第10話(最終回)

 時は流れた。


 新都心の、高層ビル街の一角にあるホテルでの宴会場に、成人になった納の姿があった。

 誇らしげに満面の笑みを浮かべて、風格のある紳士たちと談笑している納の背後には、「祝!藤次納君、ノーベル医学賞受賞」と描かれた垂れ幕があった。

 納は医者ではなく、医学者の道に進んだ。

 そして博士号を得て、その類い希な洞察力とインスピレーションを発揮した結果、癌細胞の進行を止めるばかりか癌細胞そのものを分解する特殊な酵素を発見する研究を成功させたのである。

 その功績を称え、最年少のノーベル医学賞を受賞する快挙を果たし、皆から祝福されていた。

 やがてなだれ込んだカメラマンたちが焚くフラッシュに揉まれる納の、その横には、美しく成長した杜恵の姿もあった。

 その時だった。


「……あ」


 杜恵は、人混みの中に偶然、懐かしい姿を見つけた。


「まさか――」


 杜恵は慌てて納に声をかけるが、納はインタビュアーの質問責めにあっていた。

 仕方なく杜恵は一人でその場を離れ、先ほど見つけた人物の傍にやって来た。

 目的の主は、パーティ会場の入り口で、初めて会った時とまったく変わらない姿で立っていた。


「おめでとう」

「〈探求者〉は年をとらないのね」


 杜恵は、相変わらず子供の姿をしている醍羽を見て苦笑した。


「この姿が好きなだけさ。

 それに、おたくみたいに、〈探求者〉であるコトを放棄して普通の人間として生きる義理もないからな、藤次夫人。――おたくが発掘した“お宝”はどうだい?」

「ふっ。……最高よ」


 杜恵はそう言うと、会場の奥でインタビューに照れくさそうに答えている納のほうを見て、くすっ、と笑った。


「〈探求者〉を辞めるだけの価値があった、大切な宝(ひと)。――あなたはそう言う“宝”は無かったの?」

「もう忘れた」


 醍羽はそう答えると、突然、杜恵のお腹をさすった。


「ちょ、ちょっと」

「うーん、今日で三ヶ月目か。きっとおたくらに似た、良い子だろう」

「よく判るわね……。あたしも今日知ったばかりなのに――いえ、あなたなら知っててもおかしくないか」


 尊敬の眼差しで嬉しそうに微笑む杜恵に、醍羽は肩を竦めてみせた。


「誤解するない。俺は〈探求者〉だ。おたくが思っているようなそんな“存在”じゃない」

「そう」


 頷くが、その笑みは承伏したつもりはないらしい。

 杜恵にしてみれば、醍羽はあまりにも格が違いすぎる存在であるのには変わりないのだから。

 やがて醍羽も、会場の奥にいる納のほうを見た。


「彼が見つけた新種の酵素によって、人類はついに癌を克服した。人類はまたひとつ、〈英知〉を手に入れて進歩したわけだ」

「進化した、とは言わないのね」

「当たり前だ。癌による死亡率が無くなったコトで、人類はまた余計に寿命を延ばし、増える一方だ。

 人類の滅亡要素が無くなるどころか、かえって増えてしまっただけに過ぎない」


 あんまりな言いようである。人の進歩を司る〈探求者〉でありながら、まるでそれを望んでいないような口振りに、杜恵は不安に駆られた。


「納の〈英知〉を解放したコト、後悔しているの?」

「いーや」


 醍羽は、杜恵のほうへ呆れ気味の顔を振り向けた。


「後悔するくらいだったら、〈探求者〉なんてやってねーよ。

 俺が嘆いているのは、俺たちが〈英知〉を発掘し続けても、一向に滅亡要素が無くならない、っつー理不尽さだ。

 まるで自転車操業だぜ、俺らの仕事は。つくづく嫌になる」

「そうね……」


 醍羽らしい言い分である。杜恵は少しホッとした。


「もっとも――」

「え?」


 そう言って醍羽は、杜恵に笑ってみせた。

 それは、杜恵が抱いた不安を知らぬ間に忘れ去らせた、不思議な笑みであった。


「それで人の滅びる要素が増えたなら、新たに増えた滅びを克服できる〈英知〉を発掘するだけさ。


 それが〈探求者〉の仕事である限り」



                了

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