ひどいんだよ、アンナさんって!
アンナさんが言ったことは冗談でもなんでもなかったらしく、僕は本当に教会からたたき出された。
追い出しモードに入ったアンナさんの行動は素早かった。まるで前々からそうしようと準備をしていたのではないかというほどの手際の良さで、僕の強制チェックアウトを執行したのだ。
「ひどいんだよ、アンナさんって!」
その時のアンナさんの態度ときたら僕の存在が邪魔だと言わんばかりで、村長との話し合いの結果だというのを盾にして僕の嘆願を一切受け付けてくれなかった。泣き落としに土下座に短い時間で手変え品変えアンナさんを思いとどまらせようとしたのに、まるで通じなかったのだ。
そうした追い出されたその足で村はずれの山小屋に向かい、そこにいる僕の友達にあまりにも理不尽な現状を訴えていた。
「僕は必死に頑張ったのにさ、すごく頑張ったのにさぁ! まさかの二日連続で働くなんていう超過労働をしたのに、その報酬も何もないどころか身一つで追い出されるなんて、ひどいと思わない!?」
――え?身一つって、アンナちゃんが荷物をまとめる時間をくれたじゃない。
――なにいってるんですかサロメ様は! 僕は私物なんて持ってませんよ!
――あ、そ、そうなの。
唯一持っていた重くて使いづらい武器を埋めて以来、僕は手ぶらで一文無しのプー太郎だ。そのロクデナシを追い出したら、行き倒れになるだなんてことはあっさり予想が付くだろうに、アンナさんは容赦なく僕を締め出したのだ。こんなひどいことってない。
「一ヶ月も一緒に暮らしたのにさ……そうだよっ、一か月もひとつ屋根の下で暮らしてたんだよ? 多少は情だってあるのが普通なのに、それなのに! それなのにアンナさんは無慈悲に僕を追い出したんだよ!?」
半強制的にホームレスと化してしまった僕の訴えを、マイフレンドのディックさんはじとーっとした目で無言のまま聞いていた。
「村長さんとなんか話し合った結果らしいけど、その内容もおかしいんだよっ。なんか、僕がパトリシアちゃんと仲良くし始めた時くらいから純真無垢だったパトリシアちゃんが変な遊びを覚えたからこの村から追い出して欲しいだとか、僕が掃除洗濯炊事全般なにもしてなくて三食食べて寝るだけの生き物だからいい加減出て行って欲しいだとか、そんなの人を住まいからいきなりたたき出す理由にならないよねっ。どう考えたっておかしいよね! 人を教え導くプリーストが……ううん。それ以前に、イリア様から『慈悲』の加護をもらった人がこんなひどい事するなんて信じられないよ!」
ディックさんの表情が、僕の訴えを聞くにつれて気の毒そうな顔に変化していった。
うん。そうだよね。その反応が普通だよ。今の僕の現状を聞けば、そんな顔にもなるよね。どこからどう見ても、今の僕はかわいそうだもん。
「俺、そこまでアンナさんが心の広い美少女だってことは知らなかったわ」
なぜかアンナさんの評価が上がっていた。
なぜだ。なんでアンナさんはひどいよねって話をしていて、アンナさんの株が上がるんだ。
あまりに不可解なディックさんの感情の推移に首をひねっていると、ディックさんはまるで汚物でも見るかのような目を僕に向けて来た。
「それに引き換え、この腐った干し肉みたいなやつは何なんだよ。ちょっと事情を聞けば調子に乗りやがって。お前なんで生きてんの? 世の中のためにならないなら、生きるの止めた方がいいぞクソプリースト」
「そこまで言う!?」
僕は確かに人間の底辺だけど、まだ人間ではあるはずだ。さすがに死ねはひどいと思う。
「うるせー、妥当だ。……で、お前は俺に何を頼みたいんだよ」
「あ、うん。泊めてください」
折を見て頼もうと思っていたところにディックさんが渡りをつけてくれたので乗っかってお願いをする。
旅のサポートに最適だった委員長がいない今、僕に野宿を快適に過ごすスキルはない。しかもお金もなければ食料もない。野生の獣を狩るようなスキルもない。普通に飢えてしまう。飢えて死んでしまう。だから、村でまともに話せる数少ない人であるディックさんの元に向かったのだ。
パトリシアちゃん? さすがに八歳児に頼るほど僕は落ちぶれてなかった。それを確認できただけでも、ちょっと安心できる。いや、いざとなったら分からないけどさ。人間の尊厳を捨てて、パトリシアちゃんのペットにしてもらって飼ってもらおうかなっていう選択肢も思い浮かんだんだけど、さすがにやめておいた。それは最終手段だ。
――それでも、選択肢に残ってはいるのね……。八歳児のペットになるっていう、どうしようもない選択肢が残っちゃうのね、信一は。
そんなの当たり前だ。飢えて死ぬなんて、まっぴらだし。
「泊める? ……俺が? お前を? この家に?」
「そうだよ、ディックさん」
僕もまだまだ人間でいたいので、人間として最低限の尊厳を失わないために、にぱっと笑ってディックさんに頼み込む。
「僕をこのうちの子にしてよ。もしくは、そうだね。次の村に着くまでの三日分くらいの食料を融通してくれるだけでもいいよ? そうすれば、次の村か街の教会で居候できるから!」
「ああ、分かったよ」
さすがは見かけと性格と口が悪くても、性根は悪くないディックさんだ。あっさり頷き僕の頼みを快く――
「お前はそこらへんで飢えて死ね」
「ディックさんは鬼なの!?」
なんだかんだ、泊めてもらえることになった。
きっと僕の涙ながらの説得が心に響いたのだろう。なかなか僕の交渉力も、捨てたもんじゃないのだろうか。いや、途中でディックさんが拒否するのもめんどくさくなったとかではないはずだ。
ただ、悲しいことに何もしないで逗留させてもらおうという僕の要望は却下された。断固働かない宣言をしたら、働かなかったら寝ている間に銃殺してやるとまで言われた。ディックさんは短気だと思う。
仕方ないので、二日間狩りの護衛をこなして、その報酬で三日分の食料を融通してもらうことになった。ここ一ヶ月、神官の護衛がなければ狩りができない状況なのだから、ディックさんにとっても悪くはない取引だったはずだ。
……ちっ。ディックさんのけちんぼ。
――普通よ。それが普通なの。
サロメ様がなんか言ってるが、世の中はもっとゆるゆるでいいと思うのだ。
僕の期待に応えてくれない世の中さんに打ち負けた僕は、働くべくディックさんと一緒に山に入った。二日間山に入っての成果は、何と驚け鹿一頭にイノシシ一頭だ。ディックさんが仕留めて、僕が担がされた。……魔力強化を使えるからって、人使いが荒いと思う。
――違うわよ、信一。与えることと受け取ること。そのどちらもが揃って補い合えることが、人の素晴らしさのひとつなの。だから信一ももっと他人に対して誠実に生きるべきだわ。そうっ、特に私とか!
