03.華麗なる変身。

『華麗なる変身』


 高校で同じクラスだったユウが大胆な変身を遂げたことはキヨミから聞いて知ってはいた。

 そう、一見おとなしそうで引っ込み思案タイプだけど、何かとんでもないものを内に秘めている……そんな印象も持ち合わせた子だた。

 進学や就職をきっかけに“デビュー”しちゃうのもいまどきよくある話だ。

だけどこうして実際に会ってみると…。

 その変わりように驚かないわけにはいかなかった。

 久しぶりに帰った郷里の町の喫茶店。先に来て隅の席でメンソールの煙草を吹かしながら待っていたユウを見て、あたしは言葉が出なかった。

 美しい…。

 もともと整っている顔立ちにスリムな身体。それが控えめなメイクをほどこし、シックな黒のドレスにシルバーのネックレスをあしらったさまは、映画女優といってもおかしくないほどだ。

 ユウ。高校の頃は地味で目立たない存在だったのに。何があなたをそんなに変えたの?

 問いかけたかったけど、それすらためらってしまうほどの変貌ぶりだった。

 まあ二十歳前後というのは、人がその一生のあいだに一番大きな変化をとげる時期なのかもしれない。そういうあたしは相変わらずアカ抜けない十代の頃のまんまだけれど。膝の抜けたジーンズに色褪せたTシャツという自分のいでたちに思わず気後れを感じてしまった。だって高校時代のダチとの飲み会なんて、カッコつけたってしょうがないじゃない。

「お待たせ」

 かすかに気後れしながらも何げないふうを装ってあたしはユウに声をかける。

ユウは気づいて顔を上げ「同窓会どうだった?」

かすかな笑みを浮かべながら尋ねてくる。物腰はあくまでも落ち着いている。

「同窓会じゃないって。ただの飲みだってば」

「だけど久しぶりに集まったんでしょ。みんな元気してた?」

「相変わらずうるさいうるさい。男子っていつまでたってもガキよねー」

 いいながらちらとユウの様子をうかがったがその笑顔に変化はなかった。

 なのであたしは何げなく付け加える「あなたも来ればよかったのに」

「行けるわけないじゃないの」

ユウは自嘲するように小さく笑った。

「そうね、あまりの変身ぶりに、みんな驚くよね」

 あたしはいってから「私はいまのあなたのほうが好きだけど」

見え見えのお世辞に聞こえたのか、ユウはぽつりとひと言「ありがと」とつぶやいただけだった。

 コーヒーカップを手に、かつての級友や恩師の話で盛り上がったあと、おもむろにユウが「オオタケくんも、来てた?」

「…来てたよ」

 私はかすかに口ごもり、あわてて「べつにー、アイツとはもうなんともないよー、卒業してからすぐに別れちゃったしー」

 照れ隠しに虚勢を張る。

「別れたの。そう、残念ね。お似合いだったのに、あなたたち」

「今じゃいい友だちってとこかな。おたがい地元を出ちゃったけどたまにラインでやりとりしてるし」

 努めて明るく答えたが、ユウをあざむけたかどうか自信はなかった。

 リップケースのような金のライターでユウは何本目かのメンソールに火をつけ

「実はね、わたし、あなたたちが羨ましかったのよ」

 窓の外へ目をやって静かに煙を吐く。

「え」私は驚いてその横顔を凝視した。

「それ以上言わせる気?」ユウはいたずらっぽく私をにらみ「わたしもオオタケくんのことを、ね…」

 一瞬ですべてが理解できた。

「…そうだったの」私は何ともいえない気持ちになり「ユウ、あなた高校の頃から…」

「でもわたしにはどうすることも出来なかった。幸せそうなあなたとオオタケ君の姿を遠くから見てるだけで」

 ユウはやや声を詰まらせて「わかる? どうすることもできなかったのよ」

 そんなに幸せでもなかったんだけどなーとあたしは思いつつ

「わかる、わかりすぎるぐらいわかるよ」ユウの顔を真正面から見つめ何度もうなずいてみせる。

「簡単にいわないでよ、わかるだなんて」

 ややヒステリックに裏返りかけたユウの声がとんだ。

 あたしは返す言葉がない。

ユウの黒いドレスの肩がかすかに上下している。胸のネックレスの小さな石ひとつひとつが、ほの暗い店の明かりを反射してちらついていた。

 気を落ち着かせようとしているのか、ユウは何度か煙草の煙を吸っては吐いて

「ごめんなさいね」

小さな声で謝り、あとは自分に向かって言い聞かせるように「私はそんなあの頃の自分自身がどうしても好きになれなかった。だから高校を出ると同時に思いきって自分を変えたの。この長い髪も、ドレスもアクセサリーも、すべては過去への復讐」

 そしてふっと笑い「でもね、今日あなたに会えて、その復讐が果たせたような気がするの」

 それってどういう意味? 私のほうは相変わらず、ちっとも変わりばえしてないっていいたいわけ?

少し気になったが、私の疑問にユウが答えてくれることはなかった。こっちもそれ以上、聞き出す勇気はない。

「ありがとう。やっぱりあなたと会ってよかった。これでもう過去を断ち切って生きていけそうだわ」

 別れぎわ、ユウはまっすぐに私を見つめて言った。

 静かに席を立ちながら「これも、もういらない」

 私の目の前、テーブルの上に赤い表紙のアルバムを置いた。

 高校の卒業記念のもの。

 去っていくユウの後ろ姿を見送りながら、私は自分のクラスのページを開く。

 集合写真の左に男子、右に女子。左側、詰襟の制服のオオタケくんの前に、同じ詰襟姿のユウ。

 3年A組・柴田勇。たしかにあなたは見事に変身したわ。


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