第11話
6月27日、朝いつものように部屋から起きると、昨日から降っている雨の音が玄関のドアから聞こえていた。
槇村の兄が来て、好きな男には言葉責めをして逆に嫌われる性格にしてしまった槇村の性格を少しずつ治す指導を頼まれて4日目が経った。
昨日の夜に智哉から、明日は雨でサッカー部の練習が出来ないから、先に学校に行っていいよっというメールが来たので、今日は克也さんの作った朝食を食べて、その後に槇村の部屋に行く。
「話は槇村さんのお兄さんから聞いています。私は君に彼女のことで強制もしません。見習いを休止しているのですからね」
克也さんが朝食の時にそんなことを言っていた。
話とはもちろん槇村の毒舌改善と性格修正だ。
朝からハヤシライスなのはどうなんだと思いつつ、言葉を返す。
「あんだけ頼まれてしないほうが後味悪いですよ。なんで俺なんか好きになったのか知りませんけど、向こうが俺に飽きて態度が戻るか治すかしないとスッキリしませんしね」
克也さんがそれを聞いてニコニコしている。
「ここに来て2ヶ月になりましたが、君をここに住ませて良かったと思いますよ」
「そんな、過大評価しすぎですよ。暴力はふるってないとは言え、入居したての頃は問題起こしてたし」
「ははは、若さってことでいいんじゃないですか?司君の良いところは問題を起こしても前向きに向き合えて行動に出しているところですよ。自分がしたことに責任を感じているのでしょ?それで頼まれたとは言え、直そうとしているんだから素晴らしいことですよ」
克也さんはそう言って食器を片付ける。
「槇村、さんが俺を嫌えば責任解決ってことでやめますけどね」
俺も食事が終わり、克也さんの番が終わると食器を洗って片付ける。
槇村にさんをつけるのは違和感というか、なんとなく嫌だ。
「それじゃあ、俺学校行くんで何か用事があるときは連絡お願いします」
「おや、管理人見習いは休止中ですから、特に用事もないのですが」
意外と克也さんも辛辣な事を言うなと思った。
「そうですね、何かあったそのときはお願いしますね。それではいってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
こういう挨拶がいつも通りにできるのは最初の頃は嬉しかった。
慣れてくると感動が薄れるものだなっとしみじみ思う。
傘を持って屋根のついたアパートの2階に上がる。
槇村の部屋のドアの前に行きインターホンを押すと制服に着替えた、いつものセミロングの髪の槇村がドアから出てくる。
相変わらず嫌な感じの目つきだったので、兄の指導は言葉以外にも行き届いていると思い一朝一夕でどうにかなるもでもなさそうだった。
「目つきはどうにかできませんか?ちょっと笑うだけでもいいですから」
「うっさいわね、出来たら苦労しないわよ。言っとくけど他の男子や女子には普通にしてるんだからね。あんたとか昔気になってた奴とかはこうなるんだから、理解しときなさいよ」
槇村が俺が好きなのは4日前の兄との会話で知っていることなので内心どうでもよかった。
「あの、俺のこと嫌いになれば他の男子と同じ対応になるんですよね?ってかいつから好きだったんですか?」
それが手っ取り早いし、第一俺は年上の女性は苦手だ。茉莉先輩は優しいので別だが、無愛想で年上はどうにも苦手だ。理由はめんどくさそうだからだ。
ドМな人たちには好かれるのだろうが、槇村兄からは普通の人と幸せになって欲しいと泣きつかれたので変える以外に方法はないだろう。
我ながらなんでこんなめんどくさいこと引き受けたのだろうか?
