第2話
新幹線から降りて、駅を出たとことにある駐車場に停めてある車に乗った。
「1時間くらいで着くからもう少し我慢してね」
克也さんがそういって、車内に乗った俺を確認してエンジンをかける。
6人が乗れる大型のバンだった。
俺は助手席に乗りながら、景色を見た。
長野から来た俺からすれば都会に思える景色だった。
「高校受験大変だったでしょ?」
克也さんが運転しながら他愛もない話をした。
「いえ、そんなことは無いです。第一志望がここの高校だったので」
俺は新幹線で話していた高校の名前を挙げた。
「そうなんだ、さっき話してたアパートの2人の女の子も同じ学校だからね。仲良くできるといいね」
克也さんがそう言って、大通りの道路から左折した。
「そうだ、司君。まず市役所に行って手続きしないとね。そろそろ市役所に着くから待ってなさい」
そう言って、左折したまま、次の道を左折してまっすぐ進むと市役所らしい建物が見えた。
駐車場に車を停めて、2人で市役所に行き手続きをした。
これで俺もここに住むことになったと実感が出来た。
市役所に行くには市営のバス停もあるので、今度から役所に用事がある時はバスを使えば楽だと克也さんは言った。
「うちのアパートの近くにも商店街があってね。そこからバス停があるから乗れるよ。学校は徒歩になっちゃうけど、歩いて20分くらいかかるね」
克也さんはそういって、俺を車に乗せた。
俺はスマホで学校の通学路路を商店街から徒歩のルートを見た。
一本道なので迷う事はなさそうだった。
また車のバンに乗って、30分ほど経った。
同じ高校という言葉にますます緊張が走る。
克也さんが俺の顔を見てか話を続ける。
「そんなに緊張することないよ、悪い子じゃないから大丈夫だよ。次の曲がり角でアパートが見えるからね」
そういって、細い通りを左折するとアパートが見えてきた。
木造ではなく、コンクリートの2階建ての普通のアパートだ。
隣の小さな駐車場に車を止めると、2人で車を降りる。
アパートの周りは静かで目の前に自然公園がある以外は閑静な住宅街が並んでいた。
コンビニは先ほど左折する前の大通りにあり、その近くに商店街の大通りもあった。
「はい、ウチの合鍵ね。無くさないでくれよ」
克也さんはそういって俺に鍵を渡す。
「101号室が君と私の部屋だからね」
「わかりました」
克也さんと101号室に入る。
ドアの前には郵便ポストと洗濯機が設置されている。
部屋に入ると畳の和室に玄関前のキッチンとトイレ付きの風呂場があった。
和室の隣に狭い畳4畳ほどの和室がある。
どうやらこの4畳の部屋が俺の部屋になるようだ。
部屋にはカーテンの付いた小さな窓があり、コンセントと毛布に扇風機がある以外は小さな机と電灯に座布団があった。
「ここが君の部屋なんだが、パソコンを進学祝いに買わなくちゃね」
克也さんがそう言ったが、俺は遠慮した。
何も高い物を買わなくてもパソコンは学校にもあるし、スマホはネットに繋がっている。
克也さんが笑って言った。
「もう高校生だし、ノートパソコンくらいは買わなくちゃね。大丈夫、商店街に電気屋があって、そこのノートパソコンは安いし、プロバイダ契約は私の家で既にしていますし、買ったらすぐに繋げられますよ。はい、パソコン代とうちの住所ね」
そういって8万円と住所が書かれた紙が手渡された。
「衣食住とパソコンは提供する代わりに、他の物は毎月管理人見習い代として2万円支給しますからそのお金で買ってください。バイト禁止ですよ」
楽しそうに克也さんは言った。
