僕が祈ったらたぶん喜ぶ


「あーあ。結局、シンイチと山の中に入ることになるとか……最悪だな。アンナさんとデートがなんでこうなんだよ」

「いや、ただの護衛なのにデートとか、ディックさんは頭が悪いの? 公私混同なんてアンナさんがするわけないでしょ」

「バカに頭悪い扱いされるとか、思った以上にショックだな」


 緊張感の欠片もなく、僕たちは山に入っていく。こんな風に話していてはまともに獲物と遭遇できるわけもないが、今日は本格的に狩りをするわけじゃないからいいのだ。


 ――信一がここまで遠慮なく言い合える子も少ないわよね。『生命』の加護をもらった子とくらいじゃないの? しかもこの子の場合、会ったのってまだ一か月前でしょう? 本当に珍しいわよね。

 ――ディックさん、見かけは不良っぽいし村はずれの山小屋に住んでいるようなボッチ気味の人なんですけど、意外と悪い人じゃないんですよ。


 口も性格も見かけも悪いけど、ほんとに悪い人ではないのだ。


 ――あと、小日向君と僕が仲が良いみたいなこと言わないでくれます? それは心外です。僕はもうちょっと真っ当な人間のつもりです。

 ――信一って、あの子にだけは強気で辛口よね。なんで?

 ――小日向君、人間のカスなので。


 僕は控えめな人間だけど、僕以下の人間のクズに遠慮する必要はない。あと『だけ』っていってたけど、僕は小日向君以上に対する以上にサロメ様には強気だ。


 ――う。気が付かないふりしてたのに……。

 ――そうやって都合の悪いことから目をそらすのはダメだと思います。

 ――ねえ信一。アンナちゃんはそうやって都合良い言い回しを覚えさせるためにお説教したわけじゃないのよ?


 昨日のアンナさんのお説教を有効活用したことがバレてしまった。

 サロメ様の都合の悪い指摘にはそっと目をそらして、前を進むディックさんに視線を戻す。

 何日も山にこもるような狩りもあるというが、僕はそんな大変そうなことに付き合うつもりは毛頭ない。今日は設置してある罠の確認についてまわるだけだ。それでも大変な作業ではあるが、僕には魔力強化があるので猟師のディックさんにも遅れることはない。


「第一さ、護衛にかこつけて下心丸出しにするとか最悪だよ。そもそもディックさんがアンナさんと付き合えると思ってるの? 無理に決まってるじゃん。自分の顔見てみなよ。その顔でアンナさんと並んで歩ける?」

「黙れブサイクが。お前に言われたくねーよ」

「僕、ブサイクって言われるほどひどい!?」


 いや、確かにそんな誇れるような顔じゃないよ? ただ平均……なんて贅沢言わないけど、ブサイクと言われるほどじゃ――


 ――だ、大丈夫よっ。信一は、その……普通だから!

 ――世界で一番評価の緩いサロメ様から普通って言われた! じゃあ僕ブサイクだったんだ!

 ――なんでそうなるの!? 


 うわ、ショックだ。生まれて十八年で初めて自分がブサイクだとこれ以上ない説得力で強制的に自覚させられた。悪くてもせいぜい下の中くらいだと思ってたのに、サロメ様が普通だって言うくらいだ。下の下だったんだ僕の容姿は。

 うわぁ……死にたくなってきた。いや、なるだけだけどね? それでも死にたいって思えてくるくらいショックだ。


 ――どうして信一って、私の褒め言葉を素直に受け取ってくれないの!? ねえ!


 それがサロメ様に対する正当な評価だし、そもそも『普通』って別に褒め言葉でもないんでもない。


「そっか。僕、ブサイクだったんだ。性格もダメでブサイクとか、生きてていいのかな……?」

「い、いや。そこまで本気で落ち込まれと困るんだけど……」

 ――そうよ。そこで本気で落ち込まれると私も困るんだけど……!

 ――はいはい。困っててくださいよ。


 僕がブサイクだという命題を出したディックさんと、それを見事に証明してみせたサロメ様の二人が揃ってなぜかたじろいでいるので、サロメ様にだけ言葉をたたきつけておく。


「ま、いいや。そんな欠点が一個増えたくらい。今更だもんね」


 サロメ様に八つ当たりをした一言で、落ち込んでいた気分はけろりと立ち直る。大丈夫。もともと底辺だって自覚はあるから、その項目に容姿が含まれただけだ。何の問題もない。


