コンフリクト・イデア 〜機械仕掛けの魔法使い〜

都篭密

魔法時代のパラダイム

「一体、なんだってんだよ……」

 ひっそりとした真夜中のことだった。街の繁華街から少し離れたところで、一人の少年が息をきらしながら走っていた。その表情は焦りと怯えを含んでいる。

 彼の後ろからは同様に走ってくる影が一つあった。

「待ちやがれ!」

 彼らは互いに面識が全くない。一方的に高校生ほどの男が少年を追いかけている。ここ最近流行っているカツアゲによるものだ。急に絡んで金を要求してきた男に対して、少年は隙をついて逃げ出した。だが、恐喝をした男はそれで終わらず、少年をさらに追いかけたのだった。

「冗談じゃない、ぼくがなにしたっていうんだよ……!」

 一分ほど走っているが、一向に諦めない男を見て、思い出すようにポケットの中からあるものを取り出す。それは大きな液晶画面のついた通信端末――通称デバイスだった。これで警察に電話すればいい。少年は急いで110番のダイヤルを押す。

「そうはさせないぜ」

 前方から声がそんな声が聞こえてはっとする。目の前には、後ろから追ってくる男とは別の人間が一人、デバイスを持って立っていた。

「――風圧」

 突然、男のかけ声と共に一陣の風が吹きすさぶ。唐突な、自然現象ではあり得ない威力と、タイミングだった。

 その風に押されて、追われていた少年は尻餅をついてしまった。そして、そこは間の悪いことに、人通りの少ない路地裏で、加えて行き止まりだった。

 やられた。おそらく、後ろの男の仲間だ。

「でかしたぜ。やっぱり念話送っておいて正解だったな」

 後ろから追ってきた男が息をきらしながら、追いついた。少年は地面に打ち付けた痛みをこらえ、きっ、と二人を睨め付ける。

「ったく、手間とらせやがってよぉ……。おとなしく金渡しとけば許してやったが、これはちょっと痛い目見ないといけないようだな」

 その瞬間、少年はすぐさまデバイスを取り出す。電源パワーボタンを押し、声を出そうとする。だが、それに気づいた片方の男は、デバイスを持った手を蹴り上げる。デバイスは一度空中に舞い、地面に落とされた。

「おいおい、何だ、報復でもしようとしたのか? 残念だったな。デバイスがなければ使えないもんな……魔法は」

 魔法。それは、ただの隠喩でもなんでもなく、本当に使える奇跡の力のことだった。先ほど唐突に起きた風圧、またこの男たちが連絡を取り合った念話、そして今少年が使おうとしたもの、これらは全て魔法だった。

 火を起こし、風を吹かせ、水を生み出し、大地を操る。絵空事だった魔法が一般に普及するものとなったのは、ここ20年ぐらいのことだった。2120年の現在、魔法は誰でも機材さえあれば使えるものになっている。

 魔法を使う為の道具はデバイスと呼ばれ、少年や男が持っていたものである。昔はスマートフォンという名称で知られていたものだが、現在は電話機能以上に魔法を使うための道具として普及されていた。

 そんなデバイスを失った少年は、万事休すといったようにみるみる表情が陰っていく。

「おまえ、ガキ相手にやりすぎじゃねーのかよ」

 笑いながら一人の男はデバイスをいじり、それについているカメラを少年の方へと向ける。画面にはカメラで映し出された少年の姿。だが、それだけではない。高い電子音が鳴ったかと思うと、画面上の少年の横に様々な表示が映される。


 @A.mamoru 

 Profile:狛江ヶ丘第四中学、サッカー部。三年。趣味、ゲーム。よろしく!