確かにあの時は我慢の限界で血が上っていたが、今となっては梨佳にも知られて協力する事態にもなってしまった。
隣のドアが開いて梨佳がタイミングよく出てくる。
「おはよう司君。今日も槇村先輩のこと頑張ってね。それじゃあ3人だと先輩も集中できないだろうし、先に学校行くね。先輩も頑張ってください、すぐに治りますよ」
「ありがとう梨佳ちゃん、そう言ってもらえると嬉しいわ」
こうやって普通に話しているときは可愛げがあってまともなのに、なんで俺とか今まで好きだった男には態度が変わるんだろうか?本当に兄の指導には困ったものである。
梨佳が先に階段を下りて学校に向かう。
梨佳とはもう相談もないが、放課後に楽器の弦の張替えなどで2人で商店街の楽器店に行ったことがあった。帰りに美女と生徒会の喫茶店で、ケーキやドーナツを食べに行くので仲は良くなっていた。
槇村の1件が解決して、俺が話しやすくなったとも言える。
まだ峰屋のことは問題になったままで、会ってもお互い黙ったまま俺が早歩きで通り過ぎる。
もう少し時間が必要にも思えた。
最近は向こうが自己完結でもしたのか普通にスマホを見てごまかす仕草が増えてきた。
とりあえず今は槇村のことをどうにかしないといけない。
次の好きな男が出来た時用に、まず好きでもないのに惚れられた迷惑に思う俺をさっさと振って態度が他の男子と変わらなくなるのがベストなのだが難しそうだ。
槇村は先ほどの俺を好きになった理由をそっぽを向いて答える。
「克也さんに新しい管理人の見習いが来るって写真を見せられた時からよ、変態っぽい顔してそうだしさ」
この女は本当に何かしら毒を吐くな。
というか見た目で選んで勝手に惚れるなよ。
「まだ治らないようですね、それじゃ学校行きますか」
なんでこんなことをしなきゃならないのかは、槇村兄に頭を下げられまくって頼まれたからだ。
ネカフェでバイトしている槇村のシフトの時間に合わせて、帰って話をする練習をしたり、学校もこうやって登校したり、茉莉先輩と同じクラスなので軽音部に遊びに来たりする。
「あたしだってあんたのことを忘れて次の男のために柔らかくなるように努力してるのよ!踏まれたいわけ?このキモドМ野郎!」
「ほら、また出てる。正直俺はあんたはタイプでもないし、早く治って相思相愛の人とくっついてもらいたいわけですよ?ってか次の男って言うけど、いるんですか?」
以前に槇村の手を痛めたこともあって、手は繋がないように配慮して隣を歩く。
槇村も察しているのか、申し訳なさそうに顔を俯く。
「あんたの次に好きな男は、一応いるわよ。3年の高木先輩よ。あんたと違ってスポーツ万能の人気者よ、日陰者のあんたとはえらい違いね」
「はい、さっきまでの合わせて大目に見てもこれで合計3回目ですね。朝ドア開けた時に見下すように見ましたね。あれは相手によっては不快になりますので、さらに追加で4回目になります。本来ならもう5回で失格ですが、とりあえずあと1回いったら今日はもう失格になります。そしたら今日は俺は一切槇村さんと話しません。さらにこの前の時と違って無視します」
「ぐぬぬ!」
開始した時からこういう回数制にしたら、リーチがかかると槇村は黙ることになる。目つきも審査対象に入るので少しでも嫌そうな顔などをすると回数としてカウントすることにしている。
「わかったわよ、その代わり笑えばいいんでしょ?今から笑うから全部無効にしなさいよ」
「あらかさまな笑顔は逆に彼氏の人を不安にさせるかもしれません。自然な流れでいつも好きでもない男子生徒と話すように自然に振舞ってくださいね」
黙りだしたので、今回は2日前の放課後までもったのが奇跡だったようにも思えた。
あの時は朝に3回、昼に偶然会って周りは俺たち以外誰もいない時に1回、軽音部まで遊びに行った時に3回くらい言ったので罰としてジュースを買いに行かせることにさせた。
先輩をパシリに使うのは気が引けたが、こうでもしないと治らないので嫌々実行するようにしていた。
3日間は槇村にジュースを奢ってもらってばかりだ。
午後の紅茶、グレープフルーツ、メロンソーダを指定して買ってこさせた。もう4回も失敗すれば、次はオレンジジュースにしようかなっと思い始める。
もちろんこれは相手を嫌う要素も入れてある。そりゃ自分の好きだった相手からパシリをされれば冷めるだろうと思ったからだ。
そしたらこのポイント式のルールも槇村が嫌いになったので、もう出来ないと兄に報告することにもなる。抜け穴を俺は探していた。
実際問題すごくめんどうなことを押し付けられたからだ。