「ダメだよディックさん。僕みたいな底辺と自分を比べて自分の立ち位置に安心したら、いつかディックさんも底辺の仲間入りしちゃうからさ!」

「お前、たまに怖いくらいネガティブにポジティブだよな……」

「いやいやディックさん。低いところばっかり見ていちゃ成長しないんだよ。何事も上を向いて向上心を持って挑まなきゃね!」


 落ち込んでいたテンションが逆流して跳ね上がってきた。

 確か昨日アンナさんのお説教にそんな感じの言い回しがあったので、それを引用しておく。


「ん? じゃあ俺がアンナさんにアタックするのはいいことじゃねーか」

「それはないからさっさと諦めるのが吉だよ」


 アンナさんは中央聖教所属の神官だ。この村に来ているのも仕事でしかない。こういう辺境の教会を管理するのは若手が一度は任される仕事だが、通例では任期が二年のはずだ。それが終わったらおそらく街の教会に呼び戻されるだろうアンナさんに、普通の村人であるディックさんがお付き合いできる道理がない。


「うるせーよ。夢見るくらいはいいだろうが。あんな美人、この村にはいねーんだぞ」

「いや夢の内容を僕に話さないでよ。僕に夢占いでもしてほしいの? やめてよバカらしい」

「はっ。だいたいお前はどうなんだよ。お前、あんな美人と一緒の家に住んでて何も感じねーのか?」

「うん? そだねー……」


 確かにアンナさんは美人だ。金糸のようにすべらかな金髪も、おっとりと整った顔立ちも、何よりその心の内も、どれもこれもが一級品である。こんな田舎の村どころか、どんな大きな町にも滅多にいないような美人さんである。しいて欠点を一つ挙げれば、お説教が趣味になっていることくらいだろう。


 ――あら? それは世話見がとっても良いっていう美点だと思うわよ?


 だが僕は、そんな要素に心動かされることはない。美点も欠点も含めて魅力的なアンナさんでも、僕は揺らいだりしないのだ。

 なぜならば


「僕はサロメ様に童貞を捧げてるからいいの」

 ――ねえ。だからそうやって無視するのは……ひうっ!? し、ししししし信一っ? あ、ああああなたいきなりなにを……

「はっはぁん」


 冗談を真に受けてる神様のことなど知らず、ディックさんはしたり顔で頷いた。


「知ってるぞ、それ。モテない男の常套句じゃねーか」

「しょうがないじゃん。僕、モテないし、ヘタレだし」


 サロメ様の動揺をこっそり楽しみつつ、ディックさんの言葉を認める。


 ――そ、そういう冗談はやめてよ、もうっ!


 勝手になんか動揺したサロメ様が文句をつけてきたが、いまどき神様に貞操を捧げようというのは神官でもそうそういない。『運命の神様に貞操を捧げる』という言い回しは、よくよく童貞が使う言い訳でしかないのだ。

 その昔、サロメ様信仰が全盛期だった頃、運命の女神に貞操を捧げる人間が多すぎて出生率が大幅に減少し、それこそ大陸の人口を一割近く削ったという冗談みたいな伝説的史実がある。そこから生まれたモテない童貞が彼女をつくらない言い訳によく使われている慣用句なのだ。


 ――む、昔のことだもん。その時だって、私、なにかしたってわけじゃ、ないし……!

 ――そうですね。昔の実話ですね。なにもしないでそこまでの功績残せるってすごいですよね。

 ――う、ぅううううっ。


 声を震わせているサロメ様を褒めてあげると、なぜか泣きそうになっていた。

 サロメ様は、自身が何もしてないのに黒歴史には事欠かないからからかうネタも尽きない。


「ま、別にお前がヘタレ野郎だなんて見れば分かるけどな」

「うっさいなぁ……。そもそもディックさん、猟師のくせに何で銃なんて使ってんの」


 僕のダメ批評を続けていてもなんにも楽しくないので話を逸らす。

 この世界では、軍人ならともかく猟師は弓矢を使うのが基本だ。何せ多くの猟師が信仰する神から授けられる加護が、弓矢に関するものだからだ。

 二十四柱いるうちの一柱、狩猟の神アガサ。主に猟師に奉られている一柱の加護は、弓矢を媒体としている。つがえた弓を魔力に変換して放てるという攻撃的な加護だ。単純な威力の比較でも、銃弾よりアガサ様の加護に軍配が上がる。

 もちろん、サロメ様の加護とは比べるのもおこがまし程素晴らしい加護であることは言うまでもない。


 ――ねえ、何でそんなこと言うの? アガサがいい子なのは私も知っているし、あの子があなた達にあげている加護もとっても素敵なものだと思うわ。

 ――そうですね。

 ――でもね、わざわざ私と比べる必要はないと思うの。みんな違ってみんないい。それでいいじゃない!

