「友屋さんの家」2/3
道屋さんの申し出は、素直にうれしかった。一緒に家を探してくれる人がいるのは心強いし、それに、道屋さんが、もうかっぱらいの件で怒っている様子がないことにもホッとした。
「すいません、道屋さん。お仕事中なのに……」
「別にかまわん。どうせ、地図の木を探すのにも町を歩き回らなきゃならんからな」
行くぞ、と、コートを翻し、道屋さんは歩き出す。友也は慌ててあとを追った。
大荷物をものともしない道屋さんの歩調は、友也など、ちょっと油断すれば置いていかれそうになるくらいに速い。さすがは旅人、といったところか。
その上、そんなふうにさっさか歩いていきながらも、道屋さんの目は、目的のものを見逃しはしない。二人で歩き始めてから五分と経たぬ間に、道屋さんは、その探し物を友也よりも先に見つけて、教えてくれた。
「あったぞ、一軒目」
そう告げられて、友也は弾かれたように振り返る。
道屋さんの、指差す先。そこに建っている家を、一目見て。
「うおっ……!」
と。友也は思わず声を上げた。
そこにあったのは、ちょっとした「お屋敷」だった。
とりあえず、家がでかい。というか、庭含めた敷地がでかい。普通の民家を三、四軒連ねたくらいの横幅がある建物と、それをゆったり余裕を持って取り囲む広い庭。しかも、それはあくまで正面から見てわかる範囲のことで、横や裏に回ってみたら、さらにどのくらい奥行きがあるのか定かではない。でも、たとえ奥行きが普通の家並みだったとしても、この横幅だけで充分想定を裏切るすごさである。
建物のデザインは、明るい色のレンガと白壁とが調和したヨーロッパ調。丸い大きなバルコニーや、八角形の塔みたいになって張り出している部分があって、豪華で凝った造りだ。玄関の横には、ちょっとした回廊のような通路まで付いていて、そこに何本かある剥き出しの白い柱は、単にのっぺりした円柱や角柱ではなく、美しい装飾が施されている。
広い庭には、瑞々しく茂る木々と色とりどりの花々。庭の真ん中には噴水があり、噴き上げられた水のしぶきが陽を浴びて、光の粒となって舞い落ちる。その噴水の周りを、クラシカルな石畳みの歩道がぐるりと取り囲んで――。
友也は、その家を見つめたまま、しばらく呆気に取られて突っ立っていた。
そんな友也をよそに、道屋さんが、大きな鉄柵の門に近づく。
上部を透かし彫りみたいにして飾られた両開きの門は、道屋さんの手で難なく開き、訪問者を受け入れた。……訪問者というか、侵入者というか。本当に、これ、大丈夫なんだろうかと、友也は不安になる。でも、道屋さんが構わず庭に入っていったので、友也も思いきってあとに続いた。
道屋さんといっしょに、歩きやすい石畳の道を渡って、噴水を迂回し、家の玄関へとたどり着く。
その扉には、確かに鍵が挿さっていた。
ぴかぴかと光る、金色の鍵。
――門からけっこう距離のあるこの玄関の、扉の鍵穴に挿さってる鍵を、道屋さんはよくもまあ見つけられたものだ。さすがは旅人! と一瞬感心した友也であったが、よく考えてみれば、視力の良さは別に旅人関係ないかもしれない。
それはともかく。
「道屋さん。この鍵……この家を、貰おうと思えば、俺が貰えるんですか? 本当に?」
「ああ。けど、まあ、ちょっと待て。中に入って、いい家かどうか、確かめないとな」
道屋さんの言葉に、友也はうなずく。確かに、住む家を選ぶなら、外観だけでなく中身もしっかりチェックしなければ。内装とかもだし、あと、トイレとか風呂とか台所とか、いろいろ気になる。
「それじゃあ……」
と。友也は玄関の扉を開けるべく、挿さりっぱなしの鍵に手を伸ばす。
が、鍵に触れる直前で、道屋さんが、友也の手首を掴んでそれを制した。
