PARTⅠの2 見えた者、見えなかった者

2 レポーター


 天波謡は東京のテレビ局JBCの夕方の報道番組、イブニングニュースの女子学生レポーター。火事にあった桂泉荘の一階に宿泊していた客の一人だった。


 彼女は週に一回、「学生レポーター、謡が行く」というコーナーを持っていた。


 今回、東北地方の民話や民間伝承みんかんでんしょうにまつわる一連の観光スポットや旅館や神社や飲食店やみやげ屋などの取材のめとして、


 座敷わらしが出ることで全国的に有名なこの宿に泊まり込み取材に来た。


 その晩の夕食後、【座敷わらしの間】とそこに泊まっている家族の取材を済ませ、入浴も済ませたあと気のおけないクルー達と共に飲み会をして、


 宴たけなわという時に爆発音を聞き、火事を逃れ、機材を持って外に避難したのだった。


 謡は早速東京の局と携帯で連絡を取った。その結果、深夜零時からのニュースで急きょ彼女が「座敷わらしの宿、火事」のニュースをライブで報じることが決まった。


 幸い、宿泊客と従業員合わせて四十名ほどは全員無事だった。怪我人は二階から飛び降りて足に軽い捻挫を負った響奏だけだった。


 謡はまず【座敷わらしの間】に宿泊していた森野春樹・泉・もみじの家族を取材した。

 

 小学校一年のもみじはカメラの前で、

「座敷わらしが守ってくれたんだヨ!」

 と誇らしげに、どや顔でコメントした。


 泉は、

「三人で寝ていたんですけど、爆発音に目が覚めたら『逃げて』と声がして、見たら座敷わらしがいたんです」

 と付け加えた。


 春樹も、

「私も、確かに見ました」

 と頷いた。


 森野一家は手荷物と一緒にデジカメも持って逃げ出してきており、


 夕食後にそのデジカメで人形やぬいぐるみ達をバックにしてセルフタイマーで撮った記念写真もニュースのために提供すると言ってくれた。


 謡は響奏のコメントも取材した。ほかに、旅館の従業員や寝巻姿で駆け付けた近所の人のコメントなども取材した。


 全て、消防車による消火作業が進む中でのあわただしい取材だった。


 取材した映像は局に送った。森野一家のデジカメのSDカードから自分の端末にコピーした記念写真のデータも局に送信した。


 午前零時になった。


 JBCは土曜日と日曜日、この時間から三十分間ゼロアワーニュースをオンエアーしている。


 いくつかのニュースのあと、スタジオのハーフの女性キャスター、大浜キャロラインが視聴者達を魅了みりょうする彼女一流の理知的なまなざしと微笑みをカメラに向けた。


「座敷わらしが出る旅館として全国的に有名な岩手県金田一温泉の桂泉荘が火事になりました。


 たまたま座敷わらしの取材でこの旅館に泊まっていたゼロアワーニュースの学生レポーター、天波謡が現場から生でお届けします。天波さ~ん」


「は~い」


 謡はまず火事の概要がいようと現状をレポートし、それから宿泊客や従業員のコメントをとった映像が流れた。


 東京渋谷区松濤しょうとうの鉄筋の地上五階建ての豪邸の三階の広いリビングでも、


 背や足に豪華な彫刻の施されたソファに並んで座った、絹のガウン姿の四十代女性とその母がそれを見ていた。


 深紅しんくのガウンをまとった四十代女性、銀金しろがねレイ子はテレビの中でレポートをはじめた謡を見て言った。


「この時間にこの子が出てくるなんて初めてね」

 レイ子は嬉しそうに、しかし少し悲しげな目でテレビの中の謡を見続けた。


「偶然泊まってたからレポートすることになったって、今言ってなかったかしら?」

 紫のガウンを着た母親、銀金しろがね十三トミは腕組みしながらクールに答えた。


 旅館の二階から飛び降りて軽傷で済んだ響奏のコメントが映った時、レイ子はびっくりした。


「あら、奏君じゃない。座敷わらしを見に東北へ行くって言ってたけど、本当に行って火事に遭っちゃったのね。でも、軽傷で済んでよかった」


 奏は銀金トミが会長を務める投資ファンド&コンサルタント会社「マザー」の社員だったのだ。娘のレイ子は同社の社長だった。


「そうね」

「それにしても、謡が奏君のコメントをレポートするなんて、奇遇きぐうだと思わない?」

「それも偶然よ」


 テレビ画面の中では奏が笑いながら、カメラ目線でコメントした。

「二階から飛び降りて軽傷で済んだのは座敷わらしが手をつないで一緒に飛んでくれたからなんですよ」


「本当かな。ねえ、おかあさん、そんなこと本当にあるのかしら?」

「さあ ・・・」

 トミは気のない返事をしながら、画面をじっと見つめていた。


 続いて【座敷わらしの間】に宿泊していた家族のコメントが流された。


 女の子が「座敷わらしに助けてもらったんだヨ!」と。両親もうなずいた。


 更に焼け出されて憔悴しきった桂泉荘の主人のコメント。


「座敷わらしの出る旅館として全国的に有名だったこの旅館が火事にあったのは残念です。


 もうほとんど全焼という感じで、新しく建て直すことはできるかもしれないけれど、


 そこに座敷わらしが戻ってくれるかどうかといえば難しいかもしれないって、そんな風に思えて、とても残念です。なんとか戻ってきて欲しいけど ・・・」


 現場に寝巻姿で駆け付けた近所の初老の男性のコメント。


「焼け出された座敷わらしに『住むとこがなくなったならうちに来てくれてもいいから、どうかこの温泉を見放さないでくれ』と、そう言いたいね。


 座敷わらしが全くいなくなったら世も末だわな、ほんと」


 カメラは謡のレポートに戻り、彼女は次のように〆めた。


「座敷わらしが全くいなくなったら世も末だというのは本当じゃないかという気が私もします。


 今からお見せするのは、わらしの間に宿泊していたご家族が火事の前、夕食後にわらしの間で撮った記念写真です。


 もしかしたら一緒に座敷わらしが映っているかもしれません。


 見えた方は座敷わらしに『どうぞこれに懲りずにまた私達のところへ戻って出てきて下さい』と、私と一緒にお願いして下さい」


 そのあと数秒間、画面いっぱいに記念写真が映し出され、スタジオのカメラに戻った。大浜キャスターは次のニュースを紹介しはじめた。


 銀金レイ子はテレビに映し出された記念写真を見てハッと息を呑んだ。


 彼女の目には見えたのだ。


 【座敷わらしの間】の沢山の人形達をバックに、デジカメの画像におさまっている三人家族の真ん中の子供の後ろに立って映っている、白い服におかっぱ頭の子供が。


 顔まではハッキリ見えなかった。しかし、それは確かに座敷わらしだった。


 写真の写っている間、眼を丸くしたまま、それを見続けた。


 次の「森林伐採で、アマゾンのナマケモノ、絶滅の危機」というニュースに移った時、レイ子は顔を両手の平で挟むようにしながら「そんなわけない ・・・」とつぶやいた。


「どうしたの?」

 母のトミに声をかけられたレイ子は我に帰って答えた。


「あ、いえ、おかあさんには見えなかった?」

「何のこと?」


 トミは首を傾げた。


「写真に写っていた座敷わらし、見えなかった?」

 レイ子は尋ねた。トミは笑いながら答えた。


「そんなもん、映ってるわけないでしょ? 疲れてるんじゃない? 私はもう寝るから、あんたもそうしなさい」


 トミ立ちあがり、スタスタとリビングから出てと行ってしまった。取り残されたレイ子は釈然としなかった。


――確かに見たわよ。それにしても、最近のおかあさんは、とても変な感じ。


 このところ、なんか人間的な感情というものが全くなくなってしまっているみたいに感じられることがある。


 謡のことだって、会ったことはなくても、孫なんだから。


 顔を見られたらちょっとは喜んでもいいと思うのに、「偶然泊まってたからレポートすることになったって、今言ってなかったかしら?」とかそっけなく言って済ますなんて。


 どうしちゃったのかしら?


 彼女は水割りを一杯作って飲んだあと、寝室へ行ってベッドに入った。その間中、あの白い服におかっぱ頭の子供の立ち姿は頭から離れなかった。


――あれは確かに座敷わらしだった。でも、なんで、私に見えたのかしら ・・・。


 そして、なかなか眠れずにいたレイ子の頭の中に何故か『連絡をとらなくちゃ ・・・』という思いが沸き起こった。


 この豪邸は一、二階が「マザー」のオフィスになっていて、三階から五階は居住空間になっていた。


 先にリビングを出たトミは寝室に向かって歩いた。


 彼女は″″から社員である奏を使ってことを起こす計画を聞いていたのだ。


 今のテレビのニュースによれば、計画は失敗したようだった。


――しかし、これはまだほんのはじまり。失敗したってどうってことはないわね。あしたから、とんでもないことがどんどん起きるでしょう ・・・。


 彼女は寝室に入って姿見に自分の姿を映し出した。


 鏡の中にはボブカットの、年齢不祥ねんれいふしょうとでもいうべきシワ一つない美貌びぼうの彼女が映っていた。


 トミは七十を過ぎている年齢にもかかわらず、アンチエイジングケアのためにお金をたっぷりかけていた。


 努力もして、ノーメイクでも十分にいけるプリプリな肌と容姿と自信を保ち、小柄ながら、


 昭和風のレトロな言い方で言えばトランジスターグラマーの体型を保っていた。


――″″に仕えるのは私の天命 ・・・。


彼女はそう考えており、″″から、「目標を達成したあかつきには永遠の命を与えましょう」と約束されていた。


 彼女は広い寝室の反対側の壁伝いに、天井から黄金のチェーンで吊り下げられている家宝の直径一メートルほどの大きな黄金の環に向かって、


 ひざまずいてうやうやしく拝礼した。

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