霊泡沫 五話
彼女の本体を店主の遺族から買い取った。やや頭のおかしい神主の酔狂な申し出としか思えなかったであろうが、かれらは喜んで「扱いに困るがらくた」を手放した。
「……これになんの意味があるの」
ななめ後方から、低く抑えた声。
俺はふりかえって、離れたところにたたずんで顔をそむけている自販機の精に告げた。
「おまえをうちの神社の配神にする」
多くの神社では、主神のほかに複数の神が祀られている。境内に本殿のほかに小規模なほこらがある神社は珍しくない。主神に対し、そのような神を配神という。
彼女が人々の役に立たなくなったとしても、神として正式に祀られてしまえば、存在する意味がそこに生じないとも限らない。
神格化というのは、意味付けのなかで最も強力なものだ。
彼女は「人に奉仕する自動販売機の精」から「人に祀られる祭神」へと属性を変える。それによって、神としての存在を安定させられるかもしれない。
「そんなの……」
説明を聞いて彼女は口ごもる。
俺もわかっている。本体を神体として祀ったところで彼女という意識が消えずにすむか、なんの保証もない話だ。
それでも、全くの的外れではないはずだ。
「ちゃんと効果が出てるだろ。おまえ、本体から神饌を買えなくなって何日になる。だが、ここにいればあまり調子が悪くならないだろう?」
「……神力が満ちている場だから、たしかに調子は悪くなりにくいけど……でも、時間の問題だよ」
こちらに目線をけっして合わせず、彼女は怒ったように眉を寄せたままだ。告白して以来、何日もずっとこうである。
俺はため息をつく。
「おまえなー、ネガティブ発言はやめろというのに。あと、そろそろこっち向けよ」
「きゃぁっ!」
歩み寄って肩に手をかけた素っ頓狂な声があがった。じゃっと玉砂利を鳴らして彼女はとびすさる。
傘を広げて盾のように構えた。久々に見る傘バリア。
「な、何するの!」
「……このくらいでなにを動揺してんだよ、いまさら。そっちからこれまで俺にどれだけべたべたしてきたかわかってんのか。長年生殺しにしやがって」
「そ、それは、君がそんな目で私を見てると思わなかったからっ」
おたおた言い訳しながら自販機の精は耳たぶまで夕日の色になっている。
要するに、ひどく意識されているらしかった。
正直にいって、これまでまったく男として見られていなかった立場からすると、警戒されて傷つく一方でちょっとだけ愉快な気分でもある。それに――
「俺が嫌いになったか」
「そうじゃない!……そうじゃないよ、ただ……」
警戒といっても、嫌われたわけではないらしい。そうと知りつつわざと落胆の色をにじませて確かめてみると、すぐに否定された。
まずい、嬉しい。そんな場合ではないのに頬がゆるみそうになり、それをこらえながら「ただ、なんだよ」と表向きぶっきらぼうに訊いてみる。
「……あんなこといわれたって、困る……」
こちらにつきだした傘の柄をにぎったまま、自販機の精は目をぎゅっと閉じた。
「わからない。……私は、君のことが好きだけど、どういうふうに好きなのか……君にいわれたこと考えると胸がぎゅって詰まるし、もしかしたらこれ、君と同じような意味の『好き』なのかなって」
「え!?」
「でもそんなはずないって思うし……人間に嫁いだ精がいるなんていわれたって、これからそういうふうに君のことを見られるなんてとても思えないよ。君の奥さんになるところなんて現実味わかない」
「え」
「……たぶん、そうなっても嫌じゃないけど、嫌じゃないかもって思えるんだけど、考えていると恥ずかしすぎてわけがわからなくなる……」
傘から手を放し、彼女は顔を覆う。指のすきまからのぞく顔は真っ赤。
「これまではどんなふうに好きだったのかも、考えれば考えるほどわからなくなっちゃった……ううう馬鹿、あんな告白、迷惑もいいとこだよ! 『考えろ』なんていわれてから頭のなかが君のことばかりになっちゃってるじゃないかぁ……なんで胸おさえてひざついてるの?」
「おまえ……一言ごとにこちらをふり回しやがって……」
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