第6話

 俺は体育館の前の受付で名前と書類を渡し、中の席に座る。

 入学式が始まり、校長のありふれたつまらない祝辞を終え、プリントに書かれていた教室へ移動する。

 長い時間座っていたが、いつも図書館で勉強していたので疲れは無くむしろこういう座っていることに慣れていた。

 教室の席は窓際で後ろから2番目だった。

 俺の席の後ろには智哉がいた。

 その智哉の隣の席は梨佳だったが、他の女子と話をしているのか席を移動していた。

 俺の隣はツーサイドアップの髪の女の子だった。

 俺より身長が5cmほど低い、ツリ目の女の子は智哉を見て話す。

「まさか智哉と同じ教室になるなんて思わなかったわ」

 どうやら口ぶりからするに知り合いのようだ。

 彼女は俺に軽く挨拶をする。

「智哉とバスで話してた人よね?初めまして、日野瑤子(ひのようこ)よ。よろしくね」

 同じバスにいたようだが、気がつかなかった。俺はとりあえず智哉の知り合いなら挨拶くらいはしないと関係がこじれると思ったので、挨拶した。

「松本司だ。よろしくな日野さん」

「瑤子でいいよ、イケメンくん」

 イケメンと言われて、お世辞だなと思い軽く流すことにした。

 智哉が紹介する。

「彼女は僕の幼馴染みなんだ。あ、そういえば瑤子ってベース弾けたよね?」

「ええ、そうだけどそれがどうしたのよ?」

 智哉が俺の代わりに説明した。

 瑤子はそれを聞いて、俺を見て笑みを浮かべていた。

 ちょっと楽しそうに見えた。

「いいじゃない軽音部作るって退屈しなそうだしね。私もやるわ、司君だっけ?何の楽器やるの?」

「司でいいよ、あそこで女子と話している梨佳さん部を作るんだけど、俺はドラムやることになってる。ここの学校の先輩がキーボードやるから、梨佳さんはギターじゃないかな?」

 自分の名前が出たのか梨佳はこっちを見る。

「そうなの。じゃあ私彼女と話してくるわね。下の名前で呼ぶなんてお熱いことで」

 そう言った後に瑤子が立ち上がり、梨佳に近づいて女子の会話に混ざった。

「そうなんだ、知らなかったよ」

 智哉が俺を見て、そんなことを言った。

 熱いと言うより気まずいの間違いだと言おうと思ったが、話がややこしくなるので言わないことにした。

「そんなんじゃないよ、同じアパートでたまたま頼まれただけさ」

「そうなんだ!じゃあ僕って近所の友達が2人増えたことになるんだね。ついてるな~」

 智哉がそんなマイペースなことを言っていると担任の先生が教室に入ってきた。

 スーツの似合う眼鏡の若い先生だった。

 甘そうなマスクをしているのか女子から人気が出てそうな冷たい感じの人だった。

「今日から君たちの担任になる佐伯大悟(さえきだいご)だ。今日は教科書と簡単なガイダンスがあるから寝ずに聞くように、いいかな?」

 女子の声がちょくちょく聞こえる中で入学初日のガイダンスを聞いた。


 ※


 学校が終わり、瑤子は俺と梨佳を連れて職員室に入った。

 佐伯先生に軽音部を作るための用紙を渡すためだ。

「軽音部か、名簿だと2年1人を入れて4人だな。わかった、部費は出せないが教室は第2音楽室を放課後だけ使えるように私から話しておこう。顧問は私になるが、部には顔を出せない。用事がある時だけ職員室にきて呼びなさい。明日には使えるようにしておこう」

