第8話
夕方まで茉理先輩にドラムの叩き方や音符の読み方などを実戦形式で学んでいた。
「うんうん、最初から飛ばし過ぎると大変だし、今日はこのくらいかな」
茉理先輩が俺にそう言って、机に置いてある鞄に移動してお菓子を取り出した。
「それじゃあみんなで入部記念に食べよっか。司君紅茶でいいかな?」
「ありがとうございます、茉理先輩」
俺は礼を言うが、茉理先輩はニコニコしながらこう答えた。
「茉理でいいよー。メンバーなんだし、堅苦しいとバンド出来ないよー?運命共同体と思って仲良くしなくちゃー駄目だよー」
どこかの無愛想女とは大違いの対応だった。
みんなで机と椅子を用意し、梨佳は茉理先輩のお菓子と飲み物を並べるのを手伝った。
「司君は座っときなよ。チョコレート好きなら置いとくね」
梨佳がそう言いながら俺の前の席に座り、チョコレートやクリームパン、ショコラにクッキーなどを並べていく。甘そうなものばかりだった。
「ありがとう、梨佳さん」
俺が礼を言うと、司君ってホントに真面目だよねっと梨佳がそう言って笑った。
瑤子も持ってきたベースを閉まって、俺の隣に座った。
教室の隣の席より距離が近いのだが、ただの偶然だろうと思い言わなかった。
「司はお菓子とか何が好きなの?」
瑤子が俺を見て楽しそうに聞く。
「板チョコ入りモナ王とか?」
俺は自信なさげに答える。
「あはは!それアイスじゃない!何?チョコ好きなの?」
それを聞いて、瑤子は何かツボにハマったのか手元に口を押さえて笑っている。
梨佳が俺と瑤子の話に参加する。
「あっ、モナ王いいよね。私もたまに買うなー。司君と私モナ友だね!」
「あはは!モナ友って何よー?北極に住んでそー」
瑤子は笑ってばかりだ。笑顔が少し可愛いが、見ていると小悪魔的に見えるから不思議だ。
「ええー、そうかな?何か可愛いマスコットみたいなの想像したよー?こういう感じの奴だよ、今描いてあげるよー」
梨佳はルーズリーフとシャーペンを出して、紙に目が点で口の大き目な歯のない生物らしいの2人を描く。なんだかご当地キャラみたいな可愛いキャラクターだ。
「こんな感じだよ、えっへん!」
なんだか胸を張る梨佳と笑った瑤子が仲がよさそうだった。
「すごいシュールだけど頭に残って可愛い。けどウケる!あはははは!司もそう思うでしょ?」
「まあ、可愛いと思うよ」
瑤子が俺に同意を求めるのでちょっと対応に困った。
茉理先輩もちょっと笑っていたが、こんな提案を出した。
「それマスコットキャラにしようか?バンドのメンバーシンボルにした方が解りやすいしね。どうかな?」
俺は瑤子の茉理先輩に賛成することにした。
「いいですね、イメージがあると解りやすいそうしましょう」
「それは良い提案だけど、モナ友出世しすぎでしょ!あははは!」
瑤子はお腹を抱えて笑っていた。よっぽどツボに入ったのだろう。
「それなら今度もっと可愛いモナ友描いてきますね」
梨佳は乗り気だった。
そういえばこんな風に一緒に作業して、一緒の机で食事をしながら楽しく話すのは初めてだった。なんだか楽しいと言うよりも優しい気持ちになれた気がした。
担任の佐伯先生が様子を見に来るまではみんなで楽しく話をして、練習もした。
女子の会話なので話題がファッションやスイーツにバンドの話が多かったが、こういう話題での男子の意見が個人的に気になるという茉理先輩の話題の振りもあって、俺も会話に参加していた。
お茶会が終わって、まだ俺のドラムが基本を学んでいる段階だったのでこの時間は茉理先輩が渡した曲の練習をした。
「私が作曲した奴なんだけど、これを今度ライブハウスとかで演奏しようと思うんだ」
茉理先輩はそういって6月に商店街の小さなライブハウスで演奏しようと言った。
瑤子はベースのレベルが元々高いので乗り気になり、梨佳は中学の時に女子4人でライブに参加したことがあると言うので楽しみにしていた。