――そうですね。イリア様ってすごくいいことを言っていますよね。
いまの発言の前半部分にがサロメ様らしからぬ尊さがあると感じる人がいたのなら、大正解だ。『与えることと受け取ること~』のくだりは、中央聖教の聖典で神々の加護の性質を書き記した章に載っている。イリア様は『慈悲』の神であり、与えることと受け取ることを尊ぶ神だ。とても素敵な方だと思う。
ちなみにその部分で、サロメ様はニート宣言をしていた。
――え!? し、してないわよ、そんなことっ。
――いいえ、してました。
僕はちゃんと覚えている。他の神様はとてもいいことを言っているのに、サロメ様の部分だけ『私、働きません』みたいに意訳できる文書が書き連ねてあった。始めて見た時は感動のあまり、ここだけは決して忘れまいと精読したから間違いない。
――曲解よ! 変な解釈しないでもっとちゃんと向き合ってよう……くすん。
とうとう泣き始めたサロメ様はさておき、ディックさんと出かけた狩りは成功した。
この成果にはディックさんも満足だったようで、食料の融通は問題なくしてもらえることになった。これで旅立ちの準備は整う。明日の朝には出発できるだろう。
――くすんくすん。……あ、やっと旅立つのね。
――はい。
今日はあっさり泣き止んだサロメ様に頷いて予定を確認する。魔物の共食いが終わるタイムリミットに間に合ってよかった。これで逃げれる。
あー、良かった。ホントによかった。狩りの途中にちょこちょこ魔力探知で魔物の様子を見いてたけど、いま残り三匹くらいになってる。たぶん明日の午後一がタイムリミットだ。
よし。朝一番で旅立とう。そうすれば逃げ切れる。
――でも、村の方はどうなってるのかしら。ちょっと心配よね。
――もう村のみんなも逃げてますよ。二日も時間があったんですよ? アンナさんも僕を追い出してから村人の人たちに避難勧告をするって言ってましたし、間違いないです。
――そっか。うん。そうよね。
僕の予想に、サロメ様の声が明るいものになる。
ここ二日は山にこもっていたせいで村の近況はちっとも知らないが、この間にみんな荷物をまとめて逃げ出しているだろう。それが普通だ。
ディックさん? ディックさんはこんな村はずれの山小屋に住むボッチだから仲間外れにされちゃってるんだ。かわいそうに。
――それは……かわいそうね。この子にも、魔物のことを忠告してあげたら?
――そうですねー……。
ここで言葉を濁したのは、ディックさんなんか魔物襲われてしまえと思ったからではない。
実は言うと、ディックさんが魔物に襲われる可能性は低い。なぜならディックさんは、この世界では珍しいことに魔力強化が使えないほど信仰心がないからだ。
この世界の常識として、普通に暮らしていれば微弱でも魔力強化が使える程度には信仰心を抱くものなんだけど、ディックさんにはそれすらない。そして魔力強化が使えない人間に、魔物は襲い掛からない。魔物の本能は、あくまで魔力を扱う人間に害意を抱くようにできているからだ。
とはいえ、この間の罠にかかったゴブリンの時みたいに攻撃を仕掛けたら敵意を持たれる。
「ねえねえ、ディックさん」
「あん? なんだよシンイチ」
「いや、ほら、壁に弓が立てかけてあるじゃん。ディックさん、銃が好きなのに一応弓矢も持ってるんだなー、さすがに猟師だなぁって」
適当に雑談をして、それに忠告を混ぜよう。そうすれば、誰にとは言わないけど気が付かれないだろう。
ひっそりと真意を沈めた僕の指摘に、ディックさんはつまらなさそうに壁に飾られている弓に目をやる。
「ああ……あれは親父のだよ」
「ディックさんのお父さん?」
「そうだよ。とっくの昔にくたばったけどな」
「へー」
死んだ、と言われても特に感じるものはない。異世界に来てから三年で人の生き死にはいくつも経験したし、言ってみれば僕だってこの世界に来てから身寄りはなくなったのだ。
だからこそ、特に空気を読む気もない僕は空気を読まずにディックさんに話を聞いて行く。
「どんな人だったの?」
「……ちっ。お前、マジで空気読まねえよな」
「うん。よく言われる」
めげない僕に、舌打ちがさらに一つ追加。
大丈夫。この程度では、僕はへこたれない。
「親父は普通の……いや。普通よりも優秀な猟師だったよ。『狩猟』の加護を持ってたし、信心深い人だったから魔力強化だって使えた。俺なんかと違ってな」
