第12話

 槇村とバス停で別れてから9時間後、俺は瑤子達と軽音部の練習を部室でしていた。

 期末テストが近いので、部活動は早めに終わることが多い。

「司、どうしたの?なんか今日いつもより元気がないと言うか、考えてばっかじゃない?」」

 そう言った瑤子がベースをスタンドに置いて、ドラムの隣の椅子に座る。

 朝あんなことがあれば多少は引きずるものだ。

 まして女性の多いこの部室ではそういうことは言えない。

「今日聞いた噂では槇村さんとバス停で口喧嘩してたみたいよ」

 茉理先輩がキーボードから離れて瑤子にそう言う。

 もう噂が流れているのか、女子の情報は早いもんだ。

「えっ!司って槇村先輩と知り合いなんだ。ふーん、どういう関係なの?」

 瑤子がちょっと真剣そうな顔で俺に近づいてそう言う。

 朝あんなことがあったばかりでは他の女性でも意識してしまうから困る。

 俺があたふたしていると梨佳が代わりに答えた。

「私と一緒のアパートで3人とも別々に住んでるんだよ。瑤子ちゃんに言ってなかったっけ?槇村先輩も管理人見習いやってる司君と同じアパートだよ」

「聞いてないー。ははーん、じゃあアレね。槇村先輩と司君が付き合ってるけど、管理人の仕事が忙しくて上手くいってないから怒っちゃったと」

「私槇村さんと同じ席だけど、そういうのは聞いてないわ。でも最近男の子の好きな物って何だろうって聞くことはあったわね」

 茉理先輩が楽しそうと思ったのか会話に参加する。

 瑤子が俺の脇をくすぐる。

「ちょ!瑤子!何すんだよ!止めろって、別にそんな事じゃねぇって!」

 実際その事なのだが、誤魔化したかった。

 なんか2人には知ってほしくないし、どっちも同じくらい好きになりつつある。

「ほれほれほれー、白状しないと次はすごいとこくすぐるぞー」

 すごいとこってどこだよ?いかん、変なこと考えた。

 梨佳が2人に説明しようとする前に俺は梨佳を見た。

 梨佳は察したのかちょっと笑っていた。

 その笑いはなんか黒そうで怖いのだが、言わないことを約束したい。

「えっとね、司君と槇村先輩はアパートで一緒になった時から色々あって、知り合いから友達になったんだよ。槇村先輩は好きな人がいるから相談役になってるんだって」

 その説明はけっこう微妙じゃないか?

「本当にただの友達なの?」

 瑤子が梨佳に聞く、なんでそこまで知りたがるんだろう?

 女子ってこういう話が好きなんだろうか?

「司君はそう思ってるみたいだよ」

 梨佳が少し意地悪そうな良い笑顔で答える。

 俺の勝手な脳内約束はわずか1分で破られた。

「ええー!マジなの!司ってやっぱモテるんだ!イケメンってのも罪ね」

 盛り上がる瑶子と途端に無口になる茉理先輩に寂しそうな梨佳。

 なんだこの空気は?

