第15話

 7月11日、空は朝から晴れでそろそろ季節の変わり目の時期だ。

 あれからテスト期間に入り、俺はおおむね順調に試験を終えていった。

 ゲーセンに行かずに、梨佳に勉強を教えて自宅に戻ればさらに勉強しての日々だったので今までに比べれば濃度の薄い日常だが、勉強はじっくりと出来た。

 智哉は試験が始まるギリギリまで教科書を読んでいて、佐伯先生に怒られていたし、俺は俺で隣の席の瑤子とテストが終わる日の終わりごとに答え合わせをしていた。

 最後の期末テストの数学が終わり、俺は教室で昼食をとっていた。

 梨佳は俺のおかげで苦手科目の赤点は避けれそうだと喜んでいたし、瑤子は俺にテストが終わった教室で自信満々にこう言った。

「ねえ、司。総合点どっちが高いかでなんでもいう事聞く勝負しない?」

「そういうのって試験が始まるもっと前の時に言うもんじゃないか?」

 それに瑤子のなんでもは何か怖そうなので、どのみち受けるつもりも俺にはない。

 智哉は試験が終わった解放感で緊張の糸が切れたのか、クリームパンとカルピスを飲んだらぐったりしていた。

「いいよねー瑤子と司はさー。成績良いもんね。僕はスポーツ全振りだから大苦戦だよ」

「智哉、全振りとか言いながらちゃんと赤点回避して平均点に近づける努力はしたんだろ?」

「その努力のために練習時間がだいぶ削れたんだよ。もし赤点取ったら僕塾に行かされちゃうよ」

 智哉の両親って意外と教育にうるさいのかもしれない。

「これでテストも終わったし、ライブに集中できるよね」

 梨佳はもうテストの心配もないのか嬉しそうだった。

 なんか目がキラキラしてるし、これから放課後にみっちりやらされそうだ。

「そうね、梨佳のギターは問題ないし、さっき茉理先輩にメールが来て今日からでも練習は出来るそうよ」

 瑤子は梨佳にそういって手と手を握り合う。

 微笑ましい光景だ。

 昼休みが終わり、佐伯先生が教室に入ってくる。

「試験は無事終わったわけだが、今日は部活動は禁止だ。全員速やかに下校するように。残った生徒には罰を与える、わかったかな?」

 なんか罰の部分がドSっぽい言い方なので、女子はキャーキャー言っている。

 どんな罰かは知らないが、法に触れるタイプの罰は勘弁してほしいものだ。

 梨佳がそれを聞いて、がっくりと肩を落とした。

 やはり軽音部の練習をするつもりだったようだ。


 ※


 バスに乗り智哉、梨佳、瑤子と俺の4人でテストが終わった後なので商店街にあるカラオケ屋に行く話になった。

 これは梨佳と瑤子のバンドでのツインボーカルの練習もあるので、遊び半分練習半分といったカラオケになる。

「今ならカラオケは学生のみ半額なのよ。茉理先輩が予約したライブハウスまでもう1週間だし、ここで一気に猛練習しようよ。梨佳もボーカルの練習出来るし、いいでしょ?」

 瑤子のその一言でカラオケの話は決まった。

「ありがとう瑤子ちゃん。茉理先輩も呼んだ方が良いかな?」

「茉理先輩は槇村先輩と一緒に隣町で買い物に行くらしいから呼ばない方が良いわよ。ほら、あの映画見たいらしいから」

「あー、あれかー。私たちも今度見に行こうよ」

 梨佳と瑤子は2人で盛り上がっているので、そっとしておくことにした。

「なんか智哉も呼んじゃって悪いな。本当なら家で自主トレとかしてたんだろ?」

 とりあえず俺は智哉と話すことにした。

 智哉は練習が無い日は家で自主トレや、スポーツジムで体を鍛えるようにしているらしい。

 そういった努力が長年続いて、今の補欠のレギュラーが1年で取れている。

 智哉は自分の部屋では室内用のサッカーボールでいつも足に触れている。

 こういうことをしないと足に馴染まないと言うか、試合や練習の時に落ち着かないっと家に遊びに行った時に照れ笑いで話していた。

 俺はそういうひたむきに努力して、結果も残している智哉が友人として尊敬している。

 南さんも同じようにゲームで色々と考えて、努力して今の強さがあると俺は思う。

 俺の周りにはそういった努力で結果を出せる人が身近にいる。

 中学には存在しなかった人達だと思う。

「んー、別にいいよ。たまには学生らしいと言うか、息抜きくらいはしないといけないしね。それにあそこのカラオケ屋のご飯は結構おいしいし、2人の歌も聞いてみたしね」

「そうなのか?意外だな、智哉もそういう遊びはするんだな」

「前にサッカー部の先輩と同じ1年の部員のみんなと他校の練習試合が終わった帰りに寄ったんだけど、塩キャベツとかフライドポテトにハンバーグがおいしかったんだ」

 智哉は俺と違って社交的だし、交友も広いのだろう。

 こんな良い奴なのに彼女がいないのが勿体ないというか不思議だ。

 以前そのことで智哉の幼馴染みの瑤子に聞いたことがあるのだが、瑤子はその話題にはなんだか複雑な顔をして間が空いたことがあった。

 智哉ってそういうのは疎いからっと、その時の瑤子は苦笑いして答えたのだが、俺は深くまでは聞かないことにしていた。

 何かあったのだろうが、こんなことで関係がこじれるのもめんどくさいと思ったので今後は聞かないことにしていた。