「ふむふむ」
「親父が居た頃は、普通の獲物どころか神官より多くゴブリンだって狩ってたくらいだ。あのクソハゲ村長にも頼りにされてたな」
「ふーん」
村の猟師が地方神官より魔物への対抗力が高いことはままあることだ。
近接戦しかできない神官よりかは、遠近両用の攻撃手段がある猟師のほうが戦力として有用なのだ。そうすると、派遣でしかない神官より魔物の対抗力として頼りにされる。よくあることだ。
「で、死んだ」
「うん? なんで?」
「知らね」
突然飛んだ話に首を傾げるも、ディックさんはそっけなく吐き捨てた。
「魔物にやられたか、それとも猛獣に殺されたか……可能性としては、ゴブリンにやられた可能性が一番高いって推論らしいけどな。一週間ぐらい帰ってこなくて、村で捜索したら死体が見つかった。そんで終いだ」
「ふうん」
そんなものか。
いくら慣れていても、いくらゴブリンより強かったとしても、不意をつかれたり油断してあっけなく殺されてしまうなんてよくあることだ。
納得している僕をよそに、ディックさんは銃の手入れでも始めようというのか、立てかけてあった愛銃を手に取った。
「親父が死んだ時に思ったな。神様に気に入られて加護をもらったって、神様に祈って魔力強化ができたって、死ぬときは死ぬんだ。加護も魔力強化も、何の慰めにもなんねーんだってな」
「そうだね」
――……。
「だからな、シンイチ」
魔力強化も加護も、あれば便利だけどその人の人生を保証してくれるものではない。
同意した僕とは対照的に黙り込むサロメ様のことは知りもせず、ディックさんは神の加護とかかわりのない愛銃の銃身を撫でて、神官の僕に告げる。
「俺は祈りもしなければ神様に何かもらおうと思わねえ」
「そっか」
――……。
「俺は、俺だけの力で生きる。何か文句あるか、神官様?」
――……。
「うん? まさか」
黙り込んだサロメ様と違って、自然と言葉が口から出て来た。
神が実在するこの世界で、あえて神にすがらないその姿勢。あるいは、眉を顰められることも多いだろう。
でも
「カッコいいじゃん。ちょっと見直した」
――……うん。とても、いいと思うわ。
珍しく僕とサロメ様と意見が一致した。
神のいる世界で、神に祈らない生き方。それは、僕がいま目指している生き方ですらあるのだ。
僕の賛辞に、ディックさんは鼻を鳴らす。
「はっ。……お前に褒められても、まったく嬉しくねーな」
「あはは、そっか」
嫌そうに顔をしかめるディックさんを見て、僕はけらけら笑う。確かに、適当に神官をやっているようにしか見えない僕に褒められたって嬉しなんてないのは当たり前だ。
でも、うん。このくらいのタイミングでいいだろう。ちょうどいい機が訪れたので、ディックさんに忠告する。
「じゃあさ。もし魔物が目の間に来ても……ディックさんは、なにもしちゃダメだよ?」
「は? 黙って殺されろっていうのか?」
「いやいや、まさか」
見当違いの解釈をしたディックさんに、苦笑が漏れた。
「ディックさんくらい信仰心がないと、魔物は襲わないんだよ」
「は?」
ぽかん、と呆けたディックさん顔を楽しみつつ言葉を続ける。
「あんまり知られてない事だけど、魔物って魔力強化を使えない人間を襲うことがほとんどないんだ。だからディックさんの場合、魔物に遭遇しても何にもしないのが一番の自衛手段なんだよ」
「はは……なんだよ。じゃあ、魔力強化なんてないほうが、魔物に殺さることはねーんだな」
「あははっ。うん。……そうなんだよね」
いまのディックさんには。意外なくらい正鵠を射る真理を口にした自覚は、ないのだろう。
「じゃあ、僕はそろそろ寝るね。明日、早いし」
「おー。朝一で出るんだよな。せいせいするな」
まったく。本当にディックさんは口が悪いなぁと思いつつ、僕は毛布で体を包んで横になる。ちなみに床だ。ベッドは貸してくれなかった。
でも、良かった。
固い床で寝転んで、うすっぺらい毛布で寒さをしのぎながら、それでも僕は安堵していた。
さっきまでのディックさんとの会話を反芻して、思う。
気が付かれなくて、良かった。
「なあ、シンイチ」
「んー?」
ほっとして眠気に襲われている僕は、生返事を返す。
何だろう。もしかしてここで定番のコイバナでも始まるのだろうか。