 佐伯先生はそういって、あっさりと部を設立してくれた。

「ありがとうございます」

 そう言った梨佳は嬉しそうだった。

 この分だと昨日のことは忘れてくれそうだと俺は安心した。

 ちなみに智哉は他のサッカーをしていた中学の友人と先に帰った。

 俺を見る智哉の申し訳なさそうな顔が印象的だった。

 職員室を出てると先輩らしい女生徒がいた。

「梨佳、どうだった?」

 梨佳に話しかけるところを見ると昨日の楽器屋のバイトの人だと解った。

「明日から第2音楽室でやっていいって言ってましたよ」

 先輩は嬉しそうだったが、瑤子は誰か解らないようなので梨佳が紹介した。

「瑤子ちゃん、この人がキーボード担当の管坂茉理(かんざかまつり)先輩だよ。先輩、彼がドラム初心者の松本司君とベース経験者の日野瑤子さんです」

 髪は肩まで伸びた斜め分けの茉理先輩は俺たちに挨拶した。

「これからよろしくね。ドラムは第2音楽室に置いてあるから司君は買わなくても大丈夫だよ。明日の放課後は部室の掃除と購買部で買ったご飯食べて練習だね」

 何の目的で音楽室に都合よくドラムが置いてあるのか聞くと、どうやら音楽の先生が昔ドラムをやっていたようでそのまま置かれているらしい。

 借り物なので大事にしようと思った。

 俺は用事があるから先に帰ると言って、その場を離れた。

 瑤子はまたねと言ったが、梨佳も小声で同じことを言っているのが聞こえた。

 こういう空気にまだ慣れないのもあって早くこの場を離れたかった。

 恥ずかしい気持ちと知り合いが増えた事への気遣いの疲れのようなものが溜まっていたようだった。

 バスに乗り、席に座ってスマホのメールを見ると克也さんからメールが来ていた。

 内容はこうだった。

 時間に余裕があれば夕方ごろにアパートの人と話をして下さい。色々問題を抱えている人たちなので優しく話してあげてください。夕方ごろに皆さんに実家から届いた美柑を渡したいので司君から渡してあげてください。それではよろしくお願いします、克也。

