それは十分な成果
三年前、異世界から召喚された二十四人の勇者たち。
普通に高校生活を始めていた僕たち二十四人は、異世界へと呼ばれてからそんな風に認識されている。
勇者なんて呼ばれてありがたがられている僕たちだけど、その内実は大したことがない。
なにせ呼ばれた当初は高校一年生が始まって二週間しか経っていないクラスだったのだ。たかが十五歳の少年少女の集まりが大層な人間であるはずがない。性質だけで言えば、僕たちはただの子供の集まりでしかなかった。
入学して二週間しか経っていない僕たちのクラスは、調和とか協調とか結束という以前の問題だった。手探りの人間関係がようやく終わり、何とかクラスカーストが構築されて秩序ができて、僕はそのぶっちぎり底辺を一人でウロウロしていた。
そんなクラスだったから異世界に来てからも結束なんてまともにできず、クラスメイト内でのいざこざはしょっちゅう。二十四人しかいないのにその中で大小のグループができていて、クラス内での内紛は数え切れずいつまでも絶えずに続いた。
異世界に来たなんていう異常事態に対するストレスもあったのだろう。加護なんてチート能力を与えられたのもそれを助長した。陰険なイジメも起こったし、グループ同士で変な意地を張り合った小競り合いが多発した。クラスの二十四人全員を巻き込んだ大きな仲間割れだけでも『第一次クラス内大戦』と『第二次クラス内大戦』などと銘打たれた壮絶にバカらしい戦いがあった。
風呂場覗き騒動の『大風呂夏の陣』とかもそうだが、そういった半分ふざけた命名はもう帰ることのできない元の世界への未練が残っている。それだけ僕たちは元の世界に戻りたいと思っていたし、三年経った今も諦めきれてないクラスメイトがいるくらいだ。だからこそ、どうしても僕たちが最後までまとまりきれなかった原因でもある。
ちなみに僕はクラスの爪弾き者だったので、そこら辺の騒動とは一部を除いて基本的には関係ありませんでした。
まあ僕の個人的でもの悲しい事情はさておいて、そんな学級崩壊クラスが魔族領に踏み込んで魔王を撃退したのだから分からない。いや、仲間割れをしすぎていて最終的に魔王と戦った時のメンバーって五人ぐらいしかいなかったけど……まああれだ。クラス全員仲良くしましょうなんて、そうそうできないという当たり前の結果がそこにあったという、別に物珍しくもない事態だった。
それでもありがたいことに僕はまだ生きている。命が軽いこの異世界で、それは十分な成果じゃないかって思うのだ。
――ねえ、そうじゃないですか、サロメ様。
――ええ。あなた達は、とても頑張ったわ。理不尽に異世界からの召喚を受けて、それでも懸命に生き残った。それは誇るべきことだし、今のあなた達の糧になっている経験よ。
教会で朝を迎えた僕は、眠気覚まし代わりにサロメ様と会話をしていた。
朝起きた瞬間におめめぱっちりなんていうのは選ばれた体質の人間か朝の眠気に負けない強い意思がある人間だけだ。もちろん僕はそのどちらでもないので、朝に弱く二度寝が大好きな人間だ。
だからこそ、朝起きてまずすることはサロメ様との会話だ。
昔は意思が弱くてすぐ二度寝してしまっていたが、この異世界に来てからは朝起きたら真っ先にサロメ様が話しかけるようになった。以来、二度寝をすることはなくなった。それに関しては素直にサロメ様に感謝している。
――それで信一。昔のことは昔のこととして……ゴブリンの件についてはどうするの?
――朝からそんなこと考えたくないです。
きっぱり断ると、サロメ様が困ったのが分かった。
――ええと……朝から現実逃避はちょっと非生産的すぎないかしら。
僕に生産的な思考を期待するとかやめて欲しい。僕は困難から逃げ出すのが性根に染みついているのだ。その僕の前に課題を置かないでもらえるだろうか。
――はぁ。
朝からヤなことを聞いてきたサロメ様にため息を返す。
やだやだ。これだから空気の読めない神様はいやだ。早朝の清々しい空気を感じ取れないのだろうか、この女神様は。
――ねえサロメ様。外の景色が見えますか。
――え? え、ええ。見えるけど、何か今の話と関係あることなのかしら?
会話の文脈を無視した僕の話題にサロメ様は戸惑う。それもそのはず、今から始める話は僕がお世話になっている村を悩ますゴブリン問題とは一切関係がないからだ。
それでもサロメ様って押しに極端なぐらい弱い神様だから、意味不明であっても提示された話題には絶対に付き合ってくれる。それを知っている僕は、サロメ様の問いには答えず話を続けた。
――朝露が草葉に潤いを与え、日が差し込んだ空気は澄み切っています。きっと今日は一日晴れるだだろうって予想できるくらいに澄んだ空気です。
――そうね。こういう日は、きっといいことがあるわ。
――ですよね。で、こんな清々しい朝に僕をイジメて楽しいですか。
――楽しいもなにも……私、別に信一をイジメてるつもりはないわよ?
――そうですね。イジメっ子はみんなそういうんですよ。別にイジメてるつもりはないって。その言葉を聞いて、いじめられっ子がどれだけ絶望すると思っているんですか?
――えぇ!?
青天霹靂だろう難癖に、サロメ様は予想通りうろたえた。
――そ、そんな! 私、本当にそんなつもりは……!