管理人見習いを休止とは言え、やめたのだから普通に学生生活を送りたいし、何より彼女の腕に力を入れて泣かせたことが罪悪感にもなっていたかもしれない。
これで向こうが治らずに俺に普通に対応すれば問題なく解決するだろう。
いっそ嫌って元に戻ってくれ。
「このまま今日も明日も明後日も俺にジュースを奢り続けたらバイト代にだって響きますよ。かと言って危うくなると黙り出すのはダメですからね」
「そ、それはあんたがそういう減点方式のルールを出すからよ。日本企業的でいけないわ、褒めるところは褒めて特典を出すべきよ」
減点方式が日本企業的ってブラック企業か何かか?ってか俺たちまだ高校生だぞ。
しかし、まあ特典をつければ治るかも知れない。長引きそうではあるが。
「特典ですか、そうだなぁ。それじゃあ1週間1回も失敗しなければどこか遊びに行きましょうか?」
「え?それって、まさかデ、デ、デ」
槇村が顔を赤らめる。
言いたいことはわかる、デートになる。
「ただしそのデート中は相手と笑顔で楽しみながら愚痴も嫌味も態度にださないこと、ステップアップですからね」
「それじゃ特典じゃないじゃないの!」
槇村は声を大きくしてそう言った。
こういう時に軽音部で茉莉先輩に言われたことがある。
「いいかな司君、女の子は好きな男の子に可愛い服とかアクセサリー買ってもらえると結構嬉しいんだよ。覚えておいて損はないぞー」
アクセサリーもしくは服か、まあちょっと高いのはダメだが、今月の金額だと南さんの居るゲーセンでそこまで対戦もしてないし、毎週やってる東西戦の参加費とかの金額引けば3000円くらいは使えるし、問題ないか。
未だに南さんにだけは勝てないんだよなー。今回は金額的に仕方ないし、来月までゲーセンは控えるか。
「わかりました。それならアクセサリーを何か買ってあげます。一緒に選びましょうか?高いのはダメですよ」
槇村は目を輝かせて、俺を見てテンション高めに話す。
「え?本当に!本当にアクセ買ってくれるの?なんかこの前かっこいいの見つけて気になってたんだ。じゃあそれ買いたいから頑張る」
「え、ええ。3000円までですからね」
ここだけ見ると普通の可愛い女の子だが、俺はやる気になってくれるなら仕方ないと諦めた。茉莉先輩にこの時ばかりは頭が下がった。
バス停についた頃にはバスが到着していたので俺たちは急いで乗った。
バスは満員なので立ったままだったが、困ったことがあった。
槇村の胸がちょうど俺の胸板に当たるのだ。
「ちょ、ちょっと離れなさいよ」
「無理言わないでくださいよ、混んでいるんだし我慢してください」
槇村の生暖かい息が俺にかかる。
意外に胸はあるんだなと思いつつ、柔らかさに理性が飛びそうになる。
お互い無言だが、槇村の息遣いが少し荒いのが耳から聞こえる。
バスが左折して、車体が揺れる。
「あっ、嘘!」
お互いバランスを少し崩して、槇村の顔が近づく、キスでもしそうな距離だ。
しかも槇村の右手が俺の股間に思いっきり触るように押された。
目があったままお互いの息を口の中で交換し合う。
槇村の無言の熱っぽい視線が俺を見る。
「別にいいよ、このまま私の物になっちゃいなよ」
小声でそんな事を言う槇村に俺は流されそうになる。
やめろ、これは事故だ。ここで恋人になってしまったら。
なったらどうなるんだ?
誰か他に俺を好きな奴がいたのか?
言われていない。
「次は、川上高校前ー。川上高校前ー。設立してから30年の伝統ある学び舎、龍岳寺ご参拝のかたは下りて反対側の山を上ってくださいー。次は川上高校前ー」
バスのアナウンスがなり、数分後にバスが止まる。
人が流れるように動いて、ようやく槇村との距離が離れる。
「なんで」
槇村がそういうも俺は答えずにバスを降りる。
槇村もバスを降りて、2人で傘をさして黙って立ち止る。
俺は手元に口を置いて、話す。
「すいません、テストの続きは放課後ってことでいいですね?」
「どうして私にキスしなかったの?流されても良かったのに、あんたなら別に」
槇村が俺に近寄ってそう言い出す。
「………」
何も言えなかった。もともと好きでもないとはいえ流されそうになった自分もいた。
「何よ!このヘタレ童貞!」
槇村が怒るが、俺は落ち着いた後に冷静に返事を返した。
「5回目です、昼休みか放課後にオレンジジュース買ってきてください」
「私からあんたの口に舌入れればよかったわ!素直になれない変態駄犬を調教してやればよかった!あんたなんかそれ以外に価値なんてないんだからね!」
槇村は6回目の毒舌を吐いて、校舎に走った。
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