梨佳はギターのレベルが瑤子以上に練習したのか上手かった。
瑤子と茉理先輩はものすごく褒めていて、梨佳は普段見せない喜びの表情で照れていた。
それがすごく新鮮だったし、こういう部活をするのも初めてだったので茉理先輩にドラムを教わりながら楽しい時間を過ごせた。
これからもこういう時間が過ごせればいいなっと心のどこかで望んでいた。
教室に佐伯先生が来て、今日は部室は閉めることになったが、4人で楽しくバスの中で好きなバンドのメンバーの話やこれからの練習メニューの事などを話して、商店街のバス停前で俺と梨佳はアパート方面に瑤子と茉理先輩は商店街の奥にある一軒家が並ぶ住宅街の方面に別れて帰った。
「楽しかったね」
俺は梨佳に帰り道でそう言った。
「うん、これからもっと楽しくなるんだから、このくらいで満足しちゃ駄目だよ」
梨佳は笑ってそんなことを言いながら、楽器の話をしていた。
本当に音楽が好きなんだなっと詳しい話を聞きながら夕日の帰り道の中アパートに着いた。
「あっ、そうだ。司君、お願いがあるんだけど、今度勉強見てもらっていいかな?数学とか科学とか苦手なんだ」
アパートのドアの前に着いた時に梨佳が手を合わせて拝むように言ってきたので、なんだか断れなかったし、克也さんの言葉を思い出していた。
管理人見習いはアパートのみんなと可能な限り触れ合って欲しい。
その克也さんの言葉通りなら断るわけにもいかなかった。
「別にいいよ。俺も一応ここの管理人見習いだし、住人が困っていることなら可能な限り手伝うように言われてるしさ」
俺がそういうと梨佳は一瞬だが悲しそうな顔になっていた。
「あ、そ、そうだよね。管理人だもんね。忙しいし、仕事で手伝ってくれるのはちょっと申し訳ないし、瑤子ちゃんに手伝ってもらうようにするよ、ごめんね」
梨佳の歯切れの悪い言葉を聞いて、なんだか胸がズキッと痛んだ。
せっかくの友達なのに俺、なんて冷たいこと言ってるんだろう?
俺はトボトボと階段に向かって歩く梨佳を待ってと声かけた。
「そのさ、今日は楽しかったんだ。こんなに良い奴らが集まったバンドの関係を壊したくないし、仕事だからとかそんな嫌な言い方したけど、別に仕事じゃなくても手伝うよ。お礼とか感謝もあるんだ。あそこは温かかったし、梨佳さんのおかげで味わえた経験だから勉強ぐらい喜んで手伝うよ」
自分でも興奮気味で何を言ってるか、解らなかった。
今まで人のために何かしたことなんてないのに、なんで俺こんなこと言ってるんだ?
本当は仕事のはずなのに、仕事じゃないって言うのは矛盾してるのに。
梨佳は後ろを向いて黙っている。
俺は悪い事をしたなっと思い、言葉を続けた。
「勉強以外でも力になれることなら何でもするよ、だってさ」
俺は初めて出来た関係にありがたみを持って、素直な言葉を続けた。
「俺の大事な友達だからさ」
人生で初めて言った言葉だった。
「ごめん、今日は無理!また明日」
梨佳はそう言って、振り向かずに走って階段を上がった。
俺は追いかけても傷つけるだけだと思い、階段の前で立ち止った。
泣かせたのだろうか?
なんだよ、結局友達出来てもすぐに駄目になるんじゃないか。
明日からこの1件は無かったことになって、また学校に登校して顔を合わせるんだろうか?なんか昔の、小学校や中学の時みたいで、嫌だ。
気分が悪い。
俺は部屋に戻り、自分の部屋に静かに荷物を置いた。
今日は克也さんは帰りが遅いし、掃除を代わりにすることを思い出した。
忘れて掃除をしよう、終わったらまた部屋に戻って勉強しよう。
そう思い私服に着替えると、服から1枚の紙切れが落ちた。
見ると昨日の逃げ出した夜にゲーセンで南さんに貰った対戦動画の東西戦の名前だ。
勉強が終わったら、また寄ってみようか?