「槇村先輩って年下好きなのかな?似合わないなー。年上の男と付き合ってそうなタイプなのに。そうお思いません?」

 瑤子が茉理先輩に話題を振る。

「そうね、千沙って人気あるけど告白してきた男子はみんな同い年か年下の後輩ばかりだったし、でも結局振ってるし、異性の事は友達としか見てないと思うの」

 茉理先輩はそう言った後に言葉を付け加えた。

「でもね、3年の高木先輩が気になってるってのは聞いたな」

 茉理先輩はそういって2人は驚いていた。

 高木先輩は確か智哉のいるサッカー部のレギュラーの1人だったはずだ。

 サッカー部で後輩想いの優しい先輩だとか智哉に聞かされたことがある。

 女子の人気もあるのでバレンタインデーの時は大量のチョコレートに照れてたとかいうエピソードもあるらしい。

 男子からはかなりのサッカー好きで知られていて、部屋はサッカー系の雑誌やらグッズで一杯だたっとかで、智哉は彼とサッカー談義をすることが多いらしい。

 今度一緒にプロサッカー選手の試合を見に行くとかで智哉は嬉しそうだった。

 女の子みたいな顔の智哉と高木先輩が一緒に試合観戦をして話し合う姿はデートにも思える危うい光景だ。本当に女だったら高木先輩に告白でもされているだろう。

 いや、友達え怪しいことを考えるのは止めよう。

 高木先輩はホモじゃないだろうし、智哉もそうなんだから忘れよう、うん。

 女子3人は俺の事を忘れて槇村先輩の恋の話題で盛り上がっている。

「司はどういうタイプの女の子が好きなの?司って意外と同じクラスの女子に人気あるんだよ」

 瑤子から初耳な出来事を聞かされる。

「あっ、そういえば私のクラスでも1年の子に可愛い子が2人いるって話は聞いたな。1人はサッカー部の智哉君で、もう1人は司君だったよ」

 茉理先輩も同じようなことを言う。

「司君ってかっこいい顔してるし、モテそうだもんね。同じアパートに住んでるってこと言ったら私結構羨ましがられたよ」

 梨佳が便乗するが、そういうことはクラスで言わないでとは言えないので困る。

「悪いけど、俺そういうのは考えたことないって、中学の時は勉強ばっかで忙しかったし」

 そう、勉強とどうしようもない親の生活に必死だった。

 恋愛なんて考えたこともない。

 ましてあんな親の環境なんかでは愛なんて解りもしない。

 そんなものはないとさえ思えてしまうこともあった。

「そうなんだ、じゃあ司君って恋愛経験ないんだ?女子は初めてが誰になるんだろうねー。私恋人はいなかったから、欲しいなー。年下の男の子も悪くないかもねー」

 そう言った茉理先輩は楽しそうに笑っていた。

「か、からかわないで下さいよ!」

「あれあれ?私司君とは一言も言ってないよー。ひっかかったねー。可愛いなー」

 なんか後ろの2人が微妙な空気なのが怖いのだが、気にしないことにした。

「まあ、司が誰を選ぶかは今後次第ってことで良いんじゃないですか?惚れてる女子も全員恨みっこなしの約束だって話だし」

 瑤子がそう言ったあとに、またも初耳な出来事を聞く。

「約束って?女子同士でなんか不穏な決め事されてるんだが、その辺詳しく聞かせてくれよ」

「いやよー、私約束は守る方だし」

「司君も自分の思ってる以上に慕われているってことだよ、大変だね」

 梨佳がそう言った時に、部室のドアから佐伯先生が入ってくる。

「そろそろ部室を閉めるぞ。いつまでも部室で練習していないで試験勉強でもしたらどうかな?」

 みんなではーい、と言ってその日は解散になった。

 俺って女子の間ではそんな評価だったのか。

 ただ勉強して、クラスでいつもの4人と話して部活に行って、商店街でたまに同じクラスの奴に挨拶されたりしたりするだけの毎日なのに。

 他の奴と変わらない学生生活で目立ってるわけじゃないのに人気が出るなんて変な話だ。

 俺なんて中学までロクな人生歩んでない、今でもアパートの奴らと衝突していた問題が解決できないまま過ごしているだけの世間から見れば困った奴なのに。

 みんないずれ俺について解ってくるだろうし、今だけだろう。

 帰りのバスの中で3人と話している中で、俺はそう思っていた。


 ※


「じゃあ、またねー」

 バスでメンバーが解散して、俺だけ今日はコンビニでジュースとポテチでも買って帰ることを梨佳に伝えて別れる。

 別れ際に梨佳から頼まれごとを言われる。

「あっ、そうだ。もしよければ今度私の家で勉強手伝ってくれないかな?化学と数学の図形系がどうにも苦手で」

「わかった、家に着いたら俺の部屋に来てやるか?」

「わ、私の部屋でいいよ。お茶とお菓子出すから」

「正直お菓子とかは軽音部でいつも食べてるから、お茶だけでいいよ」

「あはは、それもそうだね。ありがとう、先に帰ってるね」

