未来の魔法使いたち 4

 そして、放課後。教室内の生徒は三々五々互いに互いを知らない状態なので手探り状態で会話をしようとしていた。

「やれやれ、終わったか」

 机に倒れ込んでぐったりとする。不慮の出来事によって疲れがどっと出た。もちろん、自業自得だということは理解している。

「おつかれさまー。いやー、入学式早々災難だったね」

 ケイがタクヤの隣から顔をのぞきこんで話しかけてくる。今日のホームルームも彼女のおかげで乗り越えることができた。だから、タクヤは感謝の気持ちを抱いていた。

「ありがとうな、仲本。助かった」

「いやいや。無事に終わってよかったよ。大変だったねー。……でも、大変なのはこれからかも」

「? どういうことだ?」

 タクヤがそう尋ねると、そうか知らないのか、という顔でにまりと彼女は笑う。それに対してまた疑問符が浮かぶ。

「高校生活の醍醐味、青春といえば何か! さぁ、分かるかな、相沢タクヤくん!」

 突然の上から目線にタクヤはたじろぐ。うーんと思案するがすぐに思いつかない。

「えーと……学食?」

「この、食いしん坊ちゃんが!!」

 食いしん坊ちゃんってなんだろうかとさらなる疑問が出るが、ここで突っ込んだらだめなのだろう。

「高校生と言ったら部活動でしょ、部活動。青春の象徴だよ」

「あー……なるほど」

 タクヤは部活動のことなど頭の中にまったくなかった。彼はこの学校はキャリアパスだと思っていたので、そういった思案はあまりなかったのだ。そうこぼすと、仲本ケイは若干引きつった表情をしていた。

「……相沢くん……君のその目的に対して実直なことは尊敬に値するけど、そこまで行くと、なんか怖いんだけど……」

「え……! そ、そうか?」

 タクヤはちょっと気味悪がられているのを察し少し慌てる。

「まぁまぁ、とにかく、そんな華の高校生活に無頓着な相沢くんも大丈夫! この学校の伝統の一つに部活動勧誘大会があるからね」

「部活動勧誘?」

「そう。ほらほら、窓の外見てみて」

 タクヤは外を見ると、わらわらと人だかりができている。それぞれユニフォーム、白衣、中には関係のないコスプレのようなものをしている人たちもいる。

「すごいでしょ? 毎年、ここの部活動勧誘は凄まじいって有名なんだよ。とりあえず、下に行ってみよう! 相沢くんも興味湧く部活動がきっと出てくると思うから」

 そう言って、ケイは手ぶらのまま、教室へと出る。タクヤは慌てて彼女についていった。

 下へ降りると上で見るよりもより多くの人だかりを感じた。基本的に一年生は制服。上級生はそれぞれの正装でブースを出し勧誘をしている。タクヤはそんな光景にへぇと簡単の声を漏らす。

「すごいな……。こんな力入れてるんだ」

「ね。ただ特別な学校ってだけじゃないんだよ? こうやって生徒たちも活力的に部活動に取り組んでるんだよ。ちゃんと知っておいてよー」

 華の高校生なんだから、と笑いながら付け足すケイに対してタクヤは苦笑いをする。

 すると、タクヤたちを見た上級生たちがまるで獲物を見つけた獣のようにわらわらと彼らのもとに寄ってくる。「どう、サッカー部入らない? 僕たちと一緒にボールと友達になろう!」「いやいや、バスケ部に入ってくれ!影が薄くても活躍できるから!」「囲碁将棋部に入って神の一手を!」……。様々な人が一気に押しかけ声をかけてきて、タクヤは混乱してしまう。

「あはは、すみませーん、もうちょっとゆっくり考えるので、通してくださーい」

 ケイはそう言って、たじろいでるタクヤの手を引っ張って人ごみから抜ける。タクヤは授業のぐったり感にさらに追い討ちをかけられたようだった。

「だ、大丈夫、相沢くん?」

「あぁ……まぁ平気だよ……」

 その人だかりから少し離れたところで、勧誘の様子を見ることにした。それにしてもすごい人だかりだった。

「やれやれ……これじゃあ身がもたないな……」

「まぁ慣れてないと疲れちゃうよねー。私はこういうお祭り的な感じ好きなんだけどね」

 そう言って、ケイは周りを見渡している。なるほど、お祭りと考えればある意味楽しいものなのかもしれない。そういうイベントは華の高校生にとっては重要なのだろうな、と一人納得していた。

