽やかな笑い声が上がった。
それから仁科さんは急に真顔になると、頭を下げる。ぼさぼさの長い髪がバサッと顔を覆い隠した。
「……改めて、色々と迷惑をかけてすまなかった」
「え、いや……そんな。もういいですって」
「僕がいけないんだ。母親を亡くしたばかりのこよりに、さらに寂しい思いを強いてしまった。僕自身割り切れなくて色んなことから逃げてたからね。だからあんな奴らにつけ込まれる隙ができちまった」
しばらく、無言の時間が流れる。
この前会った時には大して話は出来なかったから今がチャンスなのに、いざとなると何を聞いたらいいのかわからない。
「……いい歌ですね。”Spinner's Song”」
ようやく出てきたのは、そんな言葉だった。口に出してから本当は違うタイトルだったことを思い出したけど、訂正はしない。仁科さんもそのことには触れずに、少し照れくさそうに首のあたりを掻いた。
「僕は頼まれて歌詞を書いただけだけどね。いいだろ? アルガンノア。才能あるのに中々売れなかったんだ。こういう言い方は本当申し訳ないんだが、今回のことは彼らにとっては思いがけないチャンスになった」
今、アルガンノアは注目のバンドとしてメディアに取り上げられることが多くなっている。テーブルの上にある音楽雑誌にも、その名前が大きく載っていた。
今回の事件は犯人の名前以外、公になることはなかったし、映像でもライブハウスの外観はぼかされていたんだけど、人の口に戸は立てられないってやつで、”Glass Coffin”のサイトを訪れる人も激増し、関わっていたバンドも一気に注目度が上がった……ということらしい。
しかしニュースでは店長は女と言われ、写真も出ていて、実際それが本来の姿だったみたいだけど、そこには誰も疑問は持たないのかな。きっと持たないんだろうな。
「なんで歌詞の中に、『
「君たちが『アメフラシ』を追いかけていた動画を、僕は見せられていたんだ。映像であっても相手の能力はわかるから。その『うつばり』の力で
小さく溜め息をついてから、仁科さんは続ける。
「だけどアルガンノアが、イベントに合わせて僕に作詞を依頼したいと言ってきて、小坂も誤魔化しきれないと思ったんだろう。歌詞を書けと持ってきた。その時、思いついたんだ」
「もしばれたらって、思いませんでした? それに……」
「何の意味もなかったかもしれない」
言葉を濁した俺に彼は肩をすくめてみせ、置いてある椅子にようやく腰を下ろした。
「その可能性も考えたけど、それ以上にチャンスだと思った。あいつらは音楽を愛していなかったしね。それに、映像で君を見た時、君なら気づいてくれるっていう、そんな予感がしたんだよ。彼らの音楽をきっと気に入ってくれるっていう予感がさ」
「……俺が気づいたんじゃないですけどね」
「ま、結果としては似たようなものだよ。細かなプロセスは気にしちゃいけない」
「『ヘンゼルとグレーテル』が和葉さんを狙ったのも、あの二人のせいなんですか?」
「防犯カメラの映像もよくチェックさせられていたからね。その後、ええと……
男の方は『おおがらす』と呼ぶあたり、あんまり面識がなかったのかもしれない。
「仁科さんは、相手の能力の詳細までわかるんですか?」
「ああ。『白雪姫』のように、遠くにいる『紡ぎ手』を探し出したりは出来ないが」
次の言葉を出すのには、何故だか少し、ためらいがあった。
でも結局、俺は口にする。
「じゃあ、『
「……申し訳ない。僕にも詳しくはわからない」
その答えにがっかりするよりも、やっぱりという思いの方が大きかった。
「映像を見ても、君だけは何者なのかが見抜けなかった。ただ、一般人であるということはありえないから、恐らく『語り手』だろうと」
「でも『千匹皮』は、俺の能力について知ってるみたいでしたよ?」
「それは、君たちの戦いをどこかで見ていたのかもしれないし、元々情報として持っていたのかもしれない」
「……みんな、色んなこと知ってるんすね。自分の能力のこととか、俺はさっぱりなのに」
いつもそこに何か――
俺自身もう能力者であることは確かなのに、『紡ぎ手』とはまた違う場所にいる。和葉さんたちに指摘されるまで覚醒の自覚もなく、詳細は一切わからない。他のみんなもわからないと言いながら、『語り手』という存在は知っている。
「恐らく、元々知っていることを思い出しただけなんだろうけどね」
仁科さんは少し自信なさげに言った。
「どこかに『
言われてみると、渡部が調べたという情報もどこか曖昧だった。大体、どうやって調べたのかも謎ではあるし。
だけど、俺にはそんな情報の断片すらない。
「『語り手』にもそういうのあるんでしょうか。あるのに、俺が情報を引き出せないだけなのかな。俺も色々わかれば、もっとみんなの役に立てると思うんですけど」
すると仁科さんは唐突に吹き出し、さも
「君はまるで自分が役立たずみたいな物言いをするんだね。呆れたな。ずっと仲間を助けてきて、最後の一人になっても
「自分に失礼……?」
そんな考え方をしたことがなかったから、斬新に聞こえる言葉だった。仁科さんは俺に何度も頷く。
「そう、失礼だ。こよりが言ってたよ。あのおにいちゃんがパパの話をしてくれた時、すごく嬉しかったって。おにいちゃん、すごくカッコ良かったって。僕も同感だね」
そうして仁科さんは微笑む。どこか神経質そうに見える彼の、娘の話をする時の表情はふわっと柔らかい。
「『語り手』には多分、『物語』を面白くしたり、つまらなくしたりする以上の役割がある」
「役割?」
「ああ。僕は音楽は大好きだけど、楽器とか歌の才能はあまりなくてね。だから才能を持つ人たちを応援したくて、その人たちの音楽を知ってもらいたくて、今の店を始めたんだ。『語り手』だってそうだろう? 『物語』と『人』とをつなぐ橋みたいなもんだ。君はどちら側にも属さないかもしれないが、どちら側でもある。それは素晴らしい才能だと、僕は思うけどね」
その時、ガラッと音がした。そっちを見ると、少しあいたドアから、こよりちゃんが顔を覗かせている。
「ああ、そろそろ行かなくちゃ。これからこよりの転校の手続きをすることになってて」
「どこかに引っ越すんですか?」
「そんなに遠くじゃないよ。店には顔を出すから、またライブも観に来てくれよ。少しくらい割引するからさ」
「割引っすか」
「こっちもビジネスだからね」
そう言ってまた掴みどころのない笑顔を見せ、仁科さんはこよりちゃんの手を引いて帰っていった。
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