奇跡の法則 3

「では、本日最後に魔法運用テストを行う」

 第三研究棟、二階。一風変わった施設にタクヤのクラスの生徒たちは集められる。ここからはクラス単位での測定になる。

 魔法運用テストは純粋な魔力値を計測とは違って、それを効率良く運用して精霊とのコミュニケートを行い魔法の発現がうまくできるかどうかを確認するものだ。基準としては四元素……火、水、土、風、それぞれの基礎魔法を使用し、その制御がどれほどできるかどうかを見るものである。

「基本的な魔法はすべての応用に通じる。だからこそおろそかにしてはいけない。火は微細。水は流動。土は固定。風は揮発。四元素にはそれぞれの特徴があるわけだが、それをうまく操れるかどうかを今回この施設で計測する」

 エドナが前方に出て抑揚の効いた声でクラス全体に説明をする。生徒は見慣れない設備にそわそわとしている。

「では、まず最初、試しに実演をしてもらおうと思うが……そうだな。反町。やってみろ」

「はい」

 ただ一言返事をして前へ出て行く。反町キヅキ。先日タクヤと一戦を交えた男だった。それを見て少しうんざりとした顔をする。

「……うげ、あいつが実演するのか」

「そりゃあこのクラス……というかこの学級内で一番実力があるのは彼だしね。入学試験トップ合格だし」

 ケイはさもありなんという表情でそう答えた。

「へ? トップ?」

「そうよ。この前の入学式で生徒代表挨拶してたの反町くんだったの気がつかなかった? あれ、うちの入学試験の首席がやるんだよ」

 そういえば、言われてみれば前に立っていたのはツンとした表情のメガネの男子学生だった気がする。

「まったく気づかなかった……」

「相沢くんってやっぱりどっか抜けてるよね」

 反町キヅキは全面ガラス張りの部屋に入っていく。魔法が他へと飛び火しないようにするための防壁代わりにもなっているものである。そしてなおかつ、外から観察できるようにするためのものであった。

 テスト内容はさして難しいものではない。決められた短い呪文スペルを読み上げて魔法を発動させるだけだ。

「今、デバイスに送られている四つのスペルを読み上げて魔法を発動しろ。さして難しいものではないはずだ。お前たちも見てみろ」

 生徒たちは全員デバイスを確認する。そこには、新規メッセージが全員に送られていた。開くと試験用のスペルが書かれている。

 いたってシンプルな呪文スペル

 そして、エドナは手に持っていたガラス部屋の中のスピーカーとつながっているハンドマイクを使って呼びかける。

「試験内容は簡単だ。単純な出力を測定する。床に書かれた立ち位置を守って、そこに出てくる装置に向かってそれぞれの魔法を詠唱してみろ。全員が同じスペルの魔法を使用することによってそれぞれの運用力を知ることができるというわけだな」

 目の前には大きな的が出てくる。それにそれぞれの魔法を当てて計測するようだ。

「では、はじめてみろ」

 その合図とともにスペルを詠唱。キヅキは魔法を発動させる。

「一柱の火の精霊、我が御霊の激情に呼応し敵を討て――」

 その呪文により手から炎の玉が放たれる。勢いは強く、体積も大きい。それが的にめがけて飛んでいく。

 あわや破壊されるのではないかという程の轟音を立ててぶつかっていった。

 そして連続で水、土、風の順番に魔法を放つ。彼の放つ魔法はいずれも非常に頑健でそれでいて繊細なものだった。ガラス越しから見ているタクヤにもそれは理解出来た。

 一通り終わるとその数値が外部で計測していた人からスピーカーを通して告げられる。

「結果……SSSS。総合、S」

 周りからどよめきが起こる。

 試験の結果はSABCDEの六段階で評価される。だが、基本的にEはエラー数値なので、この学校に入学している限りEはほぼない。そのため、五段階評価と考えていいだろう。

