未来の魔法使いたち 2
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「おい、タクヤ、起きろ。朝だぞ」
早朝。時間は6時半。
まだ目を覚ますには早い時間で、相沢タクヤは部屋のベッドで眠っていた。
しかし、窓からカーテンでさえぎられていたはずの朝日がなぜか降り注いでいる。おそらく、部屋に入られた時に開けられたのだろう。
薄ら目を開けて見てみると、タクヤが見慣れているいつも通りのエプロン姿がそこにあった。仁王立ちになって腰に手をあててこちらを見ている。
それを見た彼は急いで布団をかぶり見なかったことにする。だが、向こうはそれをゆるしてくれない。
「ほら、起きろって言ってるだろ」
無理矢理掛布団をはがそうとする。こちらも負けじと布団を取られまいと抵抗する。
「もう少し寝かせてくれ……」
「何言ってるんだ。今日は入学式だろ。早く起きて準備しないとダメだろ」
「大丈夫。俺がいなくても学校はちゃんとやっていける」
「学校がないとお前はちゃんとやっていけないだろうがな」
そういって、力の限り布団をひっぱりあげ、タクヤの体は外気にさらされる。そして、目を逸らしたかった人物の姿が視界に入ってくる。
「おはよう、タクヤくん。どうだい、新生活の朝は」
「……おはよう、カナエ。ああ、とてもさいあくだよ」
そういいながら、彼はベッドの上に座り、頭をかく。見ると、満足げに笑う顔が一つ。
これが、この家のもう一人の住人、相沢カナエだった。
「毎度毎度、飽きずにどうしてこう、俺の安眠を邪魔するんだろうね」
「それは第一にお前の嫌がる顔が見れるからであって、第二にお前のことをきちんと面倒見なきゃいけない責務があるからだな」
普通、逆だろ……。いや、そもそも一つ目がおかしいのか……。
「さぁ。朝食出来てるから、はやくリビングに行くぞ」
はいはいと、タクヤはしぶしぶベッドから降り、大きく伸びをする。横には俺より若干伸長の高いカナエがやはり腰に手をあてたまま立っていた。
「あと、その前に顔洗えよ。目が覚めるからな」
「やれやれ、いたるところまでおせっかいして、本当カナエはいい奥さんになれるよ」
半ば本気でタクヤはそんなことを言ってやる。だが、その言葉に対してカナエは眉をひそめ、一つ溜息をついた。
「まったく、馬鹿なこと言ってないで、さっさとしろ。
……後、俺は男だから、なれるとしても主夫だ。そして、主夫なら俺は甘んじて引き受けるがな」
そのガタイのいい胸板を逸らして言ってくる。
そうだな、お前、男だったよな。これが女の子だったらいくほどよかったことかと頭の中でつぶやく。
「どうかしたか?」
「いや、世の中は不条理で満ちているなと思ってな」
何を言ってるんだという顔をこちらに向けてくるが、タクヤは無視をして洗面台へと向かっていった。
現在、相沢タクヤは数年ほど前から相沢カナエと二人で暮らしている。カナエはタクヤの叔父にあたる人物だった。この家はタクヤの自宅であり、カナエの実家は地方にあるのだが、大学進学を機に上京。現在は警視庁の警察官としてバリバリ働いている。
洗面台で顔を洗い、リビングへ行くと待ち受けていたのは、ほぼ毎朝欠かすことなく出てくる朝食である。毎日毎日、カナエは自分も夜遅くに帰ってくるのにも関わらず、朝、家にいる時は必ず朝食を作る。卓上にあるのは、サラダに目玉焼き、ソーセージ、ベーコン、こんがり焼けた食パン、スープにヨーグルト、ジャム、牛乳と色とりどりだ。
「サラダとか、ヨーグルトとか、スープとか、今日はなんかひと手間くわえられてる気がするんだけど」
「そりゃあもちろん、タクヤの入学式だからな。気合入れるために少し品数を増やしといた。今日の晩御飯も楽しみにしておけよ」
「ありがたい話だけど、入学式ぐらいでそんなことされてもな……」
カナエの料理スキルは極めて高い。もちろん、この朝食は作るのにさしたる技術はいらないだろう。だが、その盛り付けや配置までをきちんと考え提供している。そしてことディナーに関しては注文すればフルコースだって作れる。一度冗談でネットで見た某ガイドの一つ星レストランの創作料理の名前を言ったところ、本当に作ったことがあってタクヤは舌を巻いた。またその味には巻いた舌の鼓を打たなければならなかった。
