第2話
納が呆れ返った同時刻。
祭木家の広い庭に、奇妙な人影が現れた。
祭木家は、江戸時代より剣道場を営む、関東でも有数の武道の名家である。
都心から快速で30分ほど離れた新興住宅都市のほぼ中央に位置した所に邸宅があるのだが、母屋とは別に、同じ庭内に剣道場を持ち、都内の中では珍しい、大邸宅の部類に入る。
その人影が現れたのは、剣道場の直ぐ近くの茂みからであった。
今宵は新月。
雲は無いが星明かり程度ではその姿を露わにするコトは叶わない。忍び込むのにはもってこいの夜である。
だが、闇の中に灯った、侵入者の顔に当たる場所で禍々しく二つの光は、その主が人ならぬモノであるコトを物語っていた。
侵入者は、夕方、納を襲ったあの獣人である。
正確に言えば、獣に変わる前の人間の姿をしていたが、その眼差しだけは獣のそれであった。
彼は、平屋建ての母屋の、一番手前にある、庭へ抜けられる大窓の中に見える、醍羽と納の姿を苦々しく見つめていた。
「……くそう、せっかく見つけた〈英知〉を――」
「……どうする気?」
「?!」
突然背後から聞こえた、その少し甲高い声に、獣人は驚いて振り返った。
「何者だ?」
「〈探求者〉ともあろうモノが、判らないのか?」
声をかけてきた主の姿は、闇夜をして昼間と変わらぬ獣の視力を持ってしても見えなかった。
あるいは、その主は、全てが闇色なのかも知れない。
嘲笑うその声ですら、闇を吐いたような、そんな不気味さがあった。
「まさか、〈守護者〉?!」
驚く獣人はその場から凄まじいスピードで飛び退いた。
だが、そのスピードさえも凌駕する速度で、闇色の主は飛びかかった。
一陣の光が走る。
その光は姿を失った新月の代わりに三日月を地上に成し、獣人の身体を通り抜けた。
獣人の身体は、その光に一瞬にして分断され、地に落ちていった。
ところが、獣人の身体は地上に着く前に再び一つに戻っていた。そればかりか、あの獣人の姿に変身していたのである。
「貴様の得物は刀、いや、」
闇色の主が手にする得物は、唯一、光の世界を持っていた。
僅かな星明かりを受けて煌めくそれは、巨大な三日月の大鎌であった。
「……まるで死神だな」
獣人がニヤリ、と裂けた口をつり上げてみせた。
「……それでこそ〈探求者〉。……その変身能力は、本当の能力の付随か」
そういうと、〈守護者〉と呼ばれた闇色の主は、〈探求者〉と呼んだ獣人目がけて一気に突進した。
そして瞠るような超スピードで獣人の背後に回り、手にする巨大な大鎌で垂直に切り裂いた。
手応えはあった。
しかし獣人は地面に転がりながら離れると、何事もなかったかのように立ち上がってみせた。
あろう事か、その身体に傷一つ無かった。
「……タフ、というワケではないな。……高速で細胞再生を果たす能力を使い、変化するワケか」
「いかにも。しかし驚いたぞ、獣化したこの身をもってしても追いつけぬそのスピードは……」
獣人は四つん這いで身構え、警戒した。その口調には余裕がなかった。
今度は全力で迎え撃つつもりなのは明白であった。
それほどの強敵なのである、この〈守護者〉と呼ばれる主は。
「ならば」
身構える獣人に、〈守護者〉はゆっくりと大鎌を振りかざし、
「再生が追いつかない――」
そう言った途端、守護者の姿が消える。
次の瞬間、獣人はまた頭頂から垂直に分断された。
分け離れた向こう側に、大鎌を振り下ろした〈守護者〉の背が見えた。
「――速度で斬ればいいだけのコト」
区切って言ったのではない。〈守護者〉のセリフさえも追い越す速度で移動し、獣人を分断したのである。一瞬であった。
獣人は、二つに分かれた身体を両腕で押さえた。
だが、くっついた瞬間、ずるり、とずれてしまった。
そして獣人の眼がぐるり、と白目を向くと、そのまま地面に朱色を拡げて二の字に崩れ落ちた。
想像を絶する再生能力を持つ獣人を苦もなく斃した〈守護者〉は、獣人の代わりに、納の部屋のほうを睨んだ。
「あの小僧も……」
「〈探求者〉?」
「そう」
納が不思議そうに訊くと、醍羽は、こくり、と頷いた。
「なに、それ?新商売?」
「早い話が、宝探し屋。由緒ある仕事なんだぜ」
「仕事、ねぇ……」
「なんだ、その胡散臭い顔は」
憮然とする醍羽に、納は机に頬杖を突き、
「宝探しっていうとさ、ほら、一頃騒がせた徳川埋蔵金とか」
「そんな俗っぽい宝じゃない。俺が探しているのは、〈英知〉だ」
「〈英知〉?」
「そう――」
頷く醍羽が、途中でその動きを止めた。そして突然ベットから立ち上がると、いきなり庭のほうへ開く窓を開けて庭を見た。
庭の奥には、先ほど〈守護者〉に両断された獣人の死体があった。
「あ、あれはさっきの?!」
二つになったその亡骸は、納の目前で煙を立ち上らせて消えていった。
「……また、消えた」
醍羽の頭越しにそれを見た納は、唖然としながらそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます