第34話


 『サーティーズ』の最上階に押し入った北上はアート・ギャラリーのウインドウを掃射した。PDWの5・7×28mm弾が七百十五m/s(メートル毎秒)でフレームを粉砕する。突然の派手な破壊音に買い物客たちがパニックを起こした。

 北上は立射態勢から続けざまにウェッジウッドとバカラのショーケースをヒットした。一万ユーロは下らない高価なクリスタルガラスの花瓶が粉々に飛び散った。貫通した弾丸はスワロフスキーの白鳥の置物を巻き添えにし、数千の断片が虹色の光跡を曳いて放射状に拡散した。

 逃げ惑う人の波から外れた店員が跳弾を浴び、踊るように身をくねらせると、血煙りを上げながら床の上にもんどり打った。

 沢木と久保は寝装インテリアのコーナーでマシンガンの弾倉を交換し、マホガニー製ダブルベッドの脇で身構えた。デパートの内装は、ほとんどが張りぼてのような代物で防塞としては全く頼りにならない。このベッドに敷かれた分厚い低反発マットレスなど弾丸の前ではマシュマロと大差ないのである。せめてこの複雑なフロア構成が、北上の空間把握を翻弄してくれればと願うばかりだ。

 久保が沢木に手招きで合図した。沢木がうなずくとSMGを発砲しつつ、カーテン売り場に飛び込んだ。北上のPDWが火を噴き、遮光カーテンの色とりどりの陳列が紙吹雪と化した。

 次の瞬間、久保が間合いを詰めると、赤いロングソファ飛び越えて、北上に短く発砲した。北上は予期していたかのように敏捷に銃弾を交わすと、シャツの裾に隠されたヒップホルスターから九ミリオートマチック拳銃を引き抜いた。左手で乱暴に構え、立て続けに三発発射する。久保の側頭を二発が掠めた。一瞬、凍りつく久保。

 沢木が咄嗟にキャスター付オットマンに蹴りを入れ、北上の足元に滑らせる。オットマンが北上の向う脛にまともに激突し、態勢を崩した。我に返った久保が大急ぎで食器棚の背後に走った。

 北上のPDWの一払いで食器棚がガラスと板きれの小片へと還元される。

 久保が悲鳴を上げた。

「バックアップは? 応援はまだかよ!」

 沢木もヘッドセットのマイクロフォンに向かって平賀に怒声を浴びせた。

「平賀さん!」

 デジタルノイズの向こうに平賀の声が戻った。

「到着したぞ。七十二分署から十人だ。今、『サーティーズ』の階下の客を避難させてる」

「装備は?」

 沢木の声が詰問口調になる。平賀の声が沈んだ。

「……してるさ。皆、捜査官なんだから」

「おい!」

 沢木が怒鳴った。

「こっちは大変にことになってんだぞ!」

 そこで北上の威嚇射撃が短く轟く。二人は同時に首を縮めた。わずかな間を置き、軽やかな足音が遠ざかって行った。

 北上は階下へ向かっていた。

 沢木と久保はエスカレーターを駆け下り、家電フロアに降り立つと、大型冷蔵庫の林を挟んで、両側からの撃ち合いになった。

 ケミカルヒートポンプタイプの最新型冷蔵庫の五列の陳列が、左右からの猛火に蜂の巣になっていく。ステンレスとチタン合金の化粧板が飛び散った。高速で飛来する金属小片が、久保や沢木のケブラーヘルメットのフェイスガードを掠め、たちまち傷だらけになった。商品品番と値引き率を記した派手な告知POPが、赤や黄色の紙吹雪となって空中を舞い踊る。

 沢木の発砲したSMGの連射が北上の頭上を掠め、ブースの大型液晶テレビをヒットした。ゴスペルシンガーの声なき熱唱の、その大口を九ミリ弾が撃ち抜く。床で跳弾し、家電リサイクルポイントの早見表が粉砕された。

