かコよヶ駅の年月表

ジュウジロウ

プロローグ

「かコよヶ駅前町」って、こんな町。

「おかしな町と友屋さん」

 ――えっ。はい、なんでしょう。

 ――ええ。一応、この町の者ですけど。

 あなたは……?


 ――迷子? そっか。道理で……。あ、いや。見かけない顔だなあ、と。

 ――うーん。帰り道、ねえ。それは、ちょっと……俺には、わからないかなあ。

 ――えっと。ここは、「かコよヶ駅前町」っていう町ですよ。

 ――ははっ、でしょうねー。まあ、聞いたことなくて当然ですよ。

 ――え。なんでって。……そりゃあ。


 ――えっ、ええ。駅は、近くにあるっちゃありますけど。駅前町、ですから。

 あの。ちょっとお尋ねしますが、あなた、どうやってここまで来たんですか?

 ――歩き、かあ。それなら、電車はたぶん、やめといたほうがいい、かな。

 あの駅――かコよヶ駅の電車、本数が少ないから。歩いて来たんなら、また歩いて帰ったほうが、きっと、ずっと早いですよ。


 俺なんて、電車で来たばっかりに……。

 ――あ、いや。こっちの話。


 ところで……。

 自己紹介が、まだでしたね。

 えーと。俺は、友屋さん、っていう者です。

 この名のとおり、「友達」を商ってる、行商なんです。よろしく。


 い、いや。そんな、露骨に手え引っ込めなくなって……。

 えっと、ですからね。

 俺は、「友達」を売る「友屋さん」ですから。

 もし、あなたが俺から「友達」を買ってくれるっていうなら。

 俺は、あなたの「友達」として、あなたが家に帰れるよう、手助けしますよ。


 ……どうします?

 ――はい、どうも。まいどありー。


 んーと、それじゃあ。

 とりあえず。歩いて帰るっていうことならね。

 たぶん、君は、これから「帰り道」を買わなきゃならない。

 ――うん、売ってるよ。お店っていうか、その人も、行商さんだけど。

 道屋さん、て人。

 その人を見つけて、帰り道を売ってもらえば、きっと家に帰れるよ。

 じゃあ、これから一緒に、道屋さんを探しに行こっか。


     ・・・


 あ、こんにちは。

 ――ああ、この人ね。迷子らしくってさ。

 それで、今、道屋さんのこと探してるんだけど。どこにいるか、知らない?

 ――うん。その情報だと、「この道以外のどこか」ってことしかわかんないね。広大な範囲だね……。いや、仕方ないけどさ。

 ――うん、そうするよ。これから、しばらく歩き回って、いろんな人に聞いて回ってみる。

 それじゃあ。



 ――ん? 今の男の人?

 今のはねー。友屋さんの、初めてのお客さん。

 俺がこの町に来て、いちばん最初に「友達」を売った相手なんだ。

 見てのとおり、あの人は、磔の刑に処されてて、あそこから一歩も動けないからねえ。


 ――うん。俺が出会ったときから、ずっと。いつもああして、道端に磔にされてるんだよ。長い長い刑期の途中なんだ。そういう境遇に置かれてる人だから、道屋さんが今どこにいるかなんて、まあ、知らなくて当然だろうな。


 ――う、うん。でもまあ、もしかしたらと思って、さ。

 ごめんごめん。今度は、ちゃんと、知ってそうな人に聞いてみるから。


     ・・・


 あ。うすら猫。

 ほら、あれだよ。あそこを歩いてる、うっすら猫に似た感じの生き物。

 ――かわいい? そっかな……。


 あ、だめだよ、追いかけちゃ。

 うすら猫に付いていくと、何もかも薄い色をした世界に迷い込んだり、何もかも紙みたいに薄っぺらい世界に迷い込んだり、しちゃうからね。

 あ、ほら、あんな薄くて狭い隙間の中に入ってった……。


     ・・・


 ――あっ……。ど、どうも、こんにちは……。

 ――え、えっと。この人は、あの、迷子らしくって。

 それで、今、道屋さんのこと探してるんですけど……見かけませんでしたか?

 ――いや、96日前のこと言われても。現在位置、現在位置!

 ――そうですか……。あ。じゃあ、もし見かけたら、教えてもらえますかね?

 それじゃあ……。



 ふう~、びっくりした。あの人にいきなり声かけられると、寿命が縮むよ……。

 ――ん? 今の人?

