第3話

 俺の自己紹介が終わり、それぞれが鍋物のすき焼きを食べながら自己紹介する。

 金髪の男が肉と糸こんにゃくを卵と醤油の入った皿に入れて、俺に話す。

「へー、居候っすかー。そうなんだ。司くんだっけか?若いね?高校生っしょ?今年で1年生とかかー、あったなーそんな時代が俺にもさー」

「ええと」

 俺は名前もわからない金髪の男をどう言えばいいのか解らなかった。

 見た目は不良っぽいし、なんだか軽そうな人に見える。

 金髪の男がそれに気づいたのか肉を食べたあとに笑顔で自分の顔に指をさす。

「俺は彩島茂(さいじましげる)!呼び名は彩島さんで固定してくれよな。大学生で今年で2年生になったんだぜ」

 それに俺が答える前に、彩島の隣に座っているネカフェで見た焦げ茶色のセミロングの無愛想そうな女性が俺にこう説明した。

「この人は彼女振って、2次元の女性にゾッコンだとか言ってる特撮マニアのダメ大学生だからね。しかもバイトせずに仕送りの15万だっけ?それで生きてるのよ。こうなっちゃダメだよ」

 彩島が不服そうに焦げ茶髪の女性に言う。

「あのなー、こういう無愛想な女もリアルにはいるから俺は2次元選んだつーの!賢明と讃えられるべき英断だろうが、そうだろ?司君よー」

 俺に振られても困るし、特撮マニアは否定しないのか?

 適当に、はぁと言って肉を取って食べる。

 意外と旨かった。

 俺は焦げ茶の髪の女性をどう呼んでいいか迷ったが、女性は俺を一瞥して肉と長ネギを取りながらこう言った。

「私は埼玉川上高校2年の槇村千沙(まきむらちさ)だよ。槇村先輩って呼ぶこと、わかった?私が先輩であんたは後輩なんだから、そのへん理解するのよ」

 なんだか無愛想で偉そうな女性だった。

「聞いてるの?」

「アッハイ」

 俺は適当に返事をした。

「ふーん」

 槇村はなんだかイヤーな感じの顔をした。

 一応見習いとしての仕事もあるし、適当になだめることにした。

「まさか同じ学校だとは思いませんでした」

「あっそ、でも馴れ馴れしく学校で話しかけないでよ。私の品位が汚れるからね、まっ、ちょっと位なら我慢してやれるけどね。私の器に感謝しなさい」

 ちょっと腹が立つが我慢することにした。

 喫茶店に彩島と一緒にいた時の30代くらいの男と偶然目があった。

 男は咳払いをして俺に自己紹介した。

「私は横田誠一(よこたせいいち)というエリート大学卒業生だ。東京大学の文学部思想文化学科卒業のエリートだ。少年よ、私のような選ばれた人間にあえて君はとてもついてるぞ」

 すごい学歴だが変わり者に見えた。

 槇村が付け加えるように行った。

「彼は親の経営するグループ会社をコネで入社して3年で辞めて、準備期間とか働きたくないとか親に言って甘い親から貰う仕送り頼りに5年も生きてるニートよ。尊敬したければご自由に」