――はいはいそうですね。自覚もなく朝から僕の気分を落とし込んでいくだなんて、サロメ様ってすごくいい性格してますね。
――うぅっ、だからわざとじゃないって……で、でも、ごめんなさい……。
僕の無理やりな暴論に負けてあっさり謝り始めるサロメ様は、気の弱い僕がどうかと思うレベルで押しに弱い。
――そうよね。ごめんね、信一。こんな良い朝に、変なことを言っちゃって。
――わかればいいんですよ、わかれば。
サロメ様に無意味な罪悪感を植え付けた僕は、貸し与えられている部屋から出ていく。
アンナさんは当然のように僕より早く起床していた。
「おはようございます、アンナさん」
まだ眠気が残っているけどアンナさんの前だ。できるだけ、きりっと顔を引き締めて挨拶をする。
まだ朝だというのに眠気を欠片も見せない選ばれた人間のアンナさんは、寝癖が大爆発している子供でも見る目を僕に向けた。
「おはようございます、シンイチさん。今日も朝からすごく眠そうな顔してますね」
「あ、はい。朝なので……」
「そうですか。顔でも洗ったらどうですか? さっぱりしますよ」
「いえ、洗った後なんです……」
「そ、そうですか」
微笑ましそうにしていたアンナさんが笑顔にちょっと哀れみの表情を混ぜる。
ありがたいことに昨日に僕がバカだって判明してなお、アンナさんの優しい態度は変わらなかった。
世の中さんは厳しいというのに、アンナさんは優しい。世の中さんも見習ってほしいものだ。
――たぶん信一が世の中なめきってるから、厳しくして成長させようとしてるんだと思うわ。
――なんですかソレ。
なんて大きなお世話なんだろうか。世の中さんには心底失望した。
世の中さんには見切りをつけよう。これから僕はアンナさんを頼りに生きていくのだ。
三大欲求のひとつ睡眠欲をあっさり見抜かれた僕は、もうこの際だからと食欲についても訴えることにした。
「アンナさん、早速ですけどご飯食べましょうよ。ご飯食べたら頭が働いて目も覚める気が――」
「それより、朝の礼拝の時間です。礼拝堂で祈りますよ」
「――はい。そでした」
僕にとってみればお祈りよりご飯のほうがはるかに優先されるべきことだが、ここでふざけると敬虔な信者であるアンナさんが怖くなる予感がする。昨日の再来はごめんなので、おとなしくアンナさんに付いて礼拝堂に入り、偶像にひざまずいて形だけでも祈っているふりをするのが吉だ。
――あの、振りじゃなくて普通に祈ってくれてもいいんだけど……。
――嫌ですよメンドクサイ。
贅沢を言うサロメ様のわがままはきっぱりと断りつつも礼拝堂に入った僕は、膝をついたアンナさんに習う。
膝をついて手を組んだ僕たちの前には、女神の像がひとつだけ置いてある。
アンナさんと、一応僕も所属しているこの宗教団体は、この世界を見守る二十四の神様を奉っている中央聖教と呼ばれている宗教だ。この世界で一強と言って差支えのない巨大宗教であり、辺境の村にひっそりと建つこの教会も中央聖教によって建設された。
僕たちが祈りを捧げている女神像は、中央聖教が祭る二十四のうちの一柱だ。
二十四柱の神々に、本質的な序列は存在しない。ただそこにいて、己の気に入った人間に加護という力を授けるのが神々だ。その力と役割に貴賤はない。
ただ、人間というのはどうしたって序列を作りたがる生き物だ。
人類の中では神々に対する認知度に優劣が存在する。『四元』の神などは有名だけれども、『友愛』の神様などはあまり広く知られていない。加護の利便性による優劣でも差が付けられている。中央聖教の内部すら、どの神を信仰するかでの派閥があり、水面下で小競り合いが起こっている。
それに村程度の単位の教会だとどうしても二十四もの神像を配置することはできないため、祈るべき代表として二十四の神々で最も有名な女神の像が祀られることになる。
その代表として選ばれるのが『運命』を司る神だ。
優し気な微笑みをたたえ、女性らしさを象徴するかのような豊満な体を緩やかなローブで包み隠している。大人の女性にもまだ幼い少女にも見える造形は、きっと一流の職人の手によるものだろう。神に関することで、中央聖教に妥協という言葉は存在しないのだ。
間違いなく最もこの世界で親しまれている神様の像が二十四柱の神々の代表としてそこに置かれている。
この世界で最も信仰を得ている中央聖教の神様。二十四柱ある神の中で、ダントツの知名度と信仰を得ているそれはもうすごい神様。中央聖教の信者で、五割を超す支持率を得ている神様。教会内ですら最大派閥である神様。
それが『運命』の女神、サロメ様だ。
そう。何の間違いか、サロメ様はこの世界で最も知名度が高く親しまれ信仰を得ている神様なのだ。本当にこの世界の世の中さんは何か間違っているとしか思えない。
――サロメ様、いま、どんな気分ですか。
――ふふ。信者の子が祈ってくれるのは、やっぱりうれしいわ。
――は? そんなこと聞いてませんよ?
――え?
短く疑問の声を上げたサロメ様に、実は本人とは欠片も似てない女神像を視線で示して再度問いかける。
――僕ではすね。自分よりずっと大きいおっぱいをしている偶像を拝まれて、どんな気持ちか気になったんですよサロメ様。
――うわぁああああああああん信一のバカぁあああああああ!
僕の純粋な疑問に返って来た罵倒は、ツルペタ女神サロメ様にしては珍しいくらい率直な悪口だった。
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