 得手不得手もあるので、すべてがバランス良くというわけにはいかない。どこかに突出していてもどこかがダメということは、学力と同様に往々にしてあるはずだ。

 だが、そんな中でキヅキが出したオールSは学園の中、特に一年の中ではかなり稀だ。

 天才。

 全員の中でその二文字が浮かび上がった。

「さすが、首席。お見事」

 ケイはぱちぱちと軽い拍手をしている。タクヤはどうもいけすかないと言った苦虫を潰したような表情でキヅキを見ていた。

 そして当の本人は何事もなかったかのように涼しい顔をしてそのガラス張りに部屋から出てくる。それを見て、エドナは生徒に呼びかけた。

「いいだろう。それでは今のように、あの的に当てて計測を行う。では、呼ばれたものからどんどん入っていって速やかに行うように」

 最初の試験でこれを見せられたら後の生徒たちはかなりやりにくいだろう。

 それぞれエドナが決めた順番で呼び出される。そしてそれぞれ計測を行っていった。

 ケイもその中の一人で卒なくこなす。彼女の結果はBABS、総合A。まずまずの出来だった。

「ま、こんなもんかな」

 ケイは終わって一息つく。

 そして、何人か回った後。

「では、相沢。お前で最後だ。入れ」

 ようやく、タクヤの番になる。先日、デバイスを忘れたために後に回したのだろう。最後だった。

「あいつ、昨日、反町キヅキとやりあったってやつだろ」

「しかも噂じゃ互角で渡り合ったっていうほどの……」

 周りからひそひそとそのような声が聞こえて来て、それをケイは聞き耳をたてなぜか少しだけ得意げになる。

 ——そうだ。なにせ、タクヤは特別警察になろうとしている。それゆえ昨日、首席のキヅキとも対等に渡り合っていたわけだし、このぐらいの魔法朝飯前だろう。

 そんなことを思いながらタクヤの方を見ると、どこか引きつった表情をしている。気のせいか若干脂汗を浮かべている気がする。

 一体どうしたのかとケイは不思議そうな顔をして彼の顔を覗き込む。

「? どうしたの? なんか具合わるい?」

「……いや、なんでもない」

 ガラスケースの中に入る。心なしか空気が濃い。おそらく、同じ空間内、しかも密室で繰り返し魔法を扱うとその中のエネルギー量や純粋な酸素などの分子が異常になるので、それをリセットするための循環器か何かが設置されているのであろう。だからこそ、身体が想いの他軽くもあった。

「それでは、はじめなさい」

 ――一息。

 デバイスの呪文を確認する。

 簡単な文字列ストリングス。単純な文構造センテンス

 一度手をじっくりと見て、今度は的を一瞥して一つため息をつく。

 そして、――一考。

 首を振って、肩を落とす。仕方がない。タクヤはぼそりとそう呟いた。

「やってやる……!」

 

 彼の口から紡がれる呪文。

 ただならぬ雰囲気に生徒たちも少し緊張を覚える。

 オーバー550の規格外な魔力を身体に、奇跡の力が、彼の手に集まり、始動する。


「――いくぞ」


 ……。



「結果。DEEE。総合E」



 ————。

 全員沈黙。

 エドナもなんとも言えない表情になっている。

 そしてトボトボと帰ってくる、タクヤ。自分の先ほどまでいた位置まで何事もなかったかのように戻っていった。

「え、えっと……相沢くんやっぱりどっか具合悪い?」

 身体の具合を気にするケイ。だが、本人は苦笑いをしながら「いや」と否定の言葉を述べる。

「じ、実は……非常にいいにくいんだけど、俺、基礎魔法って苦手……というより、ほとんど出来なくて……」

「……え?」

 ケイはぽかんとした表情になる。

「うぇえええ〜〜〜!! 基礎魔法がほとんど出来ない!!??」

「……はい……」

 一同もその後は徐々にざわつきに変わっていく。

 昨日はデバイス忘れたあげく、基礎魔法も出来ない。そのことでその場にいる生徒全員が肩透かしを食らったようで、ケイもその例に漏れていない。

「相沢くんってもしかして、実は口だけ……? 生きる道が違ったらミュージシャンとか目指しちゃう夢追い型の破滅系の人……?」

「そ、そんなことないって!」

 必死で反論しようとするが、これ以上言っても言い訳にしかできないので、口をつぐんでしまう。それを見兼ねたエドナも軽くため息をつく。

 だが、彼女エドナ自身は知っていたが、彼の入学時に行われる試験は魔法運用試験の成績は非常に低かった。よもや不合格になりそうなぐらいに。しかし、筆記での点数と、とある筋からの特別推薦の点数も加算されてなんとかなったのだ。

 彼は要は、身体能力や魔力量だけが取り柄の、猪突猛進、パワー重視の非常に偏った魔法使いだった。

「……マヌケが……」

 ぼそりとどこからかそんな言葉が聞こえてくる。

 タクヤはそれを聞き逃さなかったが、何も言えず、言い放った相手に苦々しい表情で視線を向けるだけ。

 言った天才キヅキは鼻をふんとならしてそっぽを向くのであった。



 こうして1日目の試験が終了した。

 そして、2日目は魔法実践テストになる。


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