第8話
醍羽がそう訊くと、納の身体が四散した。
その中から、あの獣人を分断した大鎌を持った、死神のような扮装をしている仮面の主が現れた。
「やっと出てきたな」
「良く見抜いたな」
「まぁね」
醍羽はそう言ってウインクしてみせた。
それを見て死神は、一瞬、肩を震わせた。表情は判らぬが、その雰囲気から、障ったののは判る。
「どうやら、私が先にダイブしていたコトを知っていたようだな。よくも、のこのこと来たものだ」
「いちいちビビっていたら、〈探求者〉なんてやってらないさ」
「ふっ、そうだな。……で、どうする?」
「〈英知〉の〈守護者〉が、そんなコトを聞くなよ。――それともおたくは別人か?」
醍羽がそう訊いた瞬間、死神、否〈守護者〉は、いつの間にか醍羽の目の前に移動していた。
〈守護者〉は空かさず大鎌を振りかざし、醍羽に斬りかかった。
醍羽はそれを槍で受け止めて押し返し、逆に斬りかかる。〈守護者〉は飛び退いてそれをかわした。
「やるな、小僧!」
「〈英知〉最後の砦の怖ろしさは重々知っている。欲に駆られた〈探求者〉を始末する崇高な使命は、いつの世も不変だ」
「だったら!」
〈守護者〉は再び醍羽に斬りかかった。
今度は、先ほどの攻撃が手加減していたかのように、更にスピードを増した超高速度で移動し、醍羽に反撃のヒマも与えず、一気に醍羽を頭頂から切り裂いた。
大鎌の先が、コンクリの床に突き刺さった。
続いて、醍羽が持っていた槍が床に転がった。
ところが、刃には一滴の血も付かず、そして切り裂かれたハズの醍羽の身体は全く無傷であった。
「何――?」
「うつつの物理法則が全く適用されない精神界の勝負は、潜入者がもつ精神力の強さに左右される。
斬ったと思っても、相手が斬られたと微塵も思わなければ斬られるコトはない。――そしてこんなコトも可能だ」
そういって醍羽は、手放していたハズの槍をいつの間にか掴み直し、〈守護者〉の大鎌を粉砕した。
「バカな――」
「よしなよ、“偽者”さん――〈守護者〉気取りの〈探求者〉のおねーちゃん」
そう言って醍羽は、槍を切り上げた。
同時に〈守護者〉の仮面が粉砕された。
その下には、悔しがる杜恵の顔があった。
「〈探求者〉が〈守護者〉のマネをするになんて、世紀末だねぇ」
「う、うるさい!」
杜恵は死神の衣装を脱ぎ捨ててセーラー服姿になり、醍羽めがけて突進する。
そして間合いを詰めるや、次々と超スピードの足蹴りを浴びせる。
だが、醍羽はそれを易々と交わした。
「あ、あたしより速い――」
唖然とする杜恵の背後へまわった醍羽は、一気に羽交い締めにした。
身長差からは押さえつけるコトなど不可能なのに、醍羽は地に足も着かない状態で、杜恵の動きを封じてしまったのである。
「し、しまった!」
「おたくも〈探求者〉だろう? 本来の使命を忘れて〈英知〉を独り占めにする気だったか」
「う、うるさい! ――あっ!」
杜恵につづいて、醍羽も驚嘆した。
二人の目の前に、〈守護者〉に化けていた杜恵とまったく同じ姿の、もう一人の死神が現れたのである。
「本物が出て来ちゃったね」
「ははっ!〈探求者〉が〈英知〉を発掘するためには、避けられない敵のお出ましよ!」
「わかっている。ほら、そこの鬼さん、このおねーちゃんも〈探求者(てき)〉ですよー」
醍羽は杜恵を羽交い締めにしたまま、からかうように言った。
すると〈守護者〉は、音もなく飛び上がり、宙でとんぼを切って巨大な鎌を振り下ろした。
しかしその狙いは、杜恵の背後から――明らかに醍羽を狙っていた。
「わっ!」
驚いた醍羽は、慌てて杜恵を突き飛ばし、自分も〈守護者〉の大鎌から逃れた。
地面に倒れた杜恵は立ち上がろうとするが、醍羽のほうを見てその動きが停まった。
醍羽と自分の間に、醍羽のほうを見て構える〈守護者〉が居た。
明らかに杜恵のほうが近いのに、まるで杜恵を無視しているかのようであった。
「ずるいっ、〈守護者〉、そいつが先客だぜ?」
「あははっ! やっちゃえ!」
思わず笑う杜恵。しかし何故〈守護者〉が自分を狙わないのかは判らなかったが、そんな事はどうでも良かった。
「……しかたないなぁ」
醍羽は右手に持つ槍をゆっくりと突きだした。
そして目を閉じると、醍羽の全身から煙のような光が立ち上り、やがて槍の先に集まり始めた。
〈守護者〉は始め、醍羽の動きを警戒していたが、それを隙と見なしたか、一気に飛びかかった。
すると、醍羽の槍が突然閃くと、突進する〈守護者〉の足がもつれた。
その場で踏ん張り、反対側へ飛ぶも、着地した途端、また足がもつれて今度は転んでしまった。
「暫く埋まってて」
醍羽はそう言って、光が灯る槍を床のコンクリに突き立てた。するとそこから生じた亀裂が、立ち上がろうとしていた〈守護者〉の足場を崩し、〈守護者〉は下の階へ落ちていってしまった。
杜恵はその奇怪な反撃に唖然となっていた。
「何が起こったか、知りたそうな顔だね」
醍羽に言われて、杜恵は、はっ、となった。その通りだった。
「この槍で空間を“掘った”」
「掘っ――――」
「この槍は空間を掘って歪曲させる能力がある。重力場みたいなものだ。その歪みを通ったのでバランスを失い、転んだ」
杜恵は知らないが、矢渕が放った無数のナイフが、醍羽が今のように差し向けた時にその先に集中したコトがあった。あの時も同じように空間を歪ませてその進行方向を狂わせたのだろう。
光よりも早く動く〈発掘指〉と、空間を掘る槍。
この幼い顔をした〈探求者〉の実力は、杜恵の常識を凌駕していた。
そして、自分の力では太刀打ちできない、恐るべき能力(ちから)を秘めているコトも。
「大丈夫。彼は殺しちゃいない」
醍羽はそう言って、ふっ、と微笑んだ。
すると杜恵は、杜恵は、はっ、何かに気付き、慌てて崩れ落ちた床の下を見た。
「まさか、そんな!?」
「そこまで驚くとは、あいつの正体が“彼”だとは思ってもいなかったか?――不断があんなふうだから無理もないか」
「で、でも、〈守護者〉は――」
「こういうケースもある。俺が立ち会った中ではこれで67247人目だ。もう珍しくもない」
さも当たり前のように言う醍羽を見て、杜恵は慄然となった。
「……いったい、あんた」
「経験の差と言うヤツだ。もっとも、おたくはすっかり目が眩んでいたようだがな」
「…………」
杜恵は醍羽を見つめたまま黙り込んでしまった。杜恵はこの少年の実体を掴みあぐねているようである。
自分より年下に見えるのに、遥かにこの少年のほうが、〈探求者〉としての経験が上らしいとは。
納を影ながら守って、いくつかの修羅場を経験してきた杜恵だが、こんな得体の知れない存在は初めてであった。
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