 沢木のヘッドセットに『サーティーズ』の見取り図が挿入された。

 平賀の声が届いた。

「今、階下だ。中央エスカレーターからそっちに向かうぞ」

 モニタにグリーンの光点で応援部隊の動きが表現されている。

「久保さんよ、ようやくだ!」

 と、沢木が叫ぶ。

「ありがてえ!」と、久保。

 北上はエスカレーター脇のフロアを支える頑丈そうな支柱の陰に隠れた。

 束の間銃声が途絶え、耳の中で残響が木霊した。

 沢木がテレビの隙間から、覗き込んだ。柱から現れた北上は、防護マスクを被っていた。手には投擲弾を構えている。手榴弾ではない。

 ガス弾だった。

「催涙剤を使う気だ。マスクを気密しろ」

 沢木がヘッドセットに伝えた。

 北上は沢木たちのいる方へ一つ放った。床に着弾するとたちまちクロロアセトフェノンの白煙が立ち上った。続いてエスカレーターの階下にも一発。

 階下から登ってくる、バックアップ隊員たちの悲鳴が聞こえた。若い声だった。

「ガスだ! 気を付けろ!」

 たちまち視界が霧状の靄に閉ざされる。

「ゴーグルを赤外線に切り替えろ!」

 ヘッドセットに隊員たちの上ずった声が届いてくる。

 北上はエスカレーターの上部に立つと、PDWをセレクターでSEMIに切り替え、クレー射撃のような気軽さで狙撃を始めた。

 エスカレーターの中程であたふたしているバックアップ隊員の、ケブラーヘルメットが飛び散った。防弾着も5・7×28mm弾の前には、段ボール程度のガードでしかなかい。

 次から次へ、躊躇なく。

 反撃の隙を与えず、北上は引き金を引き絞った。

 沢木が顔を出して援護射撃した。北上は即座にフルオートで応戦してきた。沢木は咄嗟に物陰に隠れた。

 北上は嘲笑うように、階下の隊員たちを血祭りに上げた。次々と絶命していく隊員たちの悲痛な叫びがヘルメットに届いた。

「畜生! あの野郎、鬼だぜ!」

 久保の震えるような泣き声が届いた。

「押さえろ、今はどうしようもない!」と、沢木。

 久保の鼻を啜る音。

「駄目だ、俺は。……見てられねえ!」

 久保が立ち上がり、雄たけびを上げながら北上に突進した。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 久保のSMGが火を吹いた。が、同時に北上の放った三点バーストが、久保のケブラーヘルメットを吹き飛ばした。頭部を失った久保の肉体が、絞められた鶏のように数歩走ったところで痙攣し、前のめりに床に崩れた。

「久保!」

 沢木の目の前で一瞬のうちに久保が肉塊と化した。

 まだ痙攣の治まらぬ肉体の、首の付け根から鮮血が吹き出し、辺りに血溜りを広げていく。重たい流れが染み込み、襟首をぬらりと光らせていた。

 沢木は狼狽し、声にならぬ喘ぎを漏らした。恐怖と戦慄に圧倒され、動くことが出来ない。小刻みな手の震えが止まらなくなる。沢木は無意識に右手の親指をきつく噛んだ。

 ぎゅっと目を閉じ、嗚咽が通り過ぎる間、堪えた。堪えて息を詰めると、頭の中で何かが閉じて行くのを感じた。

 人間らしい気持ちのどこか。

 それが隔離され、次第に奥へと遠ざかっていく。

(焦るな、沢木、落ち着け)

 暗示を掛ける手品師のような口調が、頭の中で繰り返していた。沢木がもう一度目を開いた時、恐怖は去っていた。落ち着いた冷静な思考が、自分の中に答えを見出す。

 北上真悟は危険なテロリストだ。奴に下すべくは拘束でなく……

 即刻の死である。

 北上を殺せ。

 大義名分など必要ない。悪党には死あるのみだ。沢木はそう、自分に言い聞かせた。

 それから、もう一度、久保隆志、一等治安管理官だったものを眺めた。

 沢木は顎を引いた。

「仇は、取るぞ」

 沢木は慎重に防塞から身を起こすと、催涙ガスの白い靄に目を凝らした。赤外線装置が靄を透かし、北上の姿をモノクロで捉えた。北上はバックパックから取り出した弾倉をPDWに再装填したところだった。

 間が悪い。

 北上は階下に向かって、エスカレーターを下り始めた。

 沢木は一気に駆け寄ると、北上の頭上を取り、覗き込むようにSMGを発砲した。北上は寸前でしゃがむと弾丸をかわした。咄嗟に足元の七十二分署隊員の遺体を持ち上げ、防護盾のように背中に背負った。北上はその態勢のまま、一気にエスカレーターを駆け下りていく。