「まあ待て。家の中は、俺が見てきてやる。友屋さんは、少しここで待っててくれ」
「えっ? でも……」
友也は、怪訝に思いながら道屋さんの顔を見上げる。
家の内見なら、その家に住もうかどうかという当人が、直接中に入って見たほうがよいだろうに。付き添いの道屋さんが、自分を置いて一人で家の中を見てくる意味がわからない。というか、普通に、二人いっしょに入ればいいじゃないか。
そんな疑問を視線に乗せて、不満を露わに道屋さんを見つめる。
すると、道屋さんは、
「友屋さんがこの家の中に入ったら、その時点で入居決定だ。そしたらもう、友屋さんが他の家の鍵を使うことはできなくなる。これが『当たり』の家なら問題ないが……いったんこの家に入っちまったら、あとで、やっぱり別の家がいい、ってなっても、もう鞍替えは利かないからな。他の家もひと通り回ってから、どれにするか決めたほうがいいだろう」
述べられたその理由は、例によって謎のローカルルールだった。
まあ、この町では「そういうもの」だというなら、仕方がないけれど。――いや、でも。
「それなら、道屋さんだって、家の中には入れないんじゃ? っていうか、道屋さんが入っちゃったら、この家と鍵、俺じゃなくて、道屋さんが手に入れることに――」
「心配いらない」
友也の不安をなだめるように、道屋さんは微笑した。
「俺は、旅人だからな」
それだけ言って、道屋さんは、玄関の扉に向き直り、金色の鍵に手を掛けた。
鍵穴に挿さったその鍵を、さらに深くまで差し込んで、カチリと回す。
そうして扉を開けた道屋さんは、友也に軽く手を振ってから、家の中に入って、扉を閉めた。
「……旅人、かあ」
一人玄関の外に残された友也は、閉ざされた扉を見つめて、ぽつりと呟く。なんだかよくわからないけど、旅人って、そういうものなんだろうか。この町では。
ともあれ、道屋さんが戻ってくるまでの間、友也は何もやることがない。
どうしよう。これだけ広い家の内見となると、それなりに時間も掛かるだろうし。ただ待ってるのも暇だから、自分も、見られるとこは見ておこうかな。家の中には入れなくても、外から建物を見たり、この広い庭をぐるっと回ってきたりして――。
と、そんなことを考えて、友也がその場から動こうとしたとき。
がちゃり、と玄関の扉が開き、道屋さんが再び姿を現した。
「あれっ!? 道屋さん、早かったですね。もう、中、見終わったんですか?」
驚いて尋ねる友也に、道屋さんはうなずく。
「俺も仕事があるからな。そうそう時間を掛けて見てもいられん。重要な部分だけ、さっと確認してきたんだが。――もっと、ちゃんと念入りに調べたほうがいいか?」
「あ、いえ。大丈夫です、ありがとうございます!」
友也は、慌てて首を横に振った。道屋さんにはただでさえ迷惑を掛けてしまったのに、この上、やたらと時間を取らせてお仕事の邪魔をするわけにはいかない。家なんて、住めればいいんだ住めれば。どうせタダで手に入る家の話なんだから。
「それで……どうでした? この家は」
友也が尋ねると、道屋さんは、うーんと唸って眉間に皺を寄せた。
「イマイチ……だな。これなら、もっと別の家を探したほうがいいだろう」
「そ……うですか」
道屋さんの答えに、友也はちょっとがっかりする。タダなんだから住めりゃあそれでいい、とはいっても。こんな家に住めたら素敵なのになあ、という憧れだって、あるにはあった。残念だ。この家、外から見たらすごく「いい家」なのに。いったい、何がそんなにダメだったというのだろう。
「さあ、友屋さん」
カチリ、と、道屋さんは、扉を閉めた玄関に鍵を掛ける。そして、鍵穴に挿さった金色の鍵はそのままに、扉から離れ、友也の肩をポンと叩いて歩き出した。
