第16話
7月18日、天気は曇りで午後から雨が降ると気象庁のホームページには記載されている。
今日は茉理先輩の予約したライブハウスで演奏する日だ。
俺は昼に佐伯先生と車に乗っていた。
理由は学校のドラムを持ち運ぶためだ。
車には俺と佐伯先生と瑤子が乗っている。
「先生本当にありがとうございます。男手が足りなくて、持ち運べない時は時間すごい取られていたと思います。
瑤子は助手席で佐伯先生にそう言った。
先生は車に乗りながら、よそ見をせずに運転しながら冷静に話す。
「これでも顧問だからな。それにお前たちがライブで問題が起きないように見に行く目的もある。問題が起きた後では会議物だ」
「あはは、確かにそうですよね。でも問題なく終わると思いますよ」
「そうだといいんだがな」
俺は2人のやり取りを聞きながら後ろの荷物のドラムを見ていた。
「松本、これからあと3日後に夏休みが始まるわけだが、夏休み中は予定はあるのか?」
佐伯先生に声をかけられる。
そういえばもう夏休みに入る時期なのか、あっと言う間だ。
「夏休みも部室を借りて学園祭に向けて練習するので、宿題をしながら過ごすと思います」
瑤子が俺の言葉を聞いて、佐伯先生に代って答える。
「それはちょっと物足りないし、夏休みはみんなで海に行かない?あと司のアパートで花火とか出来るんならやろうよ!せっかくの夏休みなんだし遊ばなきゃね。あっ、佐伯先生も行きませんか?」
「俺はあいにく夏休みは5日間しかないのでな。しかもその日すべては予定が入っている」
そういえば教員って長期休暇ってないんだっけ。
授業をするだけじゃないんだな。
「そうなんですか、佐伯先生大変ですね」
俺は先生にそう言うと景色を見ることにした。
「お前も大人になれば解ってくるぞ。もし教師を目指すならその時は酒でも飲んで夏の大人の苦労を分かち合ってもいいんだがな」
「えっ?」
何それ、ちょっと渋いと言うかカッコいいですよ先生。
「先生って本当に面白いですよね。女子にモテる理由が私には解るなー。夏の休暇の予定って女の人との付き合いだったりして?」
瑤子はニヤニヤしながら先生を見ている。
「詮索ばかりしていると男が飽きてしまうものだぞ?」
「はーい、わかりました」
なんか大人な会話だなっと俺はしみじみ思った。
商店街の前の駐車場に着くと、短い距離にあるライブハウスにドラムを運んだ。
ライブハウスに入ると梨佳と茉理先輩が準備をしていた。
カーテンに包まれたステージの中で準備をする。
今日は俺たち以外に他のバンドのグループもいるらしく、客の本命もそっちに寄っているが、俺達は俺達で練習してきたことを本番で演奏するだけだ。
梨佳と瑤子はギターとベースは素人の俺から見れば上手いし、茉理先輩は経験者だから失敗することも無いだろうし、俺がミスしなければ成功するだろう。
そういう意味では責任は重大だ。
「あっそうだ。司、演奏終わって楽器を学校に戻したらさ。私の家で打ち上げしない?」
瑤子がそんな事を楽屋で言ってくる。
「みんなにも言っておくよ」
「言わなくていいよ」
「なんで?」
「んー、これを機会に司と色々と話したかったのよね。いつも学校と部室でしか話してないし、いいでしょ?」
まさか、瑤子って、いや考えすぎか。
茉理先輩や梨佳についての事だろうか?
言いにくい事もあるのだろうな。
そういえば確かに瑤子とは学校でしか話していないな。
「わかった。じゃあ2人で打ち上げするか。でも、梨佳たちはどうするんだ?」
「あ、言ってなかったっけ?次の日に茉理先輩の家で打ち上げするんだよ」
2連チャンの打ち上げになるのか。
テンション持つかな?