 メールを見て、夕方まで時間があるので商店街で昼飯でも食べて行こうと思った。

 管理人見習いの初仕事だし、昨日の失敗をなんとか取り戻そうと決心した。


 ※


 商店街の牛丼屋で豚丼を食べた後に、本屋で雑誌を読んでいると4時になったのでそろそろ克也さんのいるアパートへ向かった。

 商店街を歩く途中で焦げ茶色の髪をしたセミロングの無愛想そうな見知った女性に会う。

 槇村だ。

 彼女は俺をみると足を止めた。

 優しくしてあげてくださいとはメールで言われたが、実際に会うと気まずい。

 俺はそのまま通り過ぎるとことにした。

 そう決心して歩いた。

「待ちなさいよ、司」

 槇村に呼び止められる。

 俺の決心はわずか15秒で無に帰った。

「なんですか槇村さん、これから俺帰るんですけど」

「挨拶くらいしなさいよ。可愛げのない後輩ね」

「アッハイ」

「殴ってもいいかしら?」

 駄目だ、どうもこの人は苦手だと俺は改めて思う。

 けれど見習いの仕事だし、とりあえず会話を続けてみることにする。

「あの、槇村さん。これから克也さんの実家に届いた美柑をアパートのみんなに配ることになってるんですけど要りませんよね?」

 彼女は無言で俺を睨み付ける。

「あ、要りませんね。はい、わかりました。それじゃあ俺はこれでー」

「貰ってあげてもいいわよ。あんたがどうしてもって言うなら考えてあげなくもないわ」

 すごく偉そうでめんどくさそうな答えが返ってきた。

 槇村は腕を組んで意地悪そうな笑みでこっちを見下すように見ている。

「忙しそうだし、美柑どころじゃないですね。解りましたーそれじゃ、俺帰りますんで」

「待ちなさいよ」

 本日2回目の待ちなさいよだった。

「…ってもいいわよ」

「えっ?」

「うっさいわね!貰ってあげてもいいわよって言ってるのよ!何馬鹿みたいに突っ立ってるのよ!」

 あんたが待てって言ったから立ってるんだろうが。

 イラついたので意地悪な事を言うことにした。

「貰ってあげてもいいってことは別に必要な訳じゃないですよね?じゃあ無しという事で」

「あんたほんっとうにムカつく!」

 そういって槇村はネカフェに入っていった。

 仕方ないから置いといてやると言う紙でも付けてアパートのドアの前に置いておくか。

 俺はそんなことを思いながら商店街を後にした。


 ※


 アパートに帰ると克也さんが部屋にいた。

「おかえりなさい。これがその美柑だからね。みんなの分までちゃんと袋で分けておいたから後はよろしくおねがいします」

 そう言って克也さんは部屋に戻っていった。

 俺は克也さんに一応槇村が美柑を要らないことを言っておいた。

「ははは、彼女はあれで恥ずかしがり屋なところがあるんですよ。今はネットカフェでバイトをしているのでドアの前にかけてあげてください。他の方にはちゃんとインターホンを押して話してあげてくださいね。これも管理人見習いの大事な仕事ですから」

 克也さんはそう言って障子を閉めた。

 俺は紙とマジックを用意して「克也さんにどうかひとつと必死に頼まれましたので仕方ないから置いておいてあげますよ、バイトお疲れさん」と紙に書いて槇村に渡す袋の中に美柑と一緒に入れた。

 さっそく5つの袋を持って、ドアを開けた。

 まず隣の102号室の金髪の大学生の彩島の部屋のインターホンを押す。

「はーい、どちら様ですかー?」

 インターホンから彩島の声が聞こえたので、俺は名前と用件をいった。

 彩島はドアを開けると嬉しそうな顔で俺を見て話した。

「お、司ちゃんありがとうねー。いやーここんとこカップ麺ばっかだから甘いものが欲しかったんだよねー」

 どんな食生活してるんだと自分の中学時代を棚に上げて思う。

 さっさと済ませたいので美柑を渡した。

「それじゃあ、俺はこれで」

「まーまー待ちなよ。ちょっと上がってくれないかな?あの後あんなだったし、じっくり楽しい話が俺的にはしたいわけよー。いいでしょ?」

「また今度時間が空いた時でいいですか?」

「えー。仕方ないなぁ。それじゃ今夜ってことでどう?」

 なんだかナンパをされているような口ぶりだったので変な笑いが出そうになった。

「わかりました、配り終わったらまた来ます」

「約束だよー。そんじゃ、また後でね」

 ドアを閉めた後にはため息が出た。

 あと3回これを繰り返すのかと思うと気が滅入った。

 次は隣の103号室の30代の横田の部屋のインターホンを押した。

 声も無いので留守かと思ったが、ドアが開いた。

「んん!司少年ではないか!どうしたのだ?私はこれでも日々を楽しむために1分1秒を有意義に使っているのだ。わかるかね?つまりこの1秒さえも」

「あのこれ克也さんの実家から送られた美柑です。よければどうぞ」

 長くなりそうだったのですぐに用件を言って美柑を渡した。

 横田は何故かどや顔でそれを受け取ると演説じみた大げさなポーズを取った。

 ヒトラーみたいに見えた。

「なるほど、貢物というわけか。よい心がけだぞ司少年。しかしそんな外交ばかりでは世の中は渡れんぞ。時には相手を攻略する力を見せねば大衆は寄り付かぬのだ。すなわち愛も同じことだ。ああ、ちょっと待ちなさい」

 そのまま階段を上がろうとしたら呼び止められる。

「すみません、急いでたもので」

 俺はそういうと見習いの言葉を思い出し、優しく対応することにした。

 横田は演説を止めて普通に話した。

 はじめてまともに話すところを見た気がする。

「まあ、克也さんには世話になってるしな。お礼を言っておいてくれたまえ。それじゃ、私はメイドの生ライブを見なきゃいけないからこれで失礼するよ」

 ドアから萌え萌え言う女の声が聞こえる中で、横田はドアを閉めた。

 彩島とは別のベクトルで疲れが出た。

 階段をあがり、203号室の幼児体系の峰屋の部屋のインターホンを押す。

 ドアからピンクのキャミソール姿の峰屋が眠たそうに出てくる。

 仕事から帰ったばかりなのだろうか?