さらに、おせっかいな性格も相まって、入学式を始め、受験、合格発表、卒業式とことあるごとにフルコースを作る。タクヤにとってありがたいし、おいしいのだが、本業は警官なのだから、もっと家にいるぐらいは休んだほうがいいんじゃないかと思っていた。本人がいやじゃないのなら、それでいいのだが。
手を合わせて「いただきます」の一言。そして、いつものようにテレビをつけて朝のニュース番組に切り替える。テレビの音をBGMに朝食を食べるのが彼らの家の日課だった。
朝食を食べる時は特に会話はしない。食べながら耳に入ってくるニュースを聞いている。
だが、今日だけはそんなジンクスは覆される。
それは一つのニュースが読み上げられたことによる。
「昨夜未明。東京都狛江ヶ丘市のマンション付近で遺体が発見されました。
遺体は都内の公立学校に通っていた女子学生、井町ハルカさん、17歳。井町さんは一昨日から自宅に帰っておらず、行方が分からなかったところ、昨日深夜12時ごろに近くを歩いていた通行人に遺体として発見されました。現在警察が現場を調査しているところです。
また、同じ市で相次いで起きてる自殺について、関連性があるのではないか、捜査を進めている模様です」
「また、自殺者が出たのか。ここ最近多くないか?」
口を開いたのはタクヤからだった。素朴な驚きがつい口に出てしまう。
「今回で15件目だ。うちの管轄内だからな。色々と動いてて大変だよ」
ヨーグルトにジャムを入れながらカナエは答える。ここ最近、自殺者があとを絶たない。しかも同じこの狛江ヶ丘市においてだ。だからこそ、無視できるものではなかった。
「……って、なら、カナエも動かなきゃいけないんじゃないのか? こんなところでのんきにヨーグルト食ってる場合じゃないんじゃないだろ」
「大丈夫だ。俺みたいなペーペーが関われるような事件じゃない。情報はうちで担当してるからそれなりに入ってくるが、それまでだ」
そういって、落ち着いてヨーグルトをかきこむ。確かに、カナエは就職してから今年で五年目に入る。まだまだ新人の部類だ。中心的に関われないのは当然だろう。
「事件ってことは、やっぱり今までの自殺には何かしらの共通性があるってことか」
カナエの食べていた手が止まる。
「やれやれ、これだから迂闊に話したくないんだ。……まぁこれは俺の予想だが、おそらく、何かの事件だろうな。だが、共通性は見つかっていない。死因も全部バラバラ。自殺した全員のデバイスの履歴を見たが特に変わった様子もない」
今の時代、デバイスの履歴を見るのは捜査上必要なものになっている。なぜなら、デバイスこそが、「魔法」という万能な力を一般人に与えたものであるからだ。
約半世紀前、とめどない技術革新の中で新たに発見された新しい力、それが魔法だった。そもそも、神話上の事象として語られてきた「魔法」。それは精霊との対話によってこの世界から力を授かるものであった。
もともと、神秘として扱われてきた魔法。だが、この奇跡を公にし、その後の魔法の一般化を促した人物がいた。以来、研究が進み、魔法を扱うこと、つまり精霊との対話を行うことのできる
デバイスは万人に魔法を授けた。今ではその技術は人々の生活に不可欠なものになり、小中高等教育の授業にもデバイスを扱えるようにするためのプログラムが現在は徐々に組み込まれている。このことにより、新たなエネルギー開発、市場の開拓、軍事力の変化、といった様々なパラダイムシフトが起きたのだ。
もちろん、新しい力は新しい問題も引き起こす。そのうちの一つが、デバイスによる犯罪行為だ。銃刀法が整備されている日本では自分の身を守る術は皆無と言っていい。我々を守っているのは強固な規範意識と、法的な拘束、また監視というアーキテクチャだ。だが、少なくとも規範意識を持っていない者にとって、魔法は法や監視をやすやすと突破することのできる力だった。魔法に対しての法整備や武力が整っていなかった日本にとって、始めの頃は頭を悩ませた。今となっては法律の改正も進み、それに対抗するための機関も出来はじめている。だが、現在もまだ楽観的にこの新しい技術を少なくとも国の仕事をしている者にとっては受け入れることが出来ていない。もちろん、普段使っているものに対しては非常に利便性に富んだものに他ならない。はるか昔の技術革新による未来を描いた小説家たちが、一方では楽観的な作品を書く者がいて、一方には悲観的な作品を書く者がいたという話はどこかこのことに繋がっているような気がする。
