奇跡の法則 5
「タクヤ君……大丈夫?」
ケイが心配故に声をかける。だが、タクヤの表情は先ほどとは一変、すでに切り替わり凛としていた。そしてその視線の先は上空のディスプレイではなく、真横にいる彼の対戦相手へと注がれていた。
また、その対戦相手である彼の方も同様に。
「仕方ない、運は運だ。包み隠さず言うと、本当はこのカードは行いたくなかったが、特に変更はなく行いたいと思う。では、時間がないので早速始めよう。相沢タクヤ、反町キヅキ、双方フィールドの中に入れ」
その声とともにガラス張りになっていた闘技場の入り口部分が開閉される。
先に動き出したのはキヅキだった。つかつかと歩きフィールドの中へと進んでいく。彼の表情や振る舞いに動じた様子はない。
「……タクヤくん?」
「汚名返上のチャンスかな。見ててくれ、仲本」
不敵な笑み。すでにいつもの、不思議な自身に満ちたタクヤに戻っている。
「では両者道着を着用しろ」
ガラス内に備え付けられているスピーカーから澁谷の声が響く。両者とも言われたように道着をつけた。
「さて、では先日の続きといきましょうか」
口角を上げ、キヅキに向かってタクヤは言う。キヅキはそれに対して一瞥を向ける。
「デバイスを忘れたり、基礎魔法も出来ないマヌケが俺に敵うと思ってるのか」
「魔法運用と実践は違うからこうやってテストも別れてるんだろ。そこらへんもう少し考えて発言した方がいいんじゃないか、折角利口キャラで言ってるのにバカに見えるぞ。それにデバイスは今日は持ってきている」
両者ともに軽い準備体操をしながらも、やはり互いに相容れない会話を交わす。
「それでは時間がないので、すぐに行う。制限時間は五分だ。繰り返すが、危険行為とみなした場合はその時点でテスト中止。測定もできなくなるので、注意するように。それでは、開始のブザーとともにスタートだ」
誰もが闘技場を、固唾を飲んで見守っている。
最初で今日一番の
二人は互いにまっすぐそれぞれの顔を睨みつけている。
そして開始のブザーが鳴り響いた。
「Eat it.It is the cuisine in front of you to fill your hunger…(今、敵は眼前にあり。その牙を持って喰らい尽くせ)」
先手の詠唱は反町キヅキ。素早い詠唱によって、すでに魔法が展開されようとしている。
「Wind Fang——!(風の牙)」
小さな風のかまいたちがタクヤめがけて飛んでくる。
突然の先制にタクヤは驚きながら、横に飛んで急いで回避する。間一髪。キヅキの攻撃は横にそれて壁へとぶつかっていった。
一瞬の詠唱でより高い出力ができる魔法を瞬時に選び発動させる。無駄のない魔法行使。首席の位は伊達ではない。
「スタートと同時に攻撃って……。もう少し相手に気を使うってことができないのかね、お前は」
「お前も言っていただろう、これは実戦テストだ。急に攻撃しない相手がどこにいる」
「まぁ最初からそのつもりだったけど。より一層、お前に気を使う必要なくなったよ!」
跳躍するように間合いを詰めてくる。以前と同じ
「結局正面突破か。魔法が使えたらもっと変化のある攻撃をしてくるかと思ったが、期待はずれだったな」
横に一閃、キヅキは腕を振る。それと同時にいくつもの光球が上空に出現する。
「行け——!」
合図と同時に放たれる矢のような光線。炎や雷、風をまといながら、一直線にタクヤの元へと向かっていく。
しかしタクヤは一直線に向かってくるそれを物ともせず、無駄のない動きで避けていき歩を止めない。キヅキもこの程度の単調な攻撃でどうにかなる相手ではないということは、それなりに予想がついていた。
「いいだろう。少しだけつきあってやる」
そういってキヅキは両拳を握りしめ前に構える。その意外なモーションにタクヤは少し驚いている。だが、それでも彼の進みは止まりはしない。
タクヤは拳を突き出す。が、キヅキはそれを腕の回転を利用してうまい具合に弾き、その勢いで今度は自分の腕をタクヤへと繰り出す。タクヤはそれを上段へと受け流し今度は体ごと回転。そのまま肘打ちを決めるも、キヅキはそれをしゃがんで避けて今度は足払い。だがタクヤは跳躍して避け、数歩後ろへと下がって十分な間合いをとる。
外の観客である生徒たちが歓声が、ガラスによって外部から遮断されているはずだが、タクヤの耳には聞こえてくるようだった。
強い。タクヤが純粋に感じたことだった。無詠唱・詠唱、現代・古代問わずに行えるスムーズな呪文行使。知識量もさることなが運用力も申し分ない。そして自分が得意だと自負している体術にここまで対応できる。
しかしだからこそ、タクヤはキヅキに対して疑問に思うことがあった。
「どうした。自慢の体術はそんなもんか」
「……そうだな。この前と同じじゃさすがに失礼だよな。ならここから本番だ」
