神話

 今でこそこの世界には二十四柱の神々が天に座しているが、本当の原初には神はこの世界にいなかった。

 この世界は神の関わり合いのないところで生まれ、この世界の生き物は神の関わり合いのないところで生きていた。

 そんな世界で人間も生まれたが、神のない彼らはあまりにも弱く、淘汰されるのが必然のような脆弱な生き物だった。きっと近い未来に絶滅するだろうというのが確信できるほど、彼ら必死に儚く生き抜き死んでいった。

 そんな折、ふらりとこの世界に目を止めたのが五柱の神々だった。


 『太陽』の神、アマデウス。

 『生命』の神、ココリコ。

 『慈悲』の神、イリア。

 『欲望』の神、クリシュナ。

 そして『運命』の神、サロメ。


 人間に初めて加護を与えた、五柱の神様。

 彼らは自分の似姿のような人間を見て、あるいは新愛を、あるいは哀れみを、あるいは怒りを覚え、加護を与えた。


 『太陽』の神は、人間には火が必要だと考えた。灯りをもたらし、獣を遠ざけ、ぬくもりを与える炎こそが生きる上で最も必要だと思い、外敵を排除できるような猛々しい心を持つ人間に火を生み出し炎を操る加護を与えた。


 『生命』の神は、人間には生命力そのものが必要だと考えた。怪我に対する治癒力が、病気に対抗する免疫力が、あまりにも脆弱な彼らにはそれが圧倒的に不足していると考え、生の執着に厚い人間へ生命の力を強くする加護を与えた。


 『欲望』の神は、人間には望みを叶える手が必要だと考えた。彼らが望むところへ届くような手が、他者のものを奪える手がたったの二本ではあまりに少ないと思い、強く求める人間にのみ、望みに届くような手を加護として与えた。


 『慈悲』の神は、人間には助け合う心こそ必要だと考えた。弱いからこそ、儚いからこそ彼らには助け合いこそが必要だと考えた。与えることを知り受け取ることを尊び、他人の痛みを知り自分の尊厳を守る心の持ち主に、他人を癒す力を加護として与えた。


 そして『運命』の神は。神々の中で、最も早く人間の発生を確認したその神は。最も人間という小さな生き物たちに親愛を覚えたその神は、広い世界の小さな片隅で生きる彼らを見てこう考えた。


 何もいらない、と。


 彼らに、自分が与えるものは何ひとつ必要ないと考えた。彼らに不足しているものは何もないと考えた。彼らは彼らで生きるべきであり、彼らは彼らだけで死ぬべきべきであり、彼らの人生に自分が干渉する必要など一切ないと考えた。


 与えることをせず。

 見守ることもせず。

 己は何もしないと考え。

 それこそが人間の『運命』だと判断し。

 ただ、そこに人がいるということだけを知っていれば、自分はそれで良いと考えた。


 そんな女神は一つだけ我が儘のような加護をすべての人へ与えた。

 たった一回でいい。

 彼らが、最もつらい時に、そのたった一回だけでいい。

 自分と彼らをつなげて、ほんの少しだけ話せるようになればいいなと思い。

 そんな加護を、全人類に与えた。

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