第3話 〝トカゲの尻尾″

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…

な…

何なんだ…ハァ…や、

ハァ…

奴は…ハァ…?


何なんだ!


こんな時に限って電話もつながらない…


た、助けてくれー!


奴だ!


俺がやって来たんだぁ!


うわぁー!


……。」


ガチャ。


「Delete」


…………………………………………………

ドグ:「また…自殺か…

鑑識に回してもまた同じだろうな。」


ガル:「えぇ、犯罪というものがなくなりましたからね。

その世界の改革の立役者、〝彼女″自身が自ら鑑識を行い、幾多の事件を解決してきたんですから、今やこの世界においで〝彼女″の分析力を凌ぐ者がいないのは確かですし、その判定は法律上も絶対です。

それだけじゃなく、〝彼女″の存在によって、我々は様々な恩恵を受けることにもなりましたしね。

このケースも、自殺としか判定がでないでしょうね。


我々が何をしようが、どうしようもないですよ。


もうすぐこのような処理も我々がしなくてもよくなりそうですし。」


ドグ:「ただ、私の長年の〝感″では、何か違和感があるのだがね。」


ガル:「もう、そんな時代は終わったんですよ。

今や、仕事の必要性がなくなろうとしているんです。

警部のような人は、職業病として病人扱いされるくらいですから。

週休2日なんてホントになつかしいですよ。

今は、逆転しましたからね。

すでに、無仕事の人も分野によっては、確立出来てますし、羨ましい限りです。」


ドグ:「病人扱いか…。

なんだか、この先人類はどうなっていくんだろう…

私は、何か違った方向に進んでいるように思うんだがね。」


ガル:「もう、やめましょうよ。

それが病気だって言われてしまうんですよ!

今や、人類は、地上の天国、理想卿の時代に入ったばかりなんですから!」


ドグ:「理想卿か…

…?

ん?

これは、なんだろう…。」


ガル:「なんでしょう?

見た目なんか気持ち悪いですよ。

あっ、警部やめましょうよ、触っちゃ…あっ…」


ドグ:「ん?尻尾?

トカゲの尻尾だ。」


ガル:「え?トカゲ?

珍しいというか、もう爬虫類は隔離されたんじゃなかったんですか?」


ドグ:「トカゲ…」


ガル:「〝彼女″がなぜか、爬虫類を排除すべきと判断し、すべて隔離したと聞きましたよ。」


ドグ:「そうはいっても。

そのような制限をすればするほど、それを破るものが現れるからな。

手に入れることが出来ないものほど、欲する気持ちが芽生えるのが人類というものだ。

この人物も、その一人なのかもしれないな。

噂では、いまだ爬虫類を愛好する会が存在していることも聞いたことがある。」


ガル:「まぁ、そんなことより、早く終わらせて、私はプライベートに戻りたいんで、お願いしますよ。

余計なことはせず、さっさと済ませましょう。」


ドグ:「あぁ…

…やはり、私は、仕事としてではなく、趣味として追求してみるよ。

君のいうプライベートなら、文句はないだろう。」


ガル:「わかりましたよ。

早く病院に行った方が良いと思いますよ。

相当、重い職業病ですよ。」


ドグ:「君は、若い世代だから、今の社会の変革をすんなり受け入れ、順応できているんだろうが、わたしの世代は、なかなか難しいと思うがね。

私だけじゃないはずだよ。


あまりにも、変わりすぎた。

しかも…ここ最近、今回のような自殺者が、私どもの世代に集中しているように思うんだ。


偶然の一致ではない。


しかも、今までの旧社会の特に成功者と呼ばれる、実力者に集中しているように思える…」


ガル:「だから、職業病の重症者だからですよ。

周りを蹴落として、成功してきたから、この変化に順応出来ずに、自殺するんですよ。


得た地位、お金により、他者との優越感という甘い果実を味わえなくなったからです。


いまは、お金が必要なくなりましたからね。

そして、働く必要さえもない。


みんなが、得たいものは得られ、貧富の差、地位の差を産む仕事というものをしなくてもよくなったからです。


だから、争いもなくなったし、いっきに犯罪もなくなったじゃないですか!


