第13話

 アパートに着くとスーツを着た峰屋が克也さんの部屋のドアの辺りにいた。

 事前に彩島がメールをしてちょうど帰ってきたところなのだろうか?

「それじゃあ、司っち俺らは少し離れたところにいるから行ってきなよ」

「うむっ!峰屋も司少年のことで悩まないし、司少年もピュア街道まっしぐらという一石二鳥のシナリオですぞ」

 彩島と横田に言われて、俺は多少の不安と緊張とめんどくささと疲れが入り混じった気分で峰屋に近づいて、話をした。

 眼を合わせると峰屋は怯えと不安とどこか憤りのようなものが混じった表情だった。

「彩島さんから話は聞きました。もう2か月になるんですね」

「お、おう。あの時は理由も解らなかったんだ。よければ説明してくれないか?説明して悪ければ謝るわ」

「どうしても説明しなければいけませんか?俺のプライベートな事なんで、言えないです。でもあれは俺も悪いので」

「女嫌いなのか?だからあんなにあたしを避けていたのか?なあ、教えてくれよ。あんな奴らにはならないってどういう意味なんだ?」

 果たして親の事を教えるべきか?

 でもこうなったのも俺のせいでもあるし、かと言ってこのことを言えば広まるかもしれない。

 難しい判断だった。

 まだ知り合って付き合いの浅い他人に親の事を話すべきなのだろうか?

「ただ俺はこう言いたいんです。相手の気持ちも考えず、自分の意志だけ押し通していくのは嫌だったんです」

「なんだよそれ?あたしが自分勝手ってことかよ?あたしはあんたが気に入ってんだよ」

 声に怒りと泣き声が混じった悲痛な叫びにも聞こえた。

「気に言ってくれたのは素直に嬉しいとは思います。けど、それって体とかでしょ?」

「私と初めて付き合った男もほとんどの男もそうだった。体から付き合っちゃ悪いかよ?」

 告白?だったのかもしれない。

 少し離れた2人はただじっと俺達を見ていた。

「俺はあなたの付き合った男性でもないですし、体だけ求める人たちとは違います」

「恋愛も知らないガキにはわかんねえよ、結局体なんだから」

「そういう人たちもいるかもしれません。でも俺はそれは寂しいし、なんだか体だけって道具と同じように利用されてるだけじゃないですか?俺はそういうのは嫌なんです」

「青臭えこと言ってんじゃねえぞ」

 また喧嘩になりそうなので、俺は同じ轍を踏まないようにするように努めた。

 ゲーセンで南さんが言っていたことって、こういう事なんだろうか?

 相手の立場になって考えて、それに対応した自分なりの意思を出すって意味。

「峰屋さんからしたら確かにそう感じるかもしれません。でも俺はあなたの道具じゃない。 けれど同じアパートに住んでるんだ、友人にはなれないんですか?」

「なんだよそれ、あたしを振るってことか?」

「友人から体を求めあう道具でもない恋人を目指すって選択だってあると思います。少なくとも俺はそう考えているし、たぶん俺に恋人が出来たらそういう人がそばにいると思います」」

 俺なりに相手の立場になって考えた答えだった。

「バカかお前?そんなの理想でしかないだろ?なんだかんだ言いながら結局最後は体だろ?」

「そこに体以外の心の通い合いだってあるでしょ?そういう人がいないなら、俺はこれから先1人でもいいです。あなたの体の押し付けは好きにはなれなかった。それだけです」

「あたしの体がガキっぽいからそういう屁理屈こねるんだろ?胸がデカい方がいいんだろ?」

 なかなか解ってもらえそうになかった。

「俺がそうなら今頃は槇村、さんにベタベタとあることないこと言ってくっつこうとしますよ?でも違うでしょ?そういうことです」

「ふぇっ!」

 後ろから声が聞こえた。

 いついたのかは解らないが、槇村と梨佳と智哉がいた。

 槇村はなんかすごい恥ずかしそうに体を押さえて、俺をキッと睨んでいる。

 梨佳は良い笑顔で俺を見ている。なんか怒ってないか?

 後で誤解を解いた方がよさそうな気がしたが、今は峰屋の事が先だと思った。

「安心してください、俺はあなたと別れた人たちとは違います。友達からになりますが、峰屋さんが体以外にも人の気持ちとかに接してくれて、理解してくれれば俺ももしかしたら好きになれるかもしれません」

「えっ!お、おい、それマジかよ?あたしそういうの本気にするからな!」

「万が一です。必ずそうなるわけではありません」

「~~~」

 峰屋が声にもならない声で何とも言えない表情をしている。

「強引になって体を押し付けたり、強制的に性的な事で誘わなければ友人として普通に付き合います、それは約束しますよ」

「どうしても理由は説明してくれないんだな?」

「気軽に話せる内容じゃないので、ただそういうことが苦手だって言っておきます」

 峰屋はしばらく俯いて、考えていた。

「あたしの部屋に入れるとかは?」

「それくらいなら良いですが、片付けてくださいよ」

「手を握るのは?」

「別にそれくらいなら良いですが。理由もなく握るのは駄目ですよ。俺は道具じゃないんだから」

「抱きしめるのもやっぱ駄目か?」

「恋人としてください。少なくとも俺は今は友人です。同性ならともかく、友人にはできません」

「少なくともってことはこれからに期待してもいいんだな?いいんだよな?」

「ま、まあ、そうですね。それが守られれば…」

 あれ?なんだか相手のペースに飲まれてないか?

「とにかく体系のこととかは駄目です。こっちのことも考えずにしたら、無視しますからね」

「わ、わかったよ。要はお前好みの女になれば恋人オーケーってことだな!よしよし、わかったぜ。体系のアプローチはもうやめとく」

 なんか若干ズレてる気もするが、体で誘うのは止めてくれてるわけだし、解決と考えるか。

「よし、それじゃあ仲直りの握手しようぜ!握手くらい良いだろ?」

「まあ、別に良いですよ」

 俺達は手を握った。

 峰屋はニコニコしている。

 こういうのだけ見ると可愛い子供に見えるからいいんだけどな。

「握手した手で家に帰ってエロい事するからな」

 なんかセクハラされた。

「そういうことは思ってても言わないで下さいね」

 何はともあれ相手は納得したし、これで気まずさも無くなっただろう。

「じゃあな。明日から話が出来ると思うと嬉しいぜ。あたしはもう部屋に戻って、お前と握手した手でエロいことしてくる。言っとくけど気に入ってるから言うこと聞くんだからな!必ずお前の納得するように努力すっからな」

 なんかもう言うのもだるくなってきたので、肩に力を落とした。

 峰屋はそういって階段を登りドアを閉めた。

 後ろで見ていたみんなが俺に駆け寄る。

「あ、あんた私の体見てそんなこと思ってたの?このど変態童貞!」

 俺は槇村の言葉を無視する。

「ちょ、ちょっと図星だからって無視しないでくれる?」

「違います、今日で7回目のミスなので失格扱いで無視しているだけです。あくまで例えです。あとで罰としてジュース買ってきてくださいね」

「うっさいわね!朝言われた通りもう買ってきてるわよ!」

 そういって槇村は俺の制服にジュースをねじ込んで階段を上がっていった。

 階段を上がってドアの前に立った槇村が、俺を見て顔を赤らめてこう言った。

「言っとくけど、あんたは私が1週間ノーミスだったらデートの約束あるんだから、それ忘れないであたしに付き合いなさいよね!このフェミスト童貞!」

 黒のレース下着が見えた槇村がドアを閉めた。

 梨佳がニコニコしながら俺を見る。

 なんか不穏な感じがするのだが、気のせいだろうか?

「モテモテだね、司君。でも今日は私の部屋で勉強する約束あるしね。大丈夫だよ、別にやらしい事とか一切なしの健全な勉強だから、うん。それじゃあ準備して待ってるから早く来てね。来ないと私でも流石に困るからね」

 そう言って梨佳は階段を上がって、スカートを押さえながら俺を見て部屋に入っていった。

 なんか女性陣がちょっと、いやかなり疲れると思うのは気のせいだろうか?

 いつも以上に損な役回りな気がした。

 そんな俺の気も知らずに、後ろにいた彩島が俺の肩に手を回す。

「いやー、仲直り出来て良かったね。司っちすげー大人で俺感心しちゃったよー。みんなと進展して良かったじゃん!」

 彩島の明るい言葉で、まあ確かにと納得することにした。

 横田もラーメン屋の職人気質の頑固おやじのように腕を組んで、なんだか嫌に綺麗な眼差しで俺見て話す。

「うむっ!司少年よ。青春しとるぞ、君は、間違いなく」

 なんだその倒置法は?