 今のはねえ……おまわりさん……かなあ?……たぶん。


 ――まあ、いいじゃないか。全身黒づくめの超ロングコートのおまわりさんがいたってさ。

 ――そうだねえ。俺らが着たら、確実に頭のてっぺんまで埋まって余るねえ、あのコート。

 ――ああ、大丈夫大丈夫。見た目はあんなだけど、別に、怖い人じゃあないから。ほんとだよ。うん。ほんとほんと。


 そりゃあ、まあ。……俺も以前、ゴミのポイ捨て禁止の規則に違反して、あやうく刑期39年の逆さ吊りの刑に、処されかけたけどさ。

 ……いや。でも、この町の規則を破りさえしなきゃ、大丈夫だから!


     ・・・


 あ。こんなところに、アカカマド。

 ほら、あれだよ、あれ。あの、赤い実のなってる木。

 あの木をたきぎにして火を焚くと、どんなにしけったカマドや焚火でも、あっという間に火がついて、すっごくよく燃えるんだ。

 ただ……。


 アカカマドで焚いた火に掛けると、りんごのジャムはいちごジャムになっちゃうし、ホワイトシチューはトマトスープになっちゃうし、日本酒の熱燗は、赤いホットワインになっちゃうけどね。


     ・・・


 ほら、見てごらん。美術館だよ。

 ――えっと、そうだねえ。ここに展示してあるのは……。

 俺が、前入ったときには、いろんな壺があったよ。

 『笑いの壺』とか『泣きの壺』とか『怒りの壺』とか。


 笑いの壺にはまるのは、けっこう楽しいもんだよ。泣きの壺や怒りの壺にはまるのも、それはそれで、なかなかストレス解消になるしね。


 今日、壺があるかどうかは、わかんないけど。どう? 入ってみる?

 ――そう。そんじゃ、まあ、道屋さんを探そうか。


     ・・・


 あっ。こんにちはー!

 あのー、今、この迷子の人と、道屋さんを探してるんですけど!

 どこかで、見かけませんでしたか?

 あっ。向こうですか? あっちのほうに、いたんですね?

 どうも、ありがとうございまーす!

 それじゃー!



 いやあ、よかったねえ、手掛かりが聞けて。

 ――え? 君、知ってるの? 今の女の人。

 ――うん。あの人は、いつも、あんなふうに、二階の窓辺にいるよ。あ、三階とか、四階のこともあるけど。


 ――ん?

 ――ああ、そういう意味か。階数じゃなくて、家ね。


 そうだなあ。あの人の場合、普段どの家にいる、ってことは、言えないんだよね。この町を歩いてると、行く先々の家の窓辺で、あの人の姿を見たりすることもあるよ。

 うん、だから。君が、ずうっと向こうのほうで見た女の人と、さっきの女の人は、おんなじ人だよ。

 君が向こうで見た人も、窓辺にいて、こっちが話しかけても、一言も喋らなかったろ?


 ――いや。ぜんぜん喋らないってことは、ないんだけどさ。

 あの人は、何があっても家の中から出てこない人でね。家の敷地の外にいる相手には、絶対に口を開かない人なんだ。

 あの人が喋るのは、家にお客さんを招いたときだけ。それでもまあ、無口に変わりはないけどね。

 あの人が、「いらっしゃい」「どうぞ」「召し上がれ」「また来てね」以外の言葉を喋ってるの、聞いたことないもの。

 

     ・・・


 あっ。ちょっと、こっち来て! 隠れて隠れて!

 ……じっとしててよ。あいつが通り過ぎるまで……。


 ……ふう。行ったか。

 ――ああ。さっきのはね、たまにこの町に飛んでくる、大鴉おおがらす

 ――うん。そうなんだ。あいつは、ときどき、この町の人を……。

 ――いや、そこまで怖がることも、ないかもだけどさ。

 今まで、あの大鴉に食べられた人はいても、あの大鴉に食べられて死んだ人は、一人もいないらしいから。


    ・・・


 ――……。

 ほんとだ。何か、気配がするな。

 周りには誰もいないみたいだし……人以外のものも、いるようにはないけど。

 あっ、さては。

 気配屋さんが、気配を落としていったんだな、きっと。

 あとで気配屋さんに会ったら、教えといてあげなくちゃ。


     ・・・


 あ、こんにちは。今日は、それなりにいいお天気ですね。

 ――ええ、そうです。迷子なんです、この人。

 ――そうですそうです。道屋さんのこと、探してるところなんです。

 居場所、わかりますかね?

 ――はい、はい。それで。

 ――うん……うん……。

 ――はい。それから……?

 あっ……!



 ああー、残念。最後まで道を聞く前に、消えちゃった。

 ――あ。びっくりした? やっぱり。

 はは。気にしない、気にしない。

 さっきの男の人は、あんなふうに、話の途中で消えちゃうことが、よくあるんだよ。

 影の中にしかいることができなくて、日が陰ったりして影がなくなると、体が消えちゃうんだ。そういう体質の人だから。

 もっと天気のいい日だったら、よかったんだけどねー。


 ま、とりあえず、途中までだけど、詳しく道が聞けたから。

 行ってみようか。


    ・・・


 ほら、見てごらん。この建物は、時計塔なんだよ。

 ずーっと見上げるとさ。ね、文字盤があるだろ?