最初は抵抗を示していたいろんな宗教団体もいつしか〝彼女″を神の化身として解釈し、平和が訪れたんですから。


凄い歴史ですよ!

確かに、理想としていた社会を実現したんですから。

彼ら信仰者は、自らの環境や、境遇、未来、生きる上で存在する不安に対し、救いを求めているからこそ、自分の神が正しいと主張します。


救われていないからこそ、主張が増え、分裂もし、お互いを理解し合えず、過ちが繰り返されてきたんです。


でも、救われてしまった。

この世界は、救われてしまったんです!

すべてを〝彼女″は、救ってしまったんですよ!


もう、差別をして、自分を優位な立場にする必要がないんですよ。

お互いを本当に認め合うことができる社会になるんです。


それを受け入れられない方が、不思議でしかたがありませんよ。」


ドグ:「なるほど、なかなかこの世界の状況を君なりに理解しているんだね。

周りの浮かれている若者とは、全然見方が違う。

立派なもんだ。」


ガル:「褒められるもんでもないですよ。

さぁ、はやく済ませましょうよ。

現在の週2日の仕事も、無仕事への移行期間の残務処理に過ぎないですし、早く終わらせれば、帰れるんですから。」


ドグ:「君の言う通り、確かに昔から望んできた理想の社会を実現しているのかもしれない…

しかし…」


ガル:「だからぁ、警部は相当重症なだけですよ。

仕事真面目人間過ぎたんですって、これから、どうやってゆっくりと仕事以外のことに人生の時間を費やすのか、そちらのことを考えることですよ。


長年の〝感″といっても100%ではないわけでしょう。


もういいじゃないですか。」


ドグ:「羨ましいな…

本当にそう思うよ。

私は、死んだあと、もし天国というものがあったとしても、こんな感じなのかもしれないね。」


ガル:「だから…

一つ一つの考え方が重すぎるんですって!

気楽に!

肩の力を抜いていいんですよ!」


ドグ:「まぁ、いいじゃないか。

君こそ、私に構わず帰ってくれてもいいんだよ。

無理して、付き合う必要はないんだからね。」


ガル:「ほっとけないんですよ!

私は、あなたをほっとけないんです!」


ドグ:「…?!」



ガル:「…


実は…


私の父親も、あなたのような仕事一筋の真面目な親父でしてね。


なかなか、この世界の変化に慣れず苦しんできたんです。

あなたと全く同じ。


何度も病院へ連れて行こうとしても、聞いてくれず…」


ドグ:「だったら、私などにかまっていないで、お父さんの所に行ってあげた方が良いよ。

そうしてあげなさい。

そんなやり取りがあったとしても、お父さんは、君に会えるだけで幸せを感じていると思うよ。


それが、親っていうものだ。」


ガル:「いや…


……


それはもう…


出来ないんです…。」


ドグ:「ん?どういう意味だね?」


ガル:「親父は、もういないんですよ。

半年前に…

だから、あなたをほっとけないんです。

親父を見ているようで…

親父のようになりやしないかと心配なんです。」


ドグ:「お父さんは…もしかして…」


ガル:「自殺でした…

重度のノイローゼだったんです…

亡くなる数日前には、意味不明なことを言っていました…

『わ、私だ!

私がやってくる!

私に殺される!』


…だから、重度のノイローゼに陥った親父とあなたの今の状態が似ていて、ほっとけないんですよ。」


ドグ:「申し訳ない…

辛いことを聞いてしまったね…

そして、有難う。

心配してくれて。

だが、私は大丈夫だよ。

さぁ、あとの処理は私に任せて、早く帰りなさい。」


ガル:「いや、最後まで付き合いますよ。

ここ、1ヶ月の間だけですが、

こうして、あなたのパートナーとして出会えたのも、何かの縁でしょうからね。

警部の長年の〝感″というのも、実は興味深くて、気になっちゃってるんです。

プライベートといっても、大した用事でもないので。


でも…ちなみに、何が気になるんですか?」


ドグ:「そうだね。

あの、トカゲの尻尾と、この人が気になるんだ。」


ガル:「トカゲとこの人をですか?」


ドグ:「あぁ。

隔離されたはずの爬虫類が、この場所に何故かいた…

しかも、死骸でもなく、尻尾のみが残されてね。

それは、それで何らかの〝意味″があるはずだ。

何事にも偶然というものはない。

それが、私自身の経験で得たことだからね。」


ガル:「へぇ〜。

何らかの〝意味″ですか…


それで…

この人というのは?」


ドグ:「私は、以前にこの人と会ったことがある。」


ガル:「えっ?