 沢木も後に続いた。

 今度は躊躇なく、北上の頭部と腹を狙い撃ちする。既に事切れた分署隊員の遺体に、止めどなく九ミリ弾が降り注ぐ。北上は振り返り様に、三点バーストで応戦した。

 膠着状態のまま、数フロアを下ったところで、北上はシャフトに面した通路側に走り、プレクシグラスの展望窓を撃って破壊した。

 遺体を投げ捨て、少し後戻って距離を取った。北上は助走を付けると、割れ窓に向かって突進した。三歩ほど手前で勢いよく踏み切った。北上はシャフトの中空へ向かって、ジャンプしたのである。

 まさか、投身自殺? 

 沢木が呆気に取られたのもつかの間、北上は吹き抜けに吊るされた『サーティーズ』のセール告知の赤い垂れ幕に摑まると、一気に一階へ滑り下りた。生地の弾力性を巧みに捉え落下速度を調整すると、難なく一階に着地した。

 階下から振り仰いだ北上はアイスグレイの両眼を細め、沢木に微笑んだ。それから、細く華奢な右手を振る。明るい金髪が揺れた。

 北上は百五十メートルほど先の中央制御ダクト、二番プラットホームに向かって走り出した。既にカーゴエレベーターが到着していた。

 まずい、見失うぞ! 

 沢木は焦った。

 考えている暇はなかった。沢木は理性をかなぐり捨てた。

 迷うな! 

 沢木は勢いを付けると、割れ窓から跳躍した。

『サーティーズ』の赤い垂れ幕がぐんぐん近付いてくる。が、みるみる身体が落下して行った。宇宙ステーションとはいえ、ここは0・9G以上の回転重力で外側へと引っ張られているのだ。決して緩やかなものではない。

 数秒後には硬いフロアが足元に待ち構えていた。

 沢木は懸命に腕を伸ばした。左手が垂れ幕の縁に触れる。必死の思いでしがみ付いた。革製の手袋の中で布地が滑り、高速ですり抜けて行く。摩擦で加熱し、我慢できないほどだった。何とか身体を引き寄せ、両手両足で垂れ幕を抱え込むようにして下に滑った。

 無我夢中で着地するとフロアに倒れ込んだ。緊張から解き放たれ、体中にどっと汗が噴き出した。

 沢木は我に返った。

 北上は? 奴は何処だ? 

 沢木は素早く身を起こし、態勢を整えた。定まらない視界の先で、北上がボーディング・ブリッジで二番エレベーターの最前列に運ばれて行くのが見えた。沢木はSMGを構えたまま、二番プラットホームへ全力疾走した。

 三十番シャフトのエントランスフロアを歩いている一般市民が沢木に道を譲った。息を詰めて走りぬき、ぐんぐん中央制御ダクトが近付いてくる。残り十数メートルというところで、合成音声のアナウンスが響いた。

「まもなく二番エレベーターが発進します。ご利用の方はお急ぎください」

 沢木は平賀に怒鳴った。

「聞こえてるか? 二番エレベーターの発進を阻止しろ!」

「わかった」

 数秒の後、プラットホームにエマージェンシー・コールが響いた。黄色の警告灯が回転し、エントランスの人々が何事かと振り返る。やがて合成音声の穏やかな女性アナウンスが告げた。

「緊急事態が発生しました。市民の皆さん、速やかに二番プラットホームから避難してください」

あちこちでざわめきが起き、小さな悲鳴が上がる。その緊張を打ち破るように銃声が轟いた。短めの連射が、二番エレベーターから響いたのだ。北上だ。

 フロアの緊張は一気に爆発して、恐慌状態となった。人の群れが突如三十番シャフトの周囲へ、外側へ向かって我先にと、波のように押し寄せて来た。

 沢木は大声を上げながら、向かってくる群衆を掻き分けた。

 騒動の最中、二番エレベーターがゆっくりと上昇を始める。沢木がヘッドセットに怒鳴った。

「何やってる? EB(Emergency Brake)装置を使えよ!」

 平賀の声が届いた。

「駄目だ。反応がない。奴はシステムに詳しいのか? 外部コントロールが遮断されてるぞ!」

 沢木は舌打ちすると、プラットホームに掛け込んだ。ボーディング・ブリッジのコントロールブースに身を隠していた鉄道職員を見つけると、沢木は襟首を掴んで引きずり出した。

