ニートの神様
この世界で最強の職業は何かといえば、バカな僕でも間違いなく神官だと即答できる。
争いの請負人の傭兵でもなければ軍人でもない。ファンタジーにありがちな冒険者とかお姫様とかでもない。人類の天敵たる魔物の頂点の魔王ですらない。いや、魔王だけはあるいは個人としては最強を名乗ってもいいだけの力を持っていたけれども、それでもやっぱり最も強い武力を誇っている集団で組織を作っているのは神官たちだ。
信仰心によって生まれる魔力強化は、一個人の戦力をとめどなく引き上げる。
惜しみなく捧げられる信仰心による魔力強化は神に至る道であると言われるほどに人という存在を強化する。その力の上限は、今のところ確認されていない。
敬虔な信者を数多くそろえる中央聖教は、疑うことなく最強の組織だ。その拳を振り下ろせば、一国が簡単に吹き飛ぶほどに彼らは強い。
その代表格ともいえるのが中央聖教の『枢機卿』の位であり、その一人が『信仰の鎖』だ。
十三人いる狂信者の一員にして、魔王討伐の時に異世界から来た僕たちを率いた人物。己の信仰に忠実で、他人にとっては横暴な彼女は一人で僕たち二十四人の勇者を圧倒して制圧した実績がある。
多種多様なチートな加護を持つ僕ら二十四人。それを純粋な魔力強化ですべてねじ伏せた。魔力強化が加護に勝るという証明がそれだ。
はっきり言って、圧倒的だった。まだ異世界に来て一か月もたっていなかったころで、戦闘にも環境にも慣れていなかったからという理由はあるが、いま僕たちが二十四人揃って奇跡的に一致団結して『信仰の鎖』一人に挑んでも、敗北は必至だろう。
それほどまでに彼女は恐ろしい存在だった。
それと同等が十三人も揃っており、その上に教皇がいるというのだから中央聖教の上層部は魔境だという以外の感想は浮かばない。はっきり言って、この世界においての真のチートは奴らだと断言できる。
まあつまり何が言いたいのかというと、神官は強いのだ。
僕は仮にもとはいえ、その神官の一端だ。扱える魔力強化も普通の人たちに比べればそこそこ優れているし、魔物に対する戦闘経験だってそれなりにある。
そんな僕に振られる仕事は、もちろん対魔物のお仕事だった。
――やだなー、やだなー、仕事はやだなー! サロメ様みたいにー、ニートの神様になりたいなー!
――ねえ信一。違うの。だから違うのよ。私、別に仕事をしたくなくて何もしていないというわけじゃないのよ。ニートじゃないの。ましや、ニートの神様なんていう不名誉な役どころじゃないのよ。ねえ、だからその歌はやめて!
ニートになりたい歌を熱唱していたら、ほどなくしてアンナさんの指定した場所にたどり着いた。
村はずれの山小屋だ。ここに僕が今日一緒に仕事をする仲間がいる。そう。サロメ様が決してすることのできない「仕事」という行為を僕はするのだ。
――だから私は違うって……そうだわ! ほら、加護をあげるのは仕事でしょう!? 人生で一番不幸な時にいる子に私の加護をあげてお話しするのが私の仕事よ!
――いや、それサロメ様の趣味ですよね?
――うぐっ。
サロメ様を言い負かしながら、木製の扉にノックを三回。しばらくして、扉がきぃっと音を立てて開く。
「待ってましたよ、アンナさん! さあ、早く山の中に二人で――は?」
満面の笑みで扉を開いた人物が、僕の顔を見て固まった。
あえて無言で出迎えを待っていた僕は、扉を開けて出て来た人物に向けて笑顔を振りまいた。
「やっほうディックさん! アンナさんだと思った? 残念、護衛は僕だよ!」
「チェンジで」
「ちょ!?」
僕のフレンドリーな挨拶に、山小屋に住んでいるディックさんは真顔でそう告げた。
「いきなり何さディックさん! チェンジってなに、チェンジって! 失礼にもほどがあるでしょ!?」
「いや、チェンジチェンジ。アンナさん呼んでこい。俺はここで今日、アンナさんを待ってたんだよ。なんでお前がいんの? 死ねよ」
「そういうこと言わないでよ! 傷つくでしょ!」
「お前傷つくのか? 無意味に図太そうなお前がさ」
「僕の繊細さをなめないでくれない? 結構傷ついてるんだよ、これでも」
必死に訴える僕を扉越しでうさん臭そうに見てくる彼は、ディックさんという名前で村の猟師をやっている。がっしりした体格に、茶色の髪を短く切り上げている容姿はぱっと見チンピラっぽく見えるが、実はいい人だ。どのくらいいい人かと言えば、この村で僕とまともに会話をしてくれる三人のうちの一人に含まれているくらいにはいい人だ。
アンナさんから仰せつかったお仕事は、このディックさんの護衛をしてくれという内容だった。
いま山の中は魔物がいるから、いかに山を熟知している猟師であっても神官が護衛に付いていないと危ないのだ。狩りやめればいいじゃんとも思ったんだけど、そこは僕が口を出してもいい領分ではないらしい。