 彼女の言葉を聞いて、彼の評価が変わり者から人生の落伍者になった。

 横田は片手に握りこぶしを作り、反論を唱えるように演説じみたパフォーマンスで力説した。

「む、わかっていないぞ。千沙くん!人の本質は労働にあらず、私は今までそれに固執し、人生の本筋を見失っていたのだ。人は遊んでこそ生を見い出し…」

「おい、ニートキングうるせーぞ!飯の時くらい静かにしろーい!」

 先ほど俺をつねった幼児体型の女が缶ビール片手に怒鳴る。

 俺を見ると幼児体型女はボーイッシュな髪をかきあげて、ビールを1杯飲んで言葉を告げる。

「ガキんちょ、さっきはつねって悪かった。とでも言うと思ったか!ぎゃははは!」

 嫌にハイテンションでいらつく幼児体型女だった。

 無愛想な槇村が酔った幼児体型女の代わりに紹介する。

「彼女は峰屋実環(みねやみかん)さん。会社員で事務をしているのよ。でも休日以外は外に出ずにオンラインゲームばかりしているわ。ちなみに男に17回振られてるわ」

 峰屋は聞いてか聞かずか飲んだあとで大声をあげる。

「男なんて体目当ての大変な変態ばかりじゃねーか!この変態高校生が!」

 質の悪い酔っぱらいにしか見えなかった。

 峰屋は俺に近づき酒臭い息をかける。

「高校生ってのはな、ヒック。変態ざかりなんだよ、わかるか?クソガキー?ヒック」

 峰屋が胸を当てようとしているのか体を寄せるが、ちっとも胸が当たらないので男に絡まれているようだった。

「やめてくださいよ、むこうで飲んでください」

 俺は寄せる体を手で押して離しながらそう言った。

「あたしもさー、ヒック。あんたみたいな奴が昔、ヒック、高校に、ヒック、いてさー」

 峰屋は酒の入った息を耳に吹きかけながら話す。

 困る俺をよそに横田はまだ演説じみたものを続けている。

「だから、私にとってはこの準備期間こそが人生の本質であり娯楽を味わえる時間になるだよ!解るかね?まあ、この次元の話はいわばこれから話すことの基本であるからにして」

 彩島はそれを聞きながら肉を食って笑っている。

 克也さんは少し困った顔をして鍋に具材を入れていた。

 槇村は我知らぬといった感じで食べている。

 もう1人の女の子は、さっきから自己紹介が出来ずにあたふたしている。

 峰屋が俺の耳を舐め始めた。

「ちょ!峰屋さん、何するんですか!やめてくださいよ!」

「ばかたれー、ヒック、あたしが変態のおめーに、ヒック、女を教えてやるんだよー、ヒック、ほっぺつねられてる時から欲情してたんだろ?この、ヒック、大変な変態が!」

 女の子が戸惑っている。

「あの、えっと、私は君と同じ高校の、えっと」

 そんな声が聞こえる。

 峰屋が手を俺のシャツの中に入れ始める。

「若い子は、ヒック、敏感だと、いうけど、ヒック、思い出すよ。高校の、ヒック、頃の、あたしを、ヒック、しこん、ヒック、だ、男を」

 槇村が食べ終わったあとに、その光景を一瞥して話す。

「峰屋さん、こいつ嫌がってるからやめときなよ。変態かもしんないけどTPOあるんだしさ。それにまだ彼女の自己紹介が終わってないよ」

 峰屋が俺のほっぺを舐め始めた頃に俺は苛立った。

 それがまるで若い男といた母親のようなものに見えて、嫌悪感が出てきた。

 顔を向けられ口に息がかかる距離まで近づいた時に、俺は峰屋を突き飛ばした。

「いい加減にしてください!」

 周りが静かになる。

 俺は立ち上がり、握りこぶしを作り、鍋をしているみんなの机から一歩離れた。。

 横田は演説じみたポーズのまま硬直し、彩島は箸に肉を持ったまま俺を見る、

 女の子はちょっと泣き出しそうで、槇村はその女の子の頭を撫でながら俺をきつそうな目で見ていた。

「ヒック、なんだよ、私に、ヒック、文句でもあるのか?」

 峰屋が起き上がる。

 克也さんが立ち上がり、俺をなだめようとした。

「司君、ちょっと落ち着いて、ね?」

 克也さんがそういったのを気に俺はここに居たくなくなった。

 居心地が悪いと感じた。

 両親のいた家のように感じた。

「すいません、ちょっと外に出てきます。勝手に鍋でも酒でもやっておいてください」

 俺はそれだけ言うとメンチカツを持った袋を持って、ドアを開けて外へ走った。

「司君!」

 克也さんの声が後ろから聞こえる中で、俺は全力で商店街に向けて走った。


 ※


 息切れした俺は地下のゲームセンターの自販機の手前の椅子に座っていた。

 我慢していたけど、やってしまった。

 最悪だ、結局前と変わらないじゃないか。

 そんなことが頭から離れない。

 ゲーセンの音の中で俺は冷めきったメンチカツとコロッケを食べながら、自販機で買ったグレープフルーツを喉に流し込んだ。

 スマホはずっと振動している、

 克也さんの名前が表示されたので、電源を切った。

 ゲーセンの筐体を見ながら、昔のことを思い出す。

 ああ、そういえば俺って図書館の勉強が終わるとゲーセンによくいたっけ?

 バカみたいなだな、昔と何も変わらないじゃないか。

 結局これは大人になっても続くんだ。

 俺はゲーセンに行って、忘れて、とぼけて素知らぬ顔で生きていけばいいのか?

