PARTⅠの5 畳の下は【座敷わらしの間】だったから

 案の定、主婦がパチンコパーラーに殺到する現象は全国的に、そしてより幅広い主婦層の間に広がり始めた。


 お陰で、パチンコパーラーのみならず、


 銀行系・信販系・サラ金系・町金系・闇金系を問わず貸金業者が繁盛し始め、


 今後パーラー通いのために借金地獄におちいる主婦が間違いなく急増するだろうと謡は思った。


 彼女は、先日の桂泉荘の火事の現場に寝巻姿で駆け付けた近所の初老の男性の、


「座敷わらしが全くいなくなったら世も末だわな、ほんと」


 というコメントを思い出した。


――パチンコパーラーにうつつをぬかしている主婦の人達の眼には座敷わらしは見えないんだろうな。世の中狂ってると思ったことはしょっちゅうだけど、こんなことは今までになかった。これからますます狂っていくような気がする。


 写真を見て座敷わらしが見えたって連絡してきてくれた人達なんて、今の世界じゃうんと少数派なんだろうな。あたしもそういう少数派の一人か。


 でも、逆に、この世の中をなんとかするためには、あたし達みたいな座敷わらしを見た人間が頑張るしかないんじゃないかな。


 それを見た人達が『そうした方がいい』と思ってあたしに電話してきたのも、そのためのような気がする。あたしはみんなのコーディネーターみたいな役割なのかも。


 だけど、なんとかすることなんてできるのかな ・・・


 謡はそんな風に考えてフ~とため息をついた。


 謡がパチンコパーラーのニュースをレポートした翌日の朝、響奏が彼女に電話してきた。火事現場で謡は彼に携帯の番号の入った名詞を渡しておいたのだ。


「謡さん、昨日のパチンコパーラーのニュース、見たよ。なんか世界が決定的に狂い始めたような、そんな気がして、君はどう思ってるのかなと思って、電話してみたんだ」


 火事の晩同じ座敷わらしを見た者同士として謡に親近感を持っていた奏は友達のような感じで話して来た。謡も相手に同様の親近感をいだいていたので、やはり友達のような感じで言葉を返した。


「あたしもそんな感じがしてる」

「そうか。座敷わらしを見た者同士、同じように感じてるんじゃないかと思って電話したんだけど、やっぱりね」


「それで、あたし、思ったことがあるんだけど ・・・」

「どんなこと?」


「うん。あなたもその一人だと思うけど、あたしのレポートした桂泉荘のニュースで紹介した【座敷わらしの間】の家族の記念写真を見て、何故かわからないけれど連絡した方がいいと思ってあたしに連絡してきた人達がたくさんいるのよ」


「うん、ぼくもそういう気がしてイブニングニュースに電話してスタッフの人に頼んで自分の電話番号を君に伝えてもらったよ。君の名詞はもらったけど、火事の現場ではこっちの連絡先を渡してなかったから。で、連絡してきた人って全部で何人くらいいるの?」


「あなたを入れて九十二人。そのリストもできているよ。あたしも入れれば、全部で最低でも九十三人見たってことになる・・・」


「へえ ・・・。一度にこれほど沢山の人が座敷わらしを見たなんて話は前代未聞ぜんだいみもんなんじゃないかって思う」

「あたしもそう思う。でも、それが今回あの記念写真の座敷わらしを見た人達の全てなのかな?」


「もっと沢山いると?」

「ええ。見たけど局に連絡して来なかった人もそれなりに大勢いるのかもしれないなって、あたしは思ってる。でも事実としては、何故か九十二人目を最後にパッタリ連絡が来なくなったのよ」


「そうなんだ?」

「ええ、それで逆に思ったんだけど、あたしにそうしなくちゃと何故か思ってわざわざ連絡してきてくれた人達には、そうすべき何らかの必然性ひつぜんせいがあるんじゃないかと思うの」


「必然性って?」

「実は、この世の中をなんとかするためにはあたし達みたいな座敷わらしが見えた人間が頑張るしかないんじゃないかなって、きのう思ったのよ。


 で、あなたがこうやって電話してきて、話しているうちにますますそう思ったのよ。ほら、今あなたも私も、なんか世界が決定的に狂い始めているんじゃないかって思ってるじゃない?」


「ああ、全くその通りだよ」

「そういう狂い始めた世界を何とかするために、今度のリストもできたんじゃないかって、あたしは思う」


「そういう意味での必然性か。なるほど、そうかもしれない。だったら、今急に思いついたんだけど、九十三人がいつでも連絡を取り合ったり情報交換し合ったりできる体制を作っておこうよ」

「いいかも」


「電話番号のリストは共有しようよ。学校なんかでやるような電話連絡網を作ったらいいんじゃないかな。また、メールアドレスを持っている人達はメーリングリストを作ってそれに参加してもらえばいいんじゃないかな」


 メーリングリストとは複数の人に同時に同じ電子メールを配信する仕組みだ。


 登録メンバーのメールアドレスのリストと、メーリングリスト宛ての代表メールアドレスを用意しておけば、代表アドレスに送信されたメールはリストに登録されているメンバー全員のアドレスに転送される。


「ぼくはこの間の火事のあと仕事をやめて今は時間があるから、電話のリストをもらえればみんなに連絡して、電話連絡網とメーリングリストを作ってもいいよ。


 電子メールをやっていない人にはファックス番号を聞いておいて、その番号に、メーリングリストで送られてきたメールをプリントアウトしたものをファックスして送ればいいと思う。そういう事務作業はぼくがやるから」


「オーケー。じゃ、お願いします」

「電話リストはきょう君の都合に合わせてどこかで会って受け取ってもいいよ」


「じゃ、えーと、きょうはこれから大学の授業に出る予定なんだけど、午後も授業があるから、昼休みに大学のカフェテリアに来てもらえれば電話リストを渡せるよ。


 ついでに昼も一緒に食べながら話したりしてもいいし」


「いいね」


 謡は大学の場所を教え、

「学食は門衛もんえいさんに聞けば教えてくれるから、十二時半ということで」

 と電話を終えた。


 謡が大学の二限目の授業を終えてカフェテリアの入り口まで行くと、うしろから奏に声をかけられた。


 昼時で混んでいたが窓際の席を確保し、謡が二人分の食券を買って列に並び、二人分のランチプレートを持って戻ってきた。


 奏は謡に電話番号リストのコピーを渡し、二人は食事をしながら話した。


「電話で、この間の火事のあと仕事をやめたって言ってたけど?」


「うん。半年ほど働いた会社でね、いずれにせよ先月から『来月いっぱいでやめます』って会長や社長には言ってあったんだけど、あの夜、座敷わらしの姿を見て、命も助けてもらったら、さっさと辞めたくなっちゃったんだよ。


 もう一生遊んで暮らしてもまだ余る位のお金は稼いじゃったし」


 謡は相手が冗談を言っているのかと思って、自分も笑いながら冗談のつもりで聞いてみた。

「何、一生遊んでも余る位って、マネーゲームでもやってたの?」

 すると奏は真顔で「うん」と頷いた。


「うそでしょ?」

「本当だよ。マネーゲームってどんなものか、ハマっている人ってどんな人達なのか知りたくて、親戚と縁のある会社に最初はファンドマネージャー見習いで入れてもらったんだけど、ぼくは凄く才能あるみたいで、すぐにその才能を発揮するようになって、


 でももう見極めついたし、今後お金に縛られないでも生きていけるだけのお金を十分稼いだからもうやめようと思って、前から興味をもっていたあの旅館に休みを使って泊まりに行ったら君と座敷わらしに会ったってわけさ」


「あなた自身はマネーゲームをやってもそれにハマるタイプじゃなかったから、だから座敷わらしが見えたし、助けてもらえたってことか?」

「そんな感じかな」


「で、ちなみに、いくら稼いだの?」

「まあ、〇が八個の、上の方かな」

「うそ・・・それってすごいんじゃ?」


 奏の答えを聞いて謡はびっくりした。確かにそれだけあれば、今後お金に縛られないで生きていけるだろうと思った。


「凄いかどうかは、どう使うか次第だと思う。ただ自分のためだけに使うとか、更なるマネーゲームのために使うとかじゃ、ちっとも凄いとはいえないんじゃないかな。それに、お金なんていくらあってもなんの役に立たない時代が来るかもしれないし ・・・」


 謡は『この人、みかけじゃなくて中身がかっこいいかも。みかけも悪くないけど』と思って、冗談めかして、


「この世界での、座敷わらし完全復活のために使ったら?」

 と尋ねてみた。


「いいかも。なんせぼくの命の恩人だから。実はあの火事の前の記憶がなくて。でもあの時いやな夢を見ていて。


 気がついた時はもう窓から飛び降りるしか助かる道はなくて、座敷わらしが手をつないで『一緒に窓から飛び降りよう』と言ってくれなかったら、ぼくは死んでただろうな。でも、なんか異様な夢だった」


「どんな夢?」


「それが、ぼくはあの部屋でノートパソコンをいじっていて、なんかサイトを開いてそこにあった棺桶を開いたら金のコウモリがいっぱい飛び出して、畳の下に透けて消え、またコウモリ達が畳の中から戻ってきて、あとは覚えがないんだ」


 奏の答えを聞いた謡は、自分の中に浮かんできた問いを更にぶつけてみた。


「そのコウモリ達が旅館に火をつけたとか?」


 奏は腕組みして、首をかしげながら答えた。

「うん、確かにそうだとは言えないけど、そうかもしれない」


「そうだとしたら、どうして火を?」

「さあ ・・・。 でも、畳の下は【座敷わらしの間】だったから ・・・。あそこは座敷わらしの出る旅館だから、火をつけたんじゃないかな?」

 奏は思いつきでそう言ったのだが。


 謡は、

「そうかもしれないね」

 とうなずいた。


 奏は質問した。

「ところで、【座敷わらしの間】に泊まっていた家族は火事になる前、眠っていたのか、起きていたのか、そのへんのことは聞いているの?」

「爆発の音に目が覚めたって言ってたから、眠っていたんでしょうね」


「その時どんな夢を見ていたかは聞いてはいない?」

「そこまでは聞かなかった」


「じゃ、あの家族に夢を見てたかどうか、見てたのだったらどんな夢を見てたか聞いてみたら、なにかわかるんじゃないかな?」

「わかった、早速かけてみる」


 謡は電話リストに書かれているその家族の母親、森野泉の携帯の番号にかけてみた。彼女は出ず、留守番センターにまわってしまったので、メッセージを入れておいた。


「私、先日の桂泉荘の火事の時に取材させていただきました天波謡です。そのせつはありがとうございました。あの晩のことでお尋ねしたいことがありますので、お時間のある時にお電話いただけたら幸いです」

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