 MS(マジックスキル):21


 巷で流行っている魔法能力数値測定アプリ。デバイスには魔法を使う以外にも様々なアプリケーションと呼ばれる機能がついている。その一つがこれだった。これは自分が一体どのくらい魔法を使うことが出来るのか、というのを数値化してくれるもの。どのような基準でなされているかは不明だが、実際にアプリを起動して魔法を使うと勝手に測定し数値をつけてくれる。また、出てきた数値データはネットを通してクラウド化され、他の人からも見られるようになっている。

 もちろん、ゲームの一種なので使用者の匿名性は基本的に保たれている。使用者のデータはニックネームで登録することが出来るし、情報をオープンにするのも自分自身で決めることができる。だが、子どもたちは情報をオープンにすることの危険性を知らない場合が多い。そのため、遊び感覚で情報を開示設定にしてしまう者も中にはおり、少年もこの例に漏れなかった。

「ほら、見てみろよ、こいつのMS、21だぜ! 魔法を使われたところで、俺たちにかなうわけねーじゃん!」

 男二人はげらげらと不快な笑いをあげる。

 魔法は使えば使うほど上達していく。

 もちろん、天性の才能はある。生まれ持って精霊との対話が上手い人間がいるのも事実。いくらデバイスがほとんどのことを自動的に行ってしまうからといって、そのあたりは個性が出てしまう。

 だが、現代の魔法は積み重ねたものによって上昇してくるので、単純に年齢の差によって技量が変わってしまうことが事実だった。身体の大きさが年齢によって変わってきてしまうように。

「中学生のガキが何出来るっていうんだよ。俺たちは高校三年だぜ。てめーみたいなヒヨっ子が相手になるわけがないだろ」

 そう言って、腕を大きく振り上げる。

「精霊よ 風をまとわせ 刃となれ」

 空気が揺れる。風が吹きすさび、男の手に大気が集まる。そしてボールを投げるように腕を振り上げる。

 中等教育、高等教育ではすでに魔法は必修科目になっており、基本的なデバイスの使い方、また魔法の発動の仕方は習っている。だが、それでもせいぜい、火をつけるや風を起こす程度の簡単なものにすぎない。しかし、魔法は技術テクノロジーという人間の利便性から生まれでたものなので、個人が勝手に精度を高めていっている。

 だから、通常ならば教わらない物理的な攻撃を与える魔法も勝手に学んでしまうものも多かった。もちろん、現行の法規制で傷害は罪にあたる。だが、バレなければそんなもの無論、関係ない。もちろん、かつてよりも監視カメラの導入や教育による道徳意識の向上により犯罪は減少こそしているが、魔法が発見されてから、そんな新しい力を使いたいという欲求は規制以上に働いていた。

 この男たちが使う魔法はいわば、そんな典型的な心性から使われたものだった。

「くらえ——!」

 風によって作られた刃が少年を襲う。それに対して、少年は回避する術しか知らなかった。男の腕が振り抜かれる位置をもとにして、タイミングよく横に飛ぶ。

「くそっ、ちょこまかと逃げてるんじゃねーぞ」

 一度目は逃げられた。だが、次はおそらくない。一人男が逃げ場を塞いでいる。

「さぁ終わりだ」

 男が先ほどと同じ言葉を呟く。また、大気が揺れる。


「いくら魔法でも傷害行為は法的に禁止のはずだけど、そこらへんおたくら判ってる?」


 突然の声に男の言葉は途中で遮断される。声は彼らの後ろから。少年もその方向へと目を向ける。

 立っていたのは、その少年と変わらないぐらいの出で立ちの男の子。だが、彼は片手をポケットに手を突っ込んだまま、呑気にデバイスをいじって、彼らの方にはまったく注目していない。

「何だ、お前……?」

「通りすがりの正義の味方、とでも言っておきますかね」

 といいながら、やはりその目線は同じまま。いきなりこちらの邪魔をしたこと、しかもそれがこんな自分たちより明らかに歳下の人物ということ、そして何よりその不遜な態度をしていることに対して男二人は青筋を立てている。

「……ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇ」

「ふざけてなど、微塵もないのだけれど」

 どこか斜に構えた口調は、おそらくこの男じゃなくとも人を苛立たせるだろう。現に襲われていた少年もこの割り入ってくれた人物に対して、少し不安が募る。

「じゃあ、お前から死ねよ……!」

 その言葉とともに彼の手にまとわれる風の刃が標的を変えて放たれる。その刃は大きな風圧とともに少年へと直撃。やってきた大きな風に一瞬、魔法を行使した男たちもそれを避けるように顔で手を覆った。