 そんなことを考えていると、目の前に白いユニフォームの集団がわらわらとビラを配っていることに気がつく。どうやら野球部のようだった。

「お。君も一年生か。どうだい。よかったら、野球部に入らない? 魔法特化の勉強だけの学校だって思われるのも癪だろ? 一緒に甲子園目指そうぜ」

 そういって、ユニフォームを着て野球のボールを持った一人の上級生が、一人の新入生に話しかけているのが眼に入ってくる。笑顔を作りチラシを持って非常に印象よく勧誘していた。対して話しかけられている新入生の方はというと、何も聞こえていないといった素振りで本を読んでそれをスルーしている。明らかにその勧誘を鬱陶しく思っている様子だった。

「あ、……きょ、興味ないかな……ははは……」

 それを察したのか、勧誘をしていた男子生徒も苦笑いを浮かべてしまう。そんなこともおかまいなしに、彼はスタスタと歩を進めていっていた。

 すると、近くにいた同じ野球部の部員が、止めとけ、と制した。

「いいんだよ。どうせ、あんなひょろっこいガリ勉、運動なんて出来ないんだから勧誘しなくても。どうせ、どっかの文化系の部活に入るって」

 そう言った部員はへらへらと彼をバカにするかのように笑っていた。すると、それに気づいた、新入生はぴたりと歩みを止める。

「すいません、そこのアナタ。何やら不快な言葉が聞こえたのですが、気のせいですか」

 唐突に、今まで黙っていた新入生の男子生徒が口を開く。

「ああん? 急になんだよ。ずっとシカトしてたのに、図星言い当てられて怒ったのか?」

 周りの人たちも少しその場だけ雰囲気が違うことに気づき、そちらに注目し始める。

「ねぇ、あれ大丈夫かなぁ……。変な騒ぎにならないよね……?」

 隣のケイが心配そうな声でこちらに訪ねてくる。魔法を使うことは特に問題はないが、ただ暴力をふるったり傷害などを起こしたりした場合は即退学だ。

 新入生は野球部の方に視線を向けて

「あなた、目が悪いですね」

「は?」

「だから、目が悪いと言ってるんですよ。もっと、目をよくした方がいい。そう、眼鏡でもかければ、目もよくなるし、その汚い顔も少しは隠せるんじゃないですか。あくまで少しですけど」

 周りでは失笑している生徒も中にはいる。そのことによって、余計、野球部員の怒りを買うことになってしまう。

「おい、安藤、そのボール貸せ」

 額に青筋をたてながら、先ほどのもう一人の部員に言う。

「お、おい、止めとけって。教師に見つかったらどうするんだよ」

「知ったことかよ!」

 無理矢理にボールを奪い、大きなモーションでその新入生に向かってボールを投げようとする。周りから「危ない」「やべぇぞ」といった悲鳴がわき上がる。

 まずい。

 タクヤも直感的にそう思い、意識をその男子部員の方に向ける。このままではあの男子生徒の身に危険が及ぶ。

 だが、視界にたまたま入ってきたその新入生の表情には恐怖や焦燥はなく、どこか余裕すら見受けられた。

 そして野球部の男があらんばかりの力を込めてボールを投げる。勢いよく向かっていくそれを、やはりまったく動じていない。

「無能が」

 ボールが彼のもとへと到達する直前。そこで突如、軽い地響きがしたかと思うと、地面が盛り上がる。そして、およそ二メートルほどの土の壁が現れる。

 ボールはそれにぶつかると、勢いを殺され、転々と地面に転がってしまった。

(……これは、結界?)