 まだ5時なんだが、どうやら今日は休みのようだ。

「これ克也さんの実家から送られた美柑です。よければどうぞ」

 俺がそういうと峰屋は俺を引っ張る。

「えっ?ちょっと!何するんですか?」

 峰屋は俺を玄関まで引っ張ってこう言った。

「どうぞっていっただろ?つまりあんたはあたしの物になったんだろ?あんたみたいな発情期の雄犬が欲情してんのをあたしが発散させてやるんだよ、ありがたく思えよな」

「違いますよ、渡すのは俺じゃなくて美柑ですよ!何考えてるんですか!」

 昨日の1件から全く反省していない様に思えた。

 いつもこうなのだろうか?凄く疲れる。

「みかん?おお、そうだよ。私の下の名前は実環だよ。名前も覚えてありがたいねえ、ほれご褒美に良い事させてやる。早くそこに寝ろ」

「違いますよ、食べ物の美柑です!怒りますよ」

 それを聞くと舌打ちが聞こえて手を離してくれた。

「それじゃあ、失礼しますね」

 俺はそういうと外に出ようとした。

「あたしに惚れてるんだろ?」

 そういって右手の指をキャミソールからつまんで胸を見せつけるように露出する。

 胸が無いのでなんだか貧相で可哀想に見えた。

 舌を転がすように舐めながら上目遣いで俺を見る。

 アメを与えたばかりの子供のように見えてしまう。

「お前の好きにさせてもいいんだぜ。その股間の」

 言い終わる前に俺はドアを外から閉めて、次の部屋に行くことにした。

「なんだよ!可愛げのない大変な変態野郎が!カッコつけても盛ってんだろ!ああん!」

 ドアからそんな声が聞こえたが気にせずに102号室の梨佳のインターホンを押す。

「はーい、どちら様ですか?」

「松本だけど、克也さんの実家から美柑が送られてきてさ。よければどうぞ」

「あ、そう、そうなの。ちょ、ちょっと待っててね」

 ドアからドタドタと音が聞こえて、セーターにミニスカートの姿の梨佳がドアを開けた。

 先ほどの峰屋とは違って可愛らしい服装だ。

「それじゃあ、これ美柑だから」

「ありがとうね、司君」

 なんだか気まずい空気になったので次に行こうと思った。

「それじゃあ、俺はこれで。悪いな忙しそうな時にさ」

「う、ううん。全然暇だったから気にしないでいいよ。明日から軽音部頑張ろうね!」

 そういって胸に両手を乗せた仕草がちょっとだけ可愛く見えた。

「そうだな、それじゃあ」

「うん」

 そう言ってドアが閉まる。今までで1番まともな対応だと思えた。

 201号室の槇村の部屋のドアノブに美柑とメモ紙を置いて、102号室の彩島さんの部屋に向かおうとしたが、まだ夕方頃なので後にした。

 101号室の自分の部屋に戻ると、克也さんは商店街で友達との付き合いがありますので帰りは遅くなりますっと言って、俺が部屋に入ると克也さんは外に出た。

 とりあえず昨日から部屋に置いてあるパソコンの設定とネットの設定をすることにした。

 パソコンの設定が終わり、使えるようになって、しばらくインターネットをしていたら夜の9時になっていた。

 克也さんからメールで10時半ごろに帰るので先に冷蔵庫にある夕食を食べていて下さいという通知が来たので、冷蔵庫のラップがかけられているチャーハンと餃子をレンジで温め、鍋にある味噌汁も温めて、食器に入れてサラダと一緒に食事を取った。

食べている時にドアにカサッという音が聞こえたので、気になってドアを開けると袋がぶら下げていた。

 上から慌ただしい足音が聞こえてドアの閉まる音が聞こえた。

 槇村だろうなっと思った。

 袋を見ると紙がセロテープで貼ってあり、いかにも見ろと言う感じだった。

 紙をみるとボールペンで「可愛げのない後輩へ あんたの美柑なんて誰が受け取るもんですか、このイラつく変態野郎」と書かれていて、袋には美柑の皮だけ残されていた。

 食べてるじゃんっと思いつつ今日1番大きなため息が出た。

 本当にこれからやっていけるのだろうか?

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