 真夜中の十二時になると、この時計塔の鐘が、リンゴ―ン、って鳴るんだ。

 そういえば、以前、この時計塔の時計が、壊れて止まっちゃったことがあってさ。


 あのときは大変だったなあ。

 夜中に時計が止まっちゃったから。

 町中、いつまでたっても夜が明けなくて。


 町の住民が、みんなで時計塔の中に入って、どうにかこうにか修理して。なんとか元通り、時計は動き出したんだけどね。


    ・・・


 ――ん?

 あ、ほんとだ。聞こえるね。行商さんの呼び声だ。

 ――いや。聞き間違いじゃないよ。

「金魚いらんかねー」じゃなくて、「人魚いらんかねー」で、合ってるよ。

 あの人は、人魚屋さんだから。


     ・・・


 ほら、見てごらん。大きな川だろ。

 ――うん、確かに。今日は川に霧が立ち込めてて、向こう岸が見えないんだけどさ。でも、霧のない日だって、同じなんだなあ、これが。


 ――そうだよ。橋だよ、この地面。

 川も大きけりゃ、橋も大きいね。この川に架かってる橋は、これ一つだけ。川上に行っても、川下に行っても、どこまで行っても、これ以外の橋はないんだ。


 ――さあ。どこにたどり着くんだろうね。俺は、この橋の向こうには行ったことがないし、橋を渡った人の話も聞いたことがないから、わからない。

 ただ、この橋が、すっごく長い橋だってことだけは、知ってるよ。

 なんでも、この橋を渡り切るのに、歩いて五年はかかるそうだ。

 そんな橋だから、この橋の上に家を建てたり、店を持ったりして暮らしてる人たちが、たくさんいるんだって。橋の上に、いくつもの町があるんだって。

 橋を渡ってる途中で、橋の上で暮らしてる人と恋に落ちて、その人と結婚して、そのまま橋の上に住み着いて、そこで一生を終える人とかも、いるらしい。


 早く家に帰りたいのなら、間違っても、この橋渡ろうとか思っちゃ、だめだよ。


     ・・・


 ん? 今の声は……。

 ――あ、俺か。はーいはーい、聞こえてますよー。こんにちは!

 ――えっ、ほんとですか?

 ――ふんふん。えーと、じゃあ、この先の道を、右に曲がってずっと進んでけば、いいんですね?

 ――はい、わかりました。

 どうも、ありがとう!



 ああ、よかった。これで、道屋さんのところにたどり着けそうだよ。

 ――ん? 今の声?

 えっとね。あそこにさ、山があるだろ? わかるかな。

 ――そうそう。あの、遠くに見える山だよ。


 さっきの声の人は、あの山の上から、話しかけてきたんだよ。あそこから、この町まで声が届くくらい、声の大きな人なんだ。

 でもって、あの山の上から、この町にいる人たちの話し声が聞こえるくらい、耳のいい人なんだ。


 ――いや、知らないなあ、どんな人かは。

 だって、いつもあの山にいるからね。

 あの人は、地声が大きすぎて、近くで話をしようものなら、その声の大きさに、話し相手がぶっ倒れちゃうような人だから。そのせいで、人里で暮らすことができないんだってさ。

 だから、声を聞いたことはあるけど、この町の誰も、あの人の姿を見たことはないよ。


 さて、それじゃあ。

 道屋さんは、この先の道で、記憶屋さんと立ち話してる、ってことだから。

 二人がどっか行っちゃわないうちに、急ごう!


     ・・・


 ――ん? 何?

 ――ああ。

 帰り道の値段、か。そうだねえ。言っておくけど、高いと思うよ。

 いろいろある道の中でも、「道に迷ったときの帰り道」って、特に高価なんだって。


 ――そうだねえ、前、俺が聞いた相場では……。

 ――ははは、だろうね! そりゃ、普通、持ち歩いてないわなあ、そんな大金。第一、現金じゃ財布に入らないしな。


 でも、大丈夫。

 手持ちがないなら、この町で、君の持ち物を売って、お金に換えればいい。


 ――心配いらないよ。

 この町にやって来た人なら、誰でも持っていて、とっても高く売れるものが、一つだけあるからね。


『君がこの町で過ごした記憶』


 それを、記憶屋さんに、買い取ってもらうんだ。

 そうして手に入れたお金で、君は、帰り道を買えばいい。


     ・・・


 こんにちは。道屋さん、記憶屋さん。

 ――ええ。

 この人、迷子なんです。

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