知り合いだったんですか?」


ドグ:「知り合いというほどではないよ。

旧社会の時代に、ある事件の捜査時に少しだけ会ったことがあってね。


常に前向きな超プラス思考なタイプだった記憶がある。

自殺するようなタイプとは、思えなかったな。

職業柄、色んな人を見てきたからね。」


ガル:「でも、ここ何回か、警部が〝彼女″へ、自殺以外の死因の可能性があると報告され、鑑識手続きをされましたが、全て、完璧に自殺との判定だったじゃないですか。」


ドグ:「そうだったね。

でも、だからこそ、疑問がうまれてきているんだよ。


確かに、君のいう通り、完璧な〝彼女″と、100%ではない私の〝感″とを比較してしまえば、戯言をいっている初老のおっさんでしかないがね。」


ガル:「何もそこまで言ってないですよ。

ただ、〝彼女″の分析結果を見ても、〝彼女″の絶対性は納得できますからね。


でも、それに対して、何度もあなたは挑まれているんです。

可能性0に対して。


…でも。

それが、凄く面白い!

ちょっとワクワクしてるんですよ!

その馬鹿げた感じ…最近、そんなワクワク感は、凄くなくなってきた気がしてたんで、なおさらですね。」


ドグ:「馬鹿げた感じか…


我々の世代は、常にその馬鹿げたことをやってきたんだ。

可能性が限りなく0であっても、自分の信念、感、夢を信じて、新しい何かを自分で生み出してやる。

見つけ出してやる。

そうやって、生きてきたんだ。

そんな熱い気持ちだけで生きてきた。

今更、生き方を変えろと、言われてもね。」


ガル:「で、これからどうするおつもりなのですか?

早く処理をしないと、また警告が出ますよきっと。」


ドグ:「そうだな?

まずは、この亡くなられた、この人を知ることからだよ。

トカゲとの関係性について何かあるかもしれない。」


ガル:「でも、どうやって?

今は個人情報は、全て〝彼女″が管理し、個人情報は完全に守られていますからね。」


ドグ:「そうだな。

我々への指示も、〝彼女″からの直接の指示によるもの。

こうやって、君と出会えたのも、〝彼女″の指示のおかげだからね。

だから、君のことを〝彼女″からの指示情報にある登録情報だけしかわからない。

でも、会話することで、情報は増えていく。

お父さんのこと、君の考え方、色んなことが得られる。


ここにおいても、ここにいればこそ、得られる情報というものがあるものなんだよ。


気にするか気にしないか、見つけるか見つけないか、気づくか気づかないかは、自分次第だけどね。」


ガル:「でも、我々への指示は、遺体の移動のみですよ。

あまり、余計なことをすると処罰もありますから、気をつけないと…」


ドグ:「そうだね。

じゃあ、可能な範囲で情報を集めてみようかな。」


ガル:「可能な範囲?ですか?」


『登録No.KG52686524

登録No.WT72196358

速やかに処理を行い、次の現場に向かってください。

警告です。


繰り返します。

登録No.KG52686524

登録No.WT72196358

速やかに処理を行い、次の現場に向かってください。

次の現場の情報を送ります。』


ガル:「〝彼女″からですね。

やっぱり警告がきましたね。」


ドグ:「とにかく、処理を済ませよう。

そして、私の昔の手帳を探せば、当時の情報が役に立つかもしれない。」


ガル:「この時代に、手帳ですか?

アナログですね。」


ドグ:「だからこそ、今の時代では役に立つもんだ。

デジタル化は、一見便利になったが、私はそうは思えない。」


ガル:「さぁ、仕事を終わらせて、プライベートに戻りましょう!

事件捜査という趣味の世界に!」


ドグ:「なんか、馬鹿にされているような気が…」


ガル:「気にしないでください!

気楽にいきましょう!」


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