「おい! 俺は一等治安管理官だ。あのエレベーターを追い駆ける!」

 まだ年端も行かぬニキビ面の青二才は、どもりながら答えた。

「ですが、次のカーゴは……」

「脇の作業レーンが動かせるだろ?」

「あ、はい」

「追いつけるのか?」

「理屈では、……そうですね。鋼索線の巻き取り速度とリニアリアクションプレートの仕様は同じだから、重たい車両がない分、恐らくは……」

「追いつくんだな!」

「ええ」

 沢木はようやく襟首を離した。青二才は苦しそうに首を擦った。

「よし、俺が行く。お前、発進出来るな?」

 青二才は眉間に皺を寄せると不満げに口を尖らせた。

「あれは人間をそんなスピードで運ぶようには、出来てないですよ」

「危険だってか? 今だって十分危険なんだよ」

「ですが……」

 沢木は詰問した。

「いいか、あのカーゴには武装したテロリストが乗っていて、乗客の命が掛ってるんだ。つべこべ言ってる場合じゃない!」

 沢木の気迫に押され、鉄道職員はごくりと唾を飲み込んだ。

 作業レーン上の小型カーゴはリニア装置と鋼索線の繋がったフレームワークの上に戦闘機のキャノピーのような流線型の風防と、速度調整のためのレバーが付いているきりだった。座席はなく身体を固定するための支柱にハーネスという、シンプルな構造である。