 完全無詠唱による魔法発動には特殊な手順が必要だ。勿論、自分の意志だけで魔法を発動できてしまう者も中にはいる。だが、それは非常に稀なケースだ。大概何かしらの準備を経て行うものとなっている。「詠唱を行わない」ということは過程をすっとばすのではなく、あらかじめその過程を用意しておいて、「詠唱を行わない(ように見せる)」と言えるだろう。

 そこで彼の今回の魔法行使で考えられるのは――結界。魔法、つまり精霊行使を詠唱(スペル)ではなく、記述によって行う。

 といっても、高校生だとまだまだ行える者が少ないのが現状だが。

「くそったれ!! こんな小細工仕掛けてやがったのか……! そっちがその気ならこっちも本気で行くぞ!」

 男がポケットからデバイスを取り出す。野球部の男子部員も、どうやら魔法を行使するようだ。タクヤは少し様子を見る為に間合いを取り、身構える。いつこちらに飛び火してくるかわからないからだ。

 土の壁は大きく、あの新入生の姿もこちら側では見えない。あの壁もいつまでも出現しているわけではない。それが崩れる瞬間が勝負の時。同じことを上級生も思っていたのであろう、スペルを読み上げ始める。

 基本的な攻撃魔法、「魔法の飛礫」。魔力を込めた弾丸のようなものだ。しかしその数は十、二十、三十……いや、それ以上。魔力で出来た飛礫が次々と形成されていく。この数になるとそれなりに高度な魔法と言えるだろう。

 ぱらぱらという音がし、徐々に土の壁が崩れ始めるのが分かる。おそらく、崩壊までは時間の問題だろう。その瞬間を男子生徒は待っている。その間に、すでに上級生の方の準備は完了していた。まだかまだかという獲物を待つ獣のような顔を見せながら。

「さて、そろそろか……」

 そして、緩やかな崩壊を見せていた土の壁が一斉に崩壊する。時間切れだ。

「放て」

 その瞬間、停滞されていた「魔法の飛礫」が一斉に放たれる。スピードとしては先ほど投げたボールと変わらない。

 その魔法行使に野次馬の新入生たちは驚きの表情を見せている。無理もない。魔法をきちんと学んでいるものでなければ魔法のこのような行使はできない。だから滅多にこの規模の魔法を見ないはずだ。故に、今度こそあの新入生がやられてしまうとほとんどの者が思っている。

 だが、タクヤは先ほどの魔術行使で確信していた。

 あの新入生はこの上級生よりも手練だと。

「――flammeum gladium(フラミウム・グラデイウム)」

 飛礫が放たれる前、土が崩れる音と共に聞こえたのは、一人の男の声だった。

 日本語でも英語でもない。おそらく、ラテン語。本来、精霊との対話はデバイスという媒介が翻訳してくれるものだから、日本語でも魔法を行使できる。一般的に日本人は日本語を、アメリカ人は英語を使うことがほとんどだ。だが、日本語で生み出される魔法と英語で生み出される魔法は、同じ系統の魔法でも微妙に変わってくる。それは翻訳をしてもぬぐい去れないような「ニュアンス」という差異が影響するからだと言われている。

 だから、使う言葉によって、魔法の効力は変わってくる。

 特に、ラテン語は精霊との対話が古くからなされてきたと言われている。つまり、精霊との意思疎通をとりやすい言語なのだ。だから、ラテン語はより高度な魔力行使を行うことが出来、なにより既存の魔法式(スペル)が多く残されている。無論、ただその呪文を唱えればいいというわけではない。その言葉を使って意思疎通するためにはそれなりのコンテクストを知ったりと、相当な手間がかかる。ゆえに使いこなすには相当な訓練が必要だ。

 彼が使っているのは、ラテン語で編まれた古代術式(エンシェント・スペル)。魔法を長らく学んでいる者でもそうは習得できない魔法式である。

 詠唱が完了すると彼の手に三メートルほどの炎の大剣が現れ、それを握った。

「――消えろ」

 薙ぎ払う。一瞬にして、飛礫が消しかすになる。大剣を振った時の熱い風圧が辺りにいた人たちをたじろがせた。

 それを見た上級生は言葉を失っている。無理もない。こんな高度な魔法、彼らはそうそう見た事がない。そしてそれは相沢タクヤも同様だった。

「どうしたんですか。そちらの攻撃はそれだけでいいんですか? なら、今度はこちらから仕掛けますが。――Air play and Light dance. In order to entertain them I sing a song.(大気と光の精霊、私の声に従い敵を迎え討て。)」

 今度は英語でスペルを読み上げる。エンシェント・スペルだけではなく、通常の現代語で編まれたスペルも同様に使いこなせている。まさかそんな人間が、自分と同じ年齢でいるとはタクヤも思いもしなかった。