20年前から、魔法が使用できるデバイスの機能は通信電子端末のオプションの一つとして組み込まれているため、その普及率はほぼ100パーセントに近い。だから、皆が手軽に魔法を使えてしまう。
そのため、何かしらの事件が起きた時はデバイスを必ず確認する。どこかの誰かと連絡をとっていないか、おかしな魔法を使った痕跡はないかなどといったことを、デバイスのシステム上、調べることがそこからできるわけだ。そういった履歴による
しかし、今回に限ってはそのデバイスにも変わった様子はないという。大抵不可解な事件には魔法が絡むので、デバイスを見れば手がかりがあるはずなのだが。
「本人たちが意識を飛ばすような魔法を使ったり、もしくは使うように誘導されたりしたわけじゃないということか」
「履歴の上では、な。ただ、15人全員何も魔法が関与していないというのは逆に不自然だ。昔こそ、
「誰かが起こした事件っていうのか?」
「そこまでは分からん。それに俺の思い過ごしかもしれないしな。変に勘ぐって無理矢理事件性を見出そうとしているのかもしれない」
「……そうか」
確かに妙な事件だ。その奇妙さゆえに何か大きな力が働いているのではないかと考えてしまう。もしかしたら、あるいは……。
そんな様子を見たカナエは「言っておくが」とタクヤを思考の海から引っ張りだすように声を出す。
「今回の件に関与しようと思うなよ」
「別に何も言ってないだろ」
「顔見てりゃ分かる。一緒に暮らしてる月日もだてに長くないんだ。そうやって眉間にしわ寄せて考えてるそのあとは、大体そのことに対して異常な執着を持つんだよ、お前は。」
「さぁ、何を言っているのかさっぱりだね」
いつものことなので、さらりと受け流す。
「タクヤ、そういう表情になるのは、お前の中にある「善」の心の琴線に触れた時だ。お前の「善性」の在り方は、俺は嫌いじゃない。だけど、お前はまだ高校に上がったばかりの身だ。社会的なことを考えるにはまだ幼すぎる。それだとただのヒーローごっこになりさがってしまう」
箸でタクヤの顔に向けて指摘する。なるほど、だてに警察官じゃない。観察力は優れているとタクヤは感心した。
「俺は別にヒーローごっこをしてるんじゃない。俺は悪いやつが許せないだけだ」
「それが、ヒーローごっこだって言ってるんだ。まだまだ考えが甘い。……まぁ、まだ高校生のお前に言ってもよくわからないと思うが」
タクヤはカナエが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。悪いやつは倒さなければいけない。それはとてもシンプルで、何も間違っていない。それは、俺の短いながらも十数年の年月でたどり着いた答えだった。
そんなことを考えていると、ずきりと、昔のことを思い出して頭が痛くなった。
「そんなことより、そろそろ出ないと間に合わないんじゃないのか」
カナエの指摘で時計を見てみると、もう自宅を出なくてはいけない時間まで5分をきっていた。
「ヤバい、話しこんでる場合じゃなかった!」
俺は残りのものをかきこんで、ごちそうさまを済ます。急いで歯を磨いて、制服に着替え、ものの数分後には荷物を持って玄関へと来ていた。
「忘れ物ないか?」
「教科書も持ったし、鞄もある。昨日のうちに全部準備は済ませてあるよ」
「ハンカチは?」
「それも、制服の中に入れてある」
靴を履き立ち上がる。結局、早く起きたのにこんなに慌ただしくなってしまった。
「よし、じゃあ初登校、気を引き締めていって来い!」
「ああ、カナエも仕事頑張れよ」
そういって、タクヤは慌ただしく出ていく。乗らなければいけない電車に間に合うようにかけていった。
「やれやれ、本当にせわしないな……」
カナエは一つ溜息をついて、リビングへと戻る。そろそろ彼も支度をして出勤しなくてはならなかった。その前にテーブルの上の食器を片づけなくてはいけなかった。
「って、あいつは……」
そのためにテーブルへと向かったところ、あるものを見つける。
「デバイス忘れてどうするんだ」
黒くまだ新品に近いデバイスが置かれていた。
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