花霞 終話
かくして現在に至るというわけだ。
顔から火が出そうになり、僕は回想を終了させた。
あああああと叫んでうずくまりたいという衝動。耳がすごく熱い、雪がしだいに強まって大気は冷え込んでいるというのに……!
どこで決定的に道を踏み外したか答えは出ている、確実にあの梅花見のときだ。一番大切な人を失ったあとで、一番大切な女性ができた日。
その相手である人外女が無神経なことをずけずけ訊いてくる。
「それで、君にはほかにつがいになりたいと思ってる子がいるのかい」
「もうその話はいいっつーんだよ! いまはマジで恋愛なんか興味ないの!」
熱い顔を全力でそらしながらあさっての方向に怒鳴る。
「あ、それとも引越していった先で作るつもりなのかい、少年。うん、それがいいのかも。そばにいる子を選ぶほうが寂しくないものね」
「……おまえさー……やたらしつこいと思ったけど、また変な気回してるだろ。母さんのことなら一年前じゃねーか、僕はとっくに立ち直ってるよ。現在まるで寂しくなんかねーから」
「私はいますごく寂しいけどなあ。少年が来月にはいなくなっちゃうこと思うと」
「…………そ、そう、か」
僕もほんとはおまえと離れるのは、とぼそぼそ続けたが、あまりに小声すぎて彼女には届かなかった。彼女はさみしげに微笑する。
「うん。でも、君が一人前の神主になるためならしかたない」
僕が行くのは、神道系の大学付属の高校だ。
神職になる道はいくつかある。
そのうちもっとも簡単なものは、コネで現役神職の推薦状をもらうこと。これは実家が神社だと簡単だ。母さんが病だったころは僕は中学卒業したらすぐ働くつもりだったから、いずれうちの神社を継ぐとしてもこの方法を選ぶつもりだった。
けれど母さんは死んだ。父さんは僕にちゃんとこの道の教育を受けさせたがっている。いろいろ自分なりに考えた結果、僕は父さんの希望どおりにした。この町を出ることになる試験を受けたのだ。
「だから君が、知らない人ばかりのところに行っても寂しくないように、つがいを作ってくれたらなと思って」
……この発言でもわかるとおり僕に望みは皆無。自販機の精がこっちを男として意識する様子はない。
「いらないお世話すぎる、見合いセッティング好きなおばちゃんかよ。だいたい寂しくないようにってことなら友達で十分だろ」
「え、でも普通の人間は年ごろになったらお相手作るものなんでしょう」
「敵を作るぞその発言。恋人作らない奴も作れない奴も普通にいるっての」
こいつはそもそも恋愛感情というのがどんなものか理解できているのかさえ怪しい。
そして僕は、僕に告白してきた同級生と違い、“告白して振られてでもケリをつけたい”とは思っていないのだ。むしろ、試験を受けて町を出て行く理由のひとつは、そばにいることではずみで想いを告げてしまう事態を避けるためだ。
告白すれば確実に彼女を困らせるだけで終わる。
好きな相手でなかったとしても、彼女のことは大切なのだ。昔から街角にいた自動販売機の精。誰よりそばにいて安らぐ友達で、姉みたいなもので、母さんのことで恩がある相手。
それらの絆まで、一時の気の迷いで壊したくない。だから告げない。
かわりに僕はぶっきらぼうに彼女にいう。
「こっちに実家があるんだし、ちょくちょく帰ってくるよ」
「うん。知ってる。帰ってきたら顔見せてくれると嬉しいな」
「もちろん」
ちょっと距離をおけばこの不毛な想いは薄れるだろう。
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