未来の魔法使いたち 3
国立港川魔法中学高等学校。新エネルギー技術(エネクロジー)、通称「魔法」が生み出されてから、実験的にそれを教育していくためのモデル校となった初めての学校。ここは当時、まだまだ技術者の間でも研究が進んでいなかった「魔法」を、日本の国力にするために、国をあげて早急に作り上げた機関だった。そのため学術的資料も多く貯蔵されており、加えて国からの予算で新しい機材も多く投入されている。魔法を学びたいものにとっては非常に優れた環境だ。
だがその分、生徒の魔法に対する意識も高く、指導の面でも厳しいと聞く。もちろん、タクヤもそれを重々承知していた。だから、相沢タクヤは気を引き締めてこれからの学園生活、自己研鑽をしていこうと心に決めていた。
だが……。
「どうしてこう、微妙なヘマをするかなぁ……」
それに気づいたのはすでに学校に着いた時だった。入学式の要項に書かれていた教室の自席に着いて、同じように要項に書かれていた「デバイスを必ず持参してください」という文字を見た時にはっとした。慌てて鞄や服のポケットをまさぐるが、どこにもデバイスはなかった。
おそらく、机の上に置き忘れたのだ。どうも、肝心なところで微妙なミスをしてしまうきらいがある。
「どっかしらネジが外れてんのかな……。なんてね」
苦笑いをするも、出てこないものは出てこない。仕方ないのでこのままなんとかやり過ごそうとする。
すると、教室のスピーカーからチャイムが鳴り響く。同時にドアが開き、凛々しいスーツ姿の人が入ってきた。
「ほら、チャイムが鳴ったから席に着け。この時間からホームルームだぞ」
その声に教室内は少しの間静まり返る。皆、異様なものを見てしまったと言わんがばかりに。そしてその後、少しのざわめきが生徒の間で起きた。無理もない。彼女のその容姿を見て、声を聞いた時、タクヤを含めたクラスの全員は少し呆然としてしまった。
金髪でショートヘアーの美形。パンツスーツを着たその出で立ちはどこかの王子様を連想させる出で立ち。だが、皆が驚いたのはそこではない。そのアルトの声は、間違いなく女性の声だったことだ。
「ほら、いつまで立っている。早く席に着けと言っているだろ」
そのひと言で、慌てた生徒たちは皆すぐに自分の席に戻り始める。タクヤも周りに倣うように着席した。
そしてその教師は全員が自分に注目したのを見計らうと、口を開いた。
「さて、新入生諸君。入学おめでとう。そして、はじめまして。今日からこのクラスの担任になったエドナ・ダンシーだ。授業では基本的な魔法呪文(スペル)を教えていくことになる」
自己紹介を聞いて確信する。やはり見た目こそ男性のようだが、彼女は間違いなく女性だった。黙っていたら美形の男の人にしか見えない。またその立ち振る舞いも男性のそれである。
「この学校は君らも知っている通り、日本で初めてエネクロジー、つまり「魔法」を教育として扱い始めた学校だ。実験的だったが故にそれぞれの道のエキスパートを教員として招致し、彼らの研究の発展と同時に君たちの基礎的な魔法を教えている。つまり、君たちはここで世界の最先端の魔法技術を学ぶことが出来るというわけだ」
教室内は静まり返り、皆エドナ先生の話を真剣に聞いている。それは、話の内容もそうだが、彼女の話し方もどこか思わず聞き入ってしまうものであった。
「将来の夢、何かへの憧れ、叶えたい願い、野望。どんな形であれ、君たちは何かしらの野心を持ってこの学校に入学してきたと思う。大いに結構。学問をすることは皆全て平等にあてがわれる。そして、魔法は今日では学問と化している。つまり、やるかやらないかだ」
その言葉に思わず気を引き締める。全校生徒数およそ300人。勿論、この数は一般的な学校からしてみればさほど多い数ではないが、高い学力を持ち、大きな目標を持った「魔法使い見習い」ということなら、話は別だ。
幼い頃からタクヤは警察官になりたいと考えていて、その中でも魔法事件をメインに扱う部署に最終的に就きたいと強く思っていた。そのためには魔法の知識、運用能力を高めていかなければならない。そうなってくると、一般の学校へ進学するよりも、魔法に特化した学校に通った方がいいだろうと思い、彼はここへの受験を決めた。
しかし、それもおそらく大きな門戸が開けているわけではない。だからこそ、この三年間は勉学に励まなくてはいけない。それは、ここにいる他の生徒たちも感じていることだろう。
生徒の様子を一通り一瞥した後、少し間を置いて、エドナは口を開く。
「さぁ改めて、ようこそ、未来の「魔法使い(ウィザード)」たち。君たちの魔法が世界を変えることを期待している。私からの挨拶は以上だ」
ぴりぴりとした雰囲気を残して、彼女はそう絞めくくった。教師、設備、生徒。どれもが高い質を有している。タクヤ自身、改めて、この学校に入って良かったと感じた。
よしこれから頑張るぞー、とタクヤは心の中で勢い込んでいたはいいが、エドナの次のひと言でそんな意気込みもどこかにいってしまう。
「よし。ではこれから、今後の予定などを確認していく。持ってきたデバイスを取り出して電源を入れてくれ」
ぎくりと擬音が聞こえたような気がした。タクヤは急に現実に引き戻される。
周りはポケットや鞄の中からそれぞれのデバイスを取り出し始めている。彼もそれに併せてポケットや鞄をまさぐるが、もちろんないものはない。
冷や汗をかきながら焦っていると、隣から肩を指で叩かれる。振り向いてみると、一人の長い髪の女の子がこちらを見ていた。
「もしかして、デバイス忘れた? よかったら私のデバイス一緒に使う? 多分、今のところはスケジュール確認だけだろうから」
口に手を当てて小声でこちらに話しかけてくる。この席は幸いなことに後ろの方にあり彼らが話しているのもあまり目立たない。
その女の子は自分の身長ほどの大きな鞄を机の横においていた。
「本当に? そうしてくれると助かる。昨日、机の上においてきちまったんだ」
「あはは。その焦った顔見て何となく分かったよ。いいよ。私のデバイス、タブレット形式で少し大きいから見やすいと思うし」
机を近づけて、タブレットを机の端に置いてもらう。少し顔が近づいて、よく見てみると、その女の子はかなりの美人だった。どこかお嬢様然としている。だが、彼女の口調はそんなイメージとは全くかけ離れており、朗らかとしていた。
「私は、仲本ケイ。よろしくね」
「あ、ああ。俺は相沢タクヤ。悪いな、見せてもらっちゃって」
「いいよいいよ。困ったときはお互いさま。それにこれから三年間同じ学校で学んでいく仲間だからね」
急に話しかけられて少し驚いてしまった。相沢タクヤは中学時代、友達が少なかった。ゆえに、コミュニケーションにあまり自信がなかった。
だが、高校からは心機一転、自分を変えていくチャンスだと思い、タクヤはふぅと一呼吸して、大丈夫大丈夫と心の中で落ち着かせた。こんなことしてる時点で大丈夫じゃないのだろうが。
デバイスを開き、学内ネットワークへと接続する。アドレスとパスワードの入力画面が表れて、それを素早く打ち込むと、「WELCOM!」の文字と「学校名」が出てきて、多くのアイコンが表示された。
「ねぇ。相沢くんは何でこの学校にしたの? やっぱり将来的に安定してそうだから?」
ひそひそ声で仲本がこちらに少しだけ身を乗りだして聞いてくる。将来の安定。確かに、「魔法」が実際に定式化されたのは五十年ほど前だが、それが実用レベルに普及しはじめたのはここ数十年のことだ。まだ発展途上のものである。そして、新たなエネルギー資源として、多くの国が徐々に力を入れ始めている。だからこそ、魔法の知識がある人材は国境を超えて引く手数多なのだ。
だが……。
「いや、俺はそういうわけじゃない。そもそも、警察官志望だから」
「警察官? じゃあ魔法とかあんまし関係ないんじゃない?」
「普通はそうだと思う。だけど、最近は魔法を使った犯罪も増えてきてるし、そういったスキルを持っておく必要性は今後もっと重要になってくると俺は思うんだ。だからここで専門的知識を身につければ、そんな魔法犯罪を取り締まる最前線に行けるんじゃないかって考えててね」
彼は自身がずっと考えていることを説明する。すると、ケイは眼を輝かせて、少し口を開けていた。
「へぇ……。凄いね。そこまで明確な将来を抱いてる人なんて、同年代で初めてだよ」
「あ、いや! そんなに大それたことじゃないって。ただ、俺の親戚も警察官で、それに憧れてるのもあるっていうか……。とにかく、そんな眼で見られても……」
言い訳をするように、身体を少し退きながらそう返す。タクヤは尊敬の眼差しで見られて、歯がゆさを感じていた。
「おい、相沢」
と、タクヤがそんな風に慌てていると、背後から言いようもない怒気を含んだ声が放たれる。その方を恐る恐る振り返ると、そこではエドナ教諭が腕を組みながらこちらを睨みつけている。いつの間にかタクヤたちの机の近くまで来ていたのだ。
「お前、デバイスを忘れた上に私の話を聞かないでおしゃべりに興じるとはいい度胸だな」
しかも、どうやら、彼がデバイスを忘れていたこともすでに知られていた。(見たら一瞬で分かるだろうが……。)タクヤは、顔を引きつらせながら、無理矢理笑顔を作る。
「いいか、忘れ物をした時はきちんと言え。今は今後のスケジュールを確認するために学内ネットワークに繋いでそれを閲覧してるだけだが、この後には我が校の生徒だということを証明するために、デバイスによる生徒ナンバリングを行うんだ。その時、お前はどうするつもりだったんだ?」
「……すいません」
「分かったなら今後は気をつけろ。そして話を聞け」
周りからくすくすという笑い声が聞こえる。タクヤは隣のケイを見ると、ごめんねと言うように片手をあげていた。彼は苦笑いしながら、それに答えるように手をあげる。
その後、彼はケイのデバイスをおとなしく見せてもらった。先生に叱られたことによって苦虫を噛み潰したような表情をしていたタクヤのことを見て何度かケイが笑っていたので、彼はまた幾度かため息をつくのだった。
その後はエドナ教諭が言ってたように、デバイスによる生徒データ登録が行われた。もちろんデバイスを忘れたタクヤはそれを見ているだけで、少しだけいたたまれない気持ちになったが、それ以降は特に滞り無く進んでいった。
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