「次の家を探しに行こう」
「あ、はい……」
促された友也は、少し後ろ髪を引かれつつも、道屋さんに付いていく。
(もったいないなあ。こんな大きくて立派な家が、空き家だなんて。この家だったら、住む上で多少の不便や問題があったって、俺は別にかまわないんだけど……)
門を出たところで、ちらりと家を振り返って、友也はそんなことを思う。
でも、まあ、家は大きけりゃいいってもんでもないし。明らかに一人暮らし用の規模ではない家を手に入れても、掃除とか大変で、持て余してしまうだろう。
それに、道屋さんの言うとおり、どの家に住むかは、他の家もひと通り見て回ってから決めればいいことだ。
そう気持ちを切り替えて、友也は再び道屋さんと共に、鍵の挿さった家を探し始めた。
「あったぞ、二軒目」
それを見つけたのは、またしても道屋さんのほうだった。
道屋さんが指差したその家を見て、友也は「おお……」と声を漏らした。
その家は、一軒目のように大きくもないし、豪華でもなかったけれど、建物の形や色遣いがシンプルかつ洗練されており、なかなかカッコいいデザインのものであった。モダン、っていうんだろうか、こういうタイプの住宅は。外壁は濃いグレーと白とのツートンカラーで、屋根は片流れ。建物全体の形が、直方体の上部を斜めに切り取った残り、みたいな感じになっている。数学の授業で、こういう立体の体積とか表面積とか、求めさせられた覚えがある。
うん、いいじゃないか。こんな家も、ちょっと個性的で憧れる。
わくわくしながら、友也は道屋さんといっしょに、その家の玄関の扉に近づいた。
扉の鍵穴には、がっしりとした銀色の鍵が挿さっていた。
「じゃあ、道屋さん。ここも、お願いできますか?」
「ああ」
道屋さんはうなずいて、銀色に光る鍵を回し、扉を開ける。
この家の玄関の入口は、さっきの家のものよりいくらか狭く、道屋さんは、大荷物を自分の体ごとねじ込むようにして中に入った。
一軒目の家からここへ移動する間に、道屋さんの荷物はさらに増えていた。道中でたくさんの地図の木を見つけて、その種を大量に収穫したからだ。地図の種は、さほど重いものではないとはいえ、それを入れた袋はけっこうかさばる。でも、「持ちましょうか」と友也が言っても、道屋さんは決して荷物を預けてはくれなかった。そうやって用心されるだけのことをしてしまったのだから、仕方ないことではあるんだけど、少々胸が痛い。
(でも、道屋さん、なんだかんだで優しいよな。こうして家探しも手伝ってくれて……。怒ると怖いけど。頼りになる大人、って感じだ)
といっても、道屋さんの歳自体は、たぶん、友也とそれほど変わらないだろうが。
道屋さんが、年齢の割に貫禄や迫力を持っているのは、それも「旅人」だからなんだろうか。いろんな場所を旅して、いろんな人に出会って、普通の人より人生経験が豊富だから、とか。そんな背景があるのかもしれない。
……などということを考えているうちに、道屋さんが戻ってきた。
道屋さんは、友也と目が合うなり、無言で首を横に振ってみせた。
「あ……。ダメでしたか、ここも」
「うん。良くはないな。次の家を探してみよう」
友也は、また肩を落とす。せっかくカッコいい家だったのに。
(道屋さんは、家の中の、どんなとこを見て「いい家」とか「ダメな家」とか、判断してるんだろうなあ……)
そのことが、気にはなるのだが。でも、それを尋ねるのは、なんだか道屋さんを信用していないみたいで。尋ね方によっては感じ悪く聞こえてしまうかもしれない、とか思うと、どうにもためらってしまう。道屋さんとは一回気まずくなっちゃっているから、なおさらだ。
(……道屋さん。……信用、して……いいんだよね……?)
