第9話
俺は電球を持って、2階の峰屋の部屋に上がる。
部屋は散らかっていて、畳部屋には缶ビールと下着が床に無造作に散らばっていた。
「童貞のお前には初めての女の子の部屋だろ?ムラムラするなよ、発情変態高校生」
峰屋はそう言うが、どう見ても女の子の部屋ではなかった。
「発情なんてしたくもありませんよ。それじゃ交換しますからね」
俺はそう言って、部屋に上がった。
女性の部屋に上がりこんだのは、これが初めてだった。
この前の歓迎会の時に、耳を初めて舐められたのもこの人だった。
それを思うとちょっと嫌な気分になりそうだったが、気持ちを切り替えてトイレのドアを開けて便座に足を付けて、すぐに電球を取り換る作業に入った。
「まだ交換になれないですし、ちょっと時間かかりますので待っててください」
「あたしのトイレで頬ずりするなら、そのまま上に尻を乗せて窒息させてやるからな。この変態犬」
「あのですね、なんで俺がそんな気味悪い事しなくちゃいけないんですか?」
俺は電球を交換しながら、そんなことを振り向かずに言う。
「お前くらいの女っ気のない変態発情童貞野郎は盗撮とかそういう系に行くから、それくらいやるだろうが?あたしの匂いが染みついた下着見て興奮してんだろ?」
「知りませんよ、なんで俺がそんな汗臭いもんに興味示さなきゃいけないんですか?人の耳舐める方がよっぽど変ですよ」
俺はそう言って電球を外した。そのまま取り外した電球を服に入れて、新しい電球を回す。
「あれはあんたに女を教えてやろうっていうあたしからのプレゼントだろうが。感謝しとけ」
「気持ち悪いし酒臭いし嫌な気分になるので、もうやめてくださいよ」
交換が終わったので俺はトイレから出た。
トイレの電灯のスイッチを押して、電気が付いたことを確認して峰屋を見て話す。
「交換終わったんで帰りますからね」
「ご苦労、ご褒美にあたしの服を脱がせてやろう。脇とかも舐めてもいいんだぞ?変態発情高校生よぉ!このあたしが欲しいんだろ?」
「真面目な話なら付き合いますが、そういうのはお断りなんで失礼しますね。彼氏の人とやってください、それでは」
そういうと俺はドアの方まで歩いた。
途中で後ろから抱き付かれて、動けなくなる。
「やめてくれって言ったじゃ…」
「彼氏なんていねえよ。17回も振られたってデカパイ槇村に言われたろ?」
消え入りそうな声だった。
「どいつもこいつも体に飽きたら、振るんだ。お前らは変態だ。私のことなんて見もしないで発情ばかりの変態だろが!はい、そうですって言ってひざまづいてろバカ変態高校生」
なんだか辛い経験をしてきたようで不憫に思えた。
体だけだから心を見ずに俺の両親だったあの人たちもああなったのだろうか?
俺の母もそういう風に変っていって、ああなったのだろうか?
いや、きっと違う。
「俺は違う」
「ああ?」
そうだ、俺は違う。あんな奴らじゃない。あんなのが恋とか愛情とか、そんなふざけたものなんかじゃないんだ。
それが大人の世界?恋愛?何だそれ?バカじゃないのか?
「俺はあんな奴らとは違うんだ。そんなの悲しいし、嫌だ」
「な、なんだよ?言ってる意味が」
「一緒にするなよ。俺はあんな奴らなんかにはなりたくないからな!」
「お、おい。何怒ってるんだよ」
俺は峰屋の手を力で引きはがして、ドアに向かって走った。
靴を急いで履く。
「待てって!理由くらい言えよ?わけわからんぞ、落ち着けよ」
「体だけと思うなら勝手にそう思ってください。俺はあんたたちみたいになりたくないし、同じように見られたくもないんで」
そういって振り向かずにドアを開けて走った。
イライラする、本当に腹が立つ。どいつもこいつも勝手だ。
降りようとした階段で人にぶつかった。
相手はバランスを崩しそうになったが、俺は手を握って元の体勢に戻した。
私服姿の槇村だった。
「ちょっと危ないわね!気を付けなさいよ!何処見てんのよ、まったく前も向いて歩けないんじゃ外に出る資格すらないんじゃないの?早く汚い手を離しなさいよ」
「うるせぇ!」
「ひっ!ごめんなさい!」
槇村は体を震えて、目から涙を浮かべている。
俺がどんな顔をしているか解らないが、かなり怒った顔だったのろうか?
「痛い!痛いから手を離して!」
無意識に手に力が入っていたのだろうか?
槇村が苦痛に歪んだ顔で俺の手を剥がそうとする。
槇村の顔からは涙が零れていた。
後ろから峰屋の声が聞こえる。
「おい!何怒ってんだよ!落ち着けよ。あたしが確かに、そのお前の事童貞とかバカにしてたんなら」
俺は槇村から手を放し、槇村はその場で倒れるように手を押さえて座り込む。
俺はもう苛立ちが限界を超えていた。
たまっていたストレスとか見えない闇の様なものが俺の口から出た。
「あーあ!もう無理!限界!なんで話す気も起きないつまんねえ、いかにも友達いなそうなバカ女の話の相手したり、ガキみたいな体した偏見ばっかの汚い女の相手なんかしなくちゃいけないんだ。やってられるかよ!頼まれてももうやらないね」
俺の声に反応したのか2階のドアから梨佳が開ける。
「どうしたの?司君?なんか大きな声が聞こえたから」
梨佳は座り込んで腕を押さえて泣いている槇村と、立ち止って俯いている峰屋を見て不安な声を出した。
「みんな何があったの?司君、何やってるの?」
俺は座り込んでいる槇村が邪魔で階段が降りれないので、イラついて槇村に怒鳴りつける。
「おい!いつまでバカみてえに座ってんだよ?降りれないんだけど!何?ノミみてえに小さい器のくせに体ばかりデカいよな?でくのぼうかよ?」
槇村は耳をふさいで下を向いて泣いている。
「司君!先輩にそんなひどい事言っちゃだめだよ!今のは司君が悪いと思うよ。謝りなよ」
梨佳がそう言いながら俺のそばまで近寄る。
「な、なあ。あたしが悪かったから、もういい加減当たり散らすの止めてくれよ?」
峰屋も俺の後ろで震え声でそう言う。
俺にはそんなことどうでもいいし、聞く気にもなれなかった。
「おい年上って威張る能無し女!さっきから邪魔なんですけど?泣くんなら見えねーところでバカみてえに泣いてろよ」
槇村はどかずに泣くのでイライラした俺は、槇村の首根っこを掴んで横にどかした。
「痛いよ!止めてよ!」
槇村は泣きながら声を上げる。
「どかねえてめえが悪いんだろうが!ガキみてえにピーピー泣いてんじゃんえよ!うざってえ!」
「司君!」
梨佳が叫ぶ。
「あーあ、マジ不愉快。見習いなんて止めだ、止めだ。どいつもこいつも自己中で勝手なのばっかりじゃねえかよ!時間の無駄だわ、こんなやつらの相手なんかしてられっかよ!」
そういいながら俺は階段を下りている途中で梨佳に腕を掴まれる。
「止めてよ!そんな司君なんて見たくないよ。私達友達だって言ってたじゃない」
「友達?笑えるわー、大笑いだわ!ちょっと前に俺がそう言ったのに、だんまりしてた奴が今更友達面してんじゃねえよ!気持ち悪い!」
俺はそういって無理やり手を放した。
そのまま階段を下りて行く。
下ではドアを開けた男2人が俺を見ていた。
「よー、司っち。何激おこプンプン丸ってるわけ?とりあえず俺らと飲んでリラックスしね?まー、ダチかと言われたら司っちにはそうは見えないかもしれないけど、俺らは思ってる系男子よ?割とマジで」
彩島が普段と変わらない感じで俺にそういって、近づくが俺は走っていった。
横田はいびきをかいて寝ているのが開いたドアから大きく聞えていた。
「司君!待ってよ!」
智哉が俺に追いつく、サッカー部に入っているだけあって早かった。
アパートから歩いた先の通路まで走ると智哉が回り込んでいた。
「どけって」
「嫌だよ、今司君を1人になんて出来ないよ!」
「帰りたくないんだよ」
「あんなこと言ったからかい?大丈夫だよ、みんな怒ってるわけじゃないよ。僕も謝りに行くから戻ろうよ?」
「智哉はいいよね、管理人見習いでもないしさ。アパートの住人でもないんだからさ」
「そうかもしれないけど、でも今の司君ほっておいたら僕はそれこそ君と友達になる前に大切なものを失っちゃうと思うんだ。今すぐにとは言わないけど、戻ってよ」
智哉の目を見ると落ち着いているが、譲る気が無い目をしていた。
我慢強さと優しさがあった。
めんどくさくなった。
「わかった、わかったから家にでも帰れよ」
「戻ってくれる?約束するまで帰らないよ?嘘ついたら僕は君を軽蔑するよ?」
「ただ帰るのが遅いからな!それだけは覚えとけよ」
「うん、わかった!みんなにはそう言っておくから、ちゃんと戻るんだよ!家出とかしたら駄目だからね」
智哉はそういって俺の手を握った。
温かい手だった。
俺はばつが悪そうにそのまま商店街に歩いた。
智哉はもう追いかけなかった。
空を見ると夕日が昨日と変わらずに沈んでいき、夜になっていった。
俺はゲームセンターに向かい、時間をつぶそうと思った。
※
ゲーセンの自販機前のベンチに座り、カルピスを飲む。
怒ったせいか声が大きめだったので、のどが渇いていた。
角に置いてある交流ノートのコーナーにあるゲーム雑誌を手に取り、格ゲー講座を読む。
読みながらさっきまでの事を冷静に思い返し、ため息と疲れが出た。
いろいろなことがぼんやりと浮かんだ。
克也さんはこの事を知って俺を追い出すだろうか?
どのみちもう管理人見習いは出来ないだろう。
欲しい物も無いし、バイトもしないだろう。
軽音部ももう終わりだろう。
アパートの住人だってもう話さないだろう。
昨日の失敗から結局なにも生かせずにまた失敗だ。
学校生活もどうせ梨佳か槇村あたりが噂で流すのだろう、最悪な学校生活になるわけだ。
元々誰のせいだっけ?最初にイラつかせた峰屋?昨日から嫌な言動ばかりで我慢し続けた槇村?嫌々バンドをやらされて友達ごっこしてた梨佳?横田と彩島は関係なさそうだ。結果的に俺か?いや、それは違う。
考えるのもめんどくさい。
何も考える気が起きない。
なんだ中学と同じじゃないか、結局俺は経験が無くて、それで失敗してこんな風になってるだけだ。
なるべくしてなったわけだ。笑えないな。
なんで思い通りにならないんだろう?どうして毎日楽に過ごせないんだろう?
ゲーセンみたいに勝ちまくって、相手を良いように操れば人間関係なんて楽なのに。
どうして楽に過ごせないんだろう?
ゲーセンの音が聞こえる中で1人でベンチに座り雑誌を読む。
「おっ!司ちゃん!来てたのかい」
横から声が聞こえる、聞き覚えのある声だった。
見るとアロハシャツに革ジャンにジーンズとこの前会った時と変わらない南さんだった。
また声を荒げるもめんどくさいし、ゲーセンは気に入っているので話すことにした。
「どうも、南さんも入ってきたばかりですか?」
南さんは俺の隣に座った。
「タバコいいかな?」
「別にいいですけど」
南さんは一服して、ベンチの前にある灰皿スタンドに火をつけて吸ったタバコの灰を指で叩いて落とす。
「ちょうど仕事が終わってね。今日あたり司ちゃんが来るかと期待してたら、本当に来ててビックリさ。読みが当たるんだから今日対戦したら相手の行動が読めて、全部思い通りの展開になったりして」
南さんはそういってちょっと笑うと、またタバコを吸った。
「思い通りの展開ですか。本当にそうなると楽ですよね。毎日なるんなら負担の少ない勝ちパターンで楽がしたいですね」
「まぁ、上手くいかないから奥が深いんだけどね。でもね、相手の立場になって考えるとね。自然と次の動きが読めたりするんだよ?」
「相手の立場なんて解りっこないですよ。普段から何考えてるか解らないし、初対面に近い人と対戦することだって多いじゃないですか」
俺はそう言いながら、今日の嫌なトラブルを考えた。
あれはほとんど他人のせいだ。俺は悪くない。
「司ちゃん、意外と人間って似たような部分が多いんだよ?追い込まれたりすると大抵の人は勝ちを焦って攻めにこだわるんだ。意地になって飛びかかろうとするからパターンが狭まって似たような攻撃が多くなる。選択肢が狭まっちゃうのさ」
「そうなんですか?」
「大抵はね、最初から自分の思い通りにするために自分の攻めを相手に押し付けちゃうの。でもそれが逆に相手の行動が読めなくなる原因になるわけさ。だって自分の事を相手に押し付けてばかりで、相手を理解しようとしないんだからね」
「最初は相手のことをよく観察しろってことですか?」
俺がそういうと南さんはにっこりと笑って、タバコを灰皿に入れる。
「そうそう。けどね、ここが大切。相手をよく見て行動を読んだうえで、今度は相手に合わせて自分なりの対応をすることが大事。自分のパターンを作ると狭まるから、相手によって臨機応変に対応しなきゃ勝ちはなかなか拾えないのよ。自分の勝ちパターンにこだわるとそればかりになって長く勝てないのさ。忍耐力はそういうところで出てくる。自分の欲を捨てて、相手の気持ちになって読むことが勝ちへの道を切り開けるのよ。根気だよ」
根気があったうえでそれを考えて、相手の立場になって臨機応変に対応する、か。
「でも、そうやって本当に勝てるんですか?」
南さんはそれを聞くとニカッと笑って、立ち上がる。
「それじゃあ、勝てるかどうか俺と3回くらい対戦しようか?司ちゃんが2回勝ったら俺がジュースを奢ってあげるよ。その代り負けたら俺にコーヒー奢ってね。あそこの台が空いてるから待ってるよ」
俺は南さんに続いて立ち上がり、南さんが台に入ると俺も雑誌を机に戻して、対面する台に座って100円を入れた。
俺はキャラクターはいつも使ってるハンを選ぶと、南さんも同じハンをセレクトした。
同キャラだと性能が同じなので、お互いの腕の見せ合いになる。
勝てるはずがない、俺はハンを使って長いし、勝ちパターンだって解ってる。
ルールは3回戦2試合先取で1回分の勝ち計算だ。
1試合目が始まった。俺は自分の思い通りに攻めまくる。
体力ゲージを半分残して勝った。
2試合目に入ると今度は攻めパターンを変えてみたが、相手がもうだいぶ体力を削ったので楽に勝てそうだった。
しかし、途中から南さんのキャラの動きが良くなり、わずかな体力差で逆転される。
運が良かっただけだと思った。
次の試合では南さんが良く攻める。なんとかこっちの攻めに戻そうにも、なかなか攻めの瞬間がやってこない。
一端離れたら遠距離攻撃が読んでいたように命中し負けた。
1回目は南さんの勝ちだった。
後ろに客がいないのを確認してコインを入れる。
2回戦の1試合目に入ると、俺は慎重にコンボを繋げようとする。
しかし今度は自分の攻撃の番が回ってこない、いやチャンスを作ろうとしたら次々と反撃されて相手のペースになっている。
あんまり体力が削れずに負けた。
2回目の2試合目に入ると、緊張が生まれていた。
ここで負けると実質敗北するからだ。
俺はスキを逃がさずに攻めた。
今度は気持ち良いくらい思い通りの展開で楽に勝てた。
この調子でやれば次も勝てると思った。
3試合目に入る。
今度は相手に動きを読まれることが多く、あっさりと負けてしまった。
俺は自信のあったキャラがあっさり負けた事よりも、動きが読まれたことにショックを受けていた。
南さんが台から立ち上がり、俺の方をポンと叩いて、ニカッと笑う。
「じゃあコーヒー1つお願いね」
俺は実力差だと思い、立ち上がり、南さんと自販機の前に歩いてコーヒーを買った。
コーヒーをベンチに座って飲む南さんと実力差を感じて座った俺がいた。
「司ちゃん、俺の言ったとおりでしょ?俺は君の動きを途中から読んでいたよ。君がどういう勝ち方をするか考えたし、君の立場になって対応した。これがそれを実践した結果さ」
言葉も出なかった、年季が違うとさえ思えた。
南さんは俺を見て、こう言った。
「司ちゃんの考えていること当てようか?経験やセンスが違う、そうじゃないんだよ。これは相手の立場になって考えれば、それなりに出来てくる事なんだよそれじゃあね」
そんなことを言った後で、南さんは帰っていった。
俺も気乗りしないが帰ることにした。
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