閑話.祖父からの手紙

愛するケラ私のミン天使インゲル


 誕生日、おめでとう。

 今年でお前はいくつになっただろう? 私の記憶では十一歳だったはずだが、実際はもう少し大きくなっているかもしれないね。

 この手紙を開いているということは、もう既に戦争が終わったということだろうか。世の中は一体どうなっているだろうか。

 我らがヘルデンズは、変わらず世界を導いているだろうか?

 もしそうであったならば、お前は今きっと幸せに暮らしていることだろう。父母と共に、あの美しきノイマールの邸宅で楽しく心穏やかに過ごし、やがてお前は可憐な少女から美しい娘へと成長していくのだろう。その姿を想像すると、お前に会いたくて堪らなくなる。

 しかし、もしかすると私は、もっと過酷な生活をお前に与えているのかもしれない。どこかで身を隠し大陸の人間から逃げ惑う生活、もしくは既に敵に捕まっているか。そのときお前は、私を恨むだろうか。

 輝かしい王国を贈るという約束を、私は守れない。その代わりに、世界中から迫害され、虐げられ、憎まれるという未来を、私はお前に残してしまうだろう。そのくせ、私はお前を守ってやれない。何故なら、そのときには私は既にこの世にいないのだから。

 こんな私を、お前は恨むだろうか。

 誠に勝手な願いだが、どうかこの老いぼれを、恨まないで欲しい。

 そもそも悪いのは全て頭の悪い連合軍共だ。

 私がいかに理想的で素晴らしい世界を築こうとしているのか、奴らは全く理解を示そうとしない。それどころか、全面的に否定し、私が築き上げた礎をことごとく破壊する! なんと野蛮で頭の悪いことか!! 奴らはみな世界に害なす悪者でしかない。まるであの賤しい害虫と同じだ。全て排除しなければならない。そして、世界を導くのはヘルデンズだと、奴らに思い知らせるのだ!!

 そうだ、ヘルデンズ民族は他のどれよりも尊い指導民族なのだ。

 クラウディア、この国が生まれた経緯を、お前は知っているか? かつて世界はバラバラだった。秩序も法もなく、皆好き勝手に互いを奪い合っていた。その結果、世界は枯渇した。この世の終わりが、世界にはあったのだ。

 しかし、そこに現れたのがヘルデンズだ。ヘルデンズは世界に調和を与え、世界に秩序をもたらし、世界に豊かさを与えた。まさに世界の英雄だったのだ。

 まるで嘘のような話だろう? 何せこれは神話なのだから、信じられなくても無理はない。しかし、同じような事象が、まさにあったのだ。

 今よりも五十年も昔、私がまだ若造だった頃だ。当時世界は荒れに荒れていて、どの国も醜い覇権争いに必死だった。お陰で市民は飢えに苦しむ毎日だった。

 だが、ヘルデンズは再びそれを食い止めた。我が国の賢人たちは血の滲む努力の末、鉄道を生み出した。そのときのこと、今でも忘れられない。世界中が驚き圧倒させられ、どの国も次々と産業を立ち上げ、世界に富をもたらした。その後もヘルデンズは次々と素晴らしい発明品を生み出した。そうしているうちに、世界の混乱を退け、代わりに産業の著しい発展をもたらしたのだ。

 まさに世界の英雄だ。

 私はこの国に生まれたことを心から誇りに思った。

 しかし、十年、二十年と年月が過ぎるにつれ、どの国もヘルデンズへの恩を忘れつつある。ブラッドローもオプシルナーヤもマグナストウもフラウジュペイも、どの国も結局は私利私欲ばかりだ。実に見苦しい。挙げ句の果てに、奴らはヘルデンズからあらゆるものを搾取しようとする。誠に遺憾なことだ。

 ヘルデンズは、どの国よりも上に立つべき存在でならなければならないというのに、国内には日和見主義の官僚ばかり。ヘルデンズの未来はむしろ危うくなるばかりだ。

 私は心から誓ったよ。脳のない政治家を追い出し国力を回復させ、ヘルデンズを世界の頂点へ昇らせ、奴らに再びヘルデンズのありがたみを分からせてやると。二度と醜い争いが起こらぬよう、全ての国をまとめ上げ、理想的な世界を築き上げることを誓った。そうして憂いの無くなった世界を大きくなったお前に託そうと、心に決めていたのだ。

 しかし、現実はどうだろう。どいつもこいつも私のやることに反対し、ことごとくそれらを打ち砕く。ブラッドローもオプシルナーヤも分からず屋ばかりだ。

 国内に至ってもそうだ。昔は何でも言うことを聞いていた部下が、どいつもこいつも離れて行く。ほんの少し戦況が危うくなっただけで逃げていく兵士が多すぎるのだ。一体いつからこうなったのか、ヘルデンズ兵は腑抜けばかりだ。

 そのくせ仕事が甘い者が多すぎる。先日はフラウジュペイの監獄からアジェンダのゴミ共を逃したと聞く。また、東では大がかりな反乱を許してしまったのだ。何たることか。反乱分子と共に奴らも監獄に放り込んでやりたいくらいだ!

 それらをたたき直したらブラッドローやオプシルナーヤなど目じゃないというのに、近頃は裏切り者も目立つようになってきた。ブラッドローに送った部下が、何も連絡を寄越してこない。絶対あちらに寝返ったに違いない!

 奴らは本当に馬鹿だ! 阿呆だ! 愚か者だ! 少しばかり向こうが優勢だからと言って、最後に勝つのはこの私、このヘルデンズだというのに! 再びこちらに戻ってきても、奴らには人並みの生活など絶対に許しはしない。もはや生きる資格もないだろう!

 あぁ、すまないね。お前への祝いの手紙だというのに、つい熱くなってしまった。だが、私は一体どこでやり方を間違えたのだろう。いくら考えても私には分からない。

 結論から言うと、ヘルデンズは負ける。

 ブラッドロー・マグナストウ連合軍の反撃が、予想以上の勢いだ。あと数ヶ月の間にロゼも落とされるだろう。東からはオプシルナーヤが反撃を開始した。ヘルデンズはまさに挟まれる形となってしまったのだ。

 失う兵器は製造台数を超え、減った分を補うために領地から連れてきた兵士は統率がとれない。直属の部下ですら操れなくなりつつあるのだ。

 しかし、私は止まるわけにはいかない。ヘルデンズは私と共にある。ここまできたからには、我々は奴らにそれ相応の態度を示し続けなければならない。例え、この身が朽ちようともだ。

 クラウディア、お前は私に約束してくれたね? 何があっても私の味方であってくれると。そんなお前だからこそ、頼みがある。

 どうか、この国の、ヘルデンズの行く末を、お前に見届けてもらいたい。そこに何があったのか、私の理想は正しかったのか、どうすれば良かったのか、それらを私の墓の前で教えて欲しい。

 そして、お前にヘルデンズの未来を託したい。お前がこの国を明るくするのだ。

 あぁ、クラウディア、もう二度とお前に会えなくなると思うと、心が張り裂けそうになる。お前は私の大事な孫。この世で一番の宝物だ。

 私は今でもお前が生まれた頃を思い出すよ。

 生まれたばかりのお前は、赤ん坊のくせしてやんちゃでしょっちゅうジルヴィアを困らせていた。めいっぱい泣いて笑う元気な赤ん坊だった。

 それから次第に成長して、お前は私の仕事場に忍び込むようになった。父や母に叱られても、何度も忍び込んでは私の元に遊びに来た。仕方がないのでフラウジュペイ語の本を見せれば、お前は夢中になってそれを覚えていた。当時は困りものだったが、今考えればあれも懐かしい思い出だ。

 アカデミーに入学してからは、帰るたびにその日学んだことを私に報告してくれた。日に日に賢くなっていくお前を見るのは、とても楽しかった。

 お前との日々を思い出すたび、涙が込み上げてくる。

 私はお前の成長する姿をもっと見たかった。お前が娘になり、淑女になり、自分の才を伸ばして活躍し、やがて素敵な恋人に出会い、純白のウェディングドレス姿で幸せそうに花婿と寄り添う姿を見てみたかった。

 理想に満ちあふれた幸せを、お前に与えてやりたかった。

 もう二度と会えないのが、非常に悲しい。

 それなのに、私はお前に苦難ばかりを残していく。今までとは全く違う過酷な生活を、お前にさせるのだ。誰からも嫌われたことのないお前が、その一身に憎しみを背負って生きる未来を、お前に与えることだろう。

 だが、どうか、耐え抜いて欲しい。どこかに隠れながら、あるいは名前を変えてでもいい。とにかく明るい光が差すまで、耐えて生き延びるのだ。耐えて耐えて耐え抜いて、そしてやがて現れた明るい未来を、お前がその手で掴み取るのだ。私の孫だ、きっと出来るだろう。

 ああ、そうだ。その前にお前に伝えておかなければならないことがある。

 もしこの手紙を開いたときにヘルデンズが勝利していたら、ここまでの話は全て杞憂だ。忘れてくれていい。

 だが、私の予想通りヘルデンズが負けているとすれば、父に悟られぬよう、お前は現在の疎開先であるヤンクイユから、母と二人だけで逃げなさい。あんまりこういうことをお前には言いたくないが、お前の父はどこか胡散臭い。ジルヴィアも薄々気が付いているようだが、あの男はまるでキツネのような男だ。油断ならない。お前に言うのも酷かもしれないが、お前は父をあまり信用してはならないよ。

 また、逃げるときにはこの手紙も忘れずに。

 さて、すっかり長くなってしまった。これがお前に渡す最後の手紙となるのだから、少しばかり大目に見て欲しい。

 先に述べたように、戦局は更に悪くなるだろう。お前たちの生活も苦しくなるに違いない。だが、どうかその苦境を乗り越えてくれ。お前なら出来ると信じている。

 愛する我が天使に、光あらんことを。

 どうか、お前には健やかに長生きして欲しい。


 XX79年8月20日 M・D

 ヘルデンズの運命はスケーブヌ・ヘルデンズ・イアお前の手にイ・ディン・ハンダー

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