 それにしても智哉も行くことになったのは意外だったが、もしかしたら俺のトラブルの事を考えて来るのかもしれない。

 バスが商店街の前に着くと、朝に比べると信じられないくらい乗っている人の少ないガラガラのバスからすぐに降りた。

 そのまま商店街に向かって歩いて行く、場所はもちろんゲーセンから2、3店先にあるカラオケ店だ。

 俺は智哉と2列で歩き、梨佳と瑤子は前の方で2列で話している。

「そういえばさ、瑤子と梨佳ちゃんってクラスで人気あるよね」

 智哉が俺にしか聞こえないようにそんな事を言った。

「言われてみればそうかもしれないな」

 そういえば梨佳と瑤子って女子にも男子にも話しやすくて人気があるな。

「梨佳ちゃんを好きな男子って結構いるんだよ。知ってた?」

「そうなのか」

 俺はちょっと前に梨佳の部屋に呼ばれて、勉強をしていた時の梨佳の言葉を思い出した。

 あの時は梨佳にさりげなく告白されたが、恋人になると言うより理解者になろうとする梨佳に友人としての気持ちを俺は求めているかもしれない。

 実際に告白されると緊張したり、胸が苦しくなるものなのかもしれないが俺にはそんな気持ちが湧かなかった。

 告白されることは贅沢なのかもしれないが、俺はこのまま梨佳を好きになっていいのだろうか?

 両親のことを思い出すと俺に恋が出来るのかどうかも解らない。

 あの血が混じっていると思うと気分が悪くなる。

 恋愛が上手くいかないのかもしれない。

 人を好きになれる自信も責任も俺には無いように思える。

 梨佳、俺は変れるのだろうか?

 人ってそんな変れるのだろうか?

「司君は好きな人っているの?」

 智哉がそんな事を聞いてきた。

「わからないよ、そもそも好かれた人を好きになるのか、好きな人に好かれるように自分を変えるのか恋愛ってやつは理解が出来ないんだ」

「難しく考えすぎだよ。自分の好きな人と一緒になればそれでいいじゃない」

 自分の好きな人?

 1人ではない、たくさんいる。

 告白された梨佳、俺のことが好きで口が悪くなる槇村、俺と恋人になろうとする槇村、気になっている瑤子と茉理先輩。

 誰かを選んだら他の4人はあきらめなければならない。

 だったら現状維持でいいんじゃないか?

 そもそも俺は本当は誰が好きなんだ?

 ただ自分にとって都合の良い人を選んで、好きだと言えばいいのか?

 好かれているから好きになるって変じゃないか?

 梨佳の言ったように答えはまだ先にあるんじゃないか?

 今考えなくてもいい、そうだ、いいんだ。

「なぁ、智哉。仮に俺のことを好きな人が告白してさ。俺が悩んでいてその気持ちに今は答えられずに返事を待たせて、他に好きな人の事を思ったり、気になっている人を考えるのって悪い事かな?」

「告白した人から見たら不安になると思うよ。自分が1番好きな人に告白して相思相愛なら告白した人を振ってその気持ちを整理させないと駄目だと思うよ?」

「好きな人が解らなかったら?」

「どうしても告白した人を好きになれないの?」

「わからないんだ」

「ふーん。司君って考えようによっては情けない奴だね」

「はっきり言うんだな」

 俺は苦笑いをした。

「うん、友達だからね。でもね、もし司君が好きな人が瑤子ならやめた方が良いよ」

 智哉はいつもと変わらない態度でそう言った。

 瑤子と智哉は昔何かあったのだろうか?

「どういうことだ?」

「瑤子のことが本気で好きなら答えてあげるよ。でもそうじゃないなら言わない」

 智哉がそう言った時にはカラオケ店に着いていた。

「男2人で何話してるのよ?着いたんだからとことん歌うわよ」

 瑤子がそう言うと俺達は会話を断ち切り店に入った。

 もし瑤子が俺の事好きだったら智哉はどうするのだろう?

 さっきの事を詳しく教えてくれるのだろうか?

 そんな事を考えながら俺はカラオケ部屋に入った。

 初めて入ったカラオケの部屋はソファーとテレビにカラオケ専用の機械があった。

 テーブルはちょっと小さめだが食事をするにはちょうど良かった。

「司は何歌うの?」

 瑤子は慣れた手つきでカタログをめくりながら銀の機械に番号を入れていく。

「いや、俺カラオケとか初めてなんだ」

「えっ?そうなの?それじゃ初カラオケ記念に私と歌わない?」

 瑤子が俺にマイクを渡す。

「下手かもしれないぞ?」

「いいのよ。こういのは上手い下手じゃなくて楽しむものなの。司の初カラオケは私と一緒ね。この歌知ってる?」

 瑤子はカタログのタイトルを見せた。

 昔ネットの動画で聞いたことのある再生数の高い曲だった。

 歌詞は自信がないが、聞きなれた曲の1つだった。

「聞いたことある」

「それならどこを高く上げて低くするか解るから歌えるわ。さっそくやりましょう」

 瑤子と隣に座って、機械を操作した後に一緒に立ち上がり、そのままテレビに曲名が出た。

 なんか少し恥ずかしいが一緒に歌うことにした。

 その時に瑶子に手を握られた。

 柔らかい感触だった。

 隣を見ると梨佳は心なしか悲しそうな顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る