 ――そうですか。


 サロメ様には黙るということを覚えてほしい。サロメ様直通回線という加護しかない彼女には、黙って自分を見つめなおす時間こそが必要だ。

 僕の指摘にディックさんが顔をしかめた。


「うっせー。死んだ親父と同じこと言うんじゃねーよ。弓なんて時代遅れだ。いまの時代、銃だよ。見ろよこの機能美。銃身とかほれぼれするだろ? ふへ、ふへへへへ」

「うわー、ないわー。猟師が弓矢否定するとかないわー」


 うっとりと銃身に頬ずりを始めたディックさんに、心持ち距離を開ける。てかキモイ。こんな変な趣味があるとは知らなかった。


「はあ!? お前、この魅力が分からないのか? 命中精度を高めるために磨き抜かれたこの銃身のフォルム。連射可能な機能性。どれをとっても最高だろ!?」

「なに言ってるか全然わかんないけど……銃弾くらいだったら、僕にすら効かないよ?」

「は?」


 今の僕でもちゃんと魔力強化を施せば、銃弾ぐらいでは骨折もしない。そんな事実を告げたらなぜかドン引きれた。


「マジかよ。神官様の魔力強化はすげーな。さすが人外呼ばわりされるだけあるわ」

「え? 僕、罵られてるの? なんで? やめてよ。僕、人間だよ。どっか頭のおかしい人外とは違うから、そんな目で見られるのはいやだよ!?」

「はいはい。そうだな。でも別にいーよ。俺が加護をもらえるようになるとも思えないしな」

「ふーん? 便利だと思うんだけどな」


 魔力強化は手元から離れたら一瞬で解けてしまう。弓矢でも銃でも大砲でも、発射されて人の手から離れた瞬間には魔力強化の恩恵は消え失せる。そのためアガサ様の加護は魔力を宿して遠距離攻撃ができる数少ない手段でもある。

 僕たち勇者の中でも、クラスメイトの一人が使いこなしていた。

 あれ、ホーミング性能までついてくるから絶対に避けられないという恐ろしい弓矢なんだよね。拡散とかするし。狙撃までできるし。爆発するし。怖いしひどいのだ、あれは。

 いやあ、思い返すにあれはひどかった。何がひどかったって、その昔に女子風呂を覗こうとした男子の半数があの矢に撃墜されていた。アガサ様の加護をもらった加苅さんはクールなふりして激情家だから困る。


「第一、俺は魔力強化もほとんど使えないくらいだぜ? たいして神様を真面目に信仰してるわけでもないのに加護をもらおうとか思わねーよ」

「アガサ様の加護は、狩猟生活している人で弓の技量が高ければ割と簡単にもらえたはずだよ? 信仰と加護は関係ないから気にしなくてもいいし」


 加護をもらえることと信仰を高めることは必ずしも一致はしない。いま話に出たアガサ様だったら狩猟の技量に合わせて段階的に加護を授けている。

 信仰によって扱えるようになる魔力強化とは違い、神様に気に入られたら貰えるのが加護だ。信仰心云々は関係ない。僕たち二十四人の勇者は特殊な例だが、極端な話、生まれた瞬間から加護をもらう人だっている。

 それでも、魔力強化がある以上この世界で信仰は決して無駄にはならない。


 ――信一がそれを言うの? 信仰をどぶに捨てちゃった信一が。


 ちなみに今なんか文句を言おうとしているサロメ様の加護に至っては、無条件で全人類に与えられているというサービスっぷりだ。やめてほしい。僕の加護の悲惨さがより目立ってしまう。


 ――あのね。シンイチはもっと私こと信仰してくれてもいいと思うの。いえ、その、信仰というか、もうちょっと尊敬しというか、尊重してくれるだけでも……。

 ――嫌です。


 だんだんと引き下がっていく要求に対し、それでも僕はきっぱり断る。


 ――サロメ様を尊重して尊敬して信仰するくらいなら、僕は『欲望』の神クリシュナ様に祈りをささげます。もしかしたらクリシュナ様から加護をもらえるかもしれないですし。

 ――やめて!?


 クリシュナ様ってその昔サロメ様に大量の信者を寝取られて以来サロメ様のことを目の敵にしてるらしいし、僕が祈ったらたぶん喜ぶと思うんだよね。


 ――言い方が! その言い方が悪いの! 信者の子が私たちの誰を信仰しようと自由だものっ。信仰の対象を変えたって別にそれはね、寝取りとか、そんな聞こえの悪い事じゃないのよ!?

 ――それクリシュナ様派の信者の人に言えます?

 ――い、言え……る、わ!


 きっと言えないんだろうなぁというのが良くわかるお返事だった。

 実際、サロメ様はクリシュナ様派の信者の人たちには寝取りゴッドといまだ陰口をたたかれている。

 サロメ様の加護は、普通の人には『人生で一番不幸な時にサロメ様の声を聞くことができる』という加護だ。最も不幸な時に神様の声が聞こえるものだから、その後にサロメ様へ傾倒して信仰し始める人が多いのである。神官の中ですら、サロメ様の声を聞いた後に宗旨を変える人すらいる。その信者の増やし方を評して『寝取りゴッド』などと呼ばれているのだ。

 そうやって陰口をたたいてるクリシュナ様派の信者の人が一番鞍替え率が高い。だからなおさらクリシュナ様に恨まれているんだろうと思う。


「大体、お前の武器こそなんだよ」

「え?」


 ディックさんの武器をけなしていたら、矛先がこっちに向いた。

 なぜだろうか。僕が持っている武器は、人間が古来より身近に使ってきた正当なものだ。

 だから、堂々と胸を張って答える。


「なにって、クワだけど?」


 僕が抱えているのは地面を耕す立派な農耕具だ。前に持っていた武器はアンナさんにも言ったように重くてかさばって不便だったので、山奥に埋めておいた。その代用品として農家の人に頼み込んで借りてきた逸品だ。

 だというのに、ディックさんはそれについてなんか文句があるみたいだ。


「なあ。クワって武器だっけ。違うよな?」

「違わない。農耕具が武器になるのとか、昔からの風習だもん」


 世界が違ってもそれは変わらないので、自分の意見をゴリ押しする。


「それに、いいよねこれ。すっごく扱いやすいもん。農家の人が愛用してるのも分かるよ」

「いや農家の連中は別に武器として愛用してるわけじゃないぞ。神官って、教会から武器支給されてるんだろ? アンナさんのメイスみたいにさ。それはどーしたんだよ」

「言ったらバカ扱いされるから言わない」

「どういうことだよ。俺、今まで出会った中でお前が一番バカだと思ってんだけど、それ以上お前をバカ扱いさせるような理由とか、どんだけだよ」


 アンナさんに支給されているような量産品ではなく司祭以上の神官にのみに与えられる儀礼武具を山奥に埋めるという所業だけど、あのアンナさんにバカ扱いされたのだから相当だったらしい。ディックさんの呆れ声は聞き流し、せいやっとクワを振るってみる。

 うん。やっぱりいい。何がいいって、僕が前に装備していた武器より軽いのがいい。それにディックさんはそんなの呼ばわりしたが、これだって魔力強化を通せば猟銃より魔物討伐に向いた武器になる。


「ちなみに壊したら弁償しろっていわれたから、できれば僕、闘いたくない。そもそも無一文なのにどうやって弁償すればいいんだろうね。休農期だっていうのに借りる時も、すっごく渋られたしさ」

「護衛する気ないとか、お前ホントに何しに来たんだよ。もう農家になって畑耕せよ。意外とお似合いな気がするぞ」

「んー……しいて言えば、ディックさんとお話に来たのかな。農家はあれだよ。朝早く起きなきゃいけないから無理」

「お前とことん人生なめてるよな。チェンジ。アンナさんとチェンジ」


 ほのぼの会話をしながら歩いていく。ここまでの道程で特に問題は起っていない。

 実は言うと、そもそも護衛は念のためなのだ。今日はそこまで山奥には入らないから、ゴブリンとばったり遭遇する可能性は低い。

 魔物は賢い。彼らは本能的に人間を襲うが、勝てると判断しない限り人間の住処に近づいてはこない。こんな風に騒いで歩けば、魔物の方から近づいてくることもそうそうない。

 群れた場合は斥候役の低位の魔物が人里の様子をうかがいに来ることもあるが、いま山にいるのはそこまで大規模な魔物の群れではないはずだ。昨日はちょっと奥まで踏み込みすぎたせいで、本隊近くに接触してしまったのだろう。でなければ、こんな田舎の村でゴブリン五匹に襲われるなんて珍事にはそうそう出くわさない。

 だからこそ緩み切った空気のまま最初の罠が設置されている地点に到着して、絶句した。


 ――え。


 ぽろりとサロメ様の声が僕の頭の中で響く。

 その間抜けた声に突っ込むこともできず、僕は目の前の光景に言葉を失っていた。


「グギャギャァ!?」


 ゴブリンが、罠にかかっていた。

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