衣食住も提供出来て、毎月2万円貰えるのならバイトしなくてもいい気がしたが、管理人見習いはそれほど大事な仕事だと思って納得した。
だが、やはりいきなり8万は考える。
「どうしました?ノートパソコンは必需品ですよ。買っておかないと困るのは司君ですよ」
克也さんがそう言う。
「いえ、ノートでなくデスクが買えるお金ですよ?」
俺は遠慮がちにそう言った。
「そうなんですか、それは良かった。ならデスクを買うべきですね」
克也さんが笑顔で言うので、これ以上話しても仕方ない気がして外へ出た。
「あの、行ってきます」
「あ、帰るついでにメンチカツかコロッケを買ってきてください。商店街を歩くとありますから、領収書は持ってこないと私からお金が払えないのでよろしくお願いしますよ」
ドアを閉める時に克也さんにそう言われた。
なんだかお金も貰って、買い物も頼まれて何とも言えない気持ちになった。
※
商店街は色々なお店があり、見ていて飽きなかった。
服屋、ネットカフェ、焼き鳥屋、喫茶店、文房具屋、麻雀店、ブックオフ、ゲームセンター、カレー屋に八百屋や肉屋などいろいろな店が並ぶ。
店の名前も一部が個性的だった。
喫茶店の名前が美女と生徒会と書かれていたり、料理店の看板の名前が女騎士店でメキシテンとカタカナでルビが振られていたりで、他の店と違いやたらと際立つ個性を放っていた。
ゲームセンターは下のエスカレーターにあるらしく、上ではゲームを売っている普通の店だった。
ゲーム屋の隣のパチンコ屋が慌ただしく玉の音を鳴らしながら、さらに隣の回転寿司屋が寿司食いねんの歌を延々と流している。
にぎやかな商店街だった。
しばらく歩くと大通りの終点にはスーパーが見える。
そのスーパーの脇の小道を歩いたところに電気屋があった。
そこでデスクトップの6万3千円の第6世代インテルなどと書かれているパソコンを買うことにした。
店員に商品を頼んで、サポート書やら誓約書やら色々書いているとサービス期間という事でマウスパッドを貰った。
配送はしないでそれを持ったまま家に帰る。
商店街の途中の揚げ物屋でコロッケとメンチカツを買ったら、貰った金額は1万4千円になっていた。
余ったから素直に返そうと思いつつ、商店街を出ていく。
途中でゲーセンから同い年くらいのカジュアルな服を着た男子が4人でエスカレーターから上がっていく。
稼働し始めた最新ゲームの話をしているらしく、学校が始まって落ち着いたら寄ってみようと思った。
ああいう友人が今後出来るのかは俺の中学生活からは想像もできないが、1人で逃避できる場所が見つかるだけ良かった。
歩いていると途中の楽器店で女性店員と話をしている女の子を見かける。
エレキギターについて何か楽しそうに話していた。
身長は165cmくらいで黒髪ぱっつんでさらさらロングヘアー、白い肌でぱっちり二重の可愛らしい女の子だった。
女性店員も同じ年なのか身長は167cmくらいでショートヘアーで隣の女の子と同じくらいの白い肌で可愛らしい顔つきだった。
俺とは無縁の社交的な2人に見えて、さっさと歩いて行くことにした。
歩き続けてちょうど商店街の真ん中まで過ぎると、近くのネットカフェから無愛想そうな目をした女性が出てきた。
年は1、2歳上といった感じに見えた。
鞄を持ちながら踝まで切れたスリットの付いた黒のロングスカートで上は白のYシャツを着ていた。黒のブーツの音が耳をすませば聞こえる音だが、騒がしい街中では聞こえない。
髪はセミロングで髪の色は黒というよりやや焦げ茶色だった。
染めていたのだろうか?