「やったか……?」

 やがて、その風圧が収まり、ようやくを目を見開けるようになる。彼らが期待したのはその少年がその刃によって体をうずくまらせている姿だ。


「だから、傷害行為は法的にアウトだって言ってるだろ。いい加減にしろよ」

 

 ——だが、視界に入ってきたのは、まるで何事もなかったかのようにデバイスをいじっている、少年の姿。

 それを見た男たちは困惑する。なぜ、直撃したはずなのに、あいつは無事なのか、と。

「そんな馬鹿な……」

 少年はスマホのカメラを男たちへ向けて立っていた。そして、そのまま画面を確認して「うん、いい感じ」と独り言をつぶやいた。

 男の一人が慌ててデバイスを取り出し、そのカメラを少年に向ける。そして、先ほど使った魔法能力数値計算アプリを起動した。


@S.T0723 

Profile:No Data

MS:238


「魔法数値……238!?」

 男の顔が愕然とする。

「ああ、そういえば、その計測アプリ俺も使ってるけど、まぁゲーム的で楽しいよな。自分の能力を数値化できるのって見てて楽しいし、成長したって感じするし」

 別段、その数値がさして驚きに値するものではないというように、彼は特に無関心でいる。基本的に成人男性、それもきちんと魔法の訓練を受けたものでだいたい200だという。一般人は80がいいところ。もちろん、それだけでは本当の「魔法」の実力を測ることはできないだろうが、それでも、この数値は非常に高い。

 部が悪い。そう男たちは思ったが、このまま逃げるのも格好が悪い。それに相手は魔力量があっても所詮、年下。

「いいぜ、やってやるよ。かかってこい、ガキ! 年の違いを思い知らせてやるよ!」

「あ、いや、俺はやるつもりはないよ」

 と、唐突に間の抜けたようなことを言い出す。その意図がつかめず、彼らは立ち尽くして怪訝そうな顔をしていたが、唐突に少年の背後から何者かが現れたのをみてびくりとする。

 そこには二人の大人が立っていた。

「というわけで、警察だ。魔法による暴行を働いたと連絡があったから、ちょっと署まで来てもらおう」

 懐から警察手帳を取り出して提示する。彼らは一瞬偽物かとも思ったが、格好や腰につけているけん銃などを見るに、本物だと理解した。

 一体いつのまに……? そんな疑問を抱いて、ふと、その少年の顔をその男は見る。すると不敵な笑みを浮かべており、それで全てを悟った。あいつが呼んだのだ、と。

 してやられたと思ったが、男たちは冷静に考える。ここは監視カメラもない場所だ。ということは、魔法で暴力行為をはたらいたことも——

「——自分たちがやったことがわかるはずないって、顔だけど。ほら、さっきの映像、ちゃんとここに残ってるから」

 と、その少年は音声付きの映像を彼らに見せる。そこには先ほどの映像が映っていた。どうやら、先ほどの攻撃の時にデバイスを向けていたのはこれを撮るためだったらしい。しかもご丁寧にナイトモードのカメラで録画されているから非常に鮮明だ。

「お前……!」

「だから、言ったろ。俺は何も手を出さないって」

 口の端をあげ、笑みを見せる。

「くそっ! 逃げるぞ!」

 一人の男が煙幕を発生させる。これも魔法の力だった。辺りが見えなくなり、彼らの足音だけが聞こえる。

「小賢しいな……」

 そう言うと、その少年はその二人を追って走りだす。一人の警官にとって彼の行動は予想外だったらしく、慌てて声を張る。

「……って、待てタクヤ!」

 だがすでに遅かった。少年は煙幕の向こうへと言ってしまう。警官は思わず舌打ちをする。

「お前はその子の保護を。俺はあの二人と彼を追う」

 相方へと指示を出すと、彼はこくりと頷いた。そしてその警官は彼らが逃げた方へと走りだしたのだった。


     *


 予想外の出来事が続いた。言うなれば、運が悪かった。

 危害を加えようとした男の一人は走りながらそう思った。今までも危ない時はあったが、なんとかやり過ごしてきた。だが、今回は決定的にやられた。それもあのガキのせいだ。ふざけやがって。心の中で毒付く。

