未来の魔法使いたち 1
1
――聞きすぎてはいけない。
夜。あたりはひっそりとほの暗い。といっても、そもそも地下にあるこの場所は昼だろうと暗い。天井につけられている電気が唯一の明かりだ。そしてここには一人の人物以外誰もいないから一層薄気味が悪い。彼はこの部屋の住人であり、名前を相沢タクヤと言った。
この部屋は彼の家にある地下室だった。かつては使わない物を置いておくためのスペース、楽器を演奏するためのスタジオ、また両親の仕事をするための場所だった。だが、今はだだっ広いコンクリートうちっぱなしの冷たい場所になっている。
そんな何もないこの場所で、彼は一人目を閉じて神経を集中させていた。
――聞きすぎてはいけない。
何度目か、同じ言葉を反芻する。これから行うことに対して、意識を集中させるためだ。
今行っていることは数年前から日課になっている一種のトレーニングである。一週間に三、四度、この地下に来て彼は繰り返し同じことを行っている。
一度、大きく息を吐く。そして、スタートの合図である言葉を紡ぐ。
「――解放」
かちり、という音が頭の中で起きる。
はじまった。
地下室の中はたいした変化はない。ただ、彼自身だけが感じている身体の異変がある。
その瞬間、確かに「聞こえて」くる。
――■■■■■■■■■■■■!!
「それ」は間違いなく言葉なのだが、何をしゃべっているのか分からない。彼は「それ」を受け止める。
「―――っ!」
だが、正直きつい。
自分自身を侵食してくるような「それ」を感じる。身体が急に熱くなる。
「くそっ……おさまれ……!」
――聞きすぎてはいけない。
もう一度、同じ言葉を自分自身に言い聞かせる。
しかし、それでも聞こえてしまう。
――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!
唐突に襲ってくるその「声」に、意識が飛びそうになる。
加えて、その衝撃で思い出したくないことまで頭の中でフラッシュバックしてくる。
辺り一面の火の海。動かない身体。そして――
はっと意識を何とか戻す。気づくと、彼は先ほどいた場所から移動していた。そして、見ると、壁に不自然なへこみがあった。……おそらく、自分が殴ったのだろうと彼は思う。
これ以上はまずい。
「――停止」
その合図とともにあの声は聞こえなくなる。そして妙に体が軽くなった。急に気が抜けて地べたに座り込んでしまう。
壁を見るとぱらぱらとコンクリートの破片が落ちていた。周りを見ると、他にも同じような跡がところかしことある。これも全部、彼が今までつけてしまったものだ。「くそっ」と小さく自分の中の苛立ちを言葉にする。
「……戻ろう」
誰に言うわけでもなく、一人つぶやいて、地下室を後にする。
体が少し痛んだ。おそらく、このトレーニングの影響だろう。ぴりぴりと痺れた感覚が全体を襲っている。しかし、この感覚も特に彼には関係がない。
大きく息を吸い、もう一度吐く。そして小さくある言葉を発する。そうすると、たちまち、痺れも引いてくれた。これで、明日になったら、何もなかったように治ってるだろう。
地上に続いている階段を登っている。そんな感じはまったくしないのに勝手に足が動いていくのは、とても奇妙だった。いまだに慣れないでいる。
「また、ダメだったな」
今日も自分の中で納得のいくものではなかった。そもそも、今まで一度たりとも満足のいくようにはいっていない。
自分が操ることができるのに、自分の思うままにいかない。それはまるで、身体のようでもある。ある程度の動きは意識的にいくが、やはりどこか理想のイメージとはかけ離れた動きになってしまう。スポーツなんかが、まさにそのことをまざまざと突きつけられる。
じゃあどうしなきゃいけないのかというと、もちろん、練習あるのみだ。
「もう12時か……」
ポケットに入れてあった液晶画面のついた機械を取り出す。およそ20年前から開発されたデジタルデバイス。ただの精密機械に見えるが、人々の生活はもうこのデバイスなしではやっていけなくなっている。
技術はどんどん進歩して、人々の生活をよくしている。しかし、やはり人間の在り方はそう変わっていなくて、できないことに対しては努力する、という古典的な慣習は拭いされない。裏ワザなどないのだ。
「さて、シャワー浴びて寝るか」
家の中はとても静かだ。この家には彼以外にもう一人、住人がいるが、この分だともう寝てしまったのだろう。部屋の中から窓の外を見ると雲の隙間から三日月が顔を覗かせていた。この月もおそらく昔から変わらないものとしてあるのだろう。
流動(フロー)と蓄積(ストック)。変わっていくものと変わらず残り続けるもの。
そんな中で、数十年前から人間の生活を大きく変えたものがある。絶え間ない技術革新により人々が新たに見つけた可能性。今までは奇跡と呼ばれていた類いのもの。
人はそれを「魔法」と呼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます