霊泡沫 二話
神道式の葬儀ではないのになぜ神社の息子が来ているのだろうと他の参列客が好奇の視線を向けてくる。それを背中に浴びながら、俺は焼香をすませた。
文房具屋の店主のために。
火葬場から帰ってくると、俺は故人の営んでいた店舗のほうへと向かう。
自販機の精は小ぬか雨のなか、傘をさして無言でたたずんでいた。打ち沈んだ様子の彼女の瞳には、大粒の涙がたたえられている。
近寄ると彼女は向きなおって俺を傘に入れ、それから俺の黒スーツの胸に顔を埋めてきた。
かすかな嗚咽。
おばあちゃんの命を延ばすことさえできなかった。彼女はそうつぶやいてすすり泣いた。こいつにとってはあのばあさんが、年老いた親のようなものだったのだろう。俺の胸にも悲しみが鋭い針のように刺さる――母さんを亡くしたときのことを思い出し、俺は自販機の精を抱き寄せる腕に力をこめた。
「どうしようもない。できることはやったんだ」
店主の天命が尽きかけていると自販機の精が俺に相談したのは、一ヶ月前。
店主を説得し、命をすこしでも延ばさせるため「当たり景品」を毎日引かせるのは容易だった。店主は自販機の精の存在を知っていたし(ザシキワラシと最後まで勘違いしていたが)、その場所は文房具屋の目と鼻の先だったから。もちろん病院に検査にも行かせた。
……病とまったく無関係に、歩道に乗りあげてきた車にはねられるなど思わなかった。
せめてもの慰めは、本人があまり生に執着していない様子だったことだろうか。
『あんたやオザシキ様が心配してくれるのはありがたいけどねえ、もう長く生きたし。お迎えが来るなら来るであたしゃかまわないんだよ』と苦笑していた姿を思い出す。
あの老人はずっと、自販機の精を守ってくれた。
自分が死んだあとのことまで考えてくれた。
身内に遺した遺言で、自販機のことに触れてくれていたのだ。
『店の外の自動販売機は残しておくこと。決して潰したり引き取ってもらったりしてはならない』
『自動販売機には毎日小銭をお供えすること。缶一本ぶん買えるだけを』
そのふたつである。
けれどこの先、それが守られる保証はなかった。特に二番目は。
遺言状が公開されたとき、自販機に関わる部分が読み上げられると、遺族たちは不可解だと首をひねったらしい。それも無理はないのだろう。
(店主には悪いが……遺言があるからといって、あまりあてにはできない)
俺は自分で彼女を守るつもりだった。
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