「それじゃあ、学校に楽器戻したら校舎の前に兄さんの車停めておくからね」
「兄さんがいるんだ。初めて知ったよ」
「智哉から聞いてなかったの?」
「いや、そういう話は全然」
話している内にこの前の智哉の言葉を思い出す。
瑤子のことが本気で好きなら答えるよ。
瑤子には何かあるんだろうか?
さっきまで梨佳と話していた茉理先輩が寄ってくる。
「そろそろ私たちの番だよ、それと司君。お客さんに顔見知りがいるよ、見て来たら?」
「顔見知り?誰だろう?」
俺は梨佳と顔を合わせて、客のいるスペースを覗いた。
人は結構集まっている。
20代から30代の年齢の客が多く、どちらかと言えば男の比率が高めだった。
楽器を演奏している雰囲気の人も多い。
その中に佐伯先生以外に見知った顔が確かにあった。
焦げ茶色の髪をしたセミロングの無愛想な感じの女性。
不良っぽい金髪のいかにも軽そうな男。
身長のせいで子供っぽい外見のボーイッシュな髪をした女性。
30代のちょっと筋肉質で跳ね髪の男。
同じアパートの槇村に彩島、峰屋、横田だった。
そして女の子みたいな顔をした男の服装を着こなしている智哉がいた。
「あ、みんな来てるね」
梨佳は俺にそう言う。
「なんでいるんだ?まさか梨佳が?」
「うん!私が呼んだんだ!だって、せっかくの初ライブだし、知り合いに見てもらおうかなって思ったんだ」
なんてことをしたんだ。
これじゃ失敗したら公開処刑でいじられるだろう。
ちなみに見知った顔の1人の佐伯先生はカウンターでワインを飲みながら若い女性2人になんか楽しそうに話しかけられている。
というか女性2人が楽しそうで、先生は少し退屈そうにも見える。
本当にモテるんだな先生って。
智哉は彩島達と楽しそうに話している。
あの5人だけなんか他の客とは違った空気なので独特だ。
アウェーとは言いにくい、でも他とは違った空気だった。
「大丈夫だよ、私達ならきっと成功するし、それに司君の凄い所見せられるよ」
梨佳はそんなことを言って、笑顔で手を握る。
こうなった以上は中止にも出来ないし、アパートに返せるはずもない。
梨佳は無自覚の悪意というものを知らないのだろうか?
いや知っていても、このことには気がつかないだろう。
「仕方ない、何が何でも成功させよう」
「うん、その意気だよ。楽屋に戻ろう」
俺達は楽屋に戻り、梨佳はギターを瑤子はベース、茉理先輩はステージにキーボードをセットした。
ドラムをステージにセットした俺は一旦楽屋に戻り、鞄から水を取り出す。
すると鞄の中に手紙が入っていた。
家を出る時に手紙などを入れた覚えはない、誰かが入れたとしか考えられなかった。
茉理先輩の名前が裏に書いてあった。
ライブが終わって家に帰った時に読んで下さいとだけ書いてあった。
俺はステージに戻り、茉理先輩に手紙を見せると、先輩は妖艶な笑みを浮かべて俺を見返す。
手紙の事を聞こうと思ったが、茉理先輩は俺に近づき耳元で囁いた。
「ちゃんと家に帰って手紙は見てね」
俺は少し恥ずかしくなって、すぐに茉理先輩から離れた。
「え、ええと、手紙の内容って一体何なんですか?」
「うふふ、秘密でーす。もしかしたら悪い事もかもねー」
笑った先輩は普段と違ってちょっと子供ぽかった。
「あっ、司君そろそろスタンバってね!」
俺達のやり取りに気がつかない梨佳の一声で俺はステージにセットされたドラムの前に座る。
瑤子も先ほどから集中している。
とても声をかけれる雰囲気ではなかった。
俺は手紙の事や瑤子の打ち上げのこと、客にアパートのみんながいることをいったん忘れて、これまでの練習してきた風景を思い浮かべて、覚えた楽譜と今までの練習で成功した演奏をイメージする。
そしてステージの幕が上がった。
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