PARTⅠ
PARTⅠの1 何故か、襲われた座敷わらし
時刻は土曜の晩午後十一時半を回っていた。
都会と違って、このあたりの音達はもうみなとっくに熟睡しているようだった。そんな風に思われるほど、その東北の
その町の古い和風の旅館
その部屋にはこれまでこの部屋に泊まった宿泊客が残したおびただしい数の人形やぬいぐるみが床の間や壁沿いに並んでいた。
眠っている女の子の枕元にはもう一人、白い着物を着ておかっぱ頭をした座敷わらしが家族を見守るようにして眺めていた。
――この家族にぼくが見えるといいな。
座敷わらしはそう思ってほほ笑んだ。
この家族は夕食後に人形やぬいぐるみ達をバックにしてセルフタイマーで記念写真を撮った。その時、彼も幼い子供のうしろに立って一緒に写真に収まったのだった。
座敷わらしは背後にかすかな気配を感じて振り向いた。しかしそこには何もいなかった。布団の中の家族達に視線を戻して、座敷わらしはつぶやいた。
――ぼくも、こんな風にとうさんやかあさんと川の字に寝たかったな ・・・。もうしばらくこの人達を眺めてから帰ろうか ・・・。
気配の主は、振り向いた座敷わらしの視野に入る前にスッと天井をすり抜けて消え、二階の部屋に戻ったのだった。
その部屋の
コウモリは男の心の中にダイレクトにコマンドを送った。この旅館に来る前からコウモリの操り人形と化していた男はコマンドの実行にかかった。
マウスを操作して金のコウモリのロゴの描かれたサイトを開き、頭に浮かんだパスワードをもの凄い勢いで入力した。3Dで西洋風の
「ENTER」を押すと、必要な数を
棺桶の
若い男の頭に
若い男はフリーズしたように、ノートパソコンの前に座ったまま動かなくなった。
座敷わらしはさっきとは比べ物にならない位の強い気配を感じて上を見た。
その頭上から、天井をすり抜けて来た百匹の金のコウモリ達が一斉に襲いかかってきた。まず十五匹ほどのコウモリが座敷わらしの体中に爪を立ててビッシリと取り憑こうとした。
が、爪は相手の着物にも体にも食い込まなかった。座敷わらしは自分の着物と体を
取り
超音波を浴びた座敷わらしは小刻みに振動しはじめた。
コウモリ達の超音波は相手の石の体と着物を破壊できるだけの破壊力はなかった。しかし、それは座敷わらしを振動させて集中を乱すには十分な強さがあった。
このまま乱れ続けると石でいられ続けなくなって、元に戻った瞬間にコウモリの爪や牙にやられてしまうことになる。
「みんな、助けて!」
座敷わらしは人形やぬいぐるみ達に向かって叫んだ。それに答えるかのように、
部屋にあった大きなテデイベアやら、虎やら、犬やら、ドラエモンやら、ミッキーマウスやら、ドナルドダックやら、京娘の素焼き人形やら、おかっぱ頭の市松人形やら、
わらべの博多人形やら、
ハイジやら、スヌーピーやら、キティちゃんやら、ミッフィーやら、シャラポアカエルやら、リラックマやら、
何やらかにやらが一斉にコウモリ達に体当たりをかまし始めた。
テニス姿のリカちゃん人形はラケットでコウモリを叩き、
金太郎はまさかりをふるい、
釣り吉三平のフィギュアは釣り針に空中のコウモリを引っ掛けた。
おもちゃの小鳥たちやピアノやギターやトランペットもコウモリめがけて宙を飛んでぶつかっていった。
コウモリ達は人形やぬいぐるみの奇襲にあって混乱に陥り、
座敷わらしは元の姿に戻った。人形やぬいぐるみ達も元の場所に戻った。
これらの騒動の間中、【わらしの間】の一家は三人共眠ったまま金縛り状態にあり、何が起こっていたか知らないまま、ひどい寝汗をかいて
いったん二階の部屋に戻ったコウモリ達は次の手段に出た。
まず、指揮官コウモリがフリーズしていた若い男の頭にとまって彼を眠らせた。もう用済みだった。
指揮官コウモリは他のコウモリを引き連れて一階の風呂場の隣のボイラー室に向かって飛んで行った。
突然爆発音と共に部屋が揺れた。風呂の隣のボイラー室に侵入した金のコウモリ達が超音波でボイラーを加熱して爆発させたのだった。
わらしの間の家族も他の客達もみなびっくりして目ざめた。「火事だ!」「逃げろ!」といった叫び声があちこちで上がった。
コウモリ達の発散する破壊の気のせいで火の回りは通常よりもずっと速く、逃げ遅れると命を失うことになる危機がどんどん迫ってきた。
「逃げて!」
座敷わらしは【わらしの間】の家族に向かって叫んだ。女の子は、そして親達も、白い着物を着ておかっぱ頭をした座敷わらしの姿を見た。
「誰?」 女の子は尋ねた。
「ぼくは座敷わらし。さあ!」
父親は女の子を抱き上げ、母親は手荷物やデジカメ・財布などを入れてあるハンドバッグを手にした。
一家は窓を開けて庭へ逃げ出し、振り向いて旅館の建物を見た。建物は
「座敷わらしが守ってくれたんだね」
両親もコクリとうなずいた。
座敷わらしは燃え盛る火の中を旅館の二階に行った。逃げ遅れている者がいたら助けようと思ったのだ。
二階の一室では男が金縛り状態で眠りこけていた。座敷わらしは彼に向かって必死に叫んだ。
「起きて! 起きてよ! 起きてったら!」
座敷わらしの
まだ半分夢うつつの状態で、自分を起こしてくれた者の姿はまだ見えなかった。
彼はまず轟々と旅館が燃え盛る音と共に迫りくる
煙が襲ってきた。彼は口を押さえながら咳き込んだ。
――このままじゃ死ぬ。逃げなきゃ!
彼は室内を見回した。もう、窓から飛び降りるしか助かる道はなかった。
「大丈夫。ぼくが守ってあげるから、一緒に窓から飛び降りよう」
若者はいきなり子供の声が聞こえ、手をつながれた
彼は見た。座敷わらしが自分と手をつなぎながら見上げてるのを ・・・。
「き、君って?」
「そうだよ。大丈夫、信じて」
「わ、わかった」
彼は座敷わらしと手をつなぎ合ったまま、二階の窓から飛び降りた。着地した若者は右足を軽く
「よかった、じゃ」
座敷わらしは若い男にほほえみかけると再び燃え盛る建物の中に飛び込んで行った。
その後ろ姿を見ながら、若い男はあらためて『これは夢じゃないのか?』
と自分の頬をつねってみた。
痛かった。
その時、
「あなた、今、座敷わらしと手をつなぎながら飛び降りたでしょ?」
と声をかけられた。
振り向くとやはり旅館の丹前を着た長いストレートヘアーの若い女だった。
「君も見えたの?」
「ええ。怪我は?」
「大したことはないよ。あの座敷わらしが守ってくれたんだと思う」
「あたしもそうだと思うわ。それで、お願いがあるんですけど」
「何?」
「カメラの前でコメントを取らせてもらえませんか?」
「え、カメラって?」
「あたし、レポーターなんです。たまたまこの旅館に泊まっていたんですけど。クルーも一緒なんで、午前〇時のニュースでこの火事のニュースをレポートしようと思うんで ・・・」
「あ、君、テレビで見たことあるよ。
「そうです。どうぞよろしく」
「こちらこそ。ぼくは、
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