霊泡沫 三話
案の定、亡くなった店主の遺族は、ただの一週間で賽銭を持ってくるのをやめた。
それを責めるのは酷だろう、かれらにとっては意味不明の遺言だっただろうから。前の日に供えた小銭がなくなっているのを見ても、カラスなり悪餓鬼なりが持っていったとしか思えなかったはずだ。
だから俺はかれらの代わりに、自販機の精のもとに毎日賽銭を運んだ。
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遺族は、本体への缶の補充は最初からしようともしなかった。
確かに店主の遺言ではそのあたりまで言及されていたわけではない。俺は大量の缶をよそから買い込み、自販機の精とともに補充作業した。
金額上の利益が出ているかなどはどうでもいい。ただ自販機の精の「存在する意味」を守るために本体に缶を売らせ続ける。
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文房具屋の内部ごと自販機への電気も止められた。
ライトアップを始め、本体のほぼすべての機能が停止。
真っ青になって、俺は遺族のもとに電気を通してもらうよう談判しに行った。
はったりをきかせるために正式な神主装束で訪問し、自販機に魂が宿っていることなど一部の真実を明かす。
「はあ……悪霊お祓いのたぐいですか? 違う? 宿っているのは
遺族はこちらをあからさまに警戒しており、こいつは御札かなにか売りつける気か、それとも本当に頭がおかしいのかと推し量るような目で見てきた。「電気料金は全額こちらが負担します」の一言で、目に見えてその警戒は和らぎ、電力会社に連絡してもらうことができたが。
彼女の本体はなんとか再稼働を果たした。
……最後の悪あがき。
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晩秋のころ、無人となった文房具屋のあたりにはお化けがいると噂が立つようになった。
遺族に話したことが歪んだ形で漏れたのか、それとも単なる偶然か。
偶然としても理由はある。人が住まない家屋は急速に荒廃の雰囲気を宿していくのだ。自販機の精がかいがいしく文房具屋の屋内外を掃除しているのだが、もともと古い建物だったこともあって、市民に漠然と気味悪がられる流れは止まらない。
……あるいは掃除が行き届いているからこそ、「まるで人がずっと住んでいるようで不気味」と思わせてしまったのかもしれない。
夜になると通行人は足早に、文房具屋の前を通り過ぎるようになった。自動販売機への客足もしぜんと遠のく。
町のあちこちで噂が立つ。
「そういえばあの場所、昔からなんだか雰囲気が違うよね」
「あれ、あんたもそう感じてたの?」
「よせよ、俺だけじゃなかったのか」
「なんだよお前ら。いまどき『わたし霊感あるんです』かよ。笑えるからやめろって」
「いや、でも、あそこの自販機で缶買うときとか、なんだかおかしいって俺も思ってたわ」
それがこころよく、優しい感覚であったことは忘れられる。「他と空気の違うスポット」であることそのものがささやかれ、恐れられる。
にわかに「幽霊の出る場所にある自動販売機」を誰もが避けるようになった。
こればかりは、お手上げだった。
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