「くっそぉおおお!」

 上級生が闇雲に突っ込む。その様子は非常に冷静さを欠いていた。

 瞬間、彼の動きが止まる。見ると彼の手足には光る枷が付けられていた。

「な、何……!?」

 拘束魔法。これで彼の動きは封じられた。

「さて。これでおしまい」

 ゆっくりと近づく。上級生はどうにか抵抗しようともがくが抜け出せない。これでおしまいだった。

 このやり合いを見てタクヤは思う。間違いなく彼は魔法を使う天才だと。そしてこの学園にはやはり優れた魔法使いが中には存在するのだということを改めて認識した。

「この魔法は物理的に抜け出すことは困難だが、レジストする方法は数パターンあるわけですよ。中には基本的なものも存在します。だけど、あなたはそれを出来ないようだ。だから、目が悪いと言ったのですよ。相手の力量も見えていないわけですから」

 炎の剣を持ちながら間合いを詰めていく。一度、メガネを直し、少し苛立ちを見せた表情で相手を睨む。

「……覚えておいた方がいいですよ、先輩。弱さは悪です。そして悪はこの世から絶たれるべきもの。呪うなら自らの弱さを呪ってください」

 炎の大剣を振り上げる。その熱さから陽炎が揺らめいている。

「ま、待て……! お前、本当にその剣で俺を斬るつもりか……?」

 上級生が聞くが、その言葉には特に何の反応も示さなかった。その瞳には迷いはない。おそらく、上級生はこの一撃をくらえば病院送りだろう。

 きっかけはあの新入生だが、自業自得とも言えなくはない。相手をバカにするような言動をとってわざと煽ったツケがまわってきたのだろう。だから、ある意味では仕方がない。

 だが……。


「やめろ、やりすぎだ」


 そう、それがあまりにもやりすぎだと感じて、タクヤは前に飛び出していた。

「なんだ、お前」

 一瞬驚いた素振りを見せて、剣を振り上げたままタクヤに訊ねてくる。

「ちょっとしたおせっかいさ。少しやりすぎだと思ったんでな」

「って、ちょっと、相沢くん!? 何してるの!?」

 遠くから、ケイの声が聞こえたが、タクヤは振り向かず、目の前の相手に集中する。

「……ああ。お前、うちのクラスのデバイスを忘れてたやつか。とんだ間抜けがいると思ったら、やはり間抜けだったか」

 そう言われて初めてその男が自分と同じクラスだったことにタクヤは気がつく。

「どけ。その人は、俺に喧嘩を吹っかけてきたんだ」

「いや、どかない」

「どけ」

「いやだ」

 そいつの表情が少し変わる。少し苛立ちを覚えたような顔だ。

「……わかった。デバイスを持っていなくても容赦はしない。お前もろとも、消し炭になれ」

 そう言って大きく振りかぶられる炎の大剣。この距離からでも熱風を感じる。

 そして勢いよく、剣を振り抜く。

 タクヤはその上級生を担いで後退、しゃがみこむ。相手のモーションは獲物の大きさゆえに少しばかし遅い。だから、難なく退避することができた。……だが、もちろん、相手もそのようなことはわかっていたようだった。

「Flightless」

 その言葉とともに炎の剣はその柄を大きな翼、切っ先を鋭い嘴と変化させる。そして勢いよくしゃがんだ態勢のタクヤのもとへと飛翔していく。

 タクヤはその鳳に対し目を背けず睨みつける。それだけだ。何かの詠唱を行おうとするようなそぶりもない。もちろん、そもそも普段持っているデバイスは手元にないのだが。

 周りにいる誰もが絶対に避けることができないと思っていた。

 だが、彼はタイミングよく上空へと飛び跳ねて避ける。男一人担いでいるのにもかかわらず、それを思わせない跳躍力だ。

 それと同時に上級生を縛っていたバインドが解かれる。「下がっててください」と一声かけると、上級生は苦い顔をして立ち去っていく。それを男子学生は睨みつけていたが、もう関係ないという表情でタクヤへと意識を向けなおす。

「Crowd is violent in my hand.—Surround…! And take shot an enemy with all your force.(雷の精霊よ、その身を尽くして我が手中に集結し、敵を包囲せよ)」