一度体をほぐした後に、また構える。タクヤの雰囲気が変わる。その周りの空気を察し、キヅキはより警戒心を強めた。何かがくる、と。
「……drive on……」
何かを口ずさむ。キヅキからだとそれが呪文かどうかもわからない。ただ、なにかしらのアクションを起こしたことは確かだ。
「accel——」
そしてタクヤはまた直進に走りだす。その行動に対してキヅキは一つ、ため息をついてしまった。
「バカの一つ覚えで突進か……!」
このパターンは知っている。このまま直進でくるか、転回して後ろに回るか。以前は後者の方で一撃をもらってしまった。しかし、キヅキはすでに後部の魔法障壁は何重にも施してある。正面なら見極められないことはない。これなら以前のようなヘマをすることはないだろう。無力化したところを最速の詠唱で一撃を叩き込む。
だが、その動きは予想だにできなかった。いや、正確には予想を上まわられてしまった。
キヅキが思考を走らせている時に、すでにタクヤは彼の懐に到達していた。そして今まさにタクヤの拳がキヅキの腹部をめがけて放たれていたのだ。
「ふっとベ——!」
ずしり、と重たい衝撃がキヅキの腹部に飛び込んでくる。
振るわれた拳にキヅキの体は宙を浮きながら数メートル飛ばされ、ガラスの壁に激突した。
周囲の生徒は唖然となる。なぜなら、遠目にいる彼らもタクヤの姿を視認できなかったからだ。腹部へと叩き込む一撃。そこしか見ることができかった。そして、何が起きてるのかわからなかった。
衝突した割には大きな音がない。どうやらぶつかる瞬間に抵抗魔法を施してクッションがわりにしていたようだった。しかし、それでも体へのダメージは少なくはない。
タクヤは拳を横に振る。その視線は未だ気を抜こともなく、じっと飛ばされたキヅキの方向を見ている。
混乱していたキヅキは一度冷静になるため頭を振り、自分が一体何をされたかを整理する。自分はなぜこのように飛ばされたのか、タクヤをなぜ見ることができなかったのか、と。そして、そこでたどり着いた結論はシンプルなものだった。
「……そうか……身体強化か」
一瞬にして間合いに入り込んだ跳躍力、数枚の魔法障壁をもろともせずに拳を入れ込んだ打撃力。それは幻覚魔法でも物理的な魔法でもない。純粋なタクヤ自身の力。となると、考えられることは限られてくる。
「——精霊の鎧。他のやつが使う教科魔法とは違って身体全体を必要なタイミングに応じて数倍以上の力を出すことができる」
それがタクヤの
肉体に魔力を注ぎ込み、超人的な力を発揮することができるもの。
それは四元素とは種を異にする魔法である。
もちろん、そのような芸当を行う魔法使いは中にはいる。しかしあまりにも燃費が悪い。言ってしまえば石という飛び道具を持っているにもかかわらず、それを拳で握りしめながら殴りかかっていくようなものだ。「魔法行使」という言葉からはかけ離れた行為であろう。
だからこそ、キヅキにとってそれは腹立たしいものでもあった。
「それはただ魔力をだだ漏れさせているだけであって、魔法ではない……! 魔法というのは原始的な力ではなく知の集積であって非常に合理的なものだ。故に普遍性が高く、より学んだものが強さを手に入れる。だが、お前のそれはただ
キヅキは苛立ちを覚えながらタクヤに吠える。
「悪いけど、俺が今使える魔法はこれしかない。稚拙な力だってことはもちろんわかってる。だけど、俺は今ある道具でしか戦えないのなら、これを全力で使ってお前を出し抜くしかないだろ」
タクヤは魔法を使えない。それは魔法使いにとっては致命的なものだった。だが彼の体内に備蓄された魔力の運用には長けていたのだ。だからこそ、身体強化を使った体術こそが彼の戦闘スタイルの中心なのであった。
「……ふざけるな……。俺はこんなところで負けるわけにはいかない。俺は強くなければいけないのだから……」
「……」
タクヤはそれを見てさきほど抱いた疑問がまた頭に去来する。
キヅキの魔法は基礎魔法をベースとした多言語魔法術者(マルチリンガル)である。天才と言われているが、どちらかといえば秀才。基礎を積み上げた上で古代魔術式を使用する、まさに努力の賜物である。
あくまで、「強さ」にこだわる彼のスタンスによって習得された技術だ。それは純粋なものであり、誰も文句がつけられないものだった。
そしてだからこそ、タクヤは思う。
なぜ、こいつはここまで「強さ」だけにこだわるのか、と。
「お前、前に言ってたよな。弱さは悪だって。あれはどういう意味なんだ」
単純でまっすぐな質問だった。ずっと思ってた疑問をいまここでキヅキにぶつけてみた。
「……お前には関係無い! のうのうと暮らしているような弱者のお前たちには俺の考えなんて分かるわけない! 俺は誰よりも強くなる! 絶対に誰にも負けない!」
