PARTⅡの6(14) コマーシャルが全て消えて
天気は快晴だった。マンションを出て駅に向かって手をつないで歩きながら、謡はヒカリに尋ねた。
「きのうの晩、警察の留置場で山岡さんの夢の中に現れたのはあなたなの?」
「うん」
駅に着き、謡とヒカリは下り電車に乗って奏の家へと向かった。
電車はすいていた。謡が座席に座るとヒカリはリュックを背負ったまま彼女の膝の上にちょこんと座った。
乗客達にはリュックを背負ったヒカリの姿は見えないようだった。テレビに出ている謡はチラチラ自分を見る複数の視線を感じた。
四つ目の駅でスタジアムジャンパーを着込みデイパックを背負った中肉中背の男が乗ってきた。
彼は謡が座っているのを見て目を丸くし、それから近づいてきて、あいている隣の座席に座って小声で話しかけてきた。
「すいません、私、桂泉荘の火事のレポートの時に紹介された記念写真の中に座敷わらしが映っているのを見て局に連絡した者です。
座敷わらしさんも一緒なんでびっくりしましたよ」
「見えるんですか?」
「ええ。こんにちは」
男は座敷わらしに挨拶した。
「こんにちは。ぼく、ヒカリです。どうぞよろしく」
ヒカリも挨拶を返した。
「失礼ですが、お名前は?」
謡は尋ねた。
「私、田川浩一郎と申します。観光バスの運転手をしてます。
今日は非番なんで、ちょっと山歩きしようと思って。昨日の晩赤ちょうちんで飲んでて、早くには起きられなかったんですけどね 」
そういう田川は息が酒くさく、表情はひどく
「記念写真に写っていたのは君?」
田川はヒカリに尋ねた。
「うん」
ヒカリは笑いながら答えた。
六つ目の駅で謡とヒカリは、まだ先へ行くという田川と別れて電車を降りた。
謡は座敷わらし仲間の一人である田川の憔悴ぶりが心配になった。
放っておくには忍びなく、降りる前に田川に「山で何かあったら電話下さいね」と言って携帯の番号の入った名刺を渡した。
「あの人、心配 ・・・」
謡はホームを歩きながら
改札口を出て階段を下りると、ロータリーに奏が中古の国産車で迎えに来ていた。
彼はヒカリを見てちょっとびっくりしたが、
「はじめまして、じゃなくて、久しぶり、だね。桂泉荘の火事の時は助けてくれてありがとう」と挨拶した。
「どういたしまして。元気そうで嬉しいよ」
ヒカリも挨拶を返した。
「まだ言ってなかったけど、きのうの晩からうちの家族になったのよ」
と謡は説明した。
謡は助手席に乗り、ヒカリは後ろの座席に座った。奏は後部座席においてあったハンディVTRカメラを手にとって謡に渡し、
「頭出ししてあるから、再生して見て」
と言って、車を発進させた。
謡が再生してディスプレイを見ると、中学生達が校庭中で椅子取りゲームをやっているのが映っていた。
「これ、授業の時間でしょ?」
「そうだよ」
「わかった。局に連絡を入れておくわ」
謡は謹慎中の山岡の代わりに自分の担当をしてくれることになっている茂木ディレクターに電話を入れ、状況を説明した。
「了解。生でやるとしたら、やっぱり二時から三時の間に、ワイドショーでやるしかないね。
中継車を出せるかどうかも含めて根回しをしておくから、昼休みが終わったらすぐに下取材をして、知らせて。
その結果を聞いたらやるかやらないかの最終判断ができるようにしておくから」
茂木はそう言って電話を切った。
奏はマンションの三階に住んでいた。彼の家に着いたのは昼の十二時半くらいで、中学の午後の授業がはじまるまでにはまだ間があった。
奏が手作りのサンドウィッチを用意しておいてくれていたので、三人で食べた。
「ああ、おいしい。ぼくは何も食べなくても大丈夫なんだけど、もともと人間だからおいしいものを食べるのはきらいじゃないんだ」
と言いながらヒカリはサンドウィッチをムシャムシャほおばった。
隣の中学の昼休みが終わった。生徒達は全員校庭に出て椅子取りゲームを始めた。
謡、奏、ヒカリの三人は既に正門の脇まで待機していた。
ヒカルは奏の手を取った。彼の目にも、生徒たちや先生達の頭に金のコウモリが停まっているのが見えるようになった。
更に、正門を入ったあたりにも金のコウモリがうようよ飛んでいるのが見えた。
「多分パチンコパーラーや大学の時のように、おねえちゃんには手を出さないで好きに取材させてくれると思うよ。もちろん、何かあったらぼくが守ってあげるから」
「ありがとう。じゃ、行きましょう」
謡は自分のデジカメで突撃一人取材を敢行した。奏も学校の外から謡の突撃取材をビデオ撮影した。
謡は頭に金のコウモリを停まらせて腕組みしながら椅子取りゲームを見ている先生の一人にインタビューした。
「このゲームはなんのためにしているのですか?」
「はい、成績をつけるためにやっています。きょうは数学の成績をつけるためですが、これから毎日やります」
「テストとか、教室の授業とかは、やらないんですか?」
「はい。今後学校では椅子取りゲームがすべてとなり、大学への推薦などもこれで決めます」
「それっておかしくないんですか?」
「いや、シンプルで合理的と言って下さい。
今までだって学校でやってることは結局椅子取りゲームなんです。だったらそれを素直にやった方がいいということで、きょうからこうなったんです」
「この学校で決めたんですか?」
「いや、教育委員会からの通達です。つまり国の方針です」
「順番だけ決めたって、学習してそれが身に着かないんじゃないですか? それじゃ、社会へでても使い物にならないんじゃないですか?」
「上が決めたことですから、私達は従うのみです」
教育委員会の通達だというのが本当なら、この国は
金のコウモリ達は人間達をおもちゃにして、ぶち壊すつもりなのか、この国を? 更には世界中をも? ・・・
そうだとしたら何故? それほどの恨みを持っているとでもいうのか?
謡は取材を切り上げて正門の外の奏のいるところまで戻って、茂木ディレクターに電話を入れた。
「もしもし茂木さん、やはり午後も生徒全員参加の椅子取りゲームをやっています。オンエアー枠や中継の手配はどうなっていますか?」
すると茂木はひきつった声で答えた。
「ああ、君の連絡があり次第、ゴーサインを出してもらえるところまでは手配済みだ。他の中学の状況も調べを進めた。しかし、とんでもないことになってしまったんだ」
「どうしたんですか?」
「少し前からJBCのコマーシャル映像が全て消えてしまったんだ。
今放送中の番組もコマーシャルも消えてしまっているんで、無理やり風景なんかの映像を流しているけど、
スポンサーや代理店、それから視聴者も騒ぎ出している。
CMを流せなければスポンサー料が入らないから、番組を続けることができなくなる。
新たに外からコマーシャルの映像を送ってもらっても、
オンエアーすると消えてしまっていてザーザー砂漠状態の映像と音声しか流れないから、どうしようもない。
それで少し前に幹部連中が緊急役員会を開いて
午後二時以降はJBCの全放送を休止することに決まって、これから社長の緊急会見を流して事情説明とお詫びをすることが決まったんだ」
「ほんとうですか?」
「ああ。だから、君のネタも流せないことになった。すまん」
謡は電話を切ってから、携帯でJBCを見た。確かに茂木の言った通りになっていた。
じきに社長の緊急会見がはじまった。その内容も茂木の言っていた通りのもので、記者会見が終わるとJBCは放送を休止した。
謡は念のため他局をチェックしてみたが、それらはいつも通りの放送を行っていた。
謡はヒカリに、
「『まだどんでんがえしがありそうだよ』って言ってたけど、このこと?」
と尋ねた。
「うん」
ヒカリはうなずいた。
「これでJBCの株は確実に大暴落する。CIFは大損もいいとこだ」
奏がつぶやいた。
銀金トミは寝室でJBCのお詫び記者会見を満足そうに見ていた。彼女の頭の中には″マザー″の声が響いていた。
「これでCIFの持っているJBCの株は紙クズ同然になります。
コマーシャルが消えてしまうテレビ局なんて所有する意味がないし。
あとは適当な安値でCIFの持つJBC株をあなたの息のかかったメディア系企業に譲渡させたうえでJBCの健全性を回復させ、
仲介料や手数料をいただけばこのマネーゲームは完了です」
「わかりました、市場に出回っているJBC株も底値で手に入れておいて、株価が十分回復してから手放すことにしましょう」
トミは″マザー″に恭しく拝礼した。″マザー″がついていれば、何がどうあってもマネーゲームに負けることは決してなかった。
彼女はその朝には″マザー″のこんな声も聞いていた。
「座敷わらしが見える人間達をもっと突っつき、脅かし、動きを見てみましょう。
座敷わらしがかかわってくるとこちらのシナリオに想定外のことが起こってくることでしょうが、そういうプレーヤーと競うのがゲームの醍醐味というものです。
今日本中に広がりつつあるギャンブル・ゲーム・出会い系サイトなどへの没頭現象や椅子取りゲームなどと
きょうから急速に世界中に広がっていくでしょう。それぞれの国の国情に見合った形で ・・・。
そうなれば世界規模でますますお金が動き、人の心は虚しくなって行き、
そしてそのようになればなるほどますます多くの人々がますますドップリとギャンブルやゲームやサイトにハマって行くでしょう。
これは私にとっては大変好ましい、聖なる正のフィードバック現象です。
しかし、それら全ての展開に何の障害もなかったらあまり面白くはありません。座敷わらしなどにはせいぜい頑張ってもらいたいものです」
そう、″マザー″は余裕たっぷりに言った。
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