 約束事も自然に頼むくらいまで仲は良くなってきているのかもしれない。

 中学時代の図書館での1人の暇つぶしを兼ねた勉強も、高校に入ってからまさか2人で一緒に勉強するなんて思わなかった。

 そう思い商店街に行くと見知った2人に出会った。

「おおー、司少年ではないか!そろそろテストが近いと言うのに外で何をしているのだ?王の豪遊か?」

 横田と彩島の2人だった。

「あ、そういやそろそろ俺も試験の時期かー。持ち込みオーケーな講義ばっかだし、俺は豪遊可能だな。司っちは怪しんじゃないのー?」

「何が王の豪遊ですか。買い物して帰るだけですよ」

 彩島が喫茶店の美女と生徒会を指で指してこう言った。

「司っち、ちょっと話しあるし寄ってかね?30分だけ、本当に30分だけだから、ね?」

 あの事件以来話はあまりしていないし、正直言えば気まずい関係なのだが、彩島はそれをまったく気にしていない素振りで誘った。

 横田はあの時は寝ていたし、事件自体を後で知ったのか知らないままなのかはわからないがいつも通りだ。

 断って気まずくなるのも嫌だし、行くことにした。


 ※


 美女と生徒会の喫茶店に入ると彩島はウェイトレスに奇妙な注文をした。

「裏側の方でお願いします。名札は1人新しいのがいるんで」

「かしこまりました、会員証を提示してください。そちらの方はこの用紙に記入お願いします」

 ウェイトレスが名前と年齢、職業の記入欄と店のルールの同意書が書かれた紙をボールペンと一緒に俺に渡した。

「怪しいとこじゃないし、それ書いておけば入れるからさ。あ、入会料500円ね。それ以降は無料だから」

 彩島がそんな事を言う、いかにも怪しい契約書にしか見えないのだが。

 住所と電話番号は書く必要もないので、500円払って入会する事にした。

 店の同意書の内容を見ると不思議なことが書かれていた。

 個人情報の保護はもちろんあるのだが、書かれていることが珍妙だった。

 当店の裏側では失われた青春を取り戻すべく、様々な人たちが学生に戻ります。日ごろの日常を忘れ、学生の頃に戻って当店のメニューを楽しんでください。マナーを破ると会員証の再発行が出来無い上に、裏側に行くことも出来ません。学生服はレンタルできますが、レンタル料がかかりますのでご了承下さい。

「あの横田さん。これって」

 俺はちょっと困って横田に聞く。

「うむ!みんなが学生服を着て失われた青春を再び取り戻す喫茶店なのだよ」

 つまりコスプレ喫茶か、そんな場所に現役高校生を入れるのはどうなんだ?

「俺高校生ですよ?いいんですか?」

「マナーを守れば問題ない。学校と同じように過ごしたまえ」

 それでいいのか?色々とためらうんだが。

 彩島は先に行っているので、高校生には厳しい値段のレンタル料と入会料1500円を払って、会員証と奥の更衣室に置いてある学ランに着替え、名札を付けた。

 少なくとも友達には見せられない光景だった。

 裏側の店に入ると中は異空間だった。

 まず店の中が教室になっていて、学校机の上にパフェやらハンバーグやらのメニューが置かれている。

 さらに客がほとんど男で、年齢層バラバラの学生服を来た集団なので異様な光景だった。

 奥の部屋の彩島が学生服を着て手を振っている。

「よお、横田に司っち。遅いじゃないか!昼休み終わるぜ。早く飯にしよう」

 念のため言っておくが、今は外は夕方で普通の学生ならとっくに下校している。

「司君、この店のルールが呑み込めたかな?」

 横田がそんな事を言って、彩島のいる机に移動する。

「ま、まぁ、なんとなくは」

 要するに同級生のように振舞って、メニューを頼めという事だろう。

 すげえ、居心地悪いし帰りたくなってきた。

 セーラー服を来た20代くらいの女の子が俺たちの座った机に寄って来る。

「えーと、彩島君に横田君、それと司君。今日も授業大変だったね。何か食べる?」

 名札を見ながら話す彼女はウェイトレスでおそらく同級生という設定なのだろう。

 名札を見ながら話す同級生はいないのを言いたいが我慢する。

「ああ、もちろんだよ。桜井さん。カレーパン定食とイチゴ牛乳ね」

 横田が挨拶して何を食うか尋ねる同級生に違和感を持たずに注文する。

 俺はとりあえず机に置いてあるノートを見るとメニュー表が書かれているので、一番安い500円のプール上がりの彼女の水しぶき定食を頼んだ。

 なんだかすごく馴染みたくないが、頼まないと店としてはアレなのでいやいや頼んだ。

「司っち、いい店だろ?青春を取り戻す俺たちのエナジーっすよ。ここなら腹を割って色々話せるだろ?」

「おお!同志彩島よ!相変わらずのベストチョイスだぞ。この横田感動せずにはいられない。司君よ、ここは午後から貸し切りも出来るし、遠足のイベントもあるので本格的な学生生活を体験できるぞ」