答えになっていない、感情だけの言葉がキヅキの口から漏れ出てくる。
弱いということ。それは確かに忌避すべきことだ。タクヤもできれば強くありたい。しかし、それには根本的な動機があるはずだ。タクヤ自身も警察官になるという目標がある故に強さを求めている。しかし、そのような動機がなければおそらく、強さなど求めずに平穏な日常を過ごし、ごくごく普通の生活をしたいと思うのではないだろうか。
タクヤは知りたかった。キヅキの根源を。彼自身が抱く弱さへの恐れの先にあるものを。
「……Congregate……」
キヅキがまた詠唱を始める。だが、それは先ほどの余裕のあるものとは違って、どこか逼迫した、ただならない雰囲気を醸し出している。
古代呪文。しかも超上級魔法のためのものだろう。
タクヤは少し危うさを覚える。あいつは本気で仕留めにくる。そんな予感が襲ってくる。
また、外にいたエドナと澁谷もその気配に気づいて身構える。いざという時は、すぐに止める。それが監督者としての役務である。
周囲の生徒たちも固唾を呑んで見守る中、詠唱が進められる。
「……いつか潰れるぞ」
ぼそりと、タクヤは呟く。その言葉にキヅキは一旦詠唱を止め、何事かとタクヤの方をじっと見る。
「なに?」
「……自分自身の殻に閉じこもって、理想や執念のために自己を捨てて純粋に強さだけを求める在り方は必ずいつか潰れる。お前が理由を話したくないのはよくわからないけど、もし改められるんだったら、改めた方がいい。その方が、お前のためにも……」
「お前に何がわかる!」
激昂した言葉が口を出ていく。ここ数日では見せたことのない怒りの様子に、観戦している生徒たちも驚いている。
「お前にこの重みはわからない……。弱いことは罪だ。そして罪を犯したものには罰が与えられる。お前はその罰を……重みを知らない。だからそんな、講釈を垂れることができるんだ……」
「……そうだな、その重みは俺にはわからない」
先ほどまでの斜に構えた姿勢は、ない。タクヤはまっすぐキヅキを見つめている。
「俺はお前の重みはわからない。強さを求める理由も知らない。けど、俺にも俺の重みや罪がある。だからこそ、それを持っているやつの苦しみを知っているつもりだ」
そう。そして、だからこそ、知りたかったのだ。彼の根本を。苦しみを知っているが故に。
そのタクヤの言葉にぴくりと眉をひそめる。しかし、彼の表情は、変わらない。
現在、3分43秒経過、残り1分17秒。
「戯言はいい……! これで、終わりだ」
そして、彼は詠唱の続きを口ずさもうとする。彼の最大の魔力を使った、最大の魔法。
だが、突然、雷の轟音が鳴り響く。
それと同時に唐突の暗転。視界が暗くなる。
急なことに周りの生徒たちもざわざわと騒ぎ出す。「何が起きた?」「停電?」各々ざわざわと騒いでいる。
「燈よ」
澁谷とエドナは冷静に灯りをともす呪文を述べ、自分たちの周りを明るくする。同じようにキヅキとケイも同様の魔法を発動させていた。
「一旦、落ち着きなさい。君たちは一箇所に固まっておくこと。今、学校内の職員が確認している」
学校内の職員たちは特殊な魔法行使によって互いに念話で連絡ができるようにしている。学園内で働いている教師たちが今現在、起きている状況を調べいるところだった。
そして少ししたところでエドナが声を張る。
「どうやら、落雷による停電が起きているとのことだ。復旧までしばらく全員待機。またそれまでテストは中断。サブ電源があるはずだからそこが起動すればすぐに復旧するはずだからその後行う。なお相沢と反町の試合はそこまでとする。もう十分すぎるからな」
「え! これからが勝負なのに?」
思わずタクヤはそう声を出してしまう。しかし、その言葉とは裏腹にすでにこの停電のせいで集中力は途切れてしまっている。
一方、キヅキもすでに戦闘を続ける気はなくなっていた。一つため息をついて、目が慣れてきたところで出口へと向かう。
「また決まらずか……」
彼の中にはまだうやむやが残っていた。思わず見せてしまった感情の発露。それは彼の根本であるが故に、少しでも揺さぶられてしまうと表に現れてしまう。
そして、そのうやむやの中にあるもう一つ。
それはタクヤが放った言葉。
——けど、俺にも俺の重みや罪がある。だからこそ、それを持っているやつの苦しみを知っているつもりだ——
重み。罪。
確かにタクヤもそう言った。彼には彼の重みや罪があると。そしてそれを持つ者の苦しみを知っていると。
ただの表面上の言葉だ。だから気にする必要ない。そして、どちらにせよ、やはり俺の考えは変わらない。
ただ……。
暗闇の中、キヅキはタクヤの方をもう一度見つめる。
視線の先の深い黒は、彼の心をさらに揺さぶるのであった。
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