第14話
俺は梨佳の部屋で勉強を教えていた。
梨佳は真面目に数学の公式や図形の問題を解きながら、解らない部分は俺に聞く。
「なんか私質問してばかりでごめんね。本当なら司君は1人で勉強したいのに」
梨佳は俺に申し訳なさそうに言った。
「いや、自分の復習にもなるからいいよ。それに1人より2人の方が集中できるだろうしね」
梨佳は口をへの字にして顔を赤らめている。
なんか変な事言ったかな?
不安になったので聞いてみることにした。
「どうしたの?」
「えっ?あ、なんでもない!」
梨佳はそう言うと俯いてしまった。
もしかして教えている時に身を乗り出して、ちょっと近かったから怖がったのかもしれない。
教えているからと言って異性に肉体が近づくのも酷なことだろう。
「悪い、ちょっと近くに寄りすぎたな」
「あ、それもあるけど。でも離れるのは嫌だな」
「なんで?普通嫌がるもんだろ?俺も一応男だし、女子ってそういうのは警戒するって智哉に聞いたぞ」
「そうかもしれないけど、でもそんなことよりも、まさか司君の口からそんなこと言うとは思わなかったから驚いちゃって言葉が出なかった」
俺がさきほど言った協力の言葉。
確かに昔の俺からは想像も出来ない言葉だったかもしれない。
いつも1人で勉強していたし、壁を作っていた部分もあったかもしれない。
「えへへ、嬉しいな」
「大げさだな」
俺はどこかで変化しているのかもしれない。
ここのアパートの人たちのおかげなのだろうか?
いや、梨佳や克也さんのおかげかもしれない。
なんだかんがあっても、ここの人たちは温かい人たちなのかもしれない。
俺は不思議とそんなことを思い、穏やかな気持ちになった。
やっぱり俺、変わったな。
勉強を続けていると梨佳が休憩がしたいと言ったので、作業を中断することにした。
梨佳は冷蔵庫から午後の紅茶を取り出して、俺に渡した。
「ありがとう」
「いえいえ、勉強のお礼と思ってくださいね」
いつもとは違った梨佳の口調が少し可笑しかった。
「そういえば軽音部のライブってテスト終わって1週間後だね。司君初めてのライブだっけ?」
「まぁ、そうなるな」
「今までこうやってみんなで一緒に何かをやったことってあるかな?」
なんでそんなことを聞くのだろう?
もちろん今までなかった。
俺は中学まで団体行動が嫌でやらなかった。
運動会だって苦痛だったから、今まで休んでいた。
俺は人を信じられないし、信じたくもなかった。
人は一人で生まれて一人で死ぬ。
頼ることなんてしない方が無難だ。
寂しいくらいがちょうどいい。
孤高こそ至高って訳ではない、俺の場合は他に選択肢が無かっただけだ。
「あまり興味がなかったし、勉強ばかりやってたな」
俺は素直に答えることにした。
今まで問題もあったし、隠しても今更しょうがないと思たからだ。
「そっか。それはちょっと寂しいかな。私ね、君を軽音部に誘って良かったと思うよ。授業中では見ない君の笑った顔見れたしね」
「気を遣われていたようだな」
「最初に来た時から色々あったしね」
「あのときはすまなかった」
「私ってまだ君の友達になれないのかな?」
梨佳が寂しい顔をして俺を見る。
いい加減な答えも出せなかったし、どう答えていいのかもわからなかった。
「俺にもわからない。だけど、軽音部にいると楽しいのは確かだと思う」
「そっか、少なくとも嫌っているわけじゃないんだね」
「当り前だろ。なんでそんなことを聞くんだ?」
梨佳は席に座ったまま、体を伸ばした。
「私ね、君が来て峰屋さん達と喧嘩していた時にね。もう君にははっきりと色々言おうと思ったんだ。あの時に私は君に友達ってすぐには答えなかったでしょ?」
「あ、ああ。あれは俺の勝手な思い込みにもなるかもな」
「違うよ」
「えっ?」
梨佳は俺をまっすぐと見た。
「友達に以上になりたかった。一言で言えば好きになってた」
突然の静かな告白に俺はどう言っていいのか解らなかった。
なんで、俺のことを?
友達以上の好きって、それは俺の事が異性として?
色々と考えてしまい言葉が出せなかった。
「あはは、すぐには言わなくていいよ。司君ってこういう時に色々考えちゃうからね」
梨佳は俺の顔を覗き込むように見て、話を続けた。
「最初はね、会ってみるとカッコいい人だなって思ったの。正直に言うと見た目がタイプだったんだ。でもね、初日に峰屋さんとスキンシップを取って、怒った時に何か抱え込んでる人だなって心配したんだ」
あれがスキンシップには見えないが。
俺が何かを抱え込んでいるか。
否定できないのが辛かった。
「そういうのって誰でもあると思うよ。司君はたまたまそれが目立っちゃうだけだって、私あの後しばらく考えて思ったんだ」
誰でも持っている?
