第28話


 「とんでもねえ時間に呼び出しだな。新手のいじめか?」

 久保は開口一番不満を垂れた。久保隆志が沢木亨二と合流したのは、夜九時を少し過ぎてからだった。

 沢木は科捜研を出て、すぐさま行動を起こしていた。第六方面本部、中央管制室のオペレーター、小野 恵を捕まえると、なだめすかして新見信幸の現時点の居所を突き止めさせた。帰りしなだった恵は、かすれ声を余計に曇らせつつ、沢木のリクエストに何とか応えてくれた。

 今度どこかで埋め合わせしなきゃならん借りである。ま、若くて可愛い女性オペレーターとの付き合いなら、望むところではあるが。

 沢木は久保を携帯端末で呼び出し、自分は先回りして、二十区のルッキングホテルに向かった。

「手掛かりが見つかった時は、ちゃっちゃとやる。これ、初動捜査の基本でしょうが」

 沢木は久保の肩を軽く叩き、笑顔を見せた。

 二人は通りに面した小さめの間口を潜った。ルッキングホテルのエントランスは、さほど広いものでなく、こじんまりとした佇まいだった。派手なクロスパターンのフロア敷きに控え目なシャンデリア。体裁はシティホテルに少し毛の生えたようなものである。

 二十区は庶民的な娯楽施設が多数集まった場所であり、箇所箇所に歓楽街の様相も帯びている。ここはそうした性質の、機能ホテルといっても良かった。


 制服姿の治安管理官が二人、堂々と踏み込んだわけだが、海老茶色のジャケットのフロント係は一度視線を上げたきり。さしたる反応はなかった。

 二人はカウンターに身を寄せると、久保が素早くバッジを示した。

「治安管理局だ」

 フロント係は涼しい顔で応対した。

「いらっしゃいませ」

 整髪料で撫でつけた黒髪が、金属ヘルメットのように光っている。沢木が要件を告げた。

「ここの泊り客に二、三質問がある。部屋番号と鍵を貰えるかな?」

 フロント係は目を伏せると抑揚のない声で言った。

「お客様のプライバシーは当ホテルが責任を持っておりますので。そうしたご要望には添い兼ねます」

 沢木は身を乗り出すと少しばかり凄んだ。

「となると公務執行妨害で引っ張ることになるが?」

 フロント係は首を傾げると皮肉に返した。

「令状はお持ちで?」

 二人は顔を見合わせ、言葉に窮した。しかし、フロント係はカウンターを見つめて書き物をしながら、左手の親指と人差し指を擦り合せて見せた。

 払うものを払え、の合図である。

 沢木はため息を吐き、首を横に振った。渋々マネーカードを取り出すと、一〇〇ユーロを指定して見せた。フロント係はちらりと確認して指二本を示した。

 二〇〇だと? 足元見やがって。

 沢木は仕方なく二〇〇を指定した。フロント係は素早くカードリーダーを取り出すと、何食わぬ顔で読み取った。改めて腕を組み直し、フロント係は細い顎に満面の笑みを浮かべた。

「さて、どちらのお客様でしょう?」


 沢木と久保は一一〇七号室のカードキーを預かった。

「がめついフロントだったな」と、沢木。

「令状なしの強制捜査だぜ。必要経費だろ?」

「馬鹿言うな。払ったんだから任意だよ」

「すげえ解釈」

 久保はサングラスをいじりながらにやにや笑った。沢木が人差し指を曲げて見せた。

「後で半分、寄越せよ」

「気が向いたらな」と、久保。

「何だよ?」

 二人は味気ないベージュの壁紙と下品なフロア敷きを進んで、問題の部屋へ到着した。

「さて、ノックは無用か?」

 二人はうなずいた。

「おばんです」

 部屋に入るなり、たちどころに怪しい臭いが鼻を突いた。御禁制の煙草、である。

 ベッドにはパンツ一枚に白シャツを羽織っただけの新見信幸がいた。痩せてはいたが以外な長身で、アフロヘアの膨らんだ頭部のせいか、マッチ棒のように見えた。

 後ろには半裸になった歳端の行かぬ女の子が二人、もつれ合うように横たわっている。どう見ても未成年だった。薬ですっかり気持ち良くなっているらしく、サイドテーブルの上には、白い粉末も控えているのがわかった。

 どうやらこれは、お楽しみの真っ最中、そんな場面に違いなかった。

「おっと、これはこれは。悪いね。邪魔したかい? ロリータ野郎」

 久保が直球コメントを投げた。新見は何のことやらわからず、とろんとした垂れ目をぱちくりさせている。二人の制服にようやく気が付き、我に返ると慌ててサイドテーブルに手を伸ばした。

「まあまあまあ、慌てなさんな、新見さん」

 沢木がベッドの端に腰掛けた。

「あ、あんたたち、……何だよ?」

 久保の髭面がにやりと笑った。

「ご覧の通りさ。治安管理局」

 新見の視線が空中を泳いだ。

「これは、あー……あの……あれさ」

 沢木が人差し指を振った。

「見ての通りだろ。御禁制の粉で、未成年女子二人と淫行? こりぁ、現行犯逮捕だな」

 沢木は黒髪の女の子を覗き込んだ。色白のそそる体つきだ。

「上玉だな、どこで見つけて来たよ? あんた、結構食らうことになるぜ」

 新見は上体を起こすと両手を広げた。

「おいおい、待ってくれよ。いきなり飛び込んで来てそりゃないよ。どうせ令状なしなんだろ?」

「十分な現行犯だ」

「目的は俺か? 違うよな。な? そうなんだろ?」

 新見は曖昧な笑みを浮かべると、財布を探りマネーカードを取り出した。沢木はその手を押さえた。

「やめとけ。買収は罪の上塗りだぞ」

 新見は情けない顔で降参とばかりに手を上げた。

「おい、どうしたらいいんだ? 頼むから。言ってくれよ」

 そしてうなだれると無意識に右足を庇う仕草をした。沢木は何気なくその方に注目すると、バイオ・ハイブリッド・システム義足だった。BM療法の痕跡。癒えて委縮した傷口の接合部が痛々しい。