ふと湧いた、そんな不安を、友也は慌てて振り払う。
行くぞ、と、道屋さんに促され。
友也は、ひとまず余計なことを考えるのはやめて、次の家を探すことにした。
三軒目にして、友也はようやく「鍵の挿さった家」を、道屋さんよりも先に見つけることができた。
「あったあ!」
と、思わずはしゃいだ声を上げて、無駄に勢いよく、友也はその家を指差した。
しかし、テンションが上がったのは、ほんの一瞬のこと。
三軒目のその家は、道屋さんが見つけてくれた前の二軒に比べて、なんというか――。あまりにも変哲のない、個性や面白みに欠けた、ひどく「普通」の家だったのだ。
大きな家というわけでもなく、かといって、小さいというほどでもない。建物の形状も特に変わったところはなくて、外壁は、全体的にウエハースみたいな当たり障りのない色に塗られている。建物の周りは、どこにでもあるような灰色のブロック塀で囲まれており、建物と塀との間には、庭とも呼べないような細長い空間があるだけだ。
一軒目の家は、効果音を付けるとしたら「どーん!」という感じで、二軒目の家は「バン!」という感じだったけれど、三軒目のこの家には、効果音とかそういうのは、だいぶがんばってみても付けられそうにない。だって、せいぜい背景、ってくらいの存在感しかないんだもの。
まあ、悪くはない。ほんと、普通なのだ。ごく普通。
玄関に歩み寄ると、扉の鍵穴には、これまた変哲のない、鉛色の鍵が挿さっていた。
その鍵を回しながら、道屋さんは言った。
「じゃあ、見てくるか。たぶん、この家で最後になると思うが」
「えっ。そうなんですか?」
「ああ。鍵の挿さった家が見つかるのは、たいてい、一日三軒までだから」
三軒……。案外、選択肢が少ない。
しかも、前の二軒に関しては、すでに良くない家だと判断が下されている。友也は一気に不安になった。果たして、三軒目のこの家を、道屋さんはどう評価するだろう。
祈るような気持ちで、友也は、家の中に入っていく道屋さんを見送った。
そのままドキドキしながら、道屋さんが戻ってくるのを待つ。
ほどなくして、再びガチャリ、と扉が開く音。
友也は、一つ呼吸を置いてから、ゆっくりと顔を上げて振り向いた。
出てきた道屋さんと、顔を見合わせる。
次の瞬間、道屋さんは、その顔にニッと笑みを浮かべた。
「友屋さん。この家は、なかなかいいぞ! 今夜の屋根が欲しいなら、ここに決めちまえ!」
力強くそう言われて、友也はびっくりした。
意外である。大きく豪華なヨーロッパ調の一軒目にも、シンプルモダンでカッコよかった二軒目にも、道屋さんは、すげなくあっさり厳しい評価を下したというのに。一見、取り立てて見るべきところもなさそうなこの三軒目が、中に入ってみれば、道屋さん的にはそんなに好感触な家だったのか。
「どうする、友屋さん」
と、道屋さんは尋ねる。
「今言ったように、鍵の挿さった家はたいてい、一日に三軒までしか見つからない。日を改めて探せば、今日とはまた別の家も見つかるが……。今日中に自分の家を手に入れたいなら、これまで見つけた三軒の中から、どれにするか選べよ。俺は、この家を勧めるがな」
「…………えーっと……」
うつむいて、友也は口ごもる。
そんなはっきりお勧めを主張されては、他の家にしたいとも言いづらい。
そりゃあ、別にいいんだけど。普通のこの家で。道屋さんが良くないと評価した家をわざわざ選ぶのは、そっちのほうが不安だし。
「……じゃ。……この家にします」
結局。流されるままに、友也はそう口にした。
ともあれ、まあ、よかった。
これで、今夜の宿が――いや、今夜だけでなく。これから先も、この町にいる間、いつでも帰って眠れる自分の居場所が、こうして見つかったのだから。
友也は、ふうっと肩の力を抜いて、道屋さんを見上げた。
「どうも、ありがとうございました。家探し、道屋さんに手伝ってもらって、助かりました!」
「いや、なに。どういたしまして」
礼を受け、道屋さんは、友也に笑みを返す。
そして、鉛色の鍵を鍵穴から抜くと、道屋さんは、それを友也に手渡して言った。
「友屋さん。この町で、自分の家が見つかったんだから、もう、帰ることを焦るなよ。駅長さんにも、きっとそのうち出会える――。帰りの電車が来る前に、きっと、切符は手に入るさ」
「……道屋さん」
率直に元気づけられて、じぃん、と胸の奥が熱くなった。
「ありがとうございます」
もう一度、そう礼を述べて。友也は、手の中の鍵を、ぎゅっと握りしめた。
その鍵を、友也は、今度は自分の手で、玄関の扉の鍵穴に差し込む。
鍵を奥まで押し込んで、カチリ、と回す。
(この家が……この町での、俺の家――……)
ごくりと唾を飲み込んで、友也は、扉を開けた。
電気の点いていない、薄暗い家の中に、外からの光が差し込む。
その光が照らし出したのは、やっぱり、どう見ても平凡極まりない、どこにでもありそうな民家の屋内だった。
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