 智哉が俺に楽しそうに話す。

「さすが司君!かっこよかったよ!僕司君のこと最後まで信じてて良かったよ。クラスの女の子にモテる理由がなんとなくわかるなー。僕も女の子だったら司君の優しさとかが好きになるもん」

 智哉が言うとちょっと怖いから止めて欲しい。

「あっ、そうだ!話は変わるけど、僕サッカー部でレギュラー取ったんだ。補欠なんだけど、今度の夏の大会で出してもらうことになるかもしんない」

「ああ、それさっき横田さんに聞いたよ」

 美女と生徒会でっというのは言わないことにした。

 なんか言いたくもなかった。

「2人とも酷いよー。驚かそうと思ったのにー」

「智哉殿よ、すまぬ。友の嬉しい報告は話したがるのもで、嬉しさのあまり喋ってしまったのだ」

「いやー横田っちさ。なんであのシリアスなタイミングでそれ言ったわけ?順序がある系男子でしょ?」

 なんだその独特のワードは?

 もういいや、疲れたし、さっさと準備して梨佳の部屋に行くか。

 俺はそう思い、自分の部屋のドアを開けた。

「すいません。俺これから梨佳に勉強教えなきゃいけないんで、これで」

「えー、僕も今から用意してくるから待っててよー」

「智哉っち、ここは2人きっりにすべきっしょー。梨佳ちゃんのあの態度は司っちに気があるんだって悟ってあげなきゃスーパーストライカーにはなれないしょ」

 梨佳が俺に気がある?まさか、そんな馬鹿な事あるか。

 それになぜそれがストライカーに関係あるのか?

 彩島の言う事なので流すことにした。

「そういうことならこの東大卒の私に任せるがいい。マイ同志智哉よ!」

「そうですね、解りました。お願いします横田さん!」

 ん?待てよ。俺に教わるより横田さんに教えてもらえば梨佳も助かるんじゃないか?

「あの横田さん、そういうことなら梨佳にも教えてあげてください。俺より役に立つはずです」

 そういうと彩島がなんか怒った。

「あのなー、司っち。そんなことじゃ彼女出来ないままだぞ?これが本当のラストチャンス、明日から君も輝けるサクセス高校生デビューしなきゃ丸ペン先生も大激怒ですよ?」

 なんだそのどこかの学習雑誌みたいな訳わかりにくい言い方は?

 意味が解りづらいし。

「司少年よ、いつまでも梨佳殿を待たせるといけないぞ。女心はダイナマイト!一度傷つき、怒りの火が導火線に付くと被害が酷い。今回のことのようにはいかない恐れもあるのだ。爆発して消滅した大陸は修復が出来ないように、そうならないように慎重に外交して友好的にいかなければ明日の政界も国際平和もつかめないのだ!君は自分の間違いで多くの悲劇を作り出してもいいのか?それは結果として自分にも悲劇として現れるのだぞ!」

 横田は横田でなんか大げさに飛躍して意味不明だし、もうめんどくさくなったので部屋に入って教材を鞄ごと持って梨佳の部屋のドアの前に上がった。

 ドアに着くころには智哉は一度家に帰ったのか、鞄を持ってアパートに向かって走っていた。相変わらず早い。

 梨佳の部屋のインターホンを鳴らずとドアが開いて、そのまま梨佳の女の子らしいファンシーなぬいぐるみやピンクのシーツ、花柄模様のカーテンなどがある部屋に入った。

 本棚には楽器の本や料理の本にファッション雑誌などが並んでいる。

 学習机の隣の同じ高さの机の上にデスクトップのパソコンが置かれていて、椅子が二つ並んであった。

「そこの椅子で勉強するから座ってていいよ、飲み物持ってくるね、麦茶でいい?」

「あ、ああ。お邪魔します」

 冷蔵庫から飲み物を取り出す梨佳、服装はブルー系のカーデに白ブラウス、黒スカートのコーデと学校で見る制服と違って大人っぽい印象を受けた。

「はい麦茶、ん?どうしたの?」

「あ、いや。なんでもない」

 梨佳が学習机の椅子に座り、俺もパソコンが置かれている机の部分に教材を置いた。

「あ、ごめんね。そこ狭いでしょ?キーボードどかすから待ってて」

「いいよ、スペースあるし、ノート見て見直せばだいたいわかるから、教えて欲しいのは科学と数学だっけ?」

「うん、難しくてさ。助かるよー。お願いします司先生」

 梨佳に手を合わせられて頼まれ、俺は彼女に教えながら授業の復習をした。

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