 また、違う荒々しいスペル。男の腕が光り出し、甲高い音を響かせている。そこでは雷が勢いよく発生していた。

 対するは無手の魔法使い。デバイスのない彼に反撃の術はない。だが、誰もが予想だにしなかっただろう、彼は男に向かって前進する。

 男はタクヤの行動に一瞬驚く。だが、これの瞬間の困惑こそが相手の狙いだとまずい。そう判断する。魔術行使を止めず、実行に移す。

「Lei Gong--!(雷の怒号)」

 紫電一閃。雷鳴轟くそれはタクヤを狙い、閃光を辺りに帯びさせる。その速さはまさに光のごとく、放たれる。やはりこれも上級魔法。並の相手ならほぼゼロ距離にて避ける手段などどこにもない。

 だが—それでも、雷光が放たれる瞬間まで不敵な笑みを止めないのが、彼(タクヤ)だった。

「聞こえてるよ、天才。お前が次にどう来るかってことが」

 その声に男ははっとするが、その時にはもう遅い。気づくと対峙している相手(タクヤ)が視界から消えていた。

 その気配に気づいた時には、背後、ゼロ距離。一瞬で形成が逆転する。

「--喰らえ!」

 打打擲。男の脇腹への一打が見事に決まる。もちろん、男も何も対策をしていないわけではない。彼は時限式の障壁魔法式を念を入れていつも衣服に施してあった。だが、その上からでも、その一撃は重く、相手を仰け反らせるには十分の力だった。

 腹部を抑えながら間合いを取る。その意外な攻防に対して、周りの生徒たちも感嘆の声が上がる。

 明らかにおかしい。こいつは、デバイスを持っていない。だが、先ほどからこの対応力、そして何より自分がこれほどまでも押されているのはどういうことだ。

 さらに男が不審に思ったのはそれだけではない。何より、彼は戦いの最中、不敵に笑っている。

「魔法を使わないで、この機動力……お前、何を持ってる?」

「さぁ〜、なんでしょうね〜。僕、間抜けだからちょっとわからないや」

 その言葉に対して、男は無言でタクヤを睨みつける。対するタクヤはへらへらしていたが、きっと身を引き締め対峙する。

「お前、なんでそんなに強いのに他の人につっかかるんだ。あんな軽い挑発なんて別に言わせておけばいいじゃないか」

「俺はそんな安い挑発にイラついたんじゃない。自分の弱さに無自覚なことに腹がったんだ」

「……弱さ?」

「そうだ。弱さは悪だ。俺はだから、悪を断罪しようと思っただけだ」

「なんだよそれ。それが人に暴力を振るって理由になるってのか?」

 その言葉にカチリと互いの中で何かがスイッチングされる。おそらく、怒りが頂点に達したのだろう。

「少し本気でいかなきゃいけないみたいだな」

「奇遇だな。こちらもだ。お前みたいなあまちゃんを見てると腹が立つ」

 男はまた再び詠唱の準備をする。タクヤは男の動作に対してもう一度、構える。

 一瞬あたりに冷え切った空気が漂う。

 そして互いに身を爆ぜさせる。そして、間合いを詰めて次の動作へとつなげていくーー!


「そこまでだ、お前たち!」


 だが突然、何者かが間に入り込み二本の指揮棒のようなもので彼ら二人は制される。彼らの担任のエドナだ。両方の顔を厳格な表情で睨みつけている。

「学校での魔法戦は禁止となっている。それをお前たちは入学式早々何をしているんだ!」

 一喝。周りの人たちもしんと静まりかえる。

 相手の男子生徒はふんと鼻を鳴らし、タクヤは頭を掻いて苦笑いしていた。

「いえいえ、ちょっと模擬戦を行っていまして……」

 タクヤはにこやかにそう弁明するが、エドナはその言葉に対して苛立ちを覚えてた表情になる。

「ふざけてるんじゃない! それでも度を超えている。許可なく戦闘を行うことは校則違反で停学、わるければ退学処分だ! ひとまず、相沢、反町、お前たち二人とも職員室だ」

 エドナの言葉に対し、タクヤは「うげ」という声を漏らし、もう一人の男――反町は思わず舌打ちをしてしまう。

 そして仲本は「あららー」と頭を掻くのであった。

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