 色々とカオスなことをいう2人にゲシュタルトが若干崩壊しかけた。

 なんで腹を割れて話せるのか問い詰めたいが我慢することにした。

 2000円払ってこんな思いしなくてはならないと思うと悲しくもなったが、店のルール上黙ることにした。

「こら!そこの男子3人、昨日の掃除くらい真面目にやってよね!まったく!はいメニューどうぞ」

 セーラー服を着たツインテールの女の子がなんか怒って、その後に頼んだメニューが机に置かれる。

「おお!今日もツンデレっぷりが相まっていい感じですぞ!村井さん」

 横田が嬉しそうにする、突っ込み所が多い上にもうすげえ帰りたい。

「さて、司っち。この前の喧嘩だけどな、前にも言ったように俺は司っちのことは友達とは思ってるぜ」

 彩島がこの違和感ありまくりのカオス空間で真剣な話を始める。

 もう早く馴染んだ方がよさそうだった。

「喧嘩の事は私も克也さんから聞いたが、我がアパートの女性陣はちと難ありだからな。司少年が思春期真っ盛りで激怒するのも致し方ないであろう」

 横田もイチゴ牛乳を飲んで、そんなことを言う。

 俺はここで話す気もなんか起きないし、適当に聞き流して早く帰ろうと思った。

「峰屋さんな、あれからたまに俺の所に来るんだよ。悪いことしたと思ってるし、もう司っちと話せないんじゃないかって泣きつくもんでよ。俺もちょっとは力貸そうかなって思うわけですよ」

 彩島がそんなことを言う、そうか峰屋はそこまで気にしてたのか。

「そして私は言ったのだよ!司少年は一方的なアラサー幼女の峰屋の行動が嫌だっただけで、プラトニックに責めればいいとな」

 横田が続けてそういう、プラトニックって別に好きでもないんだが。

「好きでないにしろ、あれから2か月も経ったし、少しは大人しくなったろ?俺も時々辛そうな顔した峰屋さん見るのはどうにもテンション下がるしさ。司っちだって本当はみんなと上手くやりたいんだろ?もうあんなことしないと思うぜ?な?」

 確かに時間は過ぎたし、前よりはギスギスした感じも無い。

 けれど強引に男を求めるのはやっぱり苦手だ。

 それが無くなったとはいえ、アパートの管理人見習いだったら会話もあまりないのも精神衛生上よろしくない。

「その通りだぞ司少年。そういえば話は変わるが智哉殿もサッカー部のレギュラー補欠になったのだ。関係ないがな!」

 それなら言うなよ。

 横田はカレーパンとスパゲティを食べて、話を続けた。

「峰屋もあれから司少年にもうそういう体を押し付けたり、誘ったりすることは頼まれない限りやらないと言ったから改善されてるぞ」

 峰屋はあれからそういう対応にしていくのか、まぁ、普通はそうなるよな。

「横田っち、なんでレギュラーの話いったんだよ?俺のカッコいい決め台詞集に茶々入れんなよな」

「ははっ!失敬。つい嬉しい朗報だったので司少年にも言おうかと思ってたので」

 2人は一応俺達のことをそれなりに心配していたようだ。

「わかりましたよ。喧嘩にならないように峰屋さんのとこに言って話し合えばいいんでしょう?向こうが変なことしない限り穏便に終わると思いますしね」

 めんどくさいが放置しっぱなしも困るだろう。

「おお!流石良い目をした司少年!お供しようぞ」

「じゃあ俺は峰屋さんにメルっとくからアパートまで戻ろうぜ」

 どうやら2人も付いていくようだ。

 さすがに2人きっりにはさせないように押さえつける役でもするのだろうか?

 いまいち信用されてないかもしれないが、俺が言えば彩島も峰屋が毎回来る困りごとが解決するのだろう。

 俺達は会計を済ませて、着替えてからアパートに向かった。

「また明日学校でねー」

 同級生役もといセーラー服を着たウェイトレスはそういって廊下のレジでおつりを渡す。

 やっぱりこの店は苦手だと思った。

「いつも来てるんですか?」

 俺は横田と彩島に聞く。

「俺は大学終わって仕送りが来た時に毎月4、5回は行ってるなー。可愛い転校生が来たんで狙ってるわけよ」

「司少年よ、転校生とはこの店の新しい子だよ。たまに現役の女子高生も来るのでな。店長もとい担任の先生も良い子をチョイスするので侮れないのだよ。私も毎月4,5回は彩島氏と行くのだよ。若い子たちをまじまじと見ながら同じ時間を過ごす、それが若さの秘訣だよ君ぃー!」

 2人ともいい感じに駄目っぷりが出ていた。

 そんな2人に心配される俺って何なんだ?

 ちょっと悲しい気になったが、今は峰屋との関係をどうにかしようと思いアパートに向かうのだった。

 年が離れているとはいえ、男と3人で歩いたのはこれが初めてな気もした。

 自分に兄がいたらこんな感じなのだろうか?歩く中で俺はそう思った。

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