 現在、彼は一人で道を走っている。二手に分かれて後で落ち合うようにしたのだ。その方が、振り切りやすいと思ったからである。

 振り向いてもどうやら近づいてくる足音はない。このまま人混みの方まで出ていけばやり過ごせるだろうと思いながら走る。

「おっと、動くなよ坊主」

 だが、目の前に、がたいのいい警官が一人、銃を向けて立っていた。

 いつの間に。十分逃げる時間はあったはずなのに、もう回り込まれている。それに驚いた男は急いで引き返して、別の道へと逃げる。それを見た警官はやれやれという表情でまた追いかける。

 必死に逃げ回る。その度に回り込まれて、目の前に現れる。それを四、五回ほど繰り返す度に、恐怖と諦念と体力低下から足が徐々に止まっていく。

「一体、なんだってだよ……」

 思わずそうこぼしてしまう。そして何度めかの曲がり角でまたその警官の姿を見た時に、もうだめだと言わんばかりに足を止める。

「悪いな、追いかけっこはこの職についてから上手くなったんだ」

 男は息を切らして、膝に手をついているが、きっと警官を睨みつけて、一言「風よ」と呟き、突風を起こす。だが、その突風も腕を一振りするだけで、その警官は掻き消してしまう。

「悪あがきはよせ。チェックメイトだ」

 男はびくりとする。見ると、額にひんやりとした何かを当てられている。見ると黒い銃口が当てられている。男から抑えていた悲鳴が漏れてしまう。

「な、なんで、警察が一般市民に銃を向けてるんだ! 俺はそんな大したことしてねーだろ!!」

 息を切らせながら必死に訴える。それは恐怖からくる悲痛の叫びだった。

「お前、ここ数年、魔法が出てきてから国の法律がめまぐるしく変わっているの知らねーのか? 警察は魔法が出てきてからは『国民及び警官本人の生命に関わる危険性が高く、そのため魔法を使うと危惧されるべきものにはその使用を認める』っていう規則が通ってんだ。むやみやたらに魔法使うとこうなるんだぜ?」

「そ、そんなわけあるか! それに撃ったとしたらそっちの方が罪に問われるに決まってる!」

「そうだな。だが、ここは監視カメラも何も無い。いくらでも事実の改竄は可能というわけだ。つまり、魔法を使って危険な行為をし、交戦してきた男を、仕方なく自衛のために発砲したところ、運悪く当たってしまい、その当たりどころが悪く死亡。こんな感じでいいだろ」

「冗談だろ? ……や、止めろ。いや、止めてください! お願いします!」

「呪うなら、俺みたいな不良警察官と出会った運命を呪うんだな。……じゃあな」

 引き金をしぼる。大きな音が鳴り響く。それと同時に、銃口からは光が放たれる。

 その音と強烈な光、そしてなにより恐怖により男子高校生は頭の中の意識をブラックアウトさせる。そして彼はショックで気を失った。白目を剥いて泡をふいている。

 ところが、彼の体には外傷はまったくない。ただ、紐状の光の輪が彼の体に巻きつき拘束をしていた。

「ま。そんな法律なんてないんだけどな。けん銃使用及び取り扱い規範はここ何年も大きく変わってねーよ。ちゃんと知識はしっとかなきゃな……って聞いてねーか」

 その銃は拳銃型デバイス。対魔法のために作られた警官用デバイスだった。対魔法といっても機能としては普通の魔法と同じ。ただ特殊なシステムが搭載されており、引き金をひくことによって捕縛用の魔法を発動させることが出来る。