自分を特別に思うなってことか?
梨佳は俺の手をそっと握った。
あまりにもさりげなく握ったので動揺も出来なかった。
梨佳の手から伝わる体温が温かかった。
「恋人か友達かどっちが悩んだんだけど、司君の場合は最初に解決すべきことがあるんじゃないかって、私思ってたんだ」
「解決すべきこと?」
「君が抱え込んでいるものを私が和らげることなんじゃないかってね」
「俺は何も抱え込んでない」
嘘を言った。
「うん、無理に言わなくてもいいよ。言って解決できるほどの物じゃないってのはなんとなくわかるから」
その言葉になんだか優しさを感じた気がした。
「だから俺は何も抱え込んでいないって、仮にあったとしても関係ない事だろ?」
「私は君の事を好きになるなら一緒に笑顔で歩いていたいし、悩みも楽しい事も一緒に共有して向かい合って進んでいたいなって思うんだ。だからこの先の学校生活を楽しんでほしいって私は思ってるよ。これから恋人になるなら関係ないとは言えないでしょ?」
どう言っていいのかはわからなかった。
でも、梨佳が俺と特別な関係になりたいことだけは伝わったし、俺の引きずっている中学までの問題を取り除きたいと思っているのは明らかだった。
「なんで俺の事を?」
梨佳はそれを聞くと顔を近づけてニッコリと笑った。
「最初に言ったでしょ?カッコいいからだって、そしてね、いつか絶対に笑っている幸せな君を作りたいって思ってるよ?」
胸がズキッと痛んだ。
なんだろう?この気持ちは?
この子を信じていいのだろうか?
裏切られたら俺は立ち直れないかもしれない。
俺に幸せなんてくるのか?だが、いい加減な言葉には聞こえない。
「俺はどう答えていいか、わからない」
「いいんだよ、まだ2年半以上あるんだから答えはじっくり考えなよ。私も無理しないように君に幸せを提供したいと思います」
梨佳はやっぱりいつもと違った口調でどこか可笑しかった。
「恋人になれなくても、友達として一緒にずっと歩いてあげるよ。安心してね」
誰かをあてにしても、求めるものじゃない。
でも梨佳は俺のそばにいると言ってくれた。
その言葉がとても温かく感じた。
「俺さ、恋愛とかそういうのって一度も体験したことないし、経験値っていうのかな?そういうの低いけど」
「うん」
「梨佳さんと学校に行っている姿ならすぐに想像できるんだ」
「もう、さんはいいよ。梨佳って呼んでいいよ。司君、ちょっとくすぐったいもん」
梨佳はモジモジと照れていた。
「恥ずかしいからって言うか、普段言わないけど今までと比べて楽しい高校生活をおくれてるのが梨佳のおかげなら友達からでいいから傍に」
「いるよ、ちゃんといるからね」
俺が言い終わる前に梨佳はそう答えた。
「でもまだ恋人は早いよね。最初はお友達からですー」
梨佳はそういって舌を出して笑顔で答えた。
「友達ってだけでも俺は嬉しいよ。ありがとうこれからもよろしくな」
「そこはもう少し欲張ってほしいなー。でもまぁ、君が本気で私のことを好きになるまではしばらくは待とうかな」
なんだか、勉強を続けるのが難しい空気になってしまった。
「休憩のつもりだったけど、今日はここまででいいよ。明日またよろしくね」
「そうだな、それじゃあ俺は部屋に戻るよ」
そう言って立ち上がり、ドアの前まで送ってもらった。
「それじゃ、今日は重要告白記念にプレゼントをあげます」
梨佳はそういって机からピンクの愛らしい熊のマスコットストラップを俺のスマホに取り付けた。
「これは?」
「お友達記念ストラップだよ。お揃いね♪」
そういって梨佳は自分のスマホを見せた。
同じようにピンクの熊のストラップがある。
「ありがとう」
「いいって、あっそうだ。今更だけど誕生日教えて」
俺は梨佳に誕生日を教えて、部屋に戻った。
部屋に戻り、風呂に入って、布団に着いた時に俺は今日の事を思い出してドキドキしていた。
梨佳に恋人前提の友達付き合いになったこと。
峰屋にも同じように恋人として俺に近づくこと。
槇村が俺を好きになっていること。
茉理先輩や瑤子のことが友達としても異性としても気になっていること。
優柔不断な俺がそこにいた。
複数とは言え、こんなに人を好きになったのは初めてかもしれない。
いつの間にか色んな女性を好きになったり、好かれていたんだと思うようになった。
そんなことを思いながら俺は眠った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます