第7話
「約束?」
「ああ」
本日の授業の終わりを告げる終業のチャイムが鳴る中、買い物に付き合って、と言ってきた杜恵に、納は少し困ったふうな顔で頷いた。
「頼まれ事があってね。そう言うわけで、――ご免」
手を合わせて詫びる納を見て、杜恵は、はぁ、と残念そうに溜息を吐いた。
「仕方ないか。急に言ったコトだし。――遅くなんないでね。今日、母さん、スキヤキにする、って言っていたから」
「う、うん、判った」
納は頷き、そのまま駆け足で教室を出ていった。
その納の背を見て、杜恵はもう一度、溜息を吐いた。
その口元が閉じた時、奇妙につり上がって見えたのは気の所為か。
「よ」
屋上にやって来た納の姿を見つけた醍羽は、手を挙げて呼んだ。
屋上の端にいる醍羽を見つけた納は、辺りをぐるりと見回すが、醍羽以外、屋上には誰も居なかった。
「結界を張った。おたく以外はやって来られない」
「ふぅん」
「ところで、あの足癖の悪いうるさいねーちゃんは、ちゃんとまいてきた?」
「用がある、って言ったから」
「そう」
そう言うと、醍羽は手に持っていた槍を床に突き立てた。
コンクリの床を、まるで豆腐にでも刺すかのように槍の穂は易々と突き刺さり、そのまま静止した。
「なあ」
槍のほうに注目していた納は、不意に醍羽に訊かれて驚いた。
「なに?」
「俺の話を信じているか?」
今更のような質問である。納は信じているからこそこの場にやって来たハズである。
なのに、納は戸惑った顔で醍羽を見つめていた。
「わからない。正直、僕にも何でキミの言うことを信じているのか、わからないんだ。
でも、信じなきゃいけない、って気がするんだ。
不思議だね、本当」
「不思議、っていうと、あのおねーちゃんに対する気持ちみたいに?」
これまたいきなりな質問に、納は赤面した。
「好きなんでしょう、彼女」
「何をいきなり――ち、ちがうよ!杜恵はただの幼なじみで……」
そう答えた途端、納は胸が締め付けられた。
そんな納の微妙な変化を、醍羽はすっかり見抜いていた。
「駄目だよぉ、正直にならないと」
「…………あのぉ」
「さぁ言え」
にやにやと笑う醍羽に詰め寄られた納は、返答に窮した。
やがて納は、諦め顔で溜息を吐いた。
「……兄妹みたいに育ったからね」
「血の繋がりはないじゃないか」
「でも、ねぇ。あまり近しいと……」
「好き、なんでしょう?」
どうして醍羽は、こんなに杜恵のコトに拘るのだろうか。納は不思議で堪らなかった。
答えるべきなのだろうか。答える義務はあるのだろうか。
そんな疑問が浮かんでは消える。
醍羽という少年の前では、隠し事など出来ないのだろう。
自分だけではなく、きっと他の人もみんな。納はそう思った。確信していると言っても良いかも知れない。
「……う、うん。……ま、まぁ、可愛いし」
納は恥ずかしかった。
恥ずかしかったが、しかし、正直に答えてみると、意外とすっきりするモノだった。
正直な気持ちというモノは、こういうものなのだろう。人はつくづく嘘のつけない生き物なんだな、と納は思った。
そんな、晴れ晴れとする納を見て、醍羽は満足そうに微笑んだ。
「きっと尻に敷かれるタイプだよ、おたくは」
「おい……って、なんかキミに言われると、怒る気がしないな」
「それは、俺のコトを信じてくれているからさ」
「信じる……!」
「〈探求者〉の戦いを恐れず、その言葉を信じる。それが〈英知〉保有者の証拠だ。
そして〈探求者〉もまた、〈英知〉保有者の前では誰もが正直になる。――大丈夫だ、俺に任せろ」
醍羽は頷いてみせた。
納は、自分より年下のこの少年が、どうしてこんなに頼もしく見えるのか理解出来なかった。
だが、自分が『そういうもの』だから、と思うと、そんな不思議などどうでも良い気になった。
いったい、この醍羽という少年は何者なのだろう。
〈探求者〉という不思議な存在と言うモノだけで片づけられるとは思えなかった。今の納の疑念は、ただそれだけであった。
「醍羽くん、さ」
「何?」
「キミとは、どこかであったような気がするんだ。……その、昔」
「誰もがそう言うさ。――さて、発掘といこうか」
えっ?、と驚く納の胸に、いきなり醍羽は右手を当てた。
あろうことか、その手が納の胸の中にずぶずぶと入っていくではないか。
その右腕は、納の胴体の厚みを上回るところまで入り込んでも、その背から突き出る様子はなかった。
「こ、これは――」
「〈発掘指〉が光よりも速く動けるのは、こういうコトが出来るからだ。
〈探求者〉は、〈英知〉保有者の精神世界へ出入りが自由になる。おたくの精神の中に入らなきゃ発掘できないのさ」
唖然としている納の胸に、肘まで沈めたところで、醍羽は顔をしかめた。
「ふむ。ちょっと厄介なコトになりそうだ」
「え?な、なに!?」
「ちょっと、じっとしてて」
そう言うと、醍羽はその身体を一気に納の中に沈めた。
次の瞬間、納が我に返ると、周囲の世界は黄昏色に染まっていた。
ほんの先ほどまで、頭上に拡がる空はまだ蒼さを持っていたハズである。
一瞬にして時間が経過したのか、あるいはその間の時間が欠落したのか。納は唖然となった。
だが、直ぐ隣りに、屋上の床に突き立てていたハズの槍を持っていた醍羽が立っているコトに気付くと、納は飛んで驚いた。
「あれ? あれ?」
「ここはおたくの精神の中だ。〈探求者〉が入ると、おたく自身も内部にアクセスできるようになる」
「す、すごい……!」
「だけど」
そう言った途端、醍羽は、納の背後から槍を突き立てた。
「おたくは、贋者だ。――そうだろ?」
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