「ま、少しぐらいは脅かして反省させないとな。……さて、そろそろ行かないと、面倒なことになりそうだ……」

 警官はそうひとりごちて、煙草を取り出し、心配の種のもとへ行くまでの一服をするのであった。



     *



 そして、もう一人の男も同様に追い詰められていた。路地の行き止まり。彼らは互いに向き合っている。

 どういうわけか少しも息切れをしていない様子の少年に対して逃げ回っていた男のほうは息を荒げながら立っていた。

「お前、いったい何者だ……」

「だから、通りすがりの正義の味方だって言ってるじゃん」

 少年はなおも飄々と対応する。片手にはデバイス。しかし、もうすでにそのデバイスには目を向けていない。まっすぐ見ているのは、今、自分が対峙すべきものだけ。

 男は少年の言葉以上に眼光鋭きその視線に対して、いわれのない恐怖を感じた。おかしい。相手はおそらく自分より歳下。にもかかわらず、この威圧は一体なんなのか。

「……いや、そうだ……。お前のそのデバイスをぶっ壊せば証拠なんてなくなるじゃねーか……。逃げることはねぇんだ……! ここは監視カメラもない……。いくらMSが高くてもこっちは経験が違うんだ! やってやるよ!」

 男は自分自身を鼓舞するかのように言葉を吐き出す。だが、それは無謀と自暴とを履き違えた言葉だと、少年はため息をつく。

「水の精霊よ その力を我が手中に収めたまえ」

 水を生み出す呪文スペル。もちろん、それも相手へ攻撃をするためのもの。

「……お前はそもそも、精霊たちとコミュニケーションをとれていない。無理やり自分に従わせようとして、ひどくいびつな魔法だ。これは、あまりにもかわいそうだよ」

「何言ってやがるんだ!」

 次の瞬間、男の手から水の塊がはじき出される。大きさは大体野球の球程度。速さはおよそその野球の球を投げるぐらいだろう。しかし、硬化された魔法の球ゆえに、硬球に当たるよりも強い衝撃が与えられるだろう。

 しかし、少年はその攻撃を見て避けようとしない。一振り、手を空に切ると、どういうわけか、水がはじけて消えてしまった。

 「魔法というのは、なにも呪文を一生懸命唱えればいいというわけではない。いかにうまく精霊たちを操れるかが本質としてある。言うなれば、あんたの魔法はただ力だけを行使しようとしてしまっただけのもので、全くもって怖くないし、対処もしやすい」

 子供とは思えない説明だったが、最後にぼそりと「この脳筋ヤロー」と付け加えるあたり、年相応と言える。そして、その言葉に対して男はまた怒りを露わにする。

 魔法とは、精霊との対話である。デバイスは彼ら魔法使いの言葉を精霊たちに伝わる言葉に翻訳するための道具でしかない。いくら定式化・定量化したとしても、その行使の仕方は千差万別。やたらと攻撃に特化した魔法を身につけても単調になってしまい、それに対応する策は無数と出来てしまうということだ。そして、今の魔法をかき消した抵抗レジストもそのうちの一つだった。

「俺ですら精霊との対話に苦労してるんだ。お前みたいに中途半端なやつがましてできるわけないだろ……」

 今度は特に誰に向かうわけでもなく、自分自身に向けて少年はそう言った。

「このやろぉおお!」

 男は開き直り、少年に突進してくる。もう魔法が無理だと思ったのだろう。それならば、素手ならひと泡吹かせることができるはずだと、大声を上げる。

「やれやれ」

 一つ、ため息。

「手を出さないつもりだったけど……一回だけ……本質ってやつを見せてやるよ」

 そして、大きな音が、夜の路地裏に響き渡ったのだった。


     *


 警官が駆けつけた時にはすでに遅かった。その自体をみて顔をしかめることになる。

 男はおよそ二メートル上の場所の建物に取り付けられた排水溝の端に服をひっかけ、てるてるぼうずのようにぶら下がっていた。完全に気を失って泡を吹いている。

 その下では、少年がやはり呑気にデバイスをいじっている。さも、別段何もなかったかのように。

「やれやれ……」

 警官はため息をつく。

 そして、少年はその警官を見つけるとにこりと笑って、彼に向かって手を振るのであった。



 2120年、魔法が定量化・定式化された学問になり、新たなパラダイムとして受け入れられている時代。人々が当たり前のように魔法を行使する今日。

 彼らの魔法は——始動する。




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