「はいはい。どうせディックさん、いまはアンナさんか僕の付き添いがないと狩りできないもんね。狩りのできない猟師とかただのニートだもんね。だからさっさと出てきなよ……!」
「うるっせい。お前と行くくらいならニートになってやるよこの野郎が……!」
扉を閉めて中に引きこもろうとしているディックさんに対抗して、全力で扉を開けようとする。。
ニートっていうことは、つまりサロメ様の仲間だ。そう考えるとニートってダメダメだ。僕もちゃんと働かないといけないし、知り合いのディックさんもニートにするわけにはいかない。
――だから! 違うって! 私ニートじゃないからぁ! どう言ったらわかってくれるのよ……。
サロメ様がいまだに言い訳をし続けているが、どう言われてもわかる気はない。そろそろ無駄な努力だって気が付いて欲しい。
さて。そんなサロメ様の同類にならないためにも、ちょっと真面目にお仕事をこなそう。
ディックさんはいまだ頑固に僕を締め出そうとしている。普通の力比べだったら絶対にかなわないだろうが、僕は神官だ。魔力強化を使って身体能力を引き上げて、あっさりと扉を開ける。
「うぉ!?」
「さ、行こうよディックさん。僕がわざわざ護衛してあげに来たんだから早く終わらそう」
急激に跳ね上がった僕の力に驚いたのもつかの間。僕が魔力強化を使ったと悟ったのだろう。目つきの悪い三白眼で僕をにらみ、舌打ちをする。
「けっ。お前に護衛されるくらいなら一人で行くわ。じゃあな。帰っていいぞ」
ちょっとやる気を出したら、僕の好意が無下に却下された。
あんまりといえばあんまりの態度に、僕の眉が情けなく下がった。
「ねえ何? ディックさんなんなの? 僕のモチベーション下げて何かいいことでもあるの?」
「お前が返ってくれるかもしんねーだろ。ていうか、マジでなんでシンイチが来るんだよ。せっかくアンナさんに会える数少ない機会を奪いやがって。俺に何の恨みがあるんだ」
「いや別にないけど。むしろ僕がディックさんになんで恨まれてるか聞きたいレベルなんだけど!」
もういっそのこと帰っちゃおうかなぁ。ここまでぼろくそに言われれば僕だって傷つく。
ディックさんはさっきからチェンジチェンジと連呼してるが、アンナさんは忙しいのだ。だから代われる負担は居候である僕が負う。そうしないと僕はタダ飯食らいになってしまう。つまりヒモだ。女の人のヒモとか割と理想の生活だ。
――信一。ちょっとそこに直りなさい。いま自分が最低なことを言ったの分かっているの。
――僕なにも言ってません。あくまで思っただけです。思考の自由まで奪おうだなんてさすがは神様ですねサロメ様。
ニートを極めた挙句たった一人の信者すらヒモにしてくれるような甲斐性も失った神様の言うことなんて聞く気はない僕は、ディックさんへと笑顔を向ける。
「ちなみにアンナさんは村長さんの家に行ってるんだ。つまりディックさんはあの頭つるぴかりんのおじいさんより優先順位は低いんだよ。わかった? わかったら黙って僕に護衛されてね」
「わかったシンイチ。お前、ケンカ売ってんだな」
これくらいで拳を固めてファイティングポーズを構えるディックさんは気が短いと思う。
だがディックさんの攻撃態勢で怯えるほど臆病者ではない。僕はこれでも神官だ。この世界で最強の職業である、神官様なのだ。
「ふっふっふ。殴りたきゃ殴ればいいじゃん」
「あ?」
ぴくりと眉を動かすディックさんを前にして、それでも僕の余裕は揺るがない。
「僕は魔力強化ができる神官だよ? 一般人のディックさんの攻撃なんていたくもかゆくもいっったぁ!?」
軽い魔力強化しかしていなかった僕の顔面に、パンチがさく裂した。
「何なの!? 本気で殴るとかなんなの!? 痛くはないけどびっくりするじゃん!」
「うっせぇ! お前が殴れって言ったんだろうが!」
「殴れって言われたら殴るの!? ディックさん、そんな他人の言いなりの人生で何が楽しいのさ! もっと自主性を持ってよ!」
「お前マジでうるせえよ!」
ただアンナさんの代わりに護衛に来たと言うだけなのに、こんな大騒ぎになってしまう。確かに僕はコミュ障だけど、こんなにもかみ合わない相手は珍しい。
「ああ、くそっ。そもそもなぁっ。アンナさんのところに居候してるって聞いた時からうらやま死刑だとは思ってんだよ! 今日こそブッ飛ばしてくれるわクソがっ!」
「上等じゃん! やってみればいいじゃん! 世界最強職の神官様に、猟師のディックさんがどこまでやれるか試してみる!?」
「言ったなヨソもんがァ!」
「なにさ、村はずれに住んでるボッチが!」
そうやっていがみ合う僕とディックさんを見て、サロメ様はぽつりと一言。
――仲良しね、相変わらず。
――サロメ様うるさいです!
まさかの的外れの感想を漏らしたニートの神様に、僕は思いっきりかみついた。
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