 なるほど、こいつも身体を張った宇宙労働者というわけだ。沢木は黙って足元にあったバスローブを投げてやった。

 それから口を歪めると言った。

「心配するな。ちょっと脅かしただけだよ。あんたの言う通り、俺たちはあんたに用はない。二、三質問したいだけでね」

 新見は表情を和らげると胸を叩いてみせた。

「何でも聞いてくれ。こうなりゃ出し惜しみなしだ」

 沢木は新見の真意を確認するように、じっと見据えた。それから腕組みすると落ち着いた口調で切り出した。

「俺たちが知りたいのは、あんたのところの従業員。季節労働者のことだよ」

「従業員?」

 久保が後を継いだ。

「今回の上半期のシャフトのメンテナンス作業に何人か雇ったろ?」

「ああ」

「何人だ?」

「二十五人。みんな外国人労働者だ」

「白人労働者か?」

「まあね。安いし、技術がある」

 沢木は納得した風にうなずいた。

「で? どうやって選ぶんだ?」

「何?」

「あー、雇用の基準さ」

 新見は首を擦りながら呟いた。

「簡単だよ。ネットや雑誌に求人広告を出すだろ? こういうご時世だ。人はあっという間に集まるわけ。期日を決めて場所を借り、簡単な試験に答えてもらう」

「メンテナンスに関する知識か?」と、沢木。

「そう。労働基準監督署に行けば、手数料だけで人数分試験問題が貰えるんだ。ウチの合格は九十点以上」

 久保が口笛を鳴らした。

「結構、狭き門だな」

「いやいや、そんなことはねえよ。アングロサクソンの日雇い労働者は大卒が多いからな。偏差値は高けえんだ。みんな軽く平均を越えてくるぜ」

「そんなもんかい?」

「ああ、そうさ。後は宇宙遊泳の普通免許があれば合格だな」

 そこで黒髪の女子がうめき声を上げ、幸せそうな笑顔で新見の背中にしがみついてきた。

「どうしたの、ニイニイ?」

「うん? ……何でもないよ」

「この人たちは誰? お友達? ……ハーイ」

 沢木と久保はにやにやしながら、揃って彼女に返事を返した。

「ハーイ」

 新見は顔を引き攣らせながら彼女をなだめた。

「君は気にしなくていいから。ね?」

「いいの?」

「いいから、いいから。……もう少し休んでて」

 女の子は素直な、いい返事を寄越した。

「はーい、先生」

 そう言うと再び彼女は再びシーツの中に沈み込んだ。沢木と久保は半眼で眉を持ち上げ、苦笑いを浮かべていた。

「先生ねえ」と、沢木。

「どんなプレイだよ」と、久保。

 新見は咳払いすると表情を強張らせた。

「どこまで話たっけ?」

「はーい、先生、までかな?」

 沢木が皮肉に言った。

「そうじゃなくて……」

「宇宙の遊泳の普通免許があれば合格、までだよ」と、久保。

「ああ、そう。……それで、……そんなところだ」

 沢木はうなずくと携帯端末を取り出した。

「見てもらいたいものがある」

 沢木は科捜研で平賀義信から入手した検索データを呼び出した。携帯端末の小さな画面にプロファイルが開いた。

「お宅の今年のラインナップの一人だよ」

 新見は端末を受け取ると、しげしげと眺めた。黒髪、ストレート、丸顔の少年が写っている。 「北上真悟、十九歳? あー、……確かに見覚えはあるけど、詳細は知らないよ」

「お前、どんな経営者だよ?」

 久保が厳しい口調で言った。

「本当さ。書類審査は事務の娘に任せてあるし。十週間でハイ、サヨナラの皆さんだ。いちいち詮索なんかしねえ」

 沢木は物分かり良くうなずいた。

「ま、そうだろうな」

 新見は沢木に端末を返しながら自然な疑問を口にした。

「こいつがどうかしたのかい?」

 沢木はたしなめるようにきっぱりと言った。

「はっきりとしたことはわからないし、お前さんに話すつもりもない」

 新見は大きくうなずいた。

「そりぁ、ごもっとも」

「さて、この少年だが」

 沢木は両手の指を組み合わせた。

「何処に行ったら会えるかな?」

 新見は少し考えてから、時計で時間を確認した。

「今の時間なら、作業ノルマが終わって月に戻ってるよ」

「月?」

「第一月面基地。ウチの資材関係の事務所があるんだ。連中、タイムカードと一緒に一日の歩合をチャージしに寄るんだ。入管パスを返却して後は好き好きさ。十週間の雇用期間の宿泊所をそこに用意してあるから、うろうろしててもとりあえず寝には戻るだろうよ」

「なるほど。で、その宿泊施設は? 何処だい?」

「六層B8エリア、第三十二区画のD。簡易宿舎さ」

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