 沢木はカーゴに飛び乗るとハーネスで身体を固定し、SMGを構えた。

 青二才に無言で合図する。

 コントロールブースの中、青二才は緊張した面持ちでうなずき、上昇推進にレバーを入れた。正面の線路を照らす有機ELが一斉に流れ始める。

 がくんと一度大きく揺れると、小型カーゴは段階的に速度上げた。十数秒で最高速度三百キロ強に達した。沢木は息の詰まるような重力加速度に押さえつけられた。

 明滅する有機ELの眩い瞬き。

 そこで平賀の声がヘッドセットに届いた。

「沢木、無事か?」

 沢木は答えなかった。

「おい」

「うるさい! モニタしてんだろうが」

 平賀は沈んだ声で言った。

「久保は、……残念だった」

「仕方ないさ。覚悟はあっただろ」

「ああ……」

 そこで平賀は平静な声に戻り、言った。

「ところでだ。北上は何故逃げ回ってる? 奴は何処に向かってんだ?」

「そんなこと俺が知るかよ!」

 平賀が切れそうになる沢木をなだめた。

「ま、そう熱くなるな」

「……」

「奴が既に何かを、この(月の王冠)に仕込んでるとすれば、何処にいたってリモート・アクセスで作動させてるはずだ」

「……どういう意味だ?」

 と、沢木が聞いた。

「つまりだな、奴がお前を振り切るために、これだけ派手な銃撃戦をやってるってことは、ここからじゃ、遠隔操作出来ないってことだろ、な?」

 沢木は思案した。

「それは、……有り得るな」

「恐らくシステム上のエラーとして発覚しにくい、古いBluetooth(ブルートゥース)のような近距離無線通信かもしれない。あれなら使用登録が必要ないんだ」

「有効範囲はどのくらいだ?」

「数メートルから十数メートル」

「奴が仕掛けるとすれば……」

 沢木は、すぐに思い当った。

「0・3Gステージの復旧工事。奴は新見インダストリー・メンテナンスの季節労働者だ。間違いない。……て、ことはつまり? どういうことだよ?」

 平賀は声をひそめた。

「奴が0・3Gステージに近付く前に殺せ。そういうことだ」

 作業レーンを高速で上昇する、沢木を乗せた小型カーゴは、二番エレベーターの尻に追い付いた。

 流れ去る光芒が集中線のように取り囲んだレーンの中、相対的に対峙した大小二つのカーゴが、ゆっくりと接近していく。

 図像学的に、めまいを誘発する強制遠近法に酷似した光景である。

 通り過ぎる空気が悲鳴を上げた。

 沢木は、二番エレベーターの最後尾に目を凝らした。何か動きがあった。乗客が前の席へと押し退けられる。

 プラチナブロンドの頭とPDWの影が見えた。後方の窓から北上が狙いを付けたのがわかった。

 沢木は、はっとしたが、一瞬操作を度忘れして判断が遅れた。PDWの5・7×28mm弾が二番エレベーターの後部風防を破壊した。

 沢木は咄嗟に調整レバーを手前に引き、小型カーゴを減速させた。身体が前方に飛び出しそうになりながら、ハーネスに押し戻される。僅かに二つのカーゴの間に距離が開いた。北上の発射した銃弾が逸れると、沢木の載った小型カーゴのキャノピーを掠め、粉々に粉砕した。風圧が沢木の身体にまともにぶつかった。

 風の粘りに纏(まと)われながらも沢木は強引に態勢を立て直し、SMGで応戦した。二番エレベーターの銀色のボディが九ミリ弾で蜂の巣になる。車内から悲痛な女の叫び声が聞こえてくる。自分の発砲で何人か巻き添えになったようだ。

 沢木に考える暇などない。意味さえ理解していなかった。

 ここで、死ねるか! 

 沢木はSMGを構えると調整レバーを前に倒しながら、第二波を見舞った。北上も待ったなしで反撃してくる。

 銃撃の轟音がシャフトに轟き、高速度で上昇を続ける二つのカーゴの間にオレンジ色の火花が飛び交った。沢木は絶妙に調整レバーで速度を操りながら、二番エレベーターの後部席を狙い撃ちした。 弾倉を撃ち尽くし、沢木はタクティカルベストの予備に手を伸ばした。しかし、身体を固定しているハーネスが邪魔して弾倉に手が届かない。

「くそっ!」

 このまま、丸腰で標的になるわけにもいかない。仕方なく沢木は調整レバーを減速させた。みるみる前方を走る二番エレベーターが遠ざかっていく。

「どうした、沢木? 弾切れか?」

 平賀の声がヘッドセットに飛び込んでくる。

「ハーネスが邪魔してマガジンが取れないんだ、畜生!」

「何? ……おっと、ちょっと待て。向こうも減速を始めたぞ」と、平賀。

「今、何ステージだ?」

「0・5Gステージの中程かな」

 大型のカーゴエレベーターは、静止までにかなりの距離が必要だった。となると到着は0・4Gステージである。

「予想的中か?」

「1ステージ手前で乗り捨てだ。気を付けろ」

「OK」

 頭上を流れる青白い光芒が、有機ELの四角いパネルの形に戻り始めた。

 しばらくして、平賀が伝えた。

「今、二番エレベーターが静止した。0・4Gステージのプラットホームだ」

「よし!」

「奴が車両から降りた。……おい、何か、放り込んだぞ、何だ、あれは? ……バックパックだ」

 その時、前方で鈍い爆発音が響いた。

 一瞬、白い閃光が瞬き、二番エレベーターの窓ガラスが一斉に吹き飛んだ。熱膨張に後押しされ、破片が高速で飛来する。

「テルミット焼夷弾……」

 唖然とした声で平賀が呻いた。

「乗客を皆殺しだ」

「何!」

 答える間もなく黒煙と真っ赤な炎を噴き出す二番エレベーターが近付いてくる。プラットホーム全体に紅蓮の炎がうねっていた。

「畜生!」

 突破するしかない。沢木は調整レバーを最速まで押し上げた。

 フレームとハーネス付き支柱だけとなった小型カーゴは、むき出しのまま、炎の壁に突入した。沢木は息を詰め、身体を縮めた。

 燃え盛る車両の横を通過する瞬間、沢木は地獄絵図を見た。

 炎の巻き上げる轟音に交じって、無数の悲鳴が聞こえた。乗客たちは熾火のようにくすぶりながら蠢いていた。

 泣き叫び痙攣する者、鞄を持って転げまわる者……。

 何人かが窓枠へとにじり寄るが、皆力尽きた。

 最後に沢木が振り返った時、赤ん坊を抱き抱えた若い女が、オレンジ色の炎に呑まれるのが見えた。

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