 なんだか考えるのがバカバカしくなってくる。

 どうせ高校も中学と同じだ。

 楽しいことなんてどこにもない。

 せいぜいゲームかネットくらいだろう。

 今までと同じだ、同じでしかないんだ。

 世の中ってのは細かいところばかりよく出来てて、肝心の大きな部分は何も出来ちゃいない。全体の規律に細かくうるさいくせに、1人1人の人生が曖昧でいい加減なんだ。

 ひどく、不愉快だ。

 俺はもう考えるのも辛くなり、ゲームに集中することにした。

 昔からやっていた格闘ゲームの新作の筐体の前に座り、財布から100円玉を2つ入れる。

 キャラクターセレクト画面で使い慣れたキャラを選び、CPUと戦って面を進める。

 俺から見て前の台に人が座り、コインを入れる音がする。

 格闘ゲームで言う乱入対戦だ。

 俺は今の問題も忘れて、対戦だけに集中した。

 いつだって、クソな世の中で娯楽のゲームだけがこの理不尽な世の中に残されたささやかな苛立ちやストレスの発散場所かもしれない。


 ※


 7連勝したが、最後の最後で逆転負けし、俺は台を立った。

 いつの間にか後ろで腕を組んでいる人が3,4人いた。

 ギャラリーが出来ていたようだが、見られているのも嫌な気分だったので、すぐに自販機の前の椅子に戻った。

 中年の男がやってきた。

「君、なかなか上手いね。あのキャラであんなコンボをする人初めて見たよ」

 話かけてきたので、黙ったままだとトラブルになってまた外に出そうなので話すことにした。

「あれはたまたまです。相手が壁際にいたから落ち着いて出来た技です」

 中年の男はアロハ柄のTシャツの上に革ジャンを羽織り、黒の長ズボンを履いていた。

「遠くからきたのかな?実は今日は君のやっていた格ゲーの大会があるんだけど、参加するかい?時間空いているならみんなも君と対戦したがっているよ」

 男は外見に似合わず楽しそうに話す。

 時間はどうせ遅くまでいるだろうし、夜中になれば家に戻ればいい。

 中学の頃と同じ生活に戻るだけだ。

 いつもと変わらない。

「そうなんですか、それじゃ参加しますよ」

 俺がそう言うと、男は喜んで奥のカウンターに居る店員に向かって歩いた。

 こっちに来てくれという男のジェスチャーに不安を覚えながらも近づく。

「南さん、この子かい?さっきのコンボ出したハン使いは?」

 店員らしき男が俺を指で指さずに、手全体で指し、そう言った。

 ハンとは俺の遊んだ格闘ゲームのキャラクターのことだ。

 ハンを使ったプレイヤーをハン使いと言う。

 南と呼ばれた俺と自販機の前で話していた中年の男が俺に言う。

「そういえば君名前なんて言うの?俺は南(みなみ)っていうここの常連だよ」

「俺は松本って言います。司でいいです」

 店員が笑顔で俺を見る。

「司ちゃんか。俺は店長の森川(もりかわ)だ。ここの大会初めてでしょ?参加費500円で試合始まるまではそこの台で好きなだけ野試合してていいからね。野試合の台では勝っても負けても次の人に譲るんだよ。それじゃ本戦のルール説明するからね」

 俺は森川店長から簡単なルールの説明を聞く。

 東側の20人と西側の20人に分かれて、先鋒から大将までを店長が決めて勝ち抜き戦で試合を進めていく流れだった。

 東側の先鋒は俺で西側の先鋒は年上の中年の男だった。

 俺が勝てば西の2人目と続けて対戦し、大将まで倒せばその後は戦っていない人同士でのエキシビジョンマッチだ。

 森川店長はこの大会を東西線と呼んで、週に1回決まった日にやっていると説明した。

 戦いはネットの動画で配信されるそうなので、俺はカタカナでツカサと登録した。

 今まで大会とは無縁だったので、俺は内心ワクワクしながら対戦した。

 この時ばかりは家を出たことを忘れていたし、どうでもよかった。

 ゲーム内容は3回戦バトル形式で俺が2本先取すれば相手は負けになる。

 1回戦は負けたが、2、3回戦は俺の勝ちに終わった。

 面白い実況が聞こえる中で南さんが喜んでいた。

「おお!司ちゃんやるじゃないか!森川店長、言っただろ?彼は上手いんだよ」

「南さんの言うとおりだよ。司ちゃんはここの強豪になるねー」

2人の会話を聞きながら、次の対戦相手が準備するまで無言でCPUと戦っていたが、この時ばかりは何故か褒められて嬉しかった。

 生まれて初めて人に褒められた気がした。

 俺は南さんと森川店長に会えたことを今更ながら嬉しく感じた。

 2回戦が始まり、俺はコマンドを入力してゲームを楽しんだ。

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