いつからここは修学旅行先になったんだろうとドキドキしていたら全然別の話が始まった。
「さっきの話な、アンナさんにもしたことがあるんだよ」
「……へー?」
ざわり、と胸騒ぎがした。
不良品な神官の僕と違って真摯なプリーストであるアンナさんにする話ではないと思うんだけど、そういうことじゃなくて、ディックさんがどこに会話を着地させたいがために今の話題を出してきたのか。
なんとなく予感が付いてしまって、悪寒が走った。
「全部聞いて、何て言ったと思う?」
「……分かんない」
「ちょっと困った顔をして、それでも『頑張ってください』って、応援してくれたんだよ。お前と違ってちゃんとした神官なのに、あの人はそれでも俺のこと認めてくれたんだ。村の他の猟師も、村長も俺のことを煙たがってるのにな」
――優しいわね、アンナちゃんは。
――……そうですね。
ぐうの音も出ないほど、からかう気も起きないほど、サロメ様の言う通りだった。
だけど、まずい。
そんなことは関係なく、この会話の流れは、まずい。このまま会話が進むと、気が付かれてしまう。
「アンナさんはさ、そういう人なんだぜ? お前さ。本気でアンナさんが、何の事情もなくお前を追い出したって思ってるわけじゃないだろ」
「……」
やめて欲しい。
そんなことはもちろん僕ですら分かっているけど、それ以上の情報を出されると、気が付かれてしまう。
誰に、とは言わないけど。
何を、とも言わないけど。
「正直、俺が言えた義理でもないんだけど、アンナさんもこの村だと微妙な立場なんだよ。お前が追い出された詳しい経緯はさすがにわかんないけど、直前にアンナさんと村長がなんか話し合ってんだろ? たぶん、そこでなんかあったんだよ」
「……」
気が付かれてしまう。
焦燥が胸を焼く。とっくに眠気は覚めている。まずい。早くディックさんの言葉を止めないといけない。でないと、気が付かれる。僕が真意を沈めて隠し通そうとしたことが、露見してしまう。
「分かった。うん。わかったから。もういいよ、ディックさん。もういいから――」
「いいから聞けよ。お前をいきなり追い出したの、アンナさんの本意じゃねーと思うぜ。だから、別れの挨拶くらいしとけよ。たぶん、まだ教会にいるだろうしさ」
――え。
ああ、くそっ。
決定的に出てきてしまった言葉に、心の中で盛大に毒づく。
気が付かれた。
サロメ様に、気が付かれてしまった。
――え、っと……アンナちゃんが教会にいるって、そんなわけないわよね。
狼狽して、それでも無理に平静を取り繕おうとしているサロメ様の声に、僕は何も答えられない。意味もないのに、唇を噛んで黙り込むことしかできなかった。
バレた。
僕が付いた嘘が、バレた。『もう村のみんな逃げてますよ』なんて言う楽観的な言葉が、いまのディックさんのセリフで木っ端みじんにされた。
――だって、みんな逃げたのよね? そうよね。信一、そう言ってたものね。だから……ねえ、信一っ。そうなのよね!
――そうですね、サロメ様。……ごめんなさい。
――……え? 信一。ごめんさいって……あっ。もしか
もう、手遅れだ。
一言だけ謝って、後は全てシャットダウンする。僕の意志で、一方的にサロメ様の加護を通じなくする。これは僕のプライベートを守るための機能で、本当はこんな風に使っちゃダメなんだけど。
「ディックさんのバーカ」
「お前はガキか。別れの挨拶ぐらいちゃんとしろって忠告してやったんだ。駄々こねんな。気まずいかもしんねーけど、このまま逃げるみたいに村から出てったら、絶対後悔するぞ」
世の中の常識を諭してくるディックさんに、寝返りを打って背中を向ける。
「お前な……」
完全に呆れた口調になった声を聞きつつ、それでも僕は態度を改めようとはしなかった。
そういうことじゃない。そんなことで文句を言ったわけじゃない。そんなことで、本気で拗ねるわけがない。
気が付かれちゃダメだったのに。
サロメ様だけには、気が付かれちゃダメだったのに。
まだ、この村の避難は始まってすらいなくて、アンナさんも含めた全員が村に残っているって、悟られちゃダメだったのに。
「……ごめんなさい、サロメ様」
どうしようもなく追い詰められしまったことを自覚して、僕は毛布にくるまって目を閉じた。
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