俺と同じ方角を歩いていて、なんだか後を付けているようで嫌な感じになりそうだったので途中の喫茶店で休むことにした。
寄った先の喫茶店が、先ほどの美女と生徒会という名前の店だったのがなんだが残念だった。
エプロンに学生服の眼鏡をかけたポニーテールのウェイトレスから注文を聞かれ、アイスティーと頼むと奥のドアから2人の男が出てくる。
男2人はなんだか楽しそうに話している。
「やはり今度の新商品と新しい子は良い物だな。彩島さいじま君情報も少しは信用できるということかな?」
「俺情報はいつも正確っすよ。いやー、でも良いと言ってもやっぱ2次元の壁は超えられないっしょ横田よこた君」
横田と言われた30代ほどの男が金髪の軽そうな彩島と呼ばれた男に何か議論をしていたが、ウェイトレスがアイスティーを持ってきたのでそっちに視線が映る。
変わった人が多い所だなと思いつつ、アイスティーを飲む。
おしゃれなジャズと観葉植物を見ながら水槽で泳いでいる熱帯魚を眺める。
店員は制服にエプロンだが、それ以外は普通の喫茶店だ。
奥の扉に入る客が名簿を書いて、ウェイトレスから名前の書かれた札を付ける以外は普通だった。
あの奥には何があるのか気になったが、忘れることにした。
1人用の席でしばらくくつろぎ、体から疲れが取れるとスマホが振動した。
新幹線で克也さんと交換した電話番号が表示され、克也さんが通話でかけてきたのだと解る。
喫茶店で電話はマナー違反ではないが、声を大きくするのは良くないので、スマホを通話状態にして小声で話すことにした。
「もしもし松本です」
「あ、司君。買い物遅いからちょっと心配したよ。アパートのみんなにメールで君の歓迎会をする話になってね。準備終わったから戻って来てくれないかな?」
克也さんの声が聞こえる。怒っているわけでもない落ち着いた声だった。
「わかりました」
俺はそういって飲みかけのアイスティーを置いて、会計を済ませることにした。
「あはは、コロッケとメンチカツ無駄にしちゃったね」
克也さんがそう言って、後ろから女性の声が聞こえる。
「克也さんー、早く鍋やろうよーアタシもうビールと鍋で盛り上がりたいのよー」
なんだか急いだほうが良い気がした。
「それじゃあすぐに戻りますね」
そういって電話を切り、会計を済ませた。
「ありがとうございましたー」
ウェイトレスの声を後に自動ドアが開く。
アイスティーが良い味だったので、また来ることにした。
※
アパートのドアの前に着くころには日は沈みかけていた。
ここから先にはアパートの人たちがいる。
俺はここで上手くやっていけるのか不安になった。
克也さんが人が良いからと言って、住人が良い人たちとは限らない。
しかし、もう長野には戻れないし、戻りたくもない。
あんな場所なんて2度とごめんだ。
冷静に対処していこう、そう思って俺はドアの鍵を開けた。
「すいません、遅くなりました」
そういって入るとそこにはテーブルを囲って、6人の男女がこちらを見ていた。
全員が俺を見た。
「あっ」
思わず俺は声が出た。
そこに居たのは少し前の商店街で見た人たちだった。
ネカフェの無愛想な女性。
楽器店で話していた二重の女の子。
喫茶店で話していた金髪の男と30代の男。
そして後は知らないが先ほどの電話の声の女性だった。
本当にこの先やっていけるのか不安になる俺だった。
「司君遅かったね、歓迎会始めようか」
トイレから出てきた克也さんが俺を見て声をかける。
俺は突然の事態に立ち止っていた。
「おい、少年!アタシは腹が減ってるんだから早く席について自己紹介しろーい!」
先ほどの電話から聞えた女性が俺にそう声をかけた。
女性というより子供だった。
「お前、アタシのことガキっぽいと思ってんだろう!ええっ?大人だこの野郎!修正すっぞ!」
なんだが子供体型の女性は怒っていたが、俺は不安で胸がいっぱいだった。
「司君、とりあえず荷物は玄関において、ね?」
克也さんの言葉で俺はハッとして、荷物を下ろした。
おとなしく席について、みんなの前で自己紹介をした。
「は、初めまして、今日から克也さんの所で居候することに…」
「アタシを無視すんじゃねー!」
幼児体系の女性の怒鳴り声で俺の自己紹介は中断された。
俺は怒った彼女にそのままほっぺをつねられてしまった。
「痛い痛い!」
俺はやめろと言うが女性は怒ったままだ。
「あたりまえじゃ!痛くしてんだよ!この野郎ー」
もう色々とついてなかった。
俺は運が無いと改めて自覚したのだった。
克也さんに止められ、女性はとりあえず落ち着いて席に着いた。
もう散々だった。
みんなの好奇の視線の中で俺は改めて自己紹介した。
「居候することになりました。松本司です。よろしくお願いします」
俺は苛立ちを抑えながら自己紹介を終えた。
管理人見習いとしての最初の1日目は忍耐だった気がした。
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