第18話


【映像テストA群126e】

カウント。3、2、1、スタート。


 葵は夜の川下りをする船上レストランにいた。

 船体にデコレーションされた無数の照明が川面に反射し煌いている。


(ゆっくりと流れる船側をパン・フォーカスで捉える)


 デッキには黒尽くめの男女が腕組みしたまま黙り込んでいる。 葵は二人の様子を覗き見するように伺った。


(カメラアングルが許容範囲一杯に、機械的な動きで回り込む)


 二人はお似合いの黒っぽい東京スタイルのプレタポルテで決めている。お洒落だが、どことなくアンティークだ。古い八十年代の映画だろうか。

 ハンサムな男は四十を過ぎた頃で、女の方は一回り若い。葵はその二人の間に流れる胡散臭い空気が気になった。

 不倫かしらね。


 女の方が先に切り出した。

「あなた、奥さんはいるの?」

「ああ」


(そこで二人の声が揃う)


「でも離婚した」 女は呆れた様子で鼻を鳴らした。男が言った。

「食事の続きを」


(テーブルに着く二人)


「腹ペコだわ」

「君の注文だよ」

 女は怒った表情で、すねた声を上げた。

「優しくしてよ。こんな目に遭わせて」

 男は片方の眉を吊り上げた。

「こんな目って?」

 女はナイフとフォークを取り上げた。

「わざと冷たくして、夢中にさせたわ」


(そこで船のライトが一斉に落ちる)


 素敵な演出。


 男が女の肩にそっと触れると囁いた。

「外を見よう」


(対岸の美しい街明かりが、霞の中に浮かび上がる)

(切ない弦楽の調べ)


 女はじっと男の息遣いを聞いた。

「暗闇だと素敵よ」

「だから連れて来たんだ」

「見せ付けて諦めさせるのかと思ったわ」


(二人の顔に揺れる水面の波紋)


 女はそっと男に口付けする。

「お返しは?」

「医者に止められててね」

 二人はもう一度口付けした。

 今度は長く、情熱的に。


 何よ、これ? ロマンティック・コメディ?


 男が微笑む。

「なかなか、やるね」


フェイドアウト。

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