あそこなら嫌なことも忘れられるだろう。
ちょっと良い事があっても、次の日には台無しになるんだ。
そうだ、昔と同じなんだ、期待なんかするな希望なんて昔から無かったじゃないか。
所詮世の中なんて嫌なことしかないんだから、さっきのはただの気休めでしかないんだ。
俺は私服に着替えてアパートを出て、裏手の箒を取って掃除をした。
掃除をしていると誰かから声をかけられた。
聞きなれた男のくせに女みたいな声だった。
「あっ、さっそく仕事してるね司君」
智哉だった。部活帰りなのだろうか、夕方の日が沈む頃に学生服で俺に近づいた。
「おお、サッカー部初日はどうだった?」
「いやー、なんか高校サッカーのレベルを思い知ったって感じだよ。結構スパルタだったのかな?入部したみんなは後半には動きが単調になってたよ。僕だけ2、3年の人に練習付き合わされてしごかれちゃったよ」
智哉は才能があるんだろうか?初日から先輩と一緒にまざって練習するんだから、レギュラーは割と早くとれるだろうと話を聞いていて俺は思った。
「あ、今仕事中だし、梨佳ちゃんの家に上がってるね」
智哉がそんな事を言うので、俺は先ほどの事を思い出し止めるように適当な理由を付けて言った。
「いや、梨佳さんは今日バンドの練習で疲れて寝てるから、また今度にした方が良いと思うぞ」
「そうなの?まあ、そういうことならしょうがないね。また今度にするよ」
俺達が話をしていると、アパートのどこかのドアが開く音が聞こえた。
梨佳かもしれないと思ったら、不安になった。
ドアの方から声が聞こえる。
「あれ?智哉っちじゃん!部活帰り系ですか?」
軽そうな男の声の方向に振り向くと彩島だった。
「あっ、彩島さん。こんばんわ!」
まだ夕方といっても日は沈みかけている絶妙な時間帯で智哉は挨拶した。
ドアを開けた彩島の部屋から横田の姿が現れる。
ひょっとしてあれからずっと騒いでいたのだろうか?
「おお、智哉少年!よくぞ来た。今彩島殿と飲んでひと眠りして、食料を買ってきたのだ。よければ我らの宴に参加せぬかぁ?智哉殿ぉ!」
横田が途中から歌舞伎調の声のトーンで話しかける。
夕方からテンションが間違っている2人に智哉は嬉しそうに話す。
「えっ!いいいんですか!それじゃあ、家から食べ物持ってまた来ますね。カルパスとカレールーとキムチですけど、炊飯器ありますよね?」
なんだその組み合わせは?
「おっ、智哉っちいいチョイスだねえ。今タコ焼き焼いてるんだよ。合体してタコカレーにしようぜ!」
「わかりました。すぐに戻って持ってきますね」
彩島もなんだか悪夢のようなメニューを言い出す。
そして智哉も家の見える公園に歩いて帰っていく。
「管理人見習い殿もどうかな?必ずや歴史に残るであろう我らの豪遊に参加するか否か?」
どんな歴史に載るかはともかく、俺が参加しなくてもさっき喜んで家に戻った智哉もいるし3人で楽しめるだろう。
仕事とはいえ、そんな気分でもなかった。適当に嘘をついてあしらうことにした。
「すいません、せっかくのお誘いですが掃除や他の仕事もあるんで」
「司っちは萎えること言うなー。これからレンタルDVD店で借りた。スーパーヒーロー30周年記念映画の90分視聴会もあるんだぜー。オメガレッドのパワーアップフォーム見れるのは今だけなんだぜ」
彩島が俺にとっては別に嬉しくも無い企画を言い出すが、仕事ですのでと言って掃除を続けることにした。
「そうだぞ、司少年!私も借りてきた10歳アイドルセクシービーチバレー30分も見れるのだぞ。健全だからこそ少女は良いのだよ。カモシカのように無駄な肉のない体型こそが」
「あ、食料調達してきましたよー」
横田が危ない話題を高々とドアの前から声を上げて演説している中で、さっき家に戻った智哉が私服で大きなレジ袋を持ってアパートに来る。本当に足が速いなと俺は驚いた。
「それじゃあ、またね。司君」
智也の顔だけ見れば可愛らしい女の子の喜びの表情が金髪男と中年男の開けたドアに入り、閉まっていく。
なんだか通報しようにも出来ない、ギリギリの光景にも見えた。
何とも言えない時間を過ごした気がしたが、気を取り直して掃除を続けた。
※
掃除が終わり、部屋に戻って勉強をしていると隣の彩島の部屋から笑い声が良く聞こえた。だいぶ盛り上がっているようだ。
7時になり、勉強を止めて明日の支度を終えるとインターホンが鳴った。
ドアを開けると背の小さい幼児体系の峰屋だった。
スーツを着ているので仕事帰りだろうか?
「どうしました?」
俺は聞こうとすると、峰屋は俺のほっぺをつねってこう言った。
「おう盛りの付いた変態高校生。あたしの部屋の電球かえろや。トイレの電球だからな、フェロモン全開の部屋に欲情して興奮するなよ。興奮したら首輪付けて調教してやる!」
「痛いからつねるのも止めてくださいよ!替えますから待ってください」
俺は食器棚の下にある電球を取って